●砂漠化とは
1992年にリオデジャネイロで開催された国連の地球サミットで砂漠化対処条約を策定することが合意され,1994年に同条約が採択され,1996年に発効した。
砂漠化対処条約は,砂漠化を,『乾燥地域,半乾燥地域および乾燥半湿潤地域における種々の要因(気候の変動および人間活動を含む)による土地の劣化をいう。』と定義している。そして,土地の劣化は,第1条で次のように定義している。
『土地の劣化は,乾燥,半乾燥および半湿潤地域における天水利用作物栽培地,灌漑作物栽培地,牧野,放牧地,森林および林地の,
・風や水によって引き起こされた土壌侵食
・土壌の物理的,化学的および生物学的ないし経済学的な土壌の性質の悪化
・自然植生の長期の喪失,
のような,土地利用ないし人間活動や居住パターンを含むプロセスやプロセスの組み合わせによる,生物学的または経済学的生産力および複雑性の低下ないし損失を意味する。』
砂漠化対処条約の遂行のために,世界砂漠化地図の第1版が1992年,第2版が1997年にUNEP(国連環境計画)から刊行されている。そして,第2版から約20年が経過し,土地のリモートセンシング技術の発展や,世界における人間活動の活発化を踏まえて,世界砂漠化地図の第3版が2018年6月にEUの出版局から刊行された。
第3版では,砂漠化の定義を,国連のアナン前事務総長が2000年に「ミレニアム生態系アセスメント」と題して環境に対する人為影響の評価の実施を要請して作られた報告書に基づいて,拡大した土地劣化の定義を用いた。すなわち,土地劣化は,生態系の財貨とサービスの需要と供給のバランスがとれなくなるようになることを意味する。不可欠な財貨やサービスには,食料,飼料,燃料,建築資材,淡水(人間や家畜用,灌漑や公衆衛生用),農業有害生物の防除,養分循環,水や大気の浄化,異常気候の緩和,生物多様性や文化的ならびに便益などが含まれる。そして,第3版では,乾燥した土地だけでなく,世界の全ての地域の土地劣化を対象にしたが,乾燥地域での問題を強調した。
●主要な結論
世界砂漠化地図の第3版は,EUの科学者によって採用された新しいデータ処理手法を用いて,高性能のコンピュータ数千台と1.8ペタバイトの衛星データを用いて作られた,370 MBの巨大なファイルで,多数のカラフルな世界地図を多数有し,ダウンロードするのに,約1時間半を要する。
以下に,主要な結論を紹介する。
★2050年に,世界人口は90億人を超えよう。食料,繊維やエネルギーに対する需要の増加を満たすために,地球の有限の天然資源に対する圧力が高まるであろう。現在,世界の作物栽培地(耕地+永年作物地)は,森林(63%)や草原などの草地(37%)を転用して造成され,1700年の265万 km2の7.7倍の2040万km2に増加した。そして,世界中の土地の13.7%で作物栽培がなされており,拡大可能なのは世界中の土地の16.3%までである。現在の作物栽培地は,農業に最も適した土地の大部分を占めており,新たな作物生産に開墾しようとする土地は,作物栽培地としての質は低い。
★2050年に向けて,次のトレンドが予想される。
都市化:都市地域に居住する人口割合が,特に乾燥地帯で上昇し続け,都市地域とそれを支えるインフラは農地を消費し続けよう。
気候変動:21世紀の残りの期間にわたって,地球の気候は,より温暖かつより乾燥すると予測されている。都市地域の成長と合わせて,気候変動の圧力の多くは,特に乾燥地の都市地域で感じられるようになろう。
食餌の変化:過去50年間にわたって人口当たりの所得の増加によって,人間の食餌は,大部分が植物に由来する食品から,ますます動物性生産物(ミルク,肉,卵)に焦点を当てた食品に移ってきている。この傾向は,有限の土地資源への圧力を有意に高めてきている。
家畜の必要性と影響:家畜は世界の土地利用で主たる構成要素であり,地球の土地面積の約35〜45%は,家畜と家畜飼料生産に利用されており,飼料作物栽培面積は全農地の75%に達している。家畜生産は世界の農業生産額の40%を占め,10億人を超える人々の生活と食料安全保障を支えている。しかし,世界の食料システムの持続可能性には,家畜生産システムの環境影響を減らすことが不可避である。
★ 地球の水資源についての新しいグローバルなデータから,この問題が深刻なことが浮かび上がっている。表流水面積は過去30年間では最大になっているが,この大部分はダム建設による。ダムは地元に利益をもたらすが,国境を超えて下流の生物や環境を脅かしている。20年前には不明であったが,グローバルな地下水の動態から,地下水が驚くほど減少していることが判明した。これは特に需要の高い地域(灌漑農業地帯など)でそうである。特に人口増加のために,表流水および地下水へのグローバルな需要が増え,気候変動の脅威によって供給の不確実性が高まっており,水不足に対するリスク管理と戦略的プランが必要になっている。そして,灌漑用水用と他の分門での水使用との間での競合が高まるのは不可避であり,今後,水不足の脅威が高まる。?
★地球の土地資源の生産力が低下しているとの懸念がある。地球での植物地上部の純一次生産量は59.2×1015(1000兆)C(炭素)/年,その23.8%が人間に利用されていると試算された。植物で被覆されている土地の生産力を植物地上部の純一次生産量の変化量で表すと,1999年から2013年に世界全体で約20.4%の土地で生産力が低下し,大陸別では,アフリカ約22%,オーストリア・オセアニア37%,南アメリカ27%に対して,アジア14%,ヨーロッパ12%,北アメリカ18%の土地で生産力が低下した。純一次生産量が減少すると,土地劣化がさらに加速される。
★ 世界経済のグローバル化は,20年前にはほとんど考えられていなかった環境結果をもたらしている。例えば,先進国(例えば日本)での農業生産物に対する需要の増加が,途上国(例えばブラジル)の農地拡大のための森林伐採を引き起こしており,こうした遠隔地のつながり(テレカップリング)が強化されることになろう。さらに,生産物(例えば,トウモロコシ)のある国から別の国への輸出では,穀物自体だけでなく,それを生産するために要した水も輸出されていることになる。また,消費量の増大によって引き起こされたテレカップリングのさらなる結果として,遠隔地の土地劣化の可能性に対する先進国の人々の無関心を生じている。
★各国は,食料のみならずサービス,機械,装置などの全てを自給するのでなく,自国で生産したものの一部を輸出し,足りない部分を輸入しており,地元での消費が遠い他国とつながっている。ある国で消費した物やサービスが,それを生産するのに要した土地面積を試算し,その自国の面積に由来する割合と,他国の面積に由来する割合を調べた研究によると,世界平均では,消費した物資やサービスが自国の土地面積に73%由来し,他国の土地面積に27%が由来する(表1)。自国の土地面積に由来する割合が最も低い国は日本でわずかに8%にすぎない。工業製品やサービスに比べて,食料や材木を生産するのにはるかに多大の土地を要するため,食料や材木の輸入が多い日本でこうした結果になる。
★土地管理や環境変化の担い手としての小規模農業者の役割は,過小評価されている。地球の全農場の80%超は2 ha未満の規模であり,貧しい家庭によって管理されている。環境インパクトを最小にしたり打ち消したりしながら,農業生産を向上させるテクノロジー伝達は,如何にそれを採用する小規模農業者に合っていることが大切である。
★ 世界のコムギ,トウモロコシおよびコメの平均収量は,潜在収量のそれぞれ64%,50%と64%と試算される。こうした世界平均よりも,北西ヨーロッパ,アメリカ中央部,中国の一部は高いが,中央アジア,メキシコ,西アフリカは低い。
★ 次の地域の土地劣化が注目される。
▽森林の灌漑耕地への転換が,アルゼンチン,パラグアイやボリビアの広大な大草原地帯に脅威を与えている。
▽ヨーロッパや北アメリカの人口密度の高い地帯では,都市の拡大が,土地資源を消費して,農地面積を減らし,高度集約的な農業が,養分の大量連続的投入を必要としている。
▽ 大部分はインドとパキスタンのヒンドゥスターン平野にある南アジアの北部と、中国北部平野とで,土地劣化に起因した多数の問題が同時発生している。南アジアに加えて中国で地下水減少が警告されており,気候変動に直面して,今後一層深刻になろう。
▽ 1990年代初期のソビエト連邦の崩壊によって,ロシアとカザフスタンの人口過疎地帯で3800万haから4700万haの作物栽培地が放棄された。このうち,穀物生産のために再生されたのは約900万haだけと推測されている。耕作放棄された土地は,施肥量増加によって世界の農業生産を向上させる潜在性を有しているが,同時に,そのことによる環境悪化の脅威の可能性も有している。気候温暖化によって,これらの現在寒冷な地域を農業の集約化に適するようにしよう。しかし,現在生産に使用されている大部分の土地の生産は下限ぎりぎりであり,野生生物の生息地としての価値のほうが高いといえよう。さらに,肥料投入量の増加は,水資源や隣接する生息地にマイナスインパクトを与えよう。
★土地の劣化と気候変動によって,2050年には世界の作物収量を約10%減らすと試算される。減収は特に,インド,中国,サブサハラアフリカで生じよう。
※土壌劣化に関しては ⇒ 2015年「国際土壌年」に,日本土壌肥料学会が発行した単行本『世界の土・日本の土は今 −地球環境・異常気象・食料問題を土からみると』も,あわせてお読みください