No.131 施肥改善に対する意欲が不鮮明

〜肥料高騰に対応した施肥改善等に関する検討会:中間取りまとめ報告書〜

●経緯と「肥料高騰に対応した施肥改善等に関する検討会」の設置

 農林水産省生産局は土壌・施肥管理に関連した検討会等を相次いで開催している。

 (1) 2007年10月から2008年3月まで,「今後の環境保全型農業に関する検討会」を8回開催した。我が国における環境保全型農業は,環境負荷軽減と同時に,土壌の炭素貯留機能といった公益的機能の強化も視野に入れて取り組むことが必要であることを再認識した上で,有機物の施用や土壌診断に基づいた適正な施肥などの持続的な土壌管理を行なって,環境負荷軽減と公益的機能の強化の双方を同時に達成するのに必要な施策の方向などを指摘した(環境保全型農業レポート.No.100 「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書)。この報告書を踏まえて2009年度予算で土壌の温暖化緩和機能強化事業が開始された(環境保全型農業レポート.No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法)。

 (2) 上記の「今後の環境保全型農業に関する検討会」において指摘された問題を具体的に検討するために,生産局は2008年3月から7月まで「土壌管理のあり方に関する意見交換会」を4回開催し,家畜ふん堆肥の施用,化学肥料や堆肥の施用上限や減肥について,具体的ガイドラインを策定した(環境保全型農業レポート.No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書)。この報告書を踏まえて,2008年7月10日付けで2つの生産局長通知,「適正な土壌管理の推進について」と「肥料価格高騰に対応した肥料コスト低減に向けた取組の強化について」が出された。

 (3) 2008年7月から肥料価格が急激に上昇した(図1)。このため,生産局はこれらの生産局長通知に加えて,地域でまとまって土壌診断を踏まえて効率的な施肥を行なって施肥量の低減に務める農業組織や団体に,必要経費の一部を補助する「施肥低減体系緊急導入促進事業」を開始した。

 (4) こうした状況と経緯を踏まえ,生産局は,2009年3月から6月に「肥料高騰に対応した施肥改善等に関する検討会」を4回開催した(座長:木村武(独)農業・食品産業技術総合研究機構 研究管理監,担当:農業生産支援課と農業環境対策課)。上記(3)の事業は即刻対応するためのものだが,この検討会は,中長期的な視点から,農業現場の生産体系を省資源型体系に転換して,肥料高騰に耐えうる農業経営を確立するのに役立つことを目的に,特に次の3点を重点的に検討した。

 (a)土壌診断に基づく施肥設計の見直しやこれに必要な減肥基準策定の推進

 (b)地域有機資源の活用や施肥低減技術の導入等による施肥改善の推進

 (c)適正施肥や施肥低減技術の導入に取り組むための指導体制のあり方

 この検討会の中間報告書は,2009年7月14日に公表された。以下にこの概要を紹介する。

●中間報告書の全体的印象

 本中間報告書は,農地土壌全体の養分蓄積状況などを踏まえて,作目共通の今後の対応方向をまとめた主文に相当する部分以外に,稲作,北海道畑作,露地野菜,施設野菜,果樹,茶,牧草・飼料作物といった作目別にみた施肥の現状,課題や新しい施肥低減技術も具体的に記述している。そして,全体として作目別の各論部分の記述に加えて,その詳細な記述を別紙にも行なっており,作目別各論が長すぎる。

 過剰施肥は今に始まったことではなく,長く続いている。こうした現状を如何に終わらせて,新しい土壌管理を普及させるのかについての,行政としての対処方針や提言部分が不十分であるとの印象を与える。

 以下は主文に相当する今後の対応方向を中心に紹介する。

●土壌診断の実施状況

 我が国の農地土壌における養分状態の変化を,「土壌環境基礎調査」(1979〜1998)と「土壌機能モニタリング調査」(1999〜2003)をもとに要約している。

 例えば,有効態(トルオーグ)リン酸含有量は,水田土壌で調査開始時に比べて約1.5倍に増加しているほか,北海道畑作土壌,野菜畑土壌などいずれの農地土壌においても,調査開始から増加傾向で推移している。そして,地力増進基本指針に基づく上限値を超えて有効態リン酸が過剰に蓄積されている圃場の割合(1999〜2003)は,水田土壌53%,北海道畑作土壌37%などとなっている。

 他方,交換性カリ含有量は,水田土壌で調査開始時に比べて約1.3倍となっており,また,北海道畑作土壌,野菜畑土壌,茶園地土壌などでは,横ばい傾向で推移している。しかし,上限値を超えて交換性加里が過剰に蓄積されている圃場の割合(1999〜2003)は,水田土壌29%,北海道畑作土壌70%などとなっている。

 適正施肥を行なうには,農業者が自分の圃場について土壌診断を依頼し,その結果をもとにした処方箋に基づいて,施肥を調節することが重要である。土壌診断は,試験研究機関,普及指導センター,JA,民間団体などで実施されているが,生産局の農産振興課(当時)が実施した2006年度の土壌診断実施点数をみると,2002年度に比べて伸び悩んでおり,総点数は47.5万点で,処方箋作成件数は34.8万点であった(表1)。

 診断件数は施肥量の多い作目ほど多い傾向があり,診断密度(作付面積/診断点数)でみると,花き>野菜>茶>果樹>畑作物>水稲>飼料作物の順に,より高い頻度で,土壌診断が実施されていることがうかがえる。表1は,土壌診断を実施していない農家を含めた平均値なので,実際に土壌診断を励行している農家は,より高い密度で診断を行なっていよう。とはいえ,日本の経営規模からみれば,最も高い花きですら0.4 haに1点の診断では,平均的にみれば,1戸の農家が栽培する総面積の1か所の土壌を,年1回診断してもらっている程度となってしまう。より高い密度での診断が望まれる。

●減肥基準の策定状況

 土壌診断による土壌蓄積養分を考慮して,標準的施肥量よりも施肥量をどれだけ減らすのか,また,堆肥を施用する場合には,堆肥から供給される養分量を考慮して,化学肥料施用量をどれだけ減らすのか,といった減肥基準が必要である。既に減肥基準を策定して普及させている道県もあるが,まだ策定していない自治体も多い。このため,2008年7月10日付けでだされた2つの生産局長通知も,減肥基準の策定と活用の重要性を指摘している。

 2009年3月に農林水産省が実施した都道府県に対する減肥基準策定調査によると,29県で基準が策定され(うち7県は一部作物のみ基準を策定),5県で基準の策定中であるものの,13県で基準策定を行なう予定がないか未定で,着手できない状態との結果であった。基準づくりに着手できない理由として,そもそも減肥試験を行なっておらず,基準を定める基礎データが不足していることが指摘されているとのことであった。

●土壌診断に基づく施肥設計の見直しや,これに必要な減肥基準策定の推進

 現在の状況では,土壌診断結果を踏まえて,減肥など,適正な施肥設計を出すための減肥基準が整っていない自治体が存在する。このため,そうした自治体については,当面,先進県の減肥基準やデータを利用して,暫定的な基準の策定を進めることを指摘している。

 土壌診断で分析している可給態養分の分析手法についても,データの継続性を維持する観点から,必ずしも適切とは言い切れないものもある。このため,今後,分析手法の改良にあわせ,地目別に分析手法の考え方を整理検討する必要がある。また,微量要素の診断基準を策定できるように,研究開発を進める必要がある。

 そして,各農業者が定期的に圃場の現状を把握し,それに基づいて施肥低減をはじめとした施肥設計の見直しを行なうよう,普及啓発活動を強化する必要があることはいうまでもない。その際,農協合併に伴い,近くに土壌分析機関を有しない地域が生じていることから,広域的な体制で高い処理能力を備えた土壌分析装置を整備し,関係機関の役割分担のもと,効率的な土壌診断が実施できる体制を構築する必要がある。分析キットや簡易分析機器による土壌診断の簡易・迅速・低コスト化を進めるとともに,施肥量の調節に反映できるように精度を確保するための研究も必要である。

 農業者に施肥の適正化の必要性を具体的に理解してもらえるように,次の取組が必要なことを指摘している。

 (1) 地域に実証展示圃を設置し,実際に施肥量を減らしても収量や品質等に影響がないこと,また,過剰施肥による品質低下や過剰障害,病虫害発生のおそれがあることを目で見て納得してもらう取組

 (2) 農業者が肥料の種類や量など施肥に関する情報を自ら記録し,土壌診断時にはこれを提出できるようにするとともに,指導機関は施肥量を減らした場合の生育見通しやコスト削減効果を試算するなどし,処方箋をより具体的でわかりやすいものに改善する取組

 (3) 関係者が連携して施肥低減事例をデータベース化し,農業者に提供していく取組

 そして,処方箋に即した施肥を行えるように,JA以外の供給も含めて一層の低成分肥料銘柄などの供給体制の整備の必要性も指摘している。

●堆肥施用の現状

 各作目で,堆肥施用量は減少傾向にある。水稲については,2006年度と07年度に堆肥施用量が顕著に減少した東北地方と中国四国地方の全農協に,農林水産省農業環境対策課が2009年4月に実態把握調査を行った。その結果,堆肥施用量減少の要因として,他の作目と共通して高齢化などの要因が指摘されたのに加えて,低水準の米価のために,堆肥施用コストをまかなえないことが第二位の要因として指摘された(表2)。

 露地野菜,施設野菜や果樹では堆肥施用量が減少傾向にあるものの,他の作目に比べてはるかに多く,土壌診断もかなり頻繁に行なわれ,化学肥料施用量も減少している。しかし,有効態リン酸やカリが増加してきており,堆肥中の量を勘案した減肥が必要になっている。

●地域有機資源の活用や施肥低減技術の導入等による施肥改善の推進

 しばらく前の時代には,堆肥といえば,稲ワラ堆肥が主体であった。しかし今日では,稲ワラ堆肥は入手し難く,家畜ふん堆肥が流通堆肥の主体となっている。家畜ふん堆肥の養分含量は,古典的な稲ワラ堆肥よりもはるかに高い。このため,稲ワラ堆肥を前提として指示された施用量にしたがって家畜ふん堆肥を施用すると,養分過剰となってしまう。このため,今回の中間報告書では,「土壌管理のあり方に関する意見交換会」で策定した堆肥の種類別の作目別施用上限や減肥のガイドライン(環境保全型農業レポート.No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書)などを参考にして,地域の堆肥や作目の実態に応じた減肥基準を策定し,施肥低減の取組を推進する重要性を中間報告書で指摘している。そして,畜産サイドにおける家畜ふん尿の過剰と,耕種サイドの高齢化による労力不足や生産コスト低減の必要性などとの双方を解決すべく,一層の耕畜連携を進める必要がある。このため,堆肥配布体制の整備,堆肥のペレット化,指導者に対する堆肥の生産方法に関する研修の実施など,耕種農家と畜産農家が連携して堆肥の活用を促進するための取組も必要である。なお,堆肥の連用により,土壌中養分の高濃度化や構成バランスの悪化が見られるケースがあるので,堆肥分析や土壌分析を活用して適切に施用することが必要である。

 また,本中間報告書は,かなりのスペースを割いて,各作目での主な新しい施肥低減技術を紹介している。しかし,導入状況は地域的に大きなバラツキが存在している。その導入を促進するために,地域ブロックまたは作物ごとに,施肥低減技術の実証圃の設置,導入可能な地域や作物の明確化,技術マニュアルの作成などに関係機関が連携して取り組み,導入を加速化する必要があると指摘している。

●適正施肥や施肥低減技術の導入に取り組むための指導体制のあり方

 (1) 農業者に対する施肥指導体制の再構築

 地域において,土壌診断とそれに基づいた施肥指導を各機関が別個に行なうことが困難な場合には,例えば,都道府県(行政,農業試験場,普及組織),JAグループ,全国肥料商連合会各県部会等の関係者を構成員とする都道府県段階の協議会等の体制を整備し,(a)施肥指導方針の検討,農業者からの相談窓口の設置,施肥改善に関する情報提供等を行なう,(b)実証展示圃の設置,普及指導センター,JA等の栽培ごよみの見直し,農業者に対する研修会の開催,農業者に対するパンフレットの作成等について,各構成員が連携・分担して取り組むことを例示している。

 また,農業者のニーズに十分応えられるよう,施肥に関する専門的知見を有する普及指導員やJA営農指導員を確保するとともに,OBなど経験豊かな人材も積極的に活用すべきである。そして,広域に対応できる土壌診断施設の充実,施肥指導ソフトの開発も行なって,施肥指導者が指導に集中できる環境を整えて,指導体制を強化する必要がある。さらに,施肥低減事例をはじめとした施肥改善に関するデータベースを整備し,関係者が広く活用できるようにする取組を推進する必要があるとともに,将来的には,減肥基準の策定や改訂に有益なデータや施肥低減技術に関する情報を一元的に参照でき,指導者間の情報交換等を可能とする施肥低減ポータルサイトを設置し,関係機関の効率的な連携を実現する必要があることを指摘している。

 (2) 指導的役割を担う人材の育成

 施肥指導を担う人材の研修は,現在,その内容が土壌・肥料に関する一般的知識に留まっていて,施肥低減に関する研修が十分でない場合もある。このため,適切な施肥指導を行いうる人材の育成を全国的かつ効率的に推進するため,指導に必要な知識を網羅した汎用性の高い教材を作成する必要を指摘している。また,国,都道府県,JAグループや肥料販売業者などの民間事業者が実施している研修において,施肥低減技術や減肥基準の考え方に関する講義をカリキュラムに組み込んだものとする必要がある。なお,将来的には,例えば,施肥指導アドバイザーというような,土壌診断や施肥指導に携わる人材が,専門的知識を有することを証明する研修または資格の制度を創設するとともに,指導者の資質が指導を受ける農業者から見てもわかりやすく,信頼の得やすいものとすべきであるとしている。

●地力窒素供給力診断の必要性を指摘せず

 中間報告書は,「土壌環境基礎調査」と「土壌機能モニタリング調査」の結果を踏まえて作成されている。これらの調査では土壌の窒素については,無機態窒素量や全窒素含量を測定している。化学肥料を過剰施用した場合でも,収穫後の土壌では余剰な無機態窒素が流亡ないし脱窒されて,わずかしか残存していない。また,多量の堆肥を連用した場合でも,土壌の全窒素含量は高まっているが,無機態窒素の存在量は多くない。このことは通常の土壌診断でも同じである。このため,化学肥料や堆肥の過剰施用が行なわれていても,これまでの調査や通常の土壌診断では,窒素の過剰施用が行われたことすら判定できない。

 また,上記の調査や通常の土壌診断では,土壌有機物から作物の栽培期間中に無機化されてくる地力窒素供給力を測定していない。特に,堆肥連用土壌では地力窒素レベルが高まっているので,堆肥から当年に放出される無機態窒素に加えて,地力窒素供給量を考慮して,化学肥料窒素を減肥した適正な窒素肥料の施肥設計を作ること必要だが,それができない。中間報告書では可給態リン酸やカリの過剰蓄積を指摘し,両者の減肥の必要性を強調していたが,窒素の減肥については何らの論及も行なっていない。窒素の過剰施用は収量の減少,品質低下,病害虫の多発,周辺水系の水質汚染に大きな影響を与える。

 地力窒素供給力の測定を,常法である30℃,4週間の培養法で行なうのでは,時間がかかりすぎて,土壌診断の手法としては使えない。しかし,最近ではオートクレーブ抽出法,リン酸緩衝液抽出法などの手法を用いたデータが蓄積してきている。

 堆肥施用時における減肥ガイドラインは,堆肥施用当年に堆肥から供給される養分を考慮したものである。前年までの堆肥施用によって地力窒素供給力に差の生じている土壌では,同量の堆肥を施用しても,地力窒素と堆肥の双方から供給される無機態窒素の和には当然差が存在する。このため,両者で減肥すべき養分量が違ってくる。

 常陸大宮地域農業改良普及センターは,管轄地域の稲作農家による牛ふん堆肥1 t/10aを連用した特別栽培米の「うまかっぺ」の技術指導を行なっているが,堆肥を連用した水田土壌についてリン酸緩衝液抽出法で地力窒素供給量を測定し,その分を減肥した施肥設計を1筆ごとに作成して農家に提示している(環境保全型農業レポート.No.28 牛ふん堆肥によるコシヒカリ栽培技術寺沼昇(2006) 牛糞堆肥を生かしたコシヒカリ栽培で「奥久慈」ブランド米確立.農業技術大系.土壌施肥編.第8巻 環境保全型農業の地域展開 茨城 奥久慈 1〜10ページ参照)。

 中間報告書は地力窒素供給力の測定の重要性を指摘し,現在実施されていないこの測定法のデータ集積を全国的に進めて,土壌診断に含めることを提言すべきであった。

●冬作物の復活による余剰養分の回収の必要性を強調せず

 中間報告書は,堆肥や緑肥の鍬込みによって,化学肥料の施肥量を減肥できるという観点から,地域有機資源として堆肥や緑肥などの活用の必要性を問題にしている。そして,緑肥は,土壌に蓄積された肥料成分の再利用と圃場外への流出防止,有機物の補給による土壌の生物性・物理性の改善,土壌侵食の抑止等の効果を持つことを指摘している。

 特に大部分の野菜栽培では,収穫後に余剰な肥料成分が残存するのが不可避である。だからこそ,土壌診断で次の作での施肥を減らす必要がある。とはいえ,露地野菜作では通常,秋の収穫後に裸地にして,翌年の5月か6月に播種や苗を定植する。降水量の少ない冬の間は土壌中に残留していた硝酸性窒素が,春雨で地下に流亡し始める。ある程度流亡してから施肥がなされて,播種・定植が行なわれる。そして,野菜がまだ幼植物段階にあって少量の硝酸性窒素しか吸収しないうちに梅雨期に入るため,その雨によって多量の硝酸性窒素が流亡してしまう。冬作物を無肥料ないし減肥して栽培すれば,土壌中に残存した硝酸性窒素を吸収するので,次の野菜用の施肥を行なっても,土壌中の硝酸性窒素レベルがあまり高くならず,梅雨期に流亡する硝酸性窒素も少なくてすむ。

 このように,特に露地野菜畑では,土壌診断とそれに基づいた減肥だけでは,裸地期間や翌春の幼植物段階での余剰な硝酸性窒素の流亡を効果的に削減できない。緑肥の鍬込みというよりも,冬作物の栽培の重要性を強調すべきであった。これは上述したように既往の土壌調査データでは余剰窒素の問題を扱えないために起きたともいえよう。

●農業者が土壌診断を頻繁に受けるための施策が提言されず

 作物別土壌診断実績(表1)をみても,土壌診断を受ける農業者数が増え,かつ,土壌診断を受ける頻度や圃場数が大幅に増えることが必要である。そのために,行政がどのような支援を行なうべきなのかが不鮮明である。

 「今後の環境保全型農業に関する検討会」では,農業者の環境保全型農業に対する取組を支援するために,

 (1)適正な価格での取引を推進するための表示・ブランド化等の推進,

 (2) 環境保全型農業に取り組む農業者に対する支援事業の導入・拡充,

 (3) 農業環境規範の具体化を通じた普及の促進,

 (4) 環境保全型農業に対する国民の理解の増進

 を指摘した(環境保全型農業レポート.No.107 「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書)。土壌診断は環境保全型農業推進に必要な要素の一つであり,農業者が土壌診断を頻繁に受けるための行政支援の記載がないのは納得しかねる。

 例えば,北海道の「クリーン農産物」(環境保全型農業レポート.一歩進んだ北海道の「北のクリーン農産物」施肥基準)や,滋賀県の環境こだわり農産物(環境保全型農業レポート.滋賀県が環境こだわり農業推進条例で直接支払制度を開始)では,土壌診断を義務づけている。適切な土壌診断を受けて適正施肥を行なった農産物に対しては,安全で環境を保全しているとのキャンペーンを行政が支援して,国民の理解を醸成し,農産物に対する信頼性を高めるといった支援もあって良いだろう。

●環境保全の視点が弱い

 中間報告書は,「将来的には,施肥基準について,環境保全といった観点も含め,引き下げが可能かどうか検討する必要がある。」と記述している。この部分の詳しい説明がないが,作物生産のために必要な施肥を行なっているのだから,環境負荷が生ずるのはしょうがないといった姿勢もうかがえる。

 EUは農業から排出された硝酸による河川,湖沼,河口,地下水の水質汚染を軽減・防止するために,「硝酸指令」を施行している。この「硝酸指令」によって,水質が基準以上の硝酸汚染の恐れがあったり,富栄養化(アオコ発生)に達したかその危険のある地域(硝酸脆弱地帯)では,農業者は施肥や家畜ふん尿還元について厳しい規制を受けている。例えば,スラリーや堆肥といった,家畜ふん尿由来の窒素の土壌還元量の上限は年間170 kg/haと定められ,土壌から供給される可給態窒素も勘案して,作物に施用可能な窒素の上限量を定めることが義務づけられている(COUNCIL DIRECTIVE of 12 December 1991 concerning the protection of waters against pollution caused by nitrates from agricultural sources (91/676/EEC)環境保全型農業レポート.No.121 イングランドが硝酸汚染防止規則を施行)。

 EUでは農業による水質汚染が深刻なため,このように厳しい規制を行ない,規定を超えた環境汚染を行なう農業生産を認めていない。日本でも,水道水源にしている地下水が農業由来の硝酸性窒素で汚染されて問題になっている地域がある(環境保全型農業レポート..環境省が刊行!〜主に農業に由来する地下水の硝酸汚染の実態と対策に関する事例集)。

 日本では法的に窒素施用量や堆肥施用量の上限などが規制されていないが,農業による硝酸性窒素汚染が深刻な地域については,法的規制があっても不思議ではない。だからこそ,「将来的には」ではなく,直ちに「施肥基準について,環境保全といった観点も含め,引き下げが可能かどうか検討する必要がある。」とすべきであった。そして,少なくとも地下水の硝酸性窒素汚染が深刻な地域については,今後そうした施肥基準を守る農業者を支援する施策を導入するといった提言が望まれた。