環境省は2006年12月21日に2005年度の地下水質測定結果を公表した。その詳細な報告は環境省のホームページから入手できる(環境省水・大気環境局 (2006) 平成17年度地下水質測定結果)。
●概況調査による硝酸汚染件数
対象の汚染物質は「環境基本法」で地下水の水質汚濁に係る環境基準の定められている26の物質で,硝酸(環境基準は硝酸性+亜硝酸性窒素の合量で10 mg/L以下)もその1つである。地下水質のモニタリングは主に都道府県が実施している。
モニタリングにはいくつかのカテゴリーがあるが,地域の全体的な地下水質の状況を把握するためのものは概要調査と呼ばれている。概況調査は,多くの場合,都道府県をメッシュ化して行われている。環境省のガイドラインでは,市街地ではメッシュを1〜2 km,その周辺地域では4〜5 kmとし,3〜5年でモニタリングを一巡する方式が推奨されている。ただし,具体的な調査方法は実施主体に委ねられている。
地下水の硝酸の基準超過率は,2003年度6.5 %,2004年度5.5 %,2005年度4.2 %であった。これをだけをみると,硝酸汚染地区の数が減っているように思える。しかし,通常,都道府県の毎年の報告は当該都道府県の一部について行ったもので,全体を示しているものではない。このため,年次によって基準超過率の変化が認められた場合でも,3〜5年の範囲ではサンプリングした地区の違いを反映し,都道府県全体での状況変化を反映していない可能性が高いことを注意する必要がある。
●硝酸汚染地下水の累積件数と汚染原因
これまでの調査で汚染が判明し,2005年度末で汚染が解決していない事例について都道府県等から報告をしてもらった結果を環境省がまとめている。地下水の硝酸汚染は容易には解決しないので,地下水の硝酸汚染の現状については,単年度の概況調査結果よりも,こちらの方がその全体像を反映しているといえよう。なお,この調査では同一の原因によるまとまりのある範囲の汚染を1事例としており,硝酸汚染については1988年度から汚染の判明した累積件数が総件数となっている。
硝酸汚染については,総件数の44%で汚染原因が把握されている。把握された原因は,施肥90%,家畜排せつ物37%,生活排水34%(施肥+家畜排せつ物が原因になっているケースが多いため,総計は100%を超える)で,約7割は農業が原因と推定されている。
都道府県別の総件数と,2005年度末現在で汚染が解消していない件数を表1に示す。なお,両件数の差は,その後に汚染が改善されたか,改善されたと判断できるものや,現在では確認調査が不能になった事例である。
総件数および現超過件数は,千葉県>群馬県>埼玉県>茨城県>神奈川県>北海道などで多い。これらの道県での超過件数の多さは,活発な集約農業が主因となっていると推定される。
だが,家畜生産の活発な鹿児島県や宮崎県での総件数や現超過件数が意外なほど少ないことが気になる。地下水の硝酸濃度は降水量(正確には降水量と蒸発散量の差)によって大きく異なる。例えば,年間降水量の平年値は網走で約800 mm,前橋で約1200 mm,宮崎では約2500 mmと南ほど多い傾向にある。地下に浸透する水量が多い宮崎や鹿児島では,地下浸透する硝酸濃度が低くなっているために,濃度による基準では超過件数が少なくなっていると考えられる。
地下水汚染地区が存在していても,その地下水を生活用水として利用していないと,対策を講ずべき順位は低くなる。環境省の別の調査で,都道府県が「地下水の硝酸汚染が生じており,対策を講ずるとすれば,地域一体としての対策の必要」と考えている地域数が最も多いのは,北海道26,千葉県10,茨城県10,熊本県10などとなっている(環境保全型農業レポート.No.3-1.「環境省が刊行!主に農業に由来する地下水の硝酸汚染の実態と対策に関する事例集」)。農業による窒素負荷量,地下浸透水量に加えて,生活用水として地下水を利用している人口数などが要因になって,こうした結果が生じていると考えられる。
●硝酸汚染地区の対策の現状
「平成17年度地下水質測定結果」によると,他の汚染物質では,汚染が判明すれば都道府県などによって指導がなされているが,硝酸汚染では原因者に指導がなされた事例が1件もない。ただし,汚染が判明した地区では,関係者(環境部局,農業・畜産部局,生活排水対策部局,水道部局等行政機関に加え,農業協同組合,自治会,事業者団体,有識者等)で構成する連絡組織等を設置して,窒素負荷低減の目標の設定,目標達成のための対策について検討し,対策を講じている事例が増えている。ただし,硝酸汚染事例1,843 件のうち,2005年度末で連絡組織等が設置されたのは134件(7.2 %),設置予定が34件(1.8 %)で,残りは設置予定がないか無回答である。
硝酸を除去できる浄水器を使えば当面の生活をガードできるとはいえ,汚染された地下水は河川に流入して湖沼や沿岸の富栄養化などの環境悪化につながっている。地域環境の保全の努力をしない農業がやがて地域住民の支持を失うことが恐ろしい。
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