No.343 アメリカの「農産物規則」(安全な農作物生産基準)

●アメリカの「食品安全強化法」

食品の安全性については,これまでにも一次農産物や加工食品の有害物質(重金属類,残留農薬,添加物質,アレルゲン物質など)に加えて,加工食品の微生物問題を中心に,行政は法律を含めて様々な対策を講じてきている。

その中で,野菜や果実のような生で食する一次農産物の食中毒を起こす微生物問題への法的規制は,後回しにされてきた感があった。しかし,1990年頃からEscherichia. coli O157:H7のような強い毒素を持った病原菌が食品を介して伝播し,激しい食中毒を起こす事例が増え,しかも,殺菌処理をしていない生の野菜や果実の消費も先進国で増えて,従来からの食品衛生に関する法律だけでは対処できない事態が増えてきたこと(環境保全型農業レポート「No.340 有機の青果物は慣行に比べて病原菌に強く汚染されているのか」参照)に加えて,バイオテロのリスクへの備えへの関心も急速に高まった。

こうした状況を踏まえて,CODEX委員会(FAO国連食糧農業機関とWHO世界保健機関との合同による食品の国際的な規格基準やガイドラインを定める委員会)は,2003年に「生鮮果実・野菜の衛生生産基準」Code of Hygienic Practice for Fresh Fruits and Vegetables (CXC 53-2003) を策定した。

アメリカはこうした状況を踏まえて,2011年1月に「食品安全強化法(または近代化法)」Food Safety Modernization Act を成立させた。行政的には,「食品医薬品化粧品法」などの諸法律を改正し,連邦保健福祉省(US Department of Health and Human Services, HHS)の食品医薬品局(Food and Drug Administration , FDA)の食品の安全性に関する権限を多岐にわたり強化した。そして,国内生産の食品に加えて,輸入食品の生産においても,責任者が食品への危害を評価し,リスクに応じた予防的管理措置を計画し,実行することを義務付けた。

この法律のなかで,一次産品の果実・野菜の衛生問題を中心にした「第112章 食用農産物の栽培,収穫,出荷,貯蔵の基準」Part 112 Standards for the growing, harvesting, packing, and holding of produce for human consumption は,当初規定されておらず,遅れて規定された(この基準は,一般に「農産物規則」Produce Ruleと略称されている)。その際,FDAの基準案に対して意見を公募し,それを考慮して修正を行ない,2015年11月に公布した。FDAは,「農産物規則」は,人間の消費用の果実や野菜の安全な栽培,収穫,出荷,貯留についての,科学的に基づいた最初の最低基準を策定したものであるとしている。

●「農産物規則」の対象農産物

「農産物規則」が対象としている農産物は,アメリカで生産される,および,アメリカに輸入される,食用の生(無加工)の果実や野菜(単一品目と混合品目《果実バスケットなど》,キノコ,スプラウトを含む)である。

ただし,滅多に生で消費することがない品目は対象から除外している。例えば,アスパラガス,豆類,ビート,サトウキビ,ナス,ショウガ,トウモロコシ,オクラ,ピーナッツ,ジャガイモ,カボチャ,サツマイモなど。

●「農産物規則」の対象農場

2015年の「農産物規則」交付時点では,規制対象の農場は,対象農産物の平均年間販売金額(2011年を基準年としてインフレーションの調整計算を行なった,過去3か年の平均年間販売金額)が2.5万ドルを超えた農場と規定されている。対象農場は,対象農産物を生産して販売する際には「農産物規則」の要件を遵守しなければならない。

「農産物規則」には,年間平均2.5万ドルを超える対象農産物を販売しながら,規則の適用を除外するケースがいくつか規定されている。例えば,複合経営の農場で,対象農産物以外の穀物や畜産物などの全ての品目を含めた過去3か年の平均年間総販売金額が,50万ドル未満であって,そのうちの過半が同一州内か農場から275マイル(442 km)以内の,企業を除く,消費者,小売店,レストランなどに対する販売額が占めている場合は,対象農場の適用除外措置を受けることができる。

●対象農場の要件別遵守開始時期

「農産物規則」の遵守を開始する時期は,「農産物規則」よりも遅れて2017年に提案された。まだ案に対する意見を募集している状況で,既に発効している部分もあるが,今後の予定は,案のとおりに決定されれば,表1のようになる。

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●重点要件

「農産物規則」は,対象農産物への有害重金属類や農薬などの化学物質の付着を問題にしているのではなく,深刻な食中毒を起こす病原微生物の付着を問題にしている。このため,対象農産物と接触して病原微生物の汚染源となる,農業用の水(灌漑水,洗浄水,手洗い水),作業者の手,土壌,土壌改良材として施用する家畜糞尿資材,作業機械・装置・器具などをきれいにすることや,トイレや手洗い所の設置などを重点要件にしている。そのうち,農業用の水と,家畜糞尿資材,人糞尿資材についての規定を,以下に紹介する。

●農業用の水

農業用の水を2つに区分して,異なる水質基準を規定している。有害微生物の指標として,大腸菌(Escherichia coli)の総数を用いている。

A.下記の用途の水は,大腸菌総数が農業用の水100 ml当たり検出されてはならない。また,無処理の表流水(河川,用水路,ため池の水)は微生物で通常汚染されており,下記の目的で使用してはならない。

  • スプラウトの灌水
  • 収穫期を迎えた対象農産物の収穫中または収穫後に,収穫部位に直接接触する形で施用する水(例えば,収穫物に洗浄または冷却のために散布する水や,収穫物の保冷中における脱水防止のために収穫物に散布する水,収穫中または収穫後に対象農産物に直接接触する氷を製造するための水を含む)
  • 収穫した対象農産物が,他の食品と接触する面に使用する水または氷
  • 収穫作業の前中後における,手の洗浄に使用する水

B.収穫に至る前の生育期間中の対象農産物(スプラウトを除く)の栽培活動中に農業用の水を使用する場合には,下記の基準を適用する。

  • 農業用の水のサンプルの100 ml当たりの coli総数の幾何平均[注:それぞれの数値を掛けた積の冪根(べきこん)(数値がn個ならn乗根)の値]が126 CFU(コロニー形成単位)以下;および
  • 農業用の水サンプルの100 ml当たり coli総数の統計的閾値(対数正規分布を用いた90番目のパーセンタイル値の近似値)が410 CFU以下。

[注]統計的閾値は水質の変動量を反映し,例えば,激しい降雨で水位が上昇して,より多くの排泄物などの汚染物質が河川や水路を流れるようになったときのE. coliレベルの閾値を示す。閾値以下であれば,サンプルの90%が閾値よりも低いことを示す。閾値よりも若干高い程度であれば,降雨後にE. coli総数の幾何平均が126 CFU以下に短期間の採水中断後に戻ることを示唆する。

FDAは,農業者が自分のサンプルデータを入力すればこうした値を計算してくれる,オンラインツールの作成を行なっている。

C.農業用の水のE. coliレベルが基準を超えている場合は,その使用を中断して,規定にしたがった水処理を行なうか,公共水道などの安全な水を使用する。

D.生育している農産物に直接施用する無処理の表流水は,その水質を検査する。この検査は農場が行ない,2ないし4年間にわたって,できるだけ収穫に近い日に最低20サンプルについて,最初の検査を行なう。この検査結果を用いて,水の微生物品質基準(E. coli総数の幾何平均と統計的閾値)を満たしているかを判定する。初めの検査を実施した後は,毎年年間最低5サンプルを検査して,必要ならFDAのオンラインツールを用いて,農場が幾何平均と統計的閾値を計算する。翌年には,その年に新しく検査した5サンプルに加えて,それまでの直近の15サンプルを加えて,合計20サンプルのデータセットについて,幾何平均と統計的閾値を再計算する。こうした分析と計算を毎年繰り返して安全性を確認する。

E.E. coli総数の検出が許されないことが条件となっている用途に使用する無処理の地下水については,農場が,無処理の地下水を栽培期間中または年間に少なくとも4回検査し,農場はその結果に基づいて当該目的に使用できるか否かを決定する。最初の4つの結果でE. coli総数が検出されないことが確認された場合,その後の検査は,年に最低1回検査するだけで良い。毎年の検査が微生物品質基準を満たせなかった場合には,栽培期間中または年間に少なくとも4回の検査を再開しなければならない。

F.公共水道水を使用する場合は,検査は不要である。

●家畜糞尿資材

FDAは,家畜糞尿の厩肥や堆肥を,生物由来の土壌改良材Biological Soil Amendmentsと呼び,「土壌改良材は,植物を生育させるための土壌の化学的または物理的状態を改良するか,水保持容量を改善するために土壌に意図的に施用する資材」と定義している。この定義は,土壌の生物学的状態を改善することの意義を問題にしていない。

A.生の厩肥

生の厩肥(スラリー)は有害衛生病原菌源であり,FDAはその土壌改良材としての使用をこころよく思っていないことが法律の文面からもうかがえる。

USDAは,有機農業基準で,生厩肥施用時期と収穫時期の間に,収穫物が土壌と接触する作物については120日間,土壌と接触しない作物について90日間をあけることを規定している。そして,この規定を遵守して栽培した有機認証野菜では,有害衛生病原菌の付着が問題にならないが,有機認証を受けていない野菜には,規定された期間を守らず,収穫直前に厩肥を施用したケースもあって,有害衛生病原菌が多量に検出されるケースも報告されている(環境保全型農業レポート「No.340 有機の青果物は慣行に比べて病原菌に強く汚染されているのか」)。

FDAは,このスラリーの施用時期と収穫までの期間と衛生病原菌の付着の問題を再評価していて,「農産物規則」ではその期間を保留としているが,USDAの規定を遵守することに現時点では反対しないとしている。そして,厩肥などの動物起源の生物由来の土壌改良材は,その施用を対象農産物と接触しないように行ない,施用後に対象農産物と接触する可能性を最小限にすることを要求している。

B.衛生病原菌を減・殺菌処理した家畜糞尿資材

衛生病原菌を減・殺菌処理する科学的にしっかりした方法として,物理的処理(熱処理など),化学的処理(高pHアルカリ処理),生物学的処理(堆肥化処理),これらの組合せ処理がある。これらの方法によって家畜糞尿資材を処理する。

(1) 処理した家畜糞尿資材の衛生病原菌基準

次の2つの基準のいずれかを満たす

a基準

Listeria monocytogenes:所定の方法で5 g (ml)当たり検出されないこと

Salmonella属菌:所定の方法で4 g (ml)当たり検出されないこと

E. coli O157:H7:所定の方法で1 g (ml)当たり検出されないこと

b基準

Salmonella属菌(所定の方法で4 g (ml)当たり)検出されず,糞便性大腸菌が乾物1 g当たり1,000未満であること

(2) 基準を満たした家畜糞尿資材の施用条件

家畜糞尿資材がどちらの基準を満たしているかで,施用条件が異なる。

a 基準を満たした家畜糞尿資材

施用時に資材が対象作物と接触しても良く,施用と収穫の間隔がゼロでも良い。

b 基準を満たした家畜糞尿資材

施用時に資材が対象作物と接触するのを最小限にし,施用と収穫の間隔はゼロでも良い。

C.基準を満たしている堆肥化方法の例

衛生病原菌を死滅させる科学的にしっかりした堆肥化方法の例として次の2つがある。

【筆者注】衛生病原菌を死滅させる点にしぼっており,作物生産の他の側面からの問題は考慮していない。

(1) 静置堆肥化:切り替えしなしの堆肥化で,好気的(酸化的)条件で最低華氏131度(55℃)を3日間連続させて,適切な期間放置する。

(2) 切り返し堆肥化:少なくとも5回切り返して好気的条件で最低華氏131度(55℃)を15日間(連続しなくて良い)維持して,適切な期間放置する

●人糞尿の扱い

「農産物規則」は,人間の排泄物は如何なるものでも,生物由来の土壌改良材から排除している。ただし,環境庁(EPA)所管の環境保護に関する法律 (Title 40Protection of Environment. Chapter IEnvironmental Protection Agency)の「下水汚泥の利用または廃棄に関する基準」(Subchapter O−Sewage Sludge Part 503Standards for the use or disposal of sewage sludge)に準拠する場合は,人間の排泄物を含む下水汚泥を,対象農産物に使用することができると規定している。

A.下水汚泥とは

人間活動や家庭に由来する廃棄物や廃水は,通常,下水道を運ばれて下水処理場で処理されている。そして,下水汚泥は,人間活動や家庭に由来する廃棄物や廃水の処理によって生じた固体や液体の残渣であって,焼却によって生じた灰分や,下水の一次処理で除かれる土砂や大きな固形物は含めないとされている。

B.下水汚泥の病原菌レベルによる分類

下水汚泥を利用ないし廃棄するために処理を行なう際,まず,無処理の下水汚泥に病原菌の媒介生物(ネズミ,ハエ,カなど)が誘引されて来ないようにすることが求められている。ただし,媒介生物誘引低減方策は,病原菌を減少させる処理と共通しているものが多く,病原菌を低減させる処理を行なえば,同時に達成されるケースが多い。このため,媒介生物誘引低減方策の紹介は省略する。

「病原菌をさらに減少させる処理」としては,堆肥化(55℃以上に3日間保持),加熱乾燥(80℃以上),液状下水汚泥の加熱処理(180℃以上30分間),高温性好気消化(55〜60℃,10日間),ベータ線照射,ガンマ線照射,低温消毒(70℃以上30分)が指定されているが,これらの処理も加えた下水汚泥またはそれから調製した資材を利用または廃棄する時点で病虫害レベルによって,クラスAとクラスBの下水汚泥に分類する。それぞれのクラスは次のいずれかを満たしていなければならない。

(1) クラスA:

  • 糞便性大腸菌密度が,1 gの全固形物重(乾物重)当たりのMPN(最確数)で1,000未満,または,サルモネラ属菌の密度が,4 gの全固形物重(乾物重)当たりのMPNで3未満のいずれか。
  • 腸内ウイルスの密度が,全固形物(乾物重)4 g当たり1プラーク形成単位未満。
  • 寄生虫の生きた卵の密度が,全固形物(乾物重)4 g当たり1未満。

(2) クラスB:

  • 糞便性大腸菌が,全固形物(乾物重ベース)1 g当たり2,000,000MPN未満か,2,000,000コロニー形成単位未満。
  • 上述の「病原菌をさらに減少させる処理」,または,「病原菌を大幅に減少させる処理」[好気消化(20℃なら40日間,60℃なら15日間),風乾(3か月間),嫌気消化(35〜55℃なら15日間,20℃なら60日間),堆肥化(40℃以上を5日間),石灰添加(pH 12以上)]のいずれかによって処理したもの。

(3) クラスBの下水汚泥の施用条件

  • 地上部にある収穫部位が,下水汚泥/土壌混合物と接触する食用作物では,下水汚泥の施用14か月間は収穫してはならない。
  • 収穫部位が地下部の食用作物で,下水汚泥を土壌に混和する前に,下水汚泥を農地表面に4か月間以上放置していた場合は,施用後20か月間は収穫してはならない。
  • 収穫部位が地下部の食用作物で,下水汚泥を土壌に混和する前に下水汚泥を農地に4か月未満放置していた場合は,下水汚泥施用後38か月間は収穫してはならない。
  • その他の食用作物,飼料作物や繊維作物は,下水汚泥施用後30日間収穫してはならない。
  • 家畜は,下水汚泥施用後30日間,農地に放牧してはならない。

●おわりに

こうした衛生病原菌が付着した生鮮野菜や果実による食中毒を防止するための生産基準は,日本ではコーデックスのガイドラインを踏まえて,GAPで対応しているのに対して,アメリカは法律でも規制している。こうしたことをきちんと実践した農産物でないとアメリカに輸出できない。日本の農産物は高品質だという前に,それをきちんと証明する仕組みが日本では弱いことを認識しておく必要がある。

また,物質循環を完結させるために,人間の排泄物の肥料源としての再利用がいわれることがあるが,安易に行なえば,農産物の安全性が損なわれてしまう。アメリカのように,排泄物を含んだ資材の具体的な安全基準を設けないまま,人間の排泄物の再利用は行なうべきではない。この点については,環境保全型農業レポート「No.333 キングは水田の特性を理解していなかった」も参照頂きたい。