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西尾道徳「環境保全型農業レポート」

◆2004年12月8日号記事一覧

  1. 成分調整をして成型した家畜ふん堆肥の製造と利用技術
  2. 1980年代以降の日本における食料供給システムにおける窒素の収支
  3. 家畜排せつ物処理法の完全施行は,家畜ふん堆肥の利用にブレーキをかけるのではないか


1.成分調整をして成型した家畜ふん堆肥の製造と利用技術

 家畜ふん堆肥の利用促進が大きな関心を集めている。いろいろな問題があるが,特に次の問題が家畜ふん堆肥の利用促進にブレーキをかけている。
 (1)重たい堆肥を散布するマニュアスプレッダーなどの機械を装備し,堆肥散布作業を容易に行える耕種農家は多くない。
 (2)家畜ふん堆肥が周年製造されるのに対して,堆肥を施用できるのは収穫後から次の作付までの間に限られ,利用期間が限定されている。
 (3)家畜ふん堆肥の窒素・リン酸・カリの組成が作物の要求する養分組成と一致してない。
 一般に牛ふん堆肥ではカリが,豚ぷん堆肥や鶏ふん堆肥ではリン酸が過剰となって,家畜ふん堆肥を連用していると,作物生産に障害が起きる。
 こうした問題を改善するため,各作物が要求する養分組成や肥効パターンに調整し,しかも成型して使いやすい製品に仕上げる技術が九州・沖縄農業研究センターを核にして作られている。

●成分調整成型堆肥の製造方法

 三要素の組成を調整し,かつ,耕種農家の保有する石灰散布機などで機械散布できるようにペレット状に成型した家畜ふん堆肥を成分調整成型堆肥とよんでいる。
 その製造方法は,
 (1)まず,牛ふんオガクズ堆肥は約3ヶ月間強制通気発酵させたものを,豚ぷん堆肥と鶏ふん堆肥は出来上がったものを購入し,水分を20~30%に調製する(図1)。
 (2)粉砕機で2mm以下に細かくした堆肥に,三要素組成をそろえるために,油かす(カリ含量が低い)を混合して,成型機で直径5mm,長さ6mm程度に成型する。このとき,油粕を1/3以上混合すると成型性能が向上する。低水分で圧縮操作を行うため,牛ふんオガクズ堆肥のバラ状態に比べて重量と容積が約半分となるので,貯蔵スペースや輸送コストの削減につながる。

図1 成分調整成型堆肥の生産プロセス(農林水産技術会議事務局および農業・生物系特定産業技術研究機構編:家畜ふん堆肥の品質評価・利用マニュアルより)

 コスト試算によると,成型物を10t/日生産できる生産設備を建設した場合,総設備費は24,686万円で,同規模の従来型の堆肥舎より2,540万円増となる。そして,諸経費を入れた成分調整成型堆肥の生産コストは製品1t当たりで12,400(補助率2/3)~15,900円(補助金なし)となる。しかし,従来堆肥のバラ出荷と比較すると,輸送距離が100km以上になった場合は成型堆肥の輸送コストは半額ですむ成型堆肥は,従来型の堆肥と比べて,20kg入りの小袋では50円安,500kg入りフレコンでは同じ価格で出荷できる。
 以上の部分の詳細は,薬師堂謙一(2000)乳牛ふんの堆肥化方式と堆肥のペレット化.九州農業研究.62:19-24,および平成14年度 九州沖縄農業研究成果情報を参照。

●成分調整成型堆肥を利用した作物の栽培

 成分調整成型堆肥の有効性は,すでにいくつかの作物で栽培試験によって確認されている。
 大豆と小麦を熊本県の農家の圃場20aで2年間栽培した例では,成分調整成型堆肥の施用量を,全成分含量でなく,堆肥各成分の肥効率を用いて計算した化学肥料相当量によって化学肥料区とそろえた。窒素とリン酸に不足する牛ふん堆肥と菜種油粕を混合して製造した成分調整成型堆肥を例にとると,油粕の添加だけでは3要素のバランスを完全にとることはできず,なお不足する分を化学肥料で補って,化学肥料区の成分量とそろえた(表1)。成分調整成型堆肥は全量元肥で施用し,補完した化学肥料は大豆では全量元肥で施用したが,小麦では施用量のうち窒素20-リン酸21-カリ20kg/haを追肥で与えた。そして,収量および品質とも,成分調整成型堆肥区と化学肥料区に差がないことが確認された。

表1 大豆(フクユタカ)と小麦(ニシノカオリ)への施肥条件と収量1)
 1)2年間の結果の平均値 2)全成分量に肥効率を乗じて計算した化学肥料相当成分量(山本克巳・土屋一成(2004)成分調整成型堆肥による大豆および小麦の減化学肥料栽培技術.日本土壌肥料学雑誌.75:501-504から作表)

 小麦に施用した牛ふん・菜種油粕成分調整成型堆肥は168kgの全窒素を含有するが,そのうちの80kgの窒素が小麦栽培期間中に無機化された。そして,2年4作後の跡地土壌を分析すると,有効態リン酸,交換性のカリと苦土などが成分調整成型堆肥区で化学肥料区よりも若干増加した。しかし,増加程度は家畜ふん堆肥だけを施用した場合よりも少なかった。
 成分調整成型堆肥を用いた作物栽培試験は,この他,ホウレンソウ(王岩・山本克巳・薬師堂兼一(2001)同上誌.63:69),メロン,トマトおよび大豆(松森信・郡司掛則昭(2002)九州農業研究.64:54),レタス(大井義弘・山本克巳・荒川祐介・赤城功(2004)同上誌.66:76)でも確認されている。
 この成分調整成型堆肥は,従来のように土壌改良材として堆肥を使うのでなく,肥料として使う点に違いがある。上記の試験では成分調整成型堆肥は石灰散布機などで散布されたが,より細かなペレットにして施肥機で野菜栽培に利用できることが,未発表だが,野菜茶業研究所で確認されている。したが従って,これまでのように重たい堆肥を苦労して播種前にのみ施用するのでなく,施肥機を使って,で元肥のみならず随時追肥としてで施用することを可能にする。理想的には,成分調整成型堆肥を連用した跡地土壌に養分が過剰蓄積しないようにすることが求められる。このためには,肥効率の正確な測定し直しと,1作後の残渣分から次作,次次作など残留放出されてくる養分量の考慮も行うなど,ソフト面の改善が必要であろう。

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●肥料取締法の壁に風穴が開く

 肥料取締法において,肥料は,堆肥などの特殊肥料と,化学肥料や有機質肥料などの普通肥料に分類されている。これまで特殊肥料と普通肥料を混和したものは,公定規格の存在する既存の肥料と同等と認められる一部の例を除いて,肥飼料検査所の指導によって肥料とは認められていなかった。特に家畜ふん堆肥をベースにしたものは,製品のバラツキが大きいことも不認可の一因であったようだ。
 ここに紹介した家畜ふん堆肥に菜種油粕粉末を混和した堆肥も,特殊肥料と普通肥料との混和であり,これまでは,試験用なら良いが,販売することは認められていなかった。研究サイドはしばらく前から,この点の法律改正を農林水産省に要望してきていた。
 他の例もある。例えば,時間のかかる伝統的な堆肥化プロセスによって養豚農家に堆肥化を促進しろといっても,事態は進展しにくい。栃木県農業試験場は,豚ぷんに生石灰を混合し,製造過程で生ずるアンモニアを捕集して環境負荷が起きないようにして,1日間で白い顆粒状に成形する機械を開発した(宮崎成生・大村裕顕(1997)栃木県農試研究報告.46:19-28.)。そして,これが麦や野菜の生産に支障なく使用でき,養豚農家が迅速に豚ぷんを処理できることを示した。しかし,特殊肥料と普通肥料を混合するため,せっかく開発した装置を豚ぷん用に普及させることができず,法律の改正を要望した。事態は一向に改善されなかった。しかし,愛知県が,田原市と渥美町を対象に,家畜ふん堆肥と化学肥料の混合肥料の販売を容認する「渥美半島バイオリサイクル農業特区」を2003年に内閣府に申請した。
 これを契機になぜ認められないかのやりとりが内閣府と農林水産省の間で行われて,事態が進展し,2004年10月25日付けで,農林水産省消費・安全局から農林水産省告示を変更することの通知文書「肥料取締法に基づく特殊肥料の品質表示基準等の一部改正について」が発行され,同日付けの官報に公告された。これによって,2004年11月1日から下記が施行され,全国の全てケースに適用されることになった。
 (1)特殊肥料の品質表示基準(平成12年8月31日農林水産省告示第1163号)の一部改正
 生産に当たって腐熟を促進する材料が使用されたたい肥を販売する際は,当該肥料にその材料の名称を表示することとする。
 (2)特殊肥料等の指定(昭和25年6月20日農林省告示第177号)の一部改正
 たい肥の定義に「尿素,硫酸アンモニアその他の腐熟を促進する材料を使用したものを含む。」を追加する。
 熟促進を如何に解釈するか次第だが,菜種油粕や化学肥料を混合して多少腐熟させれば,販売できる道がようやく開かれた。



2.1980年代以降の日本における食料供給システムにおける窒素の収支

  食料・飼料の輸入量が増加する一方,国内の食料生産が低下して,食料の自給率が熱量ベースで40%に落ち込んでいる。これにともなって消費された食料・飼料から排出された養分が国土に蓄積している。この点を農業環境技術研究所が1960年と1982年を比較した後,5年ごとに各種統計を駆使して計算している。このたび1997年のデータを含めて,1982から5年ごとの窒素収支の一覧図が公表された。

織田健次郎(2004)わが国における1980年代以降の窒素収支の変遷.農環研ニュース.64:4-5

 図から次の点が注目される。
 (1)1982年と1997年を比較すると,輸入食飼料中の窒素量は,84.7万tから121.2万tに増加した一方,国内生産の食飼料中の窒素は63.3万tから51.0万tに減少した。国内生産の食飼料には水産物が含まれているので,農林産物に限定すると,減少率はさらに大きいと考えられる。
 (2)食飼料は人間や家畜に消費されて環境に放出されるが,人間(食生活)から排出された窒素量は1992年をピークに若干減少したものの,1997年には64.3万tに達した。このうち,生ゴミで4.2万t,残りがシンクやトイレなどから排出されたと推定された。
 (3)畜産業から排出された窒素量も1992年をピークに若干減少したが,1997年で80.2万tに達した。このうち,ふん尿として排出されたのが73.0万t,残りが屠畜廃棄物などと推定された。
 (4)加工業からの廃棄物が1982年の13.0万tが過去最大の1997年に15.4万tに増加した。
 (5)その他からの廃棄物を含め,環境(農地を含む)に排出された窒素の総量は,1992年をピークに若干減少したものの,1997年には167.5万tに達した。
 (6)この他に,1997年で化学肥料窒素49.4万tと作物残さ20.9万tが環境(農地を含む)に追加された。
 (7)こうした窒素収支は水質の悪化や耕地への養分集積の背景を物語っている。
 (8)1997年の耕地面積は494.9万haであったので,化学肥料窒素や作物残さに全ての廃棄物窒素を加算した合計237.8万tの窒素が耕地に均一に還元されたとすると,ha当たり480kgの窒素投入となる。これは作物生産にとって明らかに過剰であり,循環型社会形成といって,廃棄物を堆肥にして農地に還元する仕方では事態を解決できない。
 (9)環境保全の観点からも,食料自給率の向上,環境保全型農業や食生活を含めたライフサイクルの転換などが大切なことを図は示している。



3.家畜排せつ物処理法の完全施行は,家畜ふん堆肥の利用にブレーキをかけるのではないか

●堆肥に含まれる塩類および養分濃度の害

 2004年11月1日から,『家畜排せつ物の管理の適正化及び利用の促進に関する法律』(家畜排せつ物法)によって,スラリーは不浸透性の貯留槽に貯留し,家畜ふんは不浸透性材料(コンクリート等汚水が浸透しないもの)で造った床と,適当な覆い及び側壁を設けた堆肥舎で堆肥化することが義務づけられた。これにともなって畜産農家が家畜ふん尿の素堀投棄や堆肥の野積みを行うことが禁止された。この措置は地下水汚染防止に有効だが,雨を遮断して製造した堆肥の塩類および養分の濃度が高まって,耕種農家に歓迎されない堆肥になることが,多くの研究者,農業改良普及員や農業者などから懸念されていた。
 家畜ふんには鉱塩と養分が多く含まれている。乾燥牛ふんの粉末を苗床として利用する際に,野菜種子を直接乾燥牛ふんの粉末に播種すると,苗が濃度障害のために枯れてしまい,300日程度雨ざらした乾燥した牛ふん粉末なら,立派な苗床になるという,過去の文献に基づいて,雨ざらしをしない堆肥の耕種作物栽培に対する危険性を指摘した記事がある(西尾道徳.2004.耕種農家は家畜糞尿堆肥を雨にさらすことを望んでいる.『現代農業』.2004年10月号p.346-349)。

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●昔の模範的堆肥盤に学ぶ

 雨ざらしにすれば,堆肥の山から汁液が流れ出して土壌にしみ込んで,環境汚染を起こす。これを防止するために,家畜排せつ物法で雨ざらしが禁止されたのだが,雨ざらしにして耕種農家に歓迎させる堆肥を作ることと,環境汚染防止をどうすれば両立できるのか。
 昔の模範的な堆肥盤は地下にコンクリート製のピット(貯留槽)を有し,堆肥の山から流れ出た汁液をピットに貯めていた。養分が貴重だった時代には,ピット内の汁液を堆肥の山に戻して,養分が無駄にならないようにした。土壌養分過多の今日では,汁液を堆肥に戻さずに処分するのが良い。日本では伝統的に固液分離をし,固体部分を堆肥にし,液体部分を微生物に分解させて,放流するか,牧草の液肥として利用するのを基本にしてきている。この液体部分に汁液を導いて処理・利用するのが良いとしている。フリーストール方式なら,いったんスラリーで貯留した後,固液分離機にかけて,液体部分を微生物処理し,これに堆肥化過程での汁液を合わせて処理することができる。

屋根なし不浸透性ピット付き堆肥盤(概念図)(現代農業.2004年10月号 p.346-349)

 屋根つきでも,ピットのない堆肥盤だと,コンクリート盤から汁液が周囲に流れ出しているケースが少なくない。環境保全のためには,屋根を付けるよりも,汁液を集める不浸透性コンクリートピットの方が大切だ。こうした堆肥化施設も家畜排せつ物法で認めるように改正することが必要だろう。

●テレビ放映「噂の東京マガジン」の問題提起


 雨ざらし禁止の堆肥化については,思いもかけない問題が提起された。2004年7月18日にTBS系列の「噂の東京マガジン」という番組で次のような内容がTV放映された。
 福岡県久留米市の酪農家の内田龍司氏が,雨ざらしの牛ふん堆肥の山でカブトムシをが繁殖させし,それを無料で全国の希望する小学校などに27年間配布して喜ばれている。しかし,コンクリート側壁と屋根で囲った堆肥舎では,過去の経験から,産卵に飛来するカブトムシの成虫や孵化する幼虫が著しく少なくなる。家畜排せつ物法の完全施行によって堆肥の雨ざらしが認められなくなると,小学校にカブトムシを送れなくなる。そこで,内田氏は,牛ふん堆肥の雨ざらしでの野積みを続けてカブトムシを小学校に贈れるように,「久留米カブトムシ特区」の申請を行った。
 その後,農林水産省は,家畜排せつ物法において,一定の基準(堆肥舎内で半年間一次処理をした物を用いること,近隣の同意,関係する水利権者の同意,定期的な地質調査による土壌汚染の監視など)と,その目的が公益上有意義とされる場合に限り,同法による規制の例外を認めることに同意し,2004年9月10日に構造改革特区として認められた。
 家畜排せつ物法の雨ざらしの野積み禁止は思いもかけない影響をもたらした。

TBS「噂の東京マガジン」より(右は内田氏,左はレポーターの北野誠氏)

西尾道徳(にしおみちのり)
東京都出身。昭和44年東北大学大学院農学研究科博士課程修了(土壌微生物学専攻)、同年農水省入省。草地試験場環境部長、農業研究センター企画調整部長、農業環境技術研究所長、筑波大学農林工学系教授を歴任。
 著書に『土壌微生物の基礎知識』『土壌微生物とどうつきあうか』『有機栽培の基礎知識』など。ほかに『自然の中の人間シリーズ:微生物と人間』『土の絵本』『作物の生育と環境』『環境と農業』(いずれも農文協刊)など共著多数。