・有機栽培で抗酸化物質含量が高まるが,コメではどうか?
環境保全型農業レポート「No.258 有機作物に多い二次代謝産物が,作物の病害虫抵抗性と人間の健康に貢献」で紹介したように,酸素ガスを利用した好気的代謝では有害な活性酸素が放出されてしまい,活性酸素を捕捉して解毒化する抗酸化物質の生成や摂取が重要となっている。
有機栽培した作物は,野菜や果実が中心であったが,慣行栽培でよりも有機栽培で抗酸化物質含量や抗酸化活性が高いことがこれまでの研究のメタ分析によって確認されている(「No.281 有機と慣行の作物で,抗酸化物質,カドミウム,残留農薬含量に有意差を確認」)。しかし,こうした研究は欧米のものが中心であり,コメについての研究は少ない。有機栽培したコメの抗酸化物質や抗酸化活性についての研究の一端を紹介する。
・有色素米の抗酸化物質含量と抗酸化能
抗酸化物質は,有害な活性酸素を打ち消す機能を持っている。そのため,抗酸化物質は,植物体では栄養成長を行なって代謝活性が高く活性酸素の発生量の多い野菜や果実で多く,貯蔵部位の子実である穀類では少ないと考えられる。
とはいえ,通常の飯米用品種の子実,いわゆる玄米にも抗酸化物質が含まれている。しかし,その大部分は玄米の糠層に存在するため,精米歩合を高くすると,大幅に減少してしまう。
通常の飯米用品種に比べて,有色素米の赤米と紫黒米は,低分子のフェノール化合物に加えて,高分子ポリフェノール色素のタンニンやアントシアニンを多く含んでおり,独特の色を呈している。
伊藤満敏ら(2011)は,コシヒカリと有色素米の抗酸化能とポリフェノール含量を,次の論文で比較した。
伊藤満敏・大原絵里・山﨑彬・梶亮太・山口誠之,・石崎和彦・奈良悦子・大坪研一 (2011) 有色素米の抗酸化能とポリフェノール含量の測定.日本食品科学工学会誌 58 (12) 576-582
コシヒカリと赤米(4品種)および柴黒米(4品種)の玄米について比較し,全ポリフェノール含量(注1)は,コシヒカリの0.63mgに対して,赤米で4.42-7.72 mg (4.4-7.7倍),柴黒米で2.34-7.27 mg (2.3-7.3倍)と,有色素米のほうが高かった。抗酸化能(注2)は,コシヒカリの2.5μmolに対して,赤米で15.32-20.88μmol (15.3-20.9倍),柴黒米で4.32-17.88 μmol (4.3-17.9倍)で,有色素米で高いことを観察した。この結果は玄米での結果である。
注1 没食子酸(3,4,5-トリヒドロキシ安息香酸gallic acid)相当重量:mg GAE/g乾物重で表示した。
注2 DPPH (1,1-diphenyl-2-picrylhydrazyl)ラジカル消去能:DPPHの持っているプロトンフリーラジカルを消去する能力を,トロロックス相当量μmol TE/g乾物重で表示した。
なお,紫黒米の色素含量は,登熟期の日平均気温が20-25℃程度のとき最も高いことが,別の研究によって報告されている。
・有機栽培した米糠の抗酸化物質含量と抗酸化能
抗酸化物質や抗酸化活性が主に米糠に分布していることから,米糠にこれらがどれくらい存在しているかを調べて,米糠の利用促進に役立てようとした研究がタイでなされた。
2008年に,有機と慣行で栽培した水稲品種Khao Dawk Mali-105の玄米を8%精米して,米糠を調製した。米糠から80%メタノールで抽出される全フェノール化合物含量と,DPPHラジカル消去能を測定した(注3)。IC50は値が小さいほど,少ないサンプル量でフリーラジカルの50%を捕捉できるので,抗酸化活性が高いことになる。
注3 プロトンフリーラジカルを有するDPPHは赤色だが,これと精米抽出液と混合したときに,抽出液から供給される水素によってラジカルがなくなると黄色に変化する。この色の変化から,フリーラジカルの50%を捕捉するのに必要なサンプル濃度(IC50)を計算した。
全フェノール化合物含量は,慣行の米糠で1.60 mg GAE/gに対して,有機の米糠では2.07 mg GAE/gと,有機のほうが有意に多かった。また,IC50は,慣行の米糠で25.0 mg/ml,有機の米糠では15.7 mg/mlでと,有機の米糠のほうが有意に強い抗酸化活性を示した。
・有機栽培して精米したジャポニカ米の抗酸化物質含量と抗酸化能
台湾で2つのジャポニカ品種を有機と慣行で栽培し(注4),精米したコメの抗酸化物質の指標である全フェノール化合物含量と,DPPHラジカル消去能(前項の注3と同様の手法だが,DPPHの赤色の退色度合(%)によって表示)を比較した研究が,次の論文でなされた。
注4 Taikeng-16は中粒の細長い穀粒で,台湾中央部の嘉義県で栽培,Kaohsiung-139は短粒の丸い穀粒で,東部の花蓮県で栽培。
イネを2009年に年2回栽培し(1作目は6/7月,2作目は11/12月に収穫),玄米を精米し(精米歩合は不明),分析に供した。
全フェノール化合物含量は2つの品種でほぼ同じで,有意差がなかったが,2つの品種と2つの作期での結果の平均値として,全フェノール化合物含量は慣行のジャポニカの1.42 mg GAE/g乾物重に対して,有機栽培のものでは1.73 mg GAE/g乾物重で,有意に高い含量を示した。そして,DPPHラジカル消去能は,慣行栽培のもので34.1%に対して,有機栽培のものでは39.1%で有意に高かった。
有機栽培のほうが慣行のものに比べて抗酸化物質含量や抗酸化活性が高まる理由として,著者らは有機栽培では可給態窒素の供給量が少なく,無農薬のために病害虫の攻撃が多いといったストレスが多いことを指摘しているが(環境保全型農業レポート「No.305 なぜ有機栽培で野菜の抗酸化物質が増えるのか?」参照),実験に供したイネの抗酸化物質含量を左右する窒素施用の具体的記載は行なっていない。
ただし,この結果の再現性は得られなかった。同様な実験を上述の2009年に加えて,2010年と2011年にも計3か年行なって,下記の論文を発表している。
その結果,全フェノール化合物含量は,3か年の平均値で,慣行栽培で1.67 mg GAE/g乾物重,有機栽培で1.63 mg GAE/g乾物重で,有意差がみられなかった。そして,2009年には有意差がなかった2つの水稲品種で,全フェノール化合物含量に有意の差がみられた。
結果が前報と全く逆になった報告を平然と行なっているのに驚嘆する。したがって,「有機栽培によって慣行のものに比べて抗酸化物質含量や抗酸化活性が高まる」というこの台湾での結果は,あまり信頼できないといえよう。
・まとめ
コメ子実の抗酸化物質含量や抗酸化活性と有機栽培の関係についての研究は,まだ断片的でしっかりした結論を導ける状況にはないといえる。しかし,有機栽培したコメ子実の方が抗酸化物質含量や抗酸化活性が高いことを示す結果もある。この種の成分分析を行う研究の多くでは,水稲の栽培条件の記載が粗末で,特に可給態窒素の供給量が問題になるのに,そうした記述がなく,不明なものが多い。それに加えて,台湾の研究では有機栽培は研究所の圃場で行なったものの,慣行栽培は農家が自分の圃場で販売用に行なったもので,その栽培条件の記載もない。
今後,栽培条件の記載をしっかり行ないつつ,きちんと比較可能な実験を重ねることが望まれる。