No.72 形だけの農林水産省環境報告書2006

●農林水産省環境報告書2006とは

 農林水産省は2006年12月15日に「農林水産省環境報告書2006」を公表した。これは2004年に公布された「環境情報の提供の促進等による特定事業者等の環境に配慮した事業活動の促進に関する法律」によって,国,地方公共団体および特定事業者(独立行政法人,国立大学等)は,「環境に配慮した事業活動」(環境負荷の低や良好な環境の創出などの環境保全に関して自主的に行った事業活動)の状況を毎年度インターネット利用などによって公表することが課せられたことに基づいたものである。

 本報告書は2つの部分からなる。1つは農林水産省の実施している環境にかかわる政策とその現地における取組の優良事例の概要で,もう1つは農林水産省本省庁舎における電気,ガソリン,水などの使用量や廃棄物量の削減などの取組状況である。本文を読むと,農林水産省庁舎における取組では着実な進展があったことが報告されているが,前者の施策にかかわる部分は,PRに終始した内容といわざるをえない。

●環境実態報告が欠如

 「農林水産省環境報告書」の第1回目であるなら,これまでの農林水産政策とそれ以外の要因によって我が国の環境状態がどのような状態になっているのかについての具体的報告があると期待したが,短い総括的文章で終わっている。

 例えば,農村地域の地下水の水質について,かつて農林水産省の旧農村環境保全室が1991年に農業用地下水の水質調査結果(概要)を公表したが,その後にこの種の調査結果は公表されていない。環境省や地方自治体の公表した結果も引用しながら,農村地域の地下水や湖沼の水質の状態と窒素やリンの農業およびその他要因の寄与率などを示すことがなされるのが望まれる。そうした環境負荷の実態が公表されることがないままに地域で環境保全型農業の取組がなされても,地域では具体的削減目標を持てないので,効果的な改善を果たせない場合も多いと考えられる。

 また,「田んぼの生きもの調査」では,田んぼや水路で存在の確認されて指標生物や絶滅危惧種が主に報告されている。しかし,評価視点として,水路の構造や汚濁状況から,生き物の少ない地区の分布図を作成して,重点的な取組の必要な地区を公表することも,取組に具体的目標を与えるであろう。

 このように環境実態を公表し,地域で環境改善に取り組む人達が改善目標を具体的に理解できるようにすることが大切である。

●施策自体の環境改善効果評価の欠如

 環境に配慮した農業施策として,エコファーマー,農業環境規範,農地・水・環境保全対策,家畜排せつ物の利用促進,バイオマス利用などが上げられ,その取組の優良事例も紹介されている。しかし,これらの施策には問題点が内蔵されている。

 (1)エコファーマー(特別栽培や有機農業でも同様)では,化学肥料窒素は悪で,堆肥等有機質資材は善であるかのような考えで,化学肥料窒素の削減だけを強調し,堆肥の施用に何らの制限もないために,家畜ふん堆肥の施用によって窒素やリン酸の過剰が起きかねない(環境保全型農業レポート.No.1-1.特別栽培農産物の条件設定と問題点)。

 (2)農業環境規範は環境保全のために守るべき基本的事項を列挙しただけのもので,環境負荷を起こさないための農業行為の具体性に欠けている(環境保全型農業レポート.No.12.「農業生産活動規範」とは)。

 (3)農地・水・環境保全向上対策は,水路,農道,里山などの維持管理に役立つだろうが,農地からの養分排出などによる環境汚染の軽減(先進的営農支援)は予算総額の10%に過ぎず,また,堆肥等有機物の施用について規定を設けていないことから,実際の負荷軽減効果はあまり期待できない(環境保全型農業レポート.No.54.対象範囲の狭い「農地・水・環境向上対策」)。

 (4)家畜排せつ物の利用にしても,雨水を遮断して製造した堆肥の塩類・養分濃度は高くなり,土壌の電気伝導度を高めて,作物に濃度障害などを起こしやすくなる。このため,耕種農家から敬遠されて,売れなくなった堆肥が畜産農家に滞留する危険がある(環境保全型農業レポート.No.6-3.家畜排せつ物処理法の完全施行は家畜ふん堆肥の利用にブレーキをかけるのではないか)。

 (5)バイオマス利用で家畜ふん尿からメタンを生産した際,発酵残渣の汚泥の利用をどうするかが大きな課題として残されている。

 こうした問題が全く指摘されていない。施策を実施したら,どの程度の環境改善が期待できるかを評価することが必要であろう。

●PRに終わらずに真摯な環境報告書を期待

 農林水産省の施策には上記のような問題が存在している。だから根本的に駄目だというのではない。農林水産業による環境状態を踏まえた上で,日本の農林水産業を活性化させるシナリオのなかで環境状態のあるべき目標を提示する。そして,目標を一気に達成しようとするのは,農林水産業の現状からして無理だとすれば,そのことを明示した上で,当面の環境改善の施策として現在実施している施策を位置づける。そして,目標達成からみたときに現在の施策が抱えている問題点や改善効果の限界を明示した上で,次の段階に向けた目標とその達成シナリオを提示する。そして,年次の経過とともに,農林水産業の発展と環境改善の達成状況を評価し,次の段階に向けた目標とシナリオを再提案してゆく。

 現行の施策は完璧なものとはいえないが,あるべき環境状態を目指した第一歩であることを述べた上で,将来に向けてさらに必要な努力を農林水産業者や国民に喚起するとともに,農林水産省の努力の姿勢を示す。そうした真摯な報告書が作られることを期待したい。

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