No.340 有機の青果物は慣行に比べて病原菌に強く汚染されているのか

●背景

おおよそ1955年以前の高度経済成長期以前の日本では肥料として人糞尿が多用されていて,生鮮野菜が,人糞尿に混入していた寄生虫の卵や病原菌に汚染され,それを食した人に寄生虫や病気が蔓延した。そんな中,化学肥料だけで生産した野菜はこうした病気のリスクが少なく,清浄野菜と呼ばれていた。

1990年頃から先進国では,健康増進のために生鮮野菜や果実の生産・流通・消費が顕著に増加し,微生物管理の面から不適切な方法(汚染水の灌漑,病原菌付着農業機械の無洗浄など)による集約的生産によって,サルモネラ菌や大腸菌O157(正確にはE. coli O157:H7と表記する:腸管出血性大腸菌[ベロ毒素産生性大腸菌]とも呼ばれ,「O157:H7」は,157番目の菌体O抗原と,H7という鞭毛抗原を有するもの)などの病原菌に汚染された野菜を生で食して,食中毒の発生件数が世界的に増加した。

(注)大腸菌群 (coliform bacteria)は,グラム染色陰性の非胞子形成性の桿菌で,乳糖を発酵でき,Citrobacter, Enterobacter, Hafnia, Klebsiella, Escherichiaなどの属の細菌から構成されている。大腸菌はこのうちのEscherichia 属の細菌 (E. coli) を指す。

 有機栽培では,ほぼ全ての有機農場で,病原菌の重要な汚染源である家畜糞尿(スラリーや堆肥)を養分源に利用している。このため,欧米のマスコミでは,有機野菜は慣行のものに比べて,病原菌汚染のリスクが高いとの報道を一時活発に行なったそうである。はたしてそのことは正しいのであろうか。

●糞尿由来の病原菌の土壌や青果物での生残

話を進める前に,糞尿由来の病原菌が土壌や青果物でどのくらい生残するかについて,下記の総説から簡単に要約しておく。

A.N. Olaimat and R.A. Holley (2012) Factors influencing the microbial safety of fresh produce: A review. Food Microbiology 32: 1-19.

▼消化管生息性病原菌(例えば,E. coli O157,リステリア・モノサイトゲネス (Listeria monocytogenes:4℃で増殖し耐塩性があり,人体に感染して,髄膜炎,敗血症,胎児敗血症性肉芽腫症,髄膜脳炎を発症),サルモネラ,カンピロバクター・ジェジュニ (Campylobacter jejuni:ヒトに胃腸炎症状を主とするカンピロバクター症を発症)は,土壌で45から100日は生残する。糞尿の存在する水分含量の高い粘土含量の高い土壌ではこれよりも長く,数か月や数年も生残する。生残のしやすさは,カンピロバクター<リステリア<サルモネラ<E. coli O157:H7とされている。

▼ホウレンソウ,レタス,ハクサイ,セロリ,ネギ,バジル,パセリなどの生鮮青果物の表面で,病原菌やその他の細菌の細胞は,細菌が細胞外に分泌した多糖類によって凝集体(バイオフィルム)を形成し,乾燥や殺菌剤などのストレスを緩和している。細菌凝集体は,植物体表面の気孔周囲と葉脈に沿った毛の基部に多い。細菌は気孔や傷口などから維管束に侵入して植物体内に生息する場合もある。こうなると,簡単な水洗では生鮮青果物上の病原細菌を除去できない。

●カナダでの市販生鮮青果物の病原菌汚染調査

A.調査方法

市販生鮮青果物の病原菌汚染の実態は2000年頃に欧米で調査されたが,最近カナダ食品検査庁が,慣行栽培と有機栽培の区別を含めて,カナダ全域から4年間にわたって,総計31,329のサンプル(葉物野菜:12,073,葉物ハーブ:6,032,長ネギ:3,381),カンタロープ(メロンの1種):3,230,トマト:4,837,およびベリー類:1,776)を採取した。カナダの国産青果物は夏期に収穫・流通され,それ以外の季節は輸入青果物が販売されている。このため,採取したサンプルの34.5%が国産品,66.4%が輸入品であった。また,採取したサンプルのうち,慣行生産物が77.9%,有機生産物が22.1%を占めた。

調べた細菌種は,サルモネラ菌,大腸菌O157,赤痢菌,カンピロバクター菌,リステリア菌(Listeria monocytogenes)と,糞便汚染の指標としての大腸菌(E. coli)総数であった。
そして,生産物25g(カンタロープの場合は全体)で細菌性病原菌が検出・確認された場合,または,E. coliでは計数値が>100/gの場合を陽性とした (Denis, N., H. Zhang, A. Leroux, R. Trudel, H. Bietlot. (2016) Prevalence and trens of bacterial contamination in fresh fruits and vegetables sold at retail in Canada. Food Control 67: 225-234 )。

B.調査結果

調べたサンプルの細菌汚染の発生は非常に低く,テストした6つの細菌種の平均出現頻度は,トマトとベリー類の0%から葉物ハーブの1.0%の幅があった。細菌汚染が陽性であったサンプルの大部分で検出された細菌は大腸菌数で,細菌性病原菌は検出レベル以下であった。そして,検出・分離されたのはサルモネラ菌とリステリア菌だけで,大腸菌O157,赤痢菌などは全く検出されなかった(表1)。

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大部分のサンプルで,6つの細菌種を合わせた出現頻度は全体としてこのように低かったが,葉物野菜では出現頻度が毎年7月に有意に増加し,季節的変化が観察された。そして,慣行に比べて有機の葉物野菜では,夏に,慣行のものよりも顕著に6つの細菌種を合わせた出現頻度(大部分は大腸菌)がより高かった。

こうした結果から,カナダの市場で入手される新鮮な果実や野菜の圧倒的大部分は,細菌性ハザードの点で安全であることが確認された。

●青果物の生産の仕方と微生物汚染の関係

上述の市場で販売されている青果物の調査は,これまでにも多くの国で実施されている。しかし,販売青果物の生産の仕方は具体的にわからないため,その生産の仕方と青果物の微生物汚染の関係をあまり解明できない。アメリカのミネソタ大学のムカジー(Mukherjee)らは,まず2002年にミネソタ州の農場での予備的調査に続き,2003と2004年にミネソタ州とウィスコンシン州の農場の協力を得てこの問題を検討し,次の報告書を発表している。

(1) Mukherjee, A., D. Speh, E. Dyck and F. Diez-Gonzalez (2004) Preharvest Evaluation of Coliforms, Escherichia coli, Salmonella, and Escherichia coli O157:H7 in Organic and Conventional Produce Grown by Minnesota Farmers. Journal of Food Protection (2004) 67(5): 894ー900.

(2) Mukherjee, A., D. Speh, A.T. Jones, K.M. Buesing and F. Diez-Gonzalez (2006) Longitudinal Microbiological Survey of Fresh Produce Grown by Farmers in the Upper Midwest Journal of Food Protection, 69: 1928-1936.

(3) Mukherjee, A., D. Speh and F. Diez-Gonzalez (2007) Association of farm management practices with risk of Escherichia coli contamination in pre-harvest produce grown in Minnesota and Wisconsin International Journal of Food Microbiology 120: 296-302.

I.有機認証を受けていない「有機農産物」には,基準違反によってE. coliが異常に検出されるものがあった(報告書1)

ムカジーらは,予備的調査として,2002年にミネソタ州の32の有機農場(8つは認証機関の認証を受け,24は有機基準を遵守しているとしているが,認証を受けていなかった=準有機農場)と8の慣行農場の協力を得て,質問状で農場や栽培の仕方の概要を記してもらった上で,直接面談で栽培管理の詳細を聞き取った。因みに,調査を行なったミネソタ州南部と中部では,有機野菜生産者の大部分は認証を受けずに,直接消費者に販売している。それは,顧客の多くが有機栽培の仕方を知っていて,認証を不用と考えているためである。

そして,有機と慣行の農場から,それぞれ476と129の生産物サンプルを,収穫期に採取した。サンプルは,トマト,緑葉野菜(ケール,ホウレンソウ,アマランス,スイスチャード),レタス,緑色ピーマン,キャベツ,キュウリが主たるもので,少数のものは,ブロッコリー,イチゴ,リンゴ,夏カボチャ,チンゲンサイ,ズッキーニ,カンタロープ,ニンジン,ナス,ラズベリー,タマネギ,ビート,バジル,コールラビであった。この予備的調査では,認証を受けた有機農場と準有機農場でのデータを合わせて表示しているケースが多いが,微生物分析によって次の結果が得られた。

▼大腸菌群は,有機と慣行の生産物のほぼ全ての92%のサンプルから検出され,全サンプルでの有機と慣行のそれぞれの平均計数値は,ともに794±63/gと同じ数値,全体としては有機と慣行の生産物とで大腸菌群の計数値に差がなかった。

▼ただし,大腸菌群計数値を有機生産物のなかで比較すると,計数値の高い順に,レタス,キュウリ>緑葉野菜,ブロッコリー,チンゲンサイ>トマト,ピーマン,キャベツといった,品目による計数値の差が認められた。このうち,有機のレタスとキュウリは,トマト,キャベツや緑色ピーマンよりも有意に計数値が高かったが,レタス,キュウリとトマト,ピーマン,キャベツとでは有意差が認められなかった。品目による違いがうかがえた。

▼261のサンプルについて優勢な大腸菌群の同定を行ない,Enterobacter cloacae(エンテロバクター・クロアカ:通常は正常な腸内細菌で病原菌にならない) とEnterobacter sakazakii(クロノバクター・サカザキ:成人では不顕感染が多く発症はまれだが,新生児や乳児に菌血症や細菌性髄膜炎、壊死性腸炎等のリスクが高い)がそれぞれ56%と26%を占めた。糞便汚染の指標とされているE. coliは,これらのサンプルのたった5つで優占的であったにすぎなかった。

E. coliは,分析したサンプル総数の8%から分離され,陽性サンプルでの平均計数値は1,260±10/gであった。有機サンプル全体でのE.coliの出現頻度は慣行の果実と野菜に比べて約6倍多く,この差は統計的に有意であった。有機レタスサンプルの約22.4%はE. coli陽性で,このレベルは,緑葉野菜,キャベツ,トマト,緑色ピーマン,キュウリ,ブロッコリーよりも有意に高かった。

▼有機認証サンプルにおけるE. coliの出現頻度(4.3%)は,慣行生産物での1.6%よりもほぼ3倍高かったが,その差は統計的に有意でなかった。しかし,非認証農場のサンプルでの出現頻度(11.4%)は認証農場のものよりもE. coliが2.6倍多く,この差は有意であり,非認証サンプルでの汚染が顕著であった。

▼有機農場のなかでE. coliが陽性なサンプルを少なくとも1つは有していた農場は,認証農場で12%であったのに対して,非認証農場で59%にも達していた。認証有機農場は家畜糞尿施用に関するアメリカの全米有機プログラム規則(NOP)の要件を満たしているはずだから,この有意な差は,果実や野菜の糞尿汚染を最小にさせる手段として有機認証が重要なことを意味している。

▼NOPの「§205.203 土壌肥沃度および養分管理の基準」は次を規定し,そのなかで,家畜糞尿は堆肥化するか,次の場合には堆肥化していない生の家畜糞尿を食用作物に施用できることを規定している。

(a) 生産者は,土壌の物理的,化学的および生物学的状態を向上させて,土壌侵食を最小にする耕耘および栽培の方法を選択しなければならない。

(b) 生産者は,作物養分および土壌肥沃度を,輪作,カバークロップならびに植物質および動物質資材の施用によって管理しなければならない。

(c) 生産者は,植物養分,病原生物,重金属,禁止物質の残渣によって,作物,土壌や水を汚染しない仕方で,土壌有機物含量を維持ないし向上させる仕方で,植物質および動物質資材を管理しなければならない。動物質および植物質資材は下記を含む。

(1) 生の家畜糞尿。下記でないなら堆肥化しなければならない。

(i)人間消費用を意図していない作物に使用する農地に施用する
(ii)可食部位が土壌表面や土壌粒子と直接接触する生産物では,その収穫に先立つ少なくとも120日前までに土壌に混和する
(iii)可食部位が土壌表面や土壌粒子と直接接触しない生産物では,その収穫に先立つ少少なくとも90日前までに土壌に混和する

(2) 下記のプロセスによって製造された,堆肥化された植物質および動物質資材

(i) 開始時のC:N比を25:1から40:1の間に設定する
(ii) 通気パイル付き容器または静置システムを使用して,堆肥化の温度を,華氏131度(55℃)と170度(77℃)の間に3日間保持する
(iii) 列状静置堆肥化システムで,少なくとも5回切り返して,温度を華氏131度(55℃)と170度(77℃)の間に15日間保持する

(3) 堆肥化していない植物質資材

(d) 生産者は,植物養分,病原生物,重金属,禁止物質の残渣によって,作物,土壌や水を汚染しない仕方で,土壌有機物含量を維持ないし向上させる仕方で,下記を施用して,作物養分や度肥沃度を管理することができる。

(1) 有機作物生産に許される合成物質の国定リストに記載されている作物養分または土壌改良材

(2) 溶解度の低い採掘物質

(3) 溶解度の高い採掘物質:作物生産に禁止された非合成資材の国定リストに記されている条件を遵守して当該物質を使用した場合に限る

(4) 本セクションのパラグラフ(e)で禁止されている場合を除き,植物質または動物質資材の燃焼によって得られた灰:燃焼した資材を,禁止された物質または有機作物生産での使用に禁止されている非合成物質の国定リストに含まれていない灰と一緒に処理したり合わせたりしてない場合に限る

(5) 製造工程によって化学的に処理されている植物質または動物質資材:資材が,NOPの「§205.601」に規定された有機作物生産での使用に認められた合成物質の国定リストに含まれている場合に限る

(e) 生産者は下記を使用してはならない。

(1) 有機の作物生産での使用が許される合成物質の国定リストに含まれていない合成物質を含む植物質および動物質の肥料や堆肥化資材

(2) 40 CFR part 503で規定された下水汚泥(バイオソリッド)

(3) 経営体で生産された作物残渣を廃棄する手段としての燃焼:ただし,燃焼は病気の蔓延抑制または種子の発芽の促進に使用することは許される

▼参加した有機農業者の全てが,貯留槽で腐熟したスラリー(液状の家畜糞尿混合物)ないし堆肥化した家畜糞尿を使用していると報告している。スラリーを貯留槽で6〜12か月間しか腐熟しなかったものを使用した農場での有機サンプルでは,1年間超も腐熟した古い資材を使用した農場でのものよりもE. coliの出現頻度が19倍も高かった。そして,農場を個別にみると,E. coliの出現頻度が20%弱を超える異常値を示した農場が5つあり,なかでも「O28農場」のサンプルではE. coliの出現頻度が90%もあった上に,収穫期中であるにもかかわらずスラリー散布したと報告された。こうしたNOP基準に違反したために90%という異常値が生じた。このように,準有機には有機農業基準違反を行なっているケースも認められた。

E. coli O157:H7はどの有機および慣行の生産物サンプルで検出されなかったが,Salmonellaは,「O14農場」と「O171農場」でそれぞれ収集された1つの有機レタスと1つの緑色ピーマンから分離された。

II.青果物のE. coli出現頻度を決定している要因[報告書(2)(3)]

A.調査方法

2003と2004年の収穫期に,ミネソタ州とウィスコンシン州のそれぞれいくつかの地域に所在する14の有機農場(認証済み),30の準有機農場(有機のやり方を励行しているが,認証を受けていない)と,19の慣行農場から,質問状で農場や栽培の仕方の概要を記してもらった上で,直接面談で栽培管理の詳細を聞き取った。

収穫期に,2年で合計2,029の収穫前の生産物サンプル(有機4734,準有機911,慣行645)を採取した。サンプルは,レタス,キャベツ,緑葉野菜(ケール,ホウレンソウ,スイスチャード,コラード),ピーマン,トマト,ベリー類,ブロッコリー,サマースカッシュ,キュウリ,ズッキーニ,ならびに数は少ないが,チンゲンサイ,カンタロープ,リンゴ,コールラビ,スプラウト,エンドウであった。

ミネソタとウィスコンシンの農場で生産された果実と野菜の微生物分析を行ない,収穫前の果実と野菜のE. coliの出現頻度を測定し,ある要因による出現頻度の違いからオッズ比を用いてリスクの生じやすさの度合いを分析した。

B.調査結果

▼2か年にわたって採取した2,029の青果物サンプルについて,大腸菌群とE. coli計数値,ならびにSalmonellaおよびE. coli O157:H7の出現頻度を測定した。有機,準有機と慣行の3つの農場タイプから採取したサンプルでは,大腸菌群の平均計数値は32から251/gであった。大腸菌群数は,慣行生産物では準有機や有機に比べて,有意に低いか類似していた。どのサンプルからも,SalmonellaE. coli O157:H7が検出されなかった。

▼全サンプルからのE. coli出現頻度は平均8%であった。そして,2003年において準有機の緑葉野菜のE. coliの出現頻度が有機緑葉野菜の3倍で有意に多かったケースを除き,緑葉野菜,レタス,キャベツでのE. coli出現頻度は,2年間とも3つの農場で有意の差を示さなかった。こうした結果は,3つのタイプの農場の生産物の収穫前における微生物の質が2つの収穫期で圃場に似ており,生産物タイプのほうが農場タイプよりもE. coli汚染に影響すると推定された。ただし,家畜糞尿の使用はE. coliの出現頻度に以下のように影響した。

▼農場の家畜糞尿の使用状況:慣行農場の約44〜50%に対して,準有機と有機の70〜100%の農場が,肥料として家畜糞尿を使用していた。家畜糞尿を肥料利用した農場のうち,堆肥化して使用した割合は,有機農場ではほとんど全て(90〜100%)だったのに対して,準有機農場では約2/3(64〜71%),慣行農場では約半分(57%)にすぎなかった。糞尿の熟成期間は,有機の約30〜40%,準有機の40〜50%が,6か月間超熟成させた糞尿を使用していた。家畜糞尿を使用していた慣行農場の90〜98%が,6か月間超腐熟させた糞尿を使用していた。

▼本研究および前報から,慣行生産物の1.5〜2.5%からE. coliが検出されただけで,陽性サンプル率が低いために,慣行農場を含めたリスク要因分析は難しかった。その一因として,E. coliには土壌に生息しているものもおり,青果物から検出されたもののすべてが糞便に由来しているわけではないことが推定される。本研究では,準有機と有機の農場だけをE. coli汚染リスク要因分析の対象にした。この準有機と有機の2つの農場タイプとも,肥料として家畜糞尿を使用した農場では,糞尿を使用しなかった農場に比べて,生産物のE. coli汚染リスクが有意に高かった。

▼家畜糞尿の6か月未満の腐熟は,有機生産物でE. coli出現頻度を4倍強も高めた。しかし,このリスク要因は,準有機生産物でのE. coli出現頻度に有意な影響を与えなかった。この原因として,Hutchison et al. (2004)が,家畜糞尿を農地土壌表面に散布し,土壌に混和することなく,腐熟させるだけで,E. coli O157:H7などの病原菌の計数値を有意に低下させることを報告していることから,スラリーを土壌混和せずに,表面散布しただけでE. coli計数値が低下したことが推察される。

▼ウシの糞尿を使用した準有機と有機の生産物では,他の畜種の糞尿を使用した生産物に比べて,E. coli汚染リスクがそれぞれ2倍と7倍高まり,他の畜種の糞尿よりもE. coli汚染を起こしやすかった。

▼原因は解明できなかったが,E. coliの出現頻度は地域によって異なった。ミネソタ州でE. coli出現頻度が最も高かったのは,州の南東部から収集された準有機と有機の生産物で,州の南部で栽培されたものよりも有意に高かった。ウィスコンシン州では南部地域の有機と準有機の生産物は,州の北部地域から収集された生産物よりも汚染リスクが2.7倍高く,この差は統計的に有意であった。

●生の家畜糞尿を施用する場合,NOP基準を遵守すれば安全か

アメリカの有機農業基準(NOP)は,上述したように,堆肥化してない生の家畜糞尿を,可食部位が土壌表面や土壌粒子と直接接触する食用生産物では,その収穫に先立つ少なくとも120日前までに土壌に混和することが許されている。では,これを遵守すれば,病原菌汚染のリスクは大丈夫なのだろうか。

ウィスコンシン州立大学のインガムら(Ingham et al)は,ウシの新鮮な糞尿を土壌に施用して耕耘して土壌に混和してから,レタス,ニンジン,ダイコンを播種して栽培し,経時的に土壌および作物体に生息しているE. coliが検出されなくなるまでの日数を追跡した。

(4) Ingham, S.C., J.A. Losinski, M.P. Andrews, J.E. Breuer, J.R. Breuer, T.M. Wood, and T.H. Wright (2004) Escherichia coli Contamination of Vegetables Grown in Soils Fertilized with Noncomposted Bovine Manure: Garden-Scale Studies. Applied and Environmental Microbiology. 70(11): 6420-6427.

(5) Ingham, S.C., M.A. Fanslau, R.A. Engel, J.R. Breuer, J.E. Breuer, T.H. Wright, J.K. Reith-Rozelle, and J. Zhu (2005) Evaluation of Fertilization-to-Planting and Fertilization-to-Harvest Intervals for Safe Use of Noncomposted Bovine Manure in Wisconsin Vegetable Production. Journal of Food Protection. 68(6): 1134-1142.

その結果,ウシ糞尿の土壌混和から収穫までの日数よりも,糞尿の土壌表面施用から土壌混和までの日数のほうが,E. coliの生残に強く影響すること,温度が高く,土壌水分含量が高く保持される土壌でE. coliが生残しやすいことなどが認められた(報告書4)。このため,著者らは,次の結論を述べている(報告書5)。

▼収穫120日前までにウシ糞尿を土壌混和すればよいとのNOP規定に対して,この期間をもっと短縮しても良いとの意見もあるが,それを支持する結果は得られなかった。

▼実験結果からは,野菜にウシ生糞尿を施用するには特段の注意が必要である。

▼ウィスコンシン州では,有機野菜生産では糞尿を堆肥化して使用するべきである。

▼堆肥化ができない場合は,生の糞尿を前年の秋のうちに施用すべきであり,当年の春に施用したのでは糞尿由来の病原菌を排除することは難しい。春に施用せざるを場合は,糞尿施用から植えつけまでの期間と,施用から収穫までの期間を最大に伸ばすことが必要であり,糞尿施用土壌では遅植え栽培を行なうべきである。

なお,これはアメリカでの推奨事項を述べたのであり,EUでは生糞尿を土壌表面に散布すると,アンモニアの揮散が起きて,様々な環境問題が生ずるため,直ぐに土壌混和するか,施用そのものが土壌内に注入することが義務付けられている。

●おわりに

日本では,生の糞尿を野菜に施用するケースはまず考えにくい。しかし,家畜糞尿の堆肥化基準が,上述のアメリカの有機農業基準(NOP)のように,具体的に有機農業基準で規定されていない。そして,他の国では認められていない,温度が高くならずに,糞尿中の病原菌が生残しやすく,作物生育を致命的に阻害しやすい嫌気的な堆肥化を,日本の有機農業基準は排除し,好気的な堆肥化に限定することを明示していない。そうした状況を明確に改善するように,有機農業基準を改正する必要がある。