ルーラル電子図書館トップ >> 「農業技術」コーナー >> 西尾道徳「環境保全型農業レポート」

西尾道徳「環境保全型農業レポート」

◆2004年7月28日号記事一覧

  1. 一歩進んだ北海道の「北のクリーン農産物」施肥基準
  2. 愛知県が「食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例」を施行
  3. し尿や畜舎汚水からのりん回収技術に新たな展開


1.一歩進んだ北海道の「北のクリーン農産物」施肥基準

●施肥ガイドラインの落とし穴

 都道府県が農家指導のガイドラインとして施肥基準を作成している。通常の施肥基準は,堆肥施用量の少ない現状を踏まえ,地力維持に最低必要な堆肥施用を前提に,初作の作物が目標収量を上げるのに必要な化学肥料の施用量を記載している。土壌を長期的に適正管理するには,土壌分析を行って,土壌の天然養分供給量や残存養分量を勘案して施肥量を調整することが必要だ。また,堆肥等の有機物を増やす場合に化学肥料の量を減らすことが必要である。土壌診断が普及し始めたが,土壌診断せずに,毎回施肥基準に示された量を施肥して,土壌養分が過剰になり,環境汚染を起こしているケースが少なくない。
 こうした問題を防止する点で,通常の施肥基準はまだ十分対応できていない。特別栽培農産物やエコファーマーの国の規定もこれらの問題への対応を義務化していない。このため,特別栽培やエコファーマーでも有機物の過剰施用で類似の問題が起きかねない。

●一歩進んだ北海道の施肥基準

 北海道は,国の規定で求められていないが,生産の持続性や農産物と環境の安全性を確保するために,独自に「北のクリーン農産物表示要領」(2003 年 9 月改正)の中で,「肥料及び化学肥料の使用基準」を定めている(要領や基準は http://www.marugoto.pref.hokkaido.jp/yesclean/index.html から入手できる)。それが一歩進んでいるのは下記の点である。

 1) 1〜3年ごとに土壌分析を行って,土壌の窒素肥沃度水準を求めることを義務化し,作物によって3〜5段階に分けた土壌窒素肥沃度水準ごとに施肥量を設定した。

 2) 作物の種類ごとに土壌窒素肥沃度水準別の総窒素施用量の上限値を定め,化学肥料と堆肥等有機物の施用量を調整できるようにした。すなわち,有機物の種類ごとに重量当たりの化学肥料相当の窒素換算量を設定し(使用基準の「参考1」),有機物施用量を増やした場合の化学肥料窒素の削減量を計算できるようにした。

 3) 土壌の健全性を確保するために,堆肥など有機物を施用することを義務化し,有機物の施用量下限値を設定し,その化学肥料相当窒素換算量と総窒素施用量上限値の差を化学肥料施用量上限値として設定した。そして,堆肥の過剰施用は環境汚染や土壌養分の不均衡をもたらすため,堆肥施用量上限値も設定した。

 各県で施肥基準は出されているが,北海道のように土壌分析を義務化し,作物ごと・土壌窒素肥沃度水準ごとに窒素施用量の上限値を定めて有機物の窒素換算量を設定したこと,さらには,堆肥の過剰施用にも配慮して堆肥施用量の上限値をも設定しているなど,環境に配慮した「北のクリーン農産物」の施肥基準は他県に一歩先んじたものとなっている。

  環境保全型施肥に関連した『農業技術大系』の記事を検索するにはこちら →

●窒素以外についても基準がほしい

 しかし,まだまだ課題は残されている。ただし,「北のクリーン農産物」の「肥料及び化学肥料の使用基準」は窒素で規定され,リン酸やカリの規定を設けていないからである。これは特別栽培農産物が窒素施用量を規定しているのに呼応しており,消費者・実需者に分かりやすくするためである。生産者のためには,リン酸やカリを含めた 242 ページに及ぶ「北海道施肥ガイド」( http://www.agri.pref.hokkaido.jp/nouseibu/sehi_guide/index.html から入手可能)が作られており,それを簡略化したのが「肥料及び化学肥料の使用基準」となっている。 また,堆肥やわらを連用した場合,連用にともなって化学肥料施用量を減らす必要があるが,この点は「北海道施肥ガイド」に記載されている。例えば,水稲では, 1 t/10a の稲わら堆肥と家畜ふん堆肥や 0.4 〜 0.6 t/10a の稲わらの連用年数に応じた化学肥料の窒素とカリの標準的な減肥量が示してある。しかし,実際に重要な連用にともなう化学肥料窒素の削減は「使用基準」には書かれていない。 「北のクリーン農産物」の生産者が「施肥ガイド」をどこまで踏まえるかは,要領では不明確である。また,土壌の持続的管理は窒素だけでは無理であり,クリーン農産物の基準として,土壌の窒素肥沃度以外の項目についても土壌診断を義務化することが望まれる。



2.愛知県が「食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例」施行

●消費者と生産者をつなぐ県条例

 愛知県は「食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例」を 2004 年4月に施行した(条文と関係資料は http://www.pref.aichi.jp/nourin/nousuibu/jyourei/index.htm から入手可能)。


(愛知県「食と緑が支える県民の豊かな暮らしづくり条例」ホームページより)

 国の大地が国土なら,県の大地は県土である。県土の生活環境は森林や農地の多面的機能によって守られ,その中で農林水産物が生産されて,県民の生活を支えている。愛知県が施行したこの条例は,都市と農山漁村の調和した発展を図り,食と緑の支える県民の豊かな暮らしづくりを,県,消費者と生産者の協力の下に推進することを目的にしている点で,全国に先駆けたものと言えよう。

 県は,食と緑の支える県民の豊かな暮らしづくりのための基本計画を次のように定めている。

 (1) 都市と農山漁村との間の交流の促進,県民に対する食料等の生産活動・多面的機能・食料の消費・利用に関する情報・知識の提供・普及

 (2) これらに関する県民の自発的な活動の支援

 (3) 安全・良質な食料等の持続的な生産に必要な技術の開発 ・普及,生産者の経営管理能力の向上,食料等生産基盤の整備,新規就農者に対する技術や経営方法の習得などの生産者に対する支援

 (4) 県内産食料等の県内外における消費及び利用の促進や流通体制の整備

 (5) 林地,農地や漁場の保全と多面的機能に配慮した整備

 (6) 農山漁村における就業機会の増大,生活環境の整備や定住の促進

 などに必要な施策を講ずることとしている。15 名の委員からなる「食と緑の基本計画検討委員会」が, 2005 年2月を目標に基本計画を検討している。

 ちなみに,愛知県は, 2002 年度における農業産出額が 3,392 億円(全国の 3.8% )で,全国5位の農業県である。特に市町村別の農業産出額では豊橋市が全国1位,渥美町が3位である。ただし,名古屋という巨大都市があって,人口が多く,県の食料自給率は熱量ベースでは 14% に過ぎないが,金額ベースでは 38% となっている。

●環境保全型農業の定義からみると

 ところで,全国農業協同組合中央会に事務局を置く全国環境保全型農業推進会議は,その環境保全型農業推進憲章(http://www.maff.go.jp/soshiki/nousan/nousan/kanpo/hozen-kensyo.htm)において,環境保全型農業を『環境に対する負荷を極力小さくし,さらには,環境に対する農業の公益的機能を高めるなど,環境と調和した持続的農業』と定義している。この概念に照らすと,愛知県の条例は,多面的機能の発揮を重視しているものの,さらにもう一歩踏み込んだ具体的な環境負荷の軽減について強調が弱いのではないかとの印象を与える。

 条例では,上記の具体的施策内容である, (2) 県民の自発的な活動と, (5) 林地,農地や漁場の保全において,「海及び川の水質浄化」を記しているが,農業が及ぼすであろう環境への負荷や環境汚染の軽減について明記していない。この問題は当然,条例を施行する前提になっているのかもしれないが,環境保全型農業を推進するためには,具体的に明らかにして欲しかったところである。

●農林水産業に対する独自の県民世論調査

 最近,農業に対して,国内農業の維持・食料自給率の向上,環境汚染防止,多面的機能発揮による国土・自然の保全,食品の安全・安心といった問題で関心が高まっている。これらの問題は密接不可分で,同時に達成する努力が必要である。愛知県の食と緑の基本計画の具体化過程で,これらを結合させる具体的計画が立案されることが期待される。

 なお,愛知県は 2003 年に本条例にかかわる問題について,「農林水産業の持つ役割と県民との関わり,県産材の利用」と題する世論調査を行っている。下記に世論調査結果 の一例を示すが,環境保全型農業の観点を加えて,『安全で,環境負荷の 少ない県産農林水産物なら,多少高くても購入する』といった設問も欲しかったところではある。


注:上の表は,「私たちが安心した生活を過ごすためには、安全な食料の安定的な供給と、農林水産業の多面的機能の十分な発揮が必要です。真に豊かで住みよい地域社会の実現に向け、本県農林水産業を持続的に発展させるためには、あなたは県民が何をすべきだと思いますか。(回答は1つ)」という設問に対する回答をまとめたもの(その他の回答は、 http://www.pref.aichi.jp/koho/15chosa/15-1/kaito1.htm を参照のこと)。



3.し尿や畜舎汚水からのリン回収技術に新たな展開

●奇妙な無駄

 昔の日本では耕地土壌のリン酸レベルが低かった。その後,リン酸肥料の多投による土壌改良によって土壌生産力が飛躍的に向上したが。長い間,リン酸は土壌に直ぐに吸着され,多少多めでも作物生育を阻害しないので,いくら土壌に施用しても大丈夫だと解釈されていた。

 しかし今日では,耕地土壌の多くが可給態リン酸の上限値を超えるまでになっている。そうした土壌に,特に鶏や豚のリン酸含量の高いふん尿堆肥を連年施用すれば,リン酸過剰を一層助長する危険性が高い。また,液状の家畜ふん尿の浄化処理では,微生物菌体中に回収されるリン酸量は一部だけで,大部分のリン酸が排出されている。

 リン酸レベルが高いと,作物生育に障害がでるし,リン酸を吸着した土壌が大雨で流されて河川に流れ込み,水系のリン酸濃度を上げて,湖沼ではアオコ,内湾では赤潮の発生を助長する。都市下水からも多量のリン酸が排出されて水系を汚染している。

 日本にはリン鉱石資源はないのに,過剰なリン酸が無駄に環境に排出されているという奇妙な無駄が生じているのである。

  リン酸過剰に関連した『農業技術大系』の記事を検索するにはこちら →

●MAPとして汚水中のリン酸を回収

 今日のように分析機器が発達する以前の時代には,マグネシウムは,アンモニア性アルカリ条件でリン酸を添加し,リン酸アンモニウムマグネシウム (MgNH 4 PO 4 ・6H 2 O: MAP) という結晶にして,その重量から定量していた。この分析方法は今では使われていないが,この反応を利用して,下水処理場では処理水に苛性ソーダを添加してアルカリ性にして MAP を沈殿させて,リンを回収する試みが行われている。

 豚舎汚水(分離尿や洗浄水)には 100 mg/L 以上のリンに加え,マグネシウムやアンモニウムも含まれている。(独)畜産草地研究所は,豚舎汚水を爆気して,微生物に有機物を分解させると,アンモニウムが放出されて,汚水がアルカリ性になることを利用して, MAP を沈殿にして回収する装置を開発した(http://www.naro.affrc.go.jp/top/seika/2001/nilgs/nilgs01005.html)。

 この方法では下水処理場のように苛性ソーダを加える必要がない。回収装置は豚舎汚水の浄化処理における最初の沈殿槽を多少改良するだけでも良いとのことである。この方法では MAP はまず有機物との混合物として回収される。その混合物を堆肥として利用するか,さらに MAP を分離して肥料として利用することができる。これまで環境に無駄に排出していたリン酸を回収し,再利用していく技術として注目しておきたい。


豚舎汚水からリンを MAP として回収する装置の概念図
(畜産草地研究所「結晶化反応を用いた豚舎汚水中のリンの除去技術」より)

●肥料としての再利用への期待

 一方,エネルギー・水・環境などのエンジニアリングの会社である JFE エンジニアリングを中心とするグループは,下水処理場を対象にして,し尿または下水汚泥からリンを MAP として回収する装置を開発し,販売し始めた(http://www.jfe-eng.co.jp/product/water/wat04_01_01f.html)。この装置ならし尿のリン酸の 90% 以上を純度の高い MAP の結晶として回収でき,し尿処理水中のリン濃度を 10 mg/L 以下にすることができるという。

 肥料取締法で,食品工業,化学工業の副産物や下水道の終末処理場等で排水の脱リン処理で副産されたもので,ク溶性リン酸を 15.0% 以上含有するものは副産リン酸肥料として承認を受けることができる。 JFE エンジニアリングの装置で回収された MAP は,ク溶性リン酸を 28.9 〜 29.3% 含有し,その他にク溶性マグネシウム 16.0 〜 17.2% ,アンモニア性窒素 5.5% を含有し,重金属類の濃度は基準以下で,副産リン酸肥料として登録可能である。

 下水処理場や養豚農家の回収した MAP を,肥料会社やその他の化学企業が肥料や他の化成品に加工して販売することが望まれる。リン資源のない日本が食品や飼料中のリンを循環利用し,かつ環境保全を図るのは,循環型社会形成のキーテクノロジーとなりうるものである。政府の補助金支出によってこうした技術が普及されることを期待したい。



西尾道徳(にしおみちのり)
東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。
 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。