No.193 IAEA調査団(2011年10月)の最終報告書

●経緯

「環境保全型農業レポート.No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書」に紹介したように,IAEA(国際原子力機関)は日本政府の要請に基づいて2011年10月に,福島第1原発事故によって汚染された20 km圏内の立入禁止区域外の修復・除染の進捗状況を現地調査した。その予備報告書を10月14日に日本政府に提出し,その後,最終報告書(IAEA: Final Report of International Mission on Remediation of Large Contaminated Areas Off-site the Fukushima Dai-ichi NPP 7-15 October 2011, Japan. 79p. NE/NEFW/2011.)を11月15日に提出し,公表した。

報告書の結論は予備報告書と同じであるが,最終報告書は現地で視察した内容や意見交換した内容を含めて詳しく記述し,79ページにわたる報告書となった。

報告書の基本的部分は,日本の放射線に対する過剰なまでの慎重な姿勢を,これまでの国際的に集積された科学的知見を踏まえて是正することをアドバイスするものである。詳しくは,環境保全型農業レポート.No.191をお読みいただきたい。

最終報告書については,日本のマスコミは何らの報道もされていない。その要約部分を紹介する。

●日本語にはレメディエーションとデコンタミネーションを区別する用語がない?

最終報告書は,目次の次,本文を始める前に,わざわざ「調査団は日本語ではレメディエーション(remediation)とデコンタミネーション(decontamination)に対して1つの単語しかないことを理解した。」と記している。これは,日本が法律や行政文書で2つの違いを認識した上で使い分けておらず,両者を同じ概念と理解して「除染」という意味にしか用いていなかったことをはからずしも示していよう。まずこの2つの用語を解説する。

「レメディエーション」は,日本語では,通常,「治療」,「改善」,「修復」,「復旧」,「浄化」,「汚染除去」などと訳され,「デコンタミネーション」は「浄化」,「汚染除去」などと訳されている。恐らく,日本の関係者は両者とも日本語では「浄化」や「汚染除去」など,同じ内容の用語が該当すると説明したのであろう。

IAEAはこれらの用語を「IAEA安全性用語集」(IAEA Safety Glossary, Terminology Used in Nuclear Safety and Radiation Protection, 2007 Edition )に準拠して使用しているとしている。「IAEA安全性用語集」による定義は下記のとおりである。

A.レメディエーション

レメディエーションとは,汚染物質それ自体(汚染源)または人間への曝露系路に対して働きかけを行なって,陸地の既存の汚染区域に由来する放射線曝露量を減らすために行なわれるいろいろな方法。

定義からわかるように,レメディエーションは,汚染物質の完全除去を意味しない。

より日常的用語のクリーンアップも使われることもあるが,これを使用する場合には,レメディエーションと同じ意味で使用し,違った意味を持たせてはならない。

リハビリテーション(rehabilitation)(復帰)やリストレーション(restoration)(復旧)は,汚染以前の状態を復元できる場合には使用しても良いが,通常,レメディエーションでは元の状態に復元するのは無理である(レメディエーション行為自体の効果もあるなどのため)。リハビリテーションやリストレーションという用語の使用には賛成しかねる。

B.デコンタミネーション

デコンタミネーションとは,熟慮した上での物理的,化学的または生物的プロセスによって,汚染物質を,完全または部分的に除去すること。

この用語の定義では,人々,装置や建物から汚染物質を除去する広範囲なプロセスを含めるが,人体内部からの放射性核種の除去,ないし自然の風化や移動による放射性核種の除去は,デコンタミネーションとは考えられておらず,その範疇には含めない。

つまり,デコンタミネーション(汚染除去,除染,浄化)は,汚染物質そのものの除去を意味するが,レメディエーションは汚染物質の部分除去を含めたいろいろな方法によって,被爆量を減らすことを意味している。

日本では,レメディエーションという用語については,石油などで汚染された土壌を微生物や植物の働きによって浄化することを「バイオレメディエーション」とカタカナで表記している。

要するに,汚染物質の部分的除去を含め,必ずしも汚染物質を除去しなくとも,汚染された環境を人間や野生生物に害作用がないように改善することがレメディエーションといえる。端的には,デコンタミネーションを「汚染除去」とすれば,レメディエーションは「汚染緩和」といえよう。

汚染物質を除去しないでも害作用をなくす方法は,日本の法律のなかでも認められている。例えば,「土壌汚染対策法」(2002年5月29日法律第53号)では,土壌を汚染した物質を除去する方法に加えて,汚染レベルや汚染状況によっては,土壌が風や雨で拡散するのを防ぐために,土壌をコンクリートなどで被覆するといった,汚染の拡散を防止するなどの,除去以外の措置も認めている。こうした拡散防止などによる健康被害の防止を含めるのがレメディエーションといえる。

つまり,放射性核種による土壌汚染の場合には,放射性核種の作土全体への混和,下層への埋没など,汚染物質の土壌中での総量を変えない場合を含めて,汚染土壌による外部被曝量や作物による放射性核種の吸収量を減らして内部被曝量を減らすことが,レメディエーションになる。

日本の関係者がレメディエーションとデコンタミネーションとを区別する日本語がないと説明したようだが,そうしたレメディエーションを認識していないから,何が何でも除染という戦略しか考えなかったことを,はからずも示したといえよう。

以下にIAEAの最終報告書の要約部分のなかの結論部分の訳を記載する。そこでレメディエーションと記載されている部分はそのままレメディエーションと表記することにする。なお,最終報告書でIAEAは全てレメディエーションを用い,デコンタミネーションは日本側の組織,法律,行政文書などの名称として用いられているだけである。

●報告書の要約

本報告書は調査団の主要結論を述べるものである。報告書は,現在までになされた9つの領域における重要な前進を特筆するとともに,現在の方法を改善できると調査団が考える12のポイントについてアドバイスを特記するものである。アドバイスは,国際基準や他の国々のレメディエーションプログラムを考慮した上で,(日本の)戦略,計画,特定のレメディエーション技術を改善するためのものである。日本は,現在のレメディエーション努力を継続し,今後のレメディエーション活動のために,調査団のアドバイスを考慮されるよう尽力されたい。

(1)特筆すべき重要な進捗事項

特筆1: 調査団は,日本が,福島第1原発事故の影響を受けた人々を救援するために,有効なレメディエーションプログラムを策定するために必要な法的,経済的および技術的な資源をきわめて迅速に配分したことを評価する。その際,子供と子供が時間を過ごす場所を優先している。

特筆2: 福島除染推進チームは,環境省の東北地方環境事務所の駐在員,福島県災害対策本部および日本原子力研究開発機構から構成され,情報を共有し,関係府省庁と調整を図り,福島県と関係市町村に技術的支援を与えている。調査団は,レメディエーション技術の実践的カタログを策定した日本の努力を歓迎する。

特筆3: 調査団は,「原子力災害対策特別措置法」が利害関係者の参加を明記していることを是とする。調査団は政府が新法の施行を待たずに,レメディエーション計画の視点を施行することを既に開始している点を評価する。

特筆4: 調査団は福島県や市町村レベルで実行されている,人々のレメディエーションへの積極的な参加を評価する。調査団は,学校を訪問し,多くは生徒の両親だが,ボランティアによって学校敷地内の汚染土壌が多量に除去されているのを観察し,得るところが多かった。調査団は県や市町村と多数のボランティアが,自力で重要かつ効果的な努力を行なっていることを評価する。

特筆5: 調査団は,日本原子力研究開発機構が地域住民の要求に基づいた市民への情報提供や,プログラム参加のために講じている実際的な方策を評価するものである。

特筆6: 調査団は,様々なレメディエーション方法を試験して評価するために,現地実証試験地を使用することは,意志決定プロセスを支援するのに非常に役立つ方法であると考える。

特筆7: 調査団は,日本当局によるすばらしいモニタリングおよびマッピングがレメディエーションプログラム遂行の成功の基礎となるものであることを了承するものである。現在その設置が取り組まれているリアルタイムの広域モニタリングシステムと,そのデータが透明な形でオンライン利用できるようになることは,市民や国際社会を安心させる重要な手段となる。

特筆8: 調査団は,事故の初期段階では,食料および農業に関連した基準レベルについての不確実性や市民の心配に対処するために,慎重な保守的姿勢を採ったのは良い方策であったと認めるものである。

(注)調査団は,日本が土壌中の放射性セシウムの作物への移行率をコメで0.1に設定したのは,安全係数をむやみに高く設定して高すぎると批判している(環境保全型農業レポート.No.191 IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書/nisio/?p=1473を参照されたい)。とはいえ,水稲作付に先立つ4月という事故直後の段階ではむしろ良い姿勢と評価したことを意味する。ただし,次の作期に向けて科学的データを踏まえて見直しを勧めている。

特筆9: 調査団は,日本原子力研究開発機構の支援と指導によっていくつかの学校敷地が,大部分ボランティアによってレメディエートされた事実を評価する。調査団は400の校庭が(2011年9月30日現在で),既にほぼ修復されていると知らされている。

(2)アドバイス

アドバイス1: レメディエーション戦略にかかわった日本当局に,被曝量を削減するレメディエーション方法のメリットとデメリットに影響する,様々な要因のバランスを慎重に考慮することを勧める。被曝量の削減に効果的に役立たない慎重すぎる保守的姿勢を避けるよう,日本当局に勧める。

被爆量削減という目標は,多くの状況下では,適正化原則Justification principle *と最適化原則Optimization principle*を現実的に実践することによって達成することができる。意志決定支援組織に放射線防護専門家(および法的規制組織)をより多く参加させることが,この目標の達成に役立つであろう。IAEAは,基準の新規設定や適正化を検討するのに日本を支援する用意がある。

(注)*「IAEA安全性用語集」の定義を下記に示す。

「適正化原則」 放射線防護システムに関する国際委員会による要求に準拠して,当該方法が全体として有効,つまり,当該方法を導入ないし継続することによって生ずる,個人ないし社会に対する便益が損害(放射線損傷を含む)よりも多いことを判定するプロセス。

「最適化原則」 放射線防護システムに関する国際委員会による要求に準拠して,どのレベルの防護や安全性が,被曝量および潜在的な被曝の可能性やその程度を,「経済的および社会的な要因を考慮しつつできるだけ合理的に低くする」かを,決めるプロセス。これは工程や方法の最適化とは同じではない。

アドバイス2: 日本政府と県および市町村の間により恒久的な連絡組織を設置して,主要関係者間の調整をさらに強化することが適切である。

アドバイス3: 日本政府と県および市町村が,様々な利害関係者の参加と利害関係者間の協力を引き続き強化することを勧める。関係当局は,利害関係者のニーズや日本の文化的背景を踏まえた,利害関係者の参加戦略および実施方法をさらに展開させるプロセスに,適切な大学ないし学界が関与することを強化することが望まれる。

アドバイス4: 「計画的避難区域」へのアクセスは自由で,チェックされていない。調査団は,当該地域に出入する人々に対して,ルートや簡単な指示を記した適切な指示書ないしチェック物の使用を検討することを勧める。こうした指示書ないしチェック物*によって市民に情報提供を行なうことは,出入りする人たちが受ける不要な放射線曝露を避けるのに大切であると考える。

(注)具体的には不明だが,出入りする人達に対する注意事項を箇条書きし,それを守ったか否かのチェックを記入する冊子のようなものが考えられる。

アドバイス5: 特別な放射線防護手段を要するような曝露を起こさない廃棄物を,「放射性廃棄物」に分類しないことが大切である。調査団は,関係当局が,当該被曝の現実的かつ信頼できる限界値(浄化レベル)の設定を再検討することを勧める。浄化レベルを満たしている残留物は,構造物,埋立,堤防や道路の建設などに使用できる。IAEAは基準の改定,新規設定や適切化の検討に際して日本を支援する用意がある。

アドバイス6: 調査団は,人々が被曝レベルでなく,表面積当たりの汚染レベル(Bq/m2)または体積当たりの汚染レベル(Bq/m3)にだけ関心を持ったり,または主に関心を持ったりする場合に生ずる誤解の潜在的リスクに対して,当局が注意を払うように希望する。森林地域や事故による汚染が比較的低い場所から,あるレベル(いわゆる最適化原則に基づいて設定したレベル)を超える汚染を,時間と努力をかけて除去しても,それが自動的に人々の被曝量低下につながるものではない。そうした無理な除染を行なうことは,不必要なまでに多量の残留物質を発生させるリスクをはらんでいる。調査団は,当局に対して,市民への被曝を減らす最適結果をもたらすレメディエーション活動に焦点を当て続けるように勧める。

アドバイス7: 収集したデータは,データ管理プランの下で,一定様式で記述すべきである。

アドバイス8: 農地のレメディエーションについて,調査団は,次の作付期に向けて,IAEAの出版したデータや係数および現地実証試験で得られた結果を踏まえて,慎重な保守的姿勢をある程度弱めるべき余地があると考える(土壌から作物への放射性セシウムの移行を求める係数などで)。IAEAは,日本が新たなより適切な基準を検討するのを支援する用意がある。

アドバイス9: 都市部の廃棄物について,調査団は,大部分の物体は非常に低い放射能しか含んでいないことは明かであるとの意見である。IAEAの安全性基準を踏まえた安全性評価にしたがえば,こうした物体は一時貯蔵ないし中間貯蔵をせずに,レメディエーションしてさしつかえない。工業廃棄物用の既往の都市インフラを利用するのが有効である。

(注)基準以下の汚染しか受けていないコンクリート,土壌などは,汚染されていないものと混合して,建築や土木の基礎工事に再利用することなど)

IAEAは,日本が基準を改定したり,新たなより適切な基準を検討したりするのを支援する用意がある。

アドバイス10: 森林地域のレメディエーションに時間と努力を払う前に,当該レメディエーションが被曝量を減らす効果があることの安全性評価を実施しなければならない。効果がないなら,そのために要する時間と努力を,便益が多い地域に集中させるべきである。この安全性の分析には,現地実証試験の結果を利用すべきである。

アドバイス11: 調査団は,日本当局が淡水系や海洋系の有益なモニタリングを続けることを勧める。

アドバイス12: IAEA調査団は,日本当局が,利害関係者と密接に協力して,廃棄物について適切な最終処分場を積極的に探すことを勧める。国と県は,これらの施設を確保するために協力すべきである。そうしたインフラが利用できないと,レメディエーション活動が成功するのを不当に抑制したり妨害したりして,市民の健康と安全性を危うくする可能性がある。

IAEA調査団の主要な指摘事項の内容については,「環境保全型農業レポート.No.191. IAEA調査団(2011年10月)の予備報告書」を参照されたい。

●清水修二福島大学副学長のチェルノブイリ視察記事

福島の自治体関係者や福島大学の研究者ら約30人が,2011年10月31日から11月7日まで,チェルノブイリ事故から25年を経過したウクライナ共和国とベラルーシ共和国を訪問して,現地の状況を視察し,現地で意見交換を行なった。その調査団長の福島大学の清水修二副学長にインタビューして話をうかがった記事が,朝日新聞に掲載された(2011年11月16日)。その見出しが,『「除染せず」に驚く,放射能と生きるたくましさと怖さ』である。そのなかにIAEAの報告書と重なる内容が多い。その一端を紹介する。

『−農業はどうでしょう。参考になったことは。

「現地では農地を平均11ヘクタールごとの網目状に分けて放射線を測定し,詳細な汚染度マップを作っていた。土地によって汚染の内容も度合も違う。ここはこの作物を植える,ここはまだ無理,ここは加工品の原料としてなら牛乳でも可能,というように,何とか土地を使おうとしている。これも参考になりました。一律に100%大丈夫でないとダメとか,除染しない土地は使えないなどと決めつけるのではく,もっと土地ごとに対応していくことが大事です。それが農産地として生き残る道になると思う」

「実際,現地で受けた説明では,穀物と牛乳は事故から4年後には放射線量が基準値以下まで大幅に減って出荷できるようになったという。我々にとっても明るい話だった」

・・・・・

−日本では除染が大きな課題になっています。チェルノブイリではどう取り組んだのでしょう。

「福島で進めようとしていることとはだいぶ違った。ベラルーシの当局者は,農地も森林も除染しない,するべきではないと結論づけた,というんですね」

−除染しない,のですか。

「試みたが,あまりにも膨大な費用がかかって引き合わない,それに表土を削ったら農地の肥沃度が落ちてしまう,土の始末も大変だという説明だった。たしかに現地は広大です。バスでいくら走っても,地平線まで森林や平原が続いている。あれだけ広ければ,そういう判断もありうるかと思いました」

・・・・・

−日本でもそういう論議が出てくるでしょうか。

「わからない。でも,出てくるかもしれない。1人あたり数千万円,地域で何千億円もかけて除染をすることで,どれだけの農業生産のリターンがあるのか,別の土地で新たに生産するための資金にした方がいいのでは,という議論が。しかし,日本には狭い国土で営々と工夫を重ねて農業をやってきた歴史があるし,自分の土地への愛着は強い。そもそも土地所有制度が違う。それを考えると,単に生産性や合理性だけでは割り切れない。判断は軽々にすべきではないと思います」』

●おわりに

1986年のチェルノブイリ原子炉事故の5年後の1991年12月にソビエト連邦が崩壊し,事故の影響を強く受けた地域は,ロシア,ウクライナとベラルーシの3か国に分離され,しかも経済的に疲弊して,汚染対策を十分にとれなくなった経緯がある(「環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書」参照)。

国による経済ベースの違いによって,レメディエーションのコストと便益のバランスは異なるはずであり,国々の事情を踏まえて,レメディエーションの仕方は当該国が決めることになる。しかし,IAEAが指摘しているように,日本の慎重すぎる保守的姿勢によって,大量の土壌を削り取ることを軸にした除染方針では,保管場所について地元住民の賛成がえにくい現実があり,金もかかって,解決の終着点にたどりつくことに不安を感じざるをえない。健康や農産物の安全性に危険が生じない範囲の低レベルの放射線と共存する暮らしを考える必要もあろう。