No.344 抗生物質の飼料添加を廃止すれば耐性細菌の出現が減少する

●飼料添加物の抗生物質使用禁止の動き

幼畜だけでなく,人間の幼児でも,抗生物質などの抗菌剤を投与されると,成長促進や肥満が生じることが確認されている(環境保全型農業レポート「No.341 抗菌剤の幼畜や幼児への投与は成長促進・肥満をもたらす」)。そして,抗生物質の添加によって家畜糞や土壌中の抗生物質耐性細菌が増え,それにともない糞や土壌から栽培野菜に抗生物質耐性細菌が付着・定着するリスクが高まる。また,特に問題なのは,抗生物質耐性遺伝子は他の細菌に転移しやすく,人間の病原菌に転移し,複数の抗生物質に同時に耐性な多剤耐性菌が出現するリスクが高まることである。このため,WHO(国連世界保健機関)などを中心に,健康な家畜に投与する成長促進用飼料添加物の抗生物質の使用禁止を各国に強く求められている。

このため,いくつかの国や地域は,飼料添加物としての抗生物質の使用の規制を強化した。

(a) EUは,世界に先駆けて飼料添加物としての抗生物質の高い危険性から,その使用を順次制限してきたが,2003年時点で4つの抗生物質を飼料添加物として認めていた。しかしその後,飼料添加物に関する法律を2003年に改正し,2006年1月1日から抗生物質の飼料添加を全面的に禁止した(European Commission. Press Release 22 Dec. 2005. Ban on antibiotics as growth promoters in animal feed enters into effect.)。

(b) EU加盟国のなかには,EU全体での禁止の前に独自に飼料添加物の抗生物質使用を禁止した国がある。例えば,デンマークは1995年から個別の抗生物質の飼料添加を禁止し,1999年には生産者が自主的に飼料添加を全面禁止した。

(c) フィンランドとスウェーデンは協力して,1995年に飼料添加物の抗生物質使用を禁止にした。

(d) アメリカでは,飼料添加用抗菌剤を含む動物医薬品は,獣医の処方箋なしに農業者が購入できるもの,獣医に動物を診療してもらって作成された処方箋を農業者が提出して購入できるもの,獣医の作成した獣医飼料指示書Veterinary Feed Directiveを農業者が飼料販売業者に提示して,抗菌剤の配合された飼料を購入できるものに分類されている。獣医飼料指示書には,品目名,用法,効能,使用禁止期間などが記載され,これを飼料販売業者に示さないと購入できず,獣医,販売業者と農業者は,この指示書を2年間保管しなければならない。

FDA(食品医薬品局)は,獣医飼料指示書を要する動物医薬品やそれを配合した飼料の購入や使用に関する規制を強化するために,「獣医飼料指令」”Veterinary Feed Directive” (Federal Register Vol.80 No.106 )を2015年に10月1日に施行した。

人体の治療に重要な抗菌剤を指定し(FDA Guidance for Industry #152: Evaluating the Safety of Antimicrobial New Animal Drugs with Regard to Their Microbiological Effects on Bacteria of Human Health Concern. ),この指定された抗菌剤の飼料添加を禁止し,家畜の治療用に限定した。そして,処方箋なしで購入・使用できる抗菌剤をなくし,すべて処方箋を提示しなければ購入できないものに格上げし,さらに,これまで処方箋提示すれば購入・使用できた抗菌剤を,獣医飼料指示書を要するものに格上げした。そして,人体の治療に重要な抗菌剤を家畜の治療に使用する場合には,獣医の監督・診察を要することとした。

●抗生物質耐性の出現と伝播のメカニズム

この問題の概要を下記の文献を参考にして紹介する。

橋本一・村山?明 (2013) 病原菌の薬剤耐性化と生命の進化.日本臨床微生物学雑誌.23(1): 1-11.

<耐性を獲得するメカニズム>

感受性細菌が抗生物質耐性になるメカニズムは,大別して3つ存在する。

  • 薬剤の不活化:感受性細菌が薬剤を分解したり,低分子を付加させたりして,薬剤の構造を変化させ,薬剤の作用を失効させる。
  • 作用点の変異:薬剤の作用点とは,生存に必須なDNAや必須構造物などの合成を行なう酵素に薬剤が作用して失効させるが,薬剤によって作用点となる酵素が異なる。それらの作用点が質的または量的に変化すると,薬剤の作用が及ばなくなる。
  • 細菌内への薬剤の流入阻害ないし排出促進:薬剤がその作用点に至る経路に障害がある,つまり流入阻害や排出昂進があると,薬剤の作用が及ばなくなる。

これらの3つのメカニズムはいずれも遺伝子の変化によって生じている。そして,遺伝子は,染色体を構成している構造遺伝子と,染色体と離れて存在する短いDNA鎖のプラスミドのいずれかに存在している。

<抗生物質耐性を生ずる遺伝子変化>

抗生物質耐性を生ずる遺伝子変化は,次の3つによって生ずる。

  • 突然変異:染色体上のDNAの塩基配列の一部に生ずる変化。
  • 水平遺伝:近くに存在する他の菌の遺伝子(外来耐性遺伝子)の流入。
  • 誘導:既に耐性遺伝子をもちながら,その形質発現が遺伝子からの転写または翻訳の段階で抑制されていたのだが,基質としての薬剤があることによって遺伝子の転写翻訳が始まること。

耐性菌に感染した人体では,薬剤の血中濃度が感受性菌の最小発育阻止濃度(MIC)と耐性菌のMICとの間の領域(耐性菌選択域:MSW)内にある時間が長いと,耐性菌が選択的に増殖してくる。耐性菌のレベルが高くなれば,上述のメカニズムによって耐性菌の出現リスクがますます高まることになる。

<外来性の耐性遺伝子流入のメカニズム>

外来性の耐性遺伝子が流入するメカニズムには,形質転換,形質導入,接合伝達がある。

  • 形質転換:外部から裸の耐性遺伝子の侵入による耐性形質の発現。
  • 形質導入:ファージが感染した細菌の遺伝子をファージ粒子内に取り込み,次に感染する細菌内に導入して耐性化させる現象。
  • 接合:耐性菌がオス菌,感受性菌がメス菌にあたり,有性生殖の接合で耐性遺伝子を伝達する。プラスミド上の耐性遺伝子や他の遺伝子がまとめて伝達されることもある。プラスミド上の耐性遺伝子は,単剤または多剤耐性遺伝子群が,細胞内においてゲノム上の位置を転移塩基配列であるトランスポゾンなどの可動遺伝因子として,プラスミド間またはプラスミドと宿主ゲノム間を高頻度に移行したりする。

●中国の大規模養豚農場における耐性遺伝子の集積

下記の論文に,中国が家畜生産において世界で最も多量の抗生物質を使用していることと,その結果,家畜糞やその施用土壌に抗生物質耐性遺伝子が異常なほどの倍率で集積していることが報告されている。

Zhu Y.G., T.A. Johnson, J.Q. Su, M. Qiao, G.X. Guo, R.D. Stedtfeld, S.A. Hashsham, J.M. Tiedje. (2013) Diverse and abundant antibiotic resistance genes in Chinese swine farms. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 110(9):3435-40.

(a) 浙江大学の感染病の専門家であるXiao Yonghongの行なった2007年の調査で,中国での抗生物質生産量は2億1000万kg(21万トン)と試算され,1%が畜産で使用され,1999年におけるアメリカの畜産での少なくとも4倍を使用していた。中国では動物の治療と成長促進の両者への抗生物質の使用はモニタリングされていないが,M. Qiaoら(2012)によると,ブタ糞尿と土壌中の総テトラサイクリンが高いケースではキログラム当たり,それぞれ15.2 mgと0.78 mg存在していることが報告されている。

(b) 中国の北京,浙江省の嘉興,福建省の?田に所在する3つの大規模養豚農場で,糞尿管理の3つの段階(糞尿,糞尿堆肥,糞尿堆肥施用土壌)でサンプリングを行ない,抗生物質耐性遺伝子の出現頻度を調べた。その方法は,主要抗生物質耐性遺伝子の各グループに由来する244の抗生物質耐性遺伝子をターゲットにした313のプライマーセットからなる大容量PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を使用して,サンプルから抽出したDNAを増幅して,その抗生物質耐性遺伝子を調べた。その際,抗生物質を一切投与していないブタの糞尿と?田市の原生林の土壌を実験の対照とした。

(c) 検出された全ての抗生物質耐性遺伝子を合計すると,最大の集積倍率は,ブタ糞尿では北京の農場で121,000倍と嘉興の農場で39,000倍,堆肥では?田の農場で57,000倍の集積であった。

●成長促進用抗生物質添加廃止によって耐性E. faeciumE. faecalisが激減(デンマーク)

デンマークでは生産者が1999年に全ての飼料添加抗生物質の使用を自主的に禁止したが,このことによって,抗生物質耐性の腸球細菌であるEnterococcus faeciumEnterococcus faecalis激減することが次の研究によって確認された。

Aarestrup, F.M., A.M. Seyfarth, H-D. Emborg, K. Pedersen, R.S. Hendriksen, and F. Bager (2001) Effect of Abolishment of the Use of Antimicrobial Agents for Growth Promotion on Occurrence of Antimicrobial Resistance in Fecal Enterococci from Food Animals in Denmark. Antimicrobial Agents and Chemotherapy, 45(7): 2054?2059.

1995年から2000年に合計673株のEnterococcus faeciumと1,088株のEnterococcus faecalisをブタから,856株のE. faeciumをブロイラーから分離し,成長促進に使用した抗菌剤に対する感受性をテストし,次の結果を得た。

(a) ブロイラーのグリコペプチド抗生物質耐性 faeciumの出現頻度が,1995年の72.7%から2000年には5.8%に減少した。

(b) かつて,ブタにおけるエリスロマイシン耐性 faeciumE. faecalis分離株の出現頻度が90%を占めていた。しかし,1998年と99年の間にタイロシン使用量が大きく減少し,これによってE. faeciumE. faecalis分離株のそれぞれ46.7%と28.1%に減少した。

(c) バージニアマイシンの使用量は1995年から1997年に増加し,ブロイラー由来の faeciumのバージニアマイシン耐性株の出現頻度が,1995年に27.3%だったのが,1997年には66.2%に増加した。1998年1月にバージニアマイシンの使用がデンマークで禁止され,それによって,バージニアマイシン耐性株の出現頻度が2000年に33.9%に減少した。

(d) ブロイラーからの faecalis分離株中のエリスロマイシン耐性株は1997年に最大の76.3%であったが,2000年にバージニアマイシンの使用のさらなる制限がなされて12.7%に減少した。

(e) アビラマイシンの使用量は1995年から1996年に増加し,それによってブロイラー由来の faeciumのアビラマイシン耐性株,1995年の63.6%から1996年には77.4%に増加した。1996年以降,アビラマイシン使用量が減少し,2000年には耐性株が4.7%に減少した。

これらの結果から,著者らは飼料添加用抗生物質を全廃すれば,抗生物質耐性菌の出現を激減できると結論した。

●抗生物質の飼料添加を制限した糞尿施用でも耐性菌が集積していない(フィンランド)

フィンランドでは冬期に土壌が凍結するので,家畜糞尿の農地施用を4‐5月から9‐10月に限定している。これに加えてフィンランドでは抗生物質の飼料添加がなされていない。この点が中国とは大きく異なっている。

下記の論文が,フィンランドの2つの酪農農場と2つの養豚農場において,抗生物質耐性遺伝子の出現頻度を調べたものである。

Muurinen, J., R. Stedtfeld, A. Karkman, K. Pa?rna?nen, J. Tiedje and M. Virta (2017) Influence of manure application on the environmental resistome under Finnish agricultural practice with restricted antibiotic use. Environmental Science & Technology 51: 5989−5999.

4つの農場について,新鮮な糞尿,貯留した糞尿,無施肥土壌,糞尿施用土壌,糞尿施用の前と後の農地から土管で排出された排水をサンプリングして,DNAを抽出した。そして, 抗生物質耐性遺伝子と,抗生物質耐性遺伝子の乗っている可動性遺伝因子の363のプライマーセットからなる大容量PCRプライマーを用いて,検出された抗生物質耐性遺伝子の種類構成を調べ,次の結果を得た。

(a) 全てのサンプルから検出された抗生物質耐性遺伝子と可動性遺伝因子の種類は,合計182であった。検出されたもののうち,161の抗生物質耐性遺伝子(ARGs)と21の可動性遺伝因子(MGEs)を考察の対象にした。

(b) 各サンプルから検出された抗生物質耐性遺伝子と可動性遺伝因子の種類の数は,

・新鮮な糞尿で最も多く,総計130で,冬期間貯留された糞尿で127と,糞尿中では高いレベルが維持された。

・貯留した糞尿を春に施用した直後の土壌では,97,施用2か月後の土壌で86,施用6か月後の土壌で58,無施用土壌で29であった。この結果から,糞尿施用後2か月から6か月の間に抗生物質耐性遺伝子と可動性遺伝因子の種類の数が大きく減少することが示された。

・圃場からの排出された排水の溝から採取した水では抗生物質耐性遺伝子と可動性遺伝因子の多様性は,無施用土壌並みに低く,糞尿施用2週間後にも有意な増加を示さなかった。この結果から,糞尿中の抗生物質耐性菌の土壌からの流亡は問題でないと推定される。

(c) こうした結果は,抗生物質の飼料添加を止め,かつ,家畜糞尿の施用期間が年半分の期間に限られているフィンランドでは,糞尿中の抗生物質耐性菌が糞尿の土壌施用で一時的に増加しても,数か月後には減少して,土壌中に大きく集積しないことを示している。