No.196 世界の食料生産のための農地と水資源の現状と課題〜FAO報告書の概要:持続可能な集約化

●FAOの報告書

世界人口は,2050年には現在の70億人が90億人に増えると予測されている。この人口を支えるための,食料を生産する世界の農地と水資源の現状と,抱えている課題についての本を,FAO(国連食糧農業機関)が2011年12月に刊行する。その刊行に先立って,2011年11月29日に要約版をインターネットで公開した。FAO (2011) The state of the world’s land and water resources for food and agriculture (SOLAW) – Managing systems at risk. Summary Report. 47p.正規本は全192ページ。ペーパーバック版で29.99ポンド(1ポンド121円として3630円)。本書を作成する際にまず作られたバックグランド文書はFAOのホームページから入手できる。

以下に,要約版の概要を紹介する。

●土地資源と水資源の現状

(1)農地増加はわずか,農業の集約化で食料を増産

過去50年間に,世界の作物栽培面積はわずか12%しか増えなかった。FAOの統計では,耕地面積と永年作物地(永年放牧地を除く)の和が作物栽培地に近似するが,作物栽培地面積は,1961年の13.7億haが,2009年には15.3億haにしか増加しなかった(図1)。しかし,過去50年間に投入資材施用量の増加,農業の機械化と灌漑が,生産力を急速に向上させて,世界の農業生産は2.5〜3倍増加してきている(図2)。そして,世界の人口は,1961年の31億人が,2009年には68億人に増加し,この間に人口が2.2倍に増加した。この結果,世界平均で,人口1人当たりの作物栽培面積は1961年の0.44 haが2009年には0.22 haに半減したが(図1),生産力の向上によって,約70億人の人口を支えている。

50年間の食料生産増加分の40%は,面積を2倍に増やした灌漑農地によっており,灌漑用水量は,帯水層,河川および湖沼から取水した農業用水総量の70%を使用している。

(2)低所得国では降水のネックが一層深刻化

灌漑によって生産力が飛躍的に向上するが,天水依存農業が世界の主要農業生産システムである。現状でも,北半球温帯地帯が世界の穀物生産ベルトとなっているが,地球温暖化によって,穀物生産ベルトは北にさらに拡大すると予想されている。

他方,世界の農村の貧しい人達の大部分を支えている天水依存農業で,作物栽培に適した農地の分布は,生産力向上が最も必要な国とは合致せず(表1),今後,人口が顕著に増加し,食料需要が大きく伸びる国は低所得国に集中している。低所得国の1人当たりの耕地面積は高所得国の半分以下で,農業の持続可能性も低い。その上,乾燥熱帯や亜熱帯の天水依存農業は不安定な降雨の支配を受けており,水不足のために養分吸収が抑制され,収量も抑制されている。このため,限界地帯の貧しい農村で,農地改良や養分施用を行なえば,一時的に収量を向上できるが,不安定な降水が続く限り,収量向上を維持できない。

世界的の最貧国は,農地資源や水資源への所有や利用の権利が法的に不明確であり,土壌の質も悪く土地劣化への脆弱性も高い。しかも気象的にも不安定で,貧しさのワナにはまり込んでしまっている。貧困者の手の届く範囲の技術や農業システムは,低管理・低投入システムで,土地劣化に寄与するものであり,持続可能な農業システムは高価で入手できない。

一方,栽培に最も適した農地で高い集約農業を行なうことによって,農地を拡大しようとする圧力を弱め,森林や未利用地の開墾を減らすことができる。世界での灌漑設備を有する農地面積は年間0.6%ずつ拡張してきているが,灌漑に適した優良農地の大方は既に開発されている。そして,適時適切な水供給への要求が高まっており,現在,灌漑面積の約40%は地下水に依存している。しかし,あまりにも多くの場所で,農地や水システムを破壊する生産方法で農地が管理されている。そして,肥料や農薬の不適切な使用による生物多様性のロス,表流水や地下水の汚染を含む深刻な環境劣化を引き起こされ,農業生産や農村生活を危うくするまでに達しているケースが多い。

●低所得国における農業政策・制度・投資の問題点

(1)農業政策・制度の問題点

低所得国では,農地資源や水資源の所有権が明確で安定しておらず,法的執行能力も弱いケースが多い。そのために,土地アクセスや水使用についての紛争がしばしば生じている。慣習的・伝統的な使用権を国の法律に取り込むことが,農村の生活を保護し,農地と水の使用の責任を持たせるステップとして必要である。

低所得国では,潜在生産力の高い地域において,市場出荷用や輸出用作物の単作生産とそのための灌漑や機械化に投資する農業開発政策がとられる傾向が認められる。これによる利益は,生産力の高い農地を持ち,水,機械や資本を入手できる農業者のものである。やせた農地で低投入な農業を行なっている小規模農業者の大部分はその恩恵を受けられない。こうした政策は短期的な利益を優先し,長期的には資源や生態系サービスを劣化させていることを無視していることが多い。

世界的にみて,農業での農地と水の利用政策は,悪循環にはまっている。一方で農業政策は食料需要の増加に応えているものの,他方では肥料や農薬の過剰施用や地下水の枯渇などの,意図しない結果を起こしている。同様に,水政策は農業用水の供給を拡大させてきたが,一部の水不足地域では,不必要なまでの過剰灌漑によって作られた不足を生み出している。灌漑水料金が安いことが,非効率的な利用を助長している。環境政策は高所得国ではある程度の影響を持っているが,貧しい国の農業開発に対してはほとんど影響していない。

農地制度と水制度は別個に扱われていて,両者の効果的な連携は遅れている。河川流域の開発が大きく進展した地域では,土地資源と水資源がいろいろな部門間で競合するようになり,資源不足や市場需要変化対応できるように,土地資源と水資源の連携した利用を図る制度が要求されている。地域や流域全体を管理する制度があるが,実態としては,主に土地資源か水資源のどちらかを扱っていて,両者をつなげて扱ってはいない。このため,多くの国で,土地と水についての競合が増えるのにともなって,様々な利用間の調停を図るべしとする圧力が高まっている。複数の国またがる河川や湖について,国境を越えた協力協定がないことや弱いことが,上流と下流間での投資不足や緊張状態を引き起こしている。

(2)投資の問題点

基本的な農業インフラや制度への公的および私的投資レベルは過去20年間に減少してきている。旧来からの農業インフラ(農村道路,灌漑計画,貯蔵およびマーケティングチェーン)は,ますますマーケット変化に即応せず,高品質農産物の提供の点で非効率なものになっている。現代の農業に対応する投資は,食料供給の安定化とグローバルな回復を図る必須要素と見なされている。自然資源の枯渇や劣化の脅威が生じている農地および水システムを,投資のターゲットとして優先すべきであろう。

土地資源や水資源が豊富で利用できる,アフリカ,アジアやラテンアメリカの一部で大規模な農地買収が増えている。これは世界的な食料やエネルギーの不足懸念に加え,金もうけ,輸入国の農産物需要などの他の要因によって突き動かされている。大規模な土地買収は,どこの国でも適切な土地のわずかな一部で可能だが,既往の適切な土地は既に地域の人達によって使われていて,「空いた」土地はほとんどない。大規模土地買収によって農村の貧しい人達が犠牲になったり,農地,水やその他の資源の利用を失ったりするリスクが存在する。

●2050年に向けた農地資源と水資源の利用の展望

(1)農地資源と水資源の利用

今後の人口と所得の増加によって,2009年に比して,2050年には農産物需要が世界で70%増加すると予想されている。しかし,低・中所得国では生産を100%増加させることが必要で,このために低・中所得国では年率1〜2%の食料生産の増加が必要になる。

農地拡大はサブサハラアフリカとラテンアメリカではなお可能であろうが,全体的には農地拡大を望むことはできず,途上国での生産増加の約8割は主に既存耕地での灌漑農業と,天水依存農業の双方の集約化によってしか達成できそうにない。その際,灌漑が重要性を一層増し,灌漑農地面積は,2009年の301百万haが2050年には318百万haに6%増加しよう。そして,農業での取水量が,2030年までに2900 km3超/年,2050年までに3000 km3超/年に増加し,現在と比べて2050年の間に10%の増加が必要になると予測されている。

今後,地下水を含め,生活用水や工業用の水需要との競合が強化され,農業内でも部門間での競合が増えよう。このため,土壌管理や農業用水制御のレベルを上げて,農業生産力向上を達成することが必要になろう。

(2)地球温暖化の影響

地球温暖化によって,高緯度地帯ではより多くの土地が作物栽培に適するようになって,食料生産にとってプラスの影響が大きくなる一方,低緯度地帯ではマイナス影響のほうが大きくなると予想されている。亜熱帯地域では干ばつと洪水の双方の頻度と強度が高まり,デルタ地帯や沿岸地帯は,海面上昇によってマイナス影響を受けると予想されている。山岳や,高地の農業システムや夏期の融雪水に依存した灌漑システムでも,基盤となる流水が長期にわたって変化すると予想されている。今後,干ばつ,過剰な降水などのリスクを緩和させて農業の弾力性を高める対策を講じて,気候変動の農業生産に対するマイナス影響を緩和する必要がある。

●持続可能な集約化

サブサハラアフリカなどの天水依存耕地の生産力は,土壌本来の肥沃度が低く,養分不足が厳しく,土壌構造が悪い上に,土壌管理方法が不適切なために,一般にその収量は低く,単収は1 t/ha未満であることが多い。しかし,天水に依存できる場所では,ローカルな生態系,文化やマーケット需要に合わせた,持続可能な農地と水の管理を図る,総合的な土壌肥沃度管理,保全農業,総合的病害虫管理(IPM),アグロフォレストリ,総合的作物家畜システム,総合的灌漑養殖のような生産方法で,単収を向上できる。

こうした生産方法を成功させるには,普及サービスやマーケットアクセスの改善を含む農村開発や生活改善の一環として実施することが必要である。その際に,教育,圃場スクール,誘導政策を行なうことによって,より生産的で弾力性の高い土地利用システムへの移行がスピードアップされている。

灌漑システムの大部分はその能力以下でしか働いておらず,灌漑による単収向上が低い場合が少なくない。灌漑用水の供給量を増やせば単収向上を図ることができるが,水の乏しい多くの地域では,灌漑用水の供給量を増やせる余地は限られている。多目的水力発電計画が実施される地域では,灌漑水をある程度増やす余地はあろうが,そうした地域を含めて,水需要管理がますます重要になるであろう。灌漑システム管理の向上,新しい技術や知見の開発・普及,トレーニングなどを組み合わせることによって,水利用効率を大幅に向上させ,貧しい末端利用者への供給量を増やせるであろう。こうした効果が最も高いのは,サブサハラアフリカやアジアの一部であろう。

灌漑システムを持続的に維持するには,効果的な法的規制が不可欠である。それに加えて,塩類および水の収支に関する研究や,規制,モニタリングシステムを整備して,塩類化や冠水などを起こさずに,長期維持できるように必要がある。

●農業者に対する国の支援の必要性

低・中所得国の農業者の多くは,貧困,不安定な土地保有権と水使用権,適切な地方組織の欠如,貸付金や基金の不足,マーケットや技術へのアクセスを含む普及サービスの不十分性によって,農地や水を非持続的に管理せざるをえなくなっている。

このため,国は次の3つの領域について,農業への公的投資を増やす必要がある。(a) 道路,倉庫,農地資源と水資源の保護のような公共投資を行なって,民間投資を助長する。(b) 持続可能な農地と水の管理を推進する体制;研究開発,誘導政策と法的規制を実施する体制;土地利用計画と水管理を規制・助長する体制に投資する。(c) 流域または灌漑計画レベルにおいて,農地と水に対する一連の投資を呼び込む総合計画を策定する。

灌漑や地下水利用への利害関係者の直接参加による集団管理など,灌漑システムの管理に多様なレベルの利害関係者が参加することによって,部門間の配分を調整し,効率的な水使用を助長することができる。国境を越えた水管理の協力は,まず技術レベルから開始して,多目的投資の調整や,流域全体にまたがる利益共有を目指すようにする。将来的に参加型の管理体制を構築できれば,ローカルレベルへの権限移譲を可能にできる。

持続可能な土地・水管理のための技術の普及を図るには,例えば,地方の農業者グループ,NGOや民間の農産物認証組織と協力した農業者圃場スクールのような教育プログラムによって,適切な技術を提供する必要がある。

●国際的な協力と投資の必要性

(1)国際条約・組織

持続可能な農地や水の管理に関する行動についての国際条約はまだない。しかし,食料安全保障,貧困撲滅,環境保護や気候変動の観点から,持続可能な農地および水の管理に関する協力は,国際条約の優先事項になっている。このため,いくつかの国際条約に,農地や水を含む自然資源の保全原則が含まれている。とはいえ,保全原則が国の指導ガイドや規範に,具体的行動にまでくだいて翻訳されていることは滅多にない。

「地球環境ファシリティ」(Global Environment Facility:GEF)などの組織や事業が持続可能な土地や水の管理について,国際的活動を行なっている。「地球環境ファシリティ」は,4つの環境関係国際条約(国連気候変動枠組条約,生物多様性条約,国連砂漠化対処条約,残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)の資金メカニズムとして,世界銀行(世銀)に設置されているものである。そして,世界銀行,国連開発計画(UNDP),国連環境計画(UNEP)がこの資金を活用して,開発途上国や市場経済移行国が,地球規模の環境問題に対処するためのプロジェクトを実施している。

その際,地球規模の環境問題として,具体的には次のような諸課題があげられている。

[1] 地球温暖化の防止(例:太陽熱等のクリーンエネルギーの開発・利用)

[2] 生物多様性の保護(例:動物保護区の制定・管理)

[3] 国際水域汚染の防止(例:産業廃棄汚染水処理施設)

[4] オゾン層の保護(例:家電製品からのフロン回収施設)

[5] 土地劣化防止(例:植林)

[6] 残留性有機汚染物質対策(例:水銀汚染の除去))

これらの課題に対処するために追加的に必要となる費用を対象とし,原則として無償資金を提供している。ただし,「地球環境ファシリティ」の活動で,別々の組織が同じ分野で作業していて,統合的な取り組みとなっていないという問題が指摘されている。

他方,こうした政府レベルの活動とは異なる,フェアトレード,環境認証,有機表示のような市民組織や民間部門の活動は,持続可能な土地・水管理にプラスの影響を与えうるものである。その効果を助長するように,これらの市民組織や民間部門の活動を推進することが望まれる。

(2)土壌への炭素固定を増やす持続可能な農業への財政支援の期待

2007年から2050年までの間に,農地と水の管理に必要な投資総額は,世界全体で約1兆USドルと試算されている。さらに農地の保護と開発,土壌保全と洪水防止に1600億USドルが必要と試算されている。

グローバルレベルでの新しい財政支援方策として,農業者が持続可能な農地と水の管理方法を採用して,マイナスの環境影響を減らす農業プログラムに資金を提供する基金を創設することが期待される。すなわち,植林を含めて二酸化炭素の土壌貯留量を増やす農業システムを採用し,それにともなって土壌養分ロスの削減,圃場からの流去水防止,土壌侵食軽減などの多様な公益的な環境サービスの提供を助長する基金の設立が期待される。

農業と森林伐採を合わせた温室効果ガス排出量は,人為的な温室効果ガス総排出量の第3位を占めている。その一方,特に低緯度地帯などの農業は気候変動の影響を受けやすく,そうした影響に対する弾性力を高めるためにも,土壌への炭素固定を図る農業が重要となる。こうした点から,途上国が炭素隔離のもつ価値を高める持続可能な土地・水管理に対して,国際的な財政支援を呼び寄せられるはずである。

●おわりに

本報告書の内容を端的に述べれば,下記のことがその骨子といえよう。

現在,世界のいろいろな食料生産システムの土台となっている農地資源や水資源は,人口増加と経済発展にともなう前例のない需要増加によってストレスを受けている。その上,気候変動によっていくつかの地域ではこうしたストレスが悪化すると予想されている。

今後,利用可能な農地資源や水資源が大幅に拡大できる見込みはなく,現在の農地資源や水資源で集約度を高めて単収を引き上げ,かつ生産を持続可能にすることが必要である。

そのためには,政府,農業者,関係民間部門が,農地資源や水資源の管理方法を大きく変えて,より持続可能なものに積極的に転換・採択する必要がある。そして,国際レベルと各国の政策を連携させて,知識の普及,農地資源や水資源の所有や利用に関する法律の制定・改正を実現させるコンセンサスを作る必要がある。

そうした方向に低・中所得国を向かわせるには,資源を保全しつつ,所得向上を図るためのインフラ整備や,農業者への教育を行なうための資金供給が不可欠である。土壌への炭素蓄積量を増やして単収レベルを向上させる持続可能な農作業を実施することを条件に,温室効果ガス排出量の多い国々の排出権取引の対象に位置づけて,国際的な基金供出が実現できよう。

●蛇足

2011年12月に南アフリカのダーバンで開かれた,気候変動枠組条約の第17回締約国会議において,温室効果ガスの大量排出国のアメリカと中国が京都議定書を批准しなかった。そのため,アメリカ,日本,カナダなどから,中国を始めとする途上国が排出削減義務を負わないのでは意味がないとする意見が出された。そして,カナダは脱退し,日本は脱退しないものの,すべての国が参加する法的義務のある新体制が合意されるまでは,削減義務の数値目標の設定を拒否して,一時的に削減義務の国際体制から離脱することになった。
この京都議定書をめぐる動きについて蛇足を述べる。

2つの巨大排出国や途上国が排出削減義務を持たない現在の京都議定書の延長が難しい状況に陥ったときに,それでも延長すべきだとの意見が途上国からだされ,カナダや日本は悪者になった。

それはそれとして,筆者には疑問が残った。というのは,途上国は,今のままなら排出削減義務を負わないのだから,京都議定書を破棄させたほうが得策ではないか。それなのに,なぜ延長して,削減義務を負うようになる新体制を作ることに賛成したのか。この点に疑問に感じていた。しかし,上記のように,京都議定書に基づいて排出量の多くない途上国は,排出量の多い国の排出権を引き受けて,その代金を頂いて,温室効果ガスの固定能力の高い農業とともに,排出量の少ない工業や運輸などの他の産業を推進しようとしていると解釈すると,疑問が氷解した。