No.310 アメリカにおける,遺伝子組換えと非遺伝子組換え作物生産の共存

●問題点

アメリカは有機生産物の購入額で世界一であると同時に,遺伝子組換え作物の生産でもまた世界一である。しかし,アメリカでの普通作物の有機栽培面積と遺伝子組換え作物栽培面積を比べると,圧倒的に遺伝子組換え作物栽培面積のほうが多い。そして,いうまでもなく,有機栽培では遺伝子組換え作物体の混入は許されない。また,面積的には少ないが,有機農業ではないが,非遺伝子組換え作物を慣行栽培しているケースもあり,そこでも遺伝子組換え作物体の混入はゆるされない。そうした状況下で,有機農業者や非遺伝子組換え慣行農業者は,遺伝子組換え作物農業者とどうやって共存を図っているのだろうか。

USDA(アメリカ合衆国農務省)が出した,下記の資料によってその概要を紹介する。

Greene, C., S.J. Wechsler, A. Adalja and J. Hanson (February 2016) Economic Issues in the Coexistence of Organic, Genetically Engineered (GE), and Non-GE Crops

なお,環境保全型農業レポート「No.235 アメリカの有機農業におけるGMOの混合・汚染に対する規制」も参照されたい。

●アメリカにおける遺伝子組換え作物生産の概要

アメリカでは,遺伝子組換え技術によって作られたフレーバーセーバーFlavr Savrトマトが,1992年にアメリカ食品医薬品局によって承認され,1994年から販売された。通常のトマトは完熟を過ぎると,細胞間隙を埋めているペクチンが分解されて組織が崩れてしまうが,フレーバーセーバートマトは,ペクチン分解酵素の生成を遺伝子組換え技術によって抑制して,日持ちを良くしたものである。当初は高い需要が期待されたが,生産・流通コストが高いことと,大手のスーパーマーケットによる需要がなかったことによって,数年間で販売が取りやめとなった。

1996年からは,除草剤抵抗性遺伝子や,細菌のBacillus thuringiensis (Bt)に由来するアワノメイガなどの特定範囲の昆虫の神経毒素(Bt毒素)を生成する遺伝子を導入したトウモロコシ,ダイズ,ワタといった普通作物の商業生産が開始された。こうした遺伝子組換え普通作物は,経営規模の大きなアメリカの農家に生産コストの低下と省力化をもたらし,爆発的に採用された。そして,現在では,遺伝子組換え系統は,アメリカのトウモロコシ,ダイズ,ワタ,キャノーラおよびシュガービートの栽培面積の90%超で,生産者が作物有害生物をより容易かつ効果的に管理するのを助けるために採用された。

その後,はるかに少ない割合だが,アルファルファ(低リグニンで除草剤抵抗性),スイートコーン(除草剤抵抗性でBt毒性生成),カボチャ(複数のウイルス病抵抗性),パパイヤ(パパイヤリングスポットウイルス抵抗性),リンゴ(切り口が褐変しにくい)とジャガイモ(高温処理で生ずる有毒なポリアクリルアミドの生成量が少ない)でも,遺伝子組換え系統が,商業栽培されている(表1)。

(注)キャノーラ:在来のナタネオイルは人体に有害なエルシン酸とグルコシノレートを含むので,欧米では食用利用が禁止されていた。そこでカナダは,伝統的な育種技術で両有害成分を含まない系統を育成し,これに遺伝子組換え技術によって除草剤抵抗性遺伝子を導入した系統を,キャノーラ(またはカノーラ)と称した。それから抽出した油をキャノーラオイルと呼んでいる。

遺伝子組換えの普通作物は現在,コーンチップ,朝食用シリアル,ダイズのプロテインバー,コーンシロップ,コーンスターチ,コーンオイル,ダイズオイル,キャノーラオイルのような,加工食品や食品材料を生産するのに使用されている。そして,アメリカのスーパーマーケットの棚にある全ての加工食品の60%(ピザ,チップ,クッキー,アイスクリーム,サラダドレッシング,コーンシロップ,ベーキングパウダーなど)は遺伝子組換えダイズ,トウモロコシやキャノーラ由来の原料を含んでいるが,そのようにはラベル表示されていない

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●アメリカにおける有機および分別生産流通管理作物生産の概要

アメリカでは,2011年,有機認証農業システムで管理された面積が219万haあり,その半分強が耕地で,残りが放牧地と牧野であった。有機のトウモロコシとダイズの価格は,一般に慣行作物価格の2から3倍という大きなプレミアムがあるにもかかわらず,アメリカのトウモロコシ面積の0.3%(94.7万ha)とダイズ面積の0.2%(53.4万ha)だけが,2011年に認証を受けた有機面積であった。果実と野菜の認証有機栽培面積のシェアはもっと大きく(4%超),レタス,ニンジンとカボチャに限れば10%超となっている(表1)。

非遺伝子組換え系統を化学農薬の使用によって慣行栽培して,遺伝子組換え系統の混入を抑制し,混入が自主基準未満であることを保証して販売するのを,分別生産流通管理identity-preserved (IP)とよんでいる(表1では「非GE慣行栽培」と表記)。栽培面積割合では,穀物では遺伝子組換え系統の割合が圧倒的に高くて90%を超えているが,分別生産流通管理のほうが有機栽培よりも高い(表1)。

有機のトウモロコシとダイズの価格は,慣行の2倍を超えることが多く,3倍のこともある。これに対して,2012年の調査で,分別生産流通管理の非遺伝子組換えダイズ(食用および飼料用)の価格は,平均すると,ブッシェル当たり2.50ドル(91.9ドル/トン)の価格プレミアムであった。これは2012年の全てのダイズでのUSDA報告の平均価格よりも,約18%高かった。また,2015年の第4四半期での調査では,分別生産流通管理ダイズの価格プレミアムが,食用ダイズでブッシェル当たり0.75ドル(27.6ドル/トン)(すべての慣行ダイズでの平均価格よりも8?9%高い),飼料用ダイズでブッシェル当たり1.13ドル(41.5ドル/トン)(すべての慣行ダイズでのよりも12?14%高い)かった。

分別生産流通管理の価格プレミアムは,混入回避や一部の非遺伝子組換え系統での収量低下を補うのに役立っている。非遺伝子組換えプレミアムは有機プレミアムよりもはらかに少額だが,それは有機生産が代替の有害生物管理方法を必要とし,他のシステム全体に及ぶ管理変更を要するとともに,遺伝子組換え回避方法を必要とするし,有機消費者は有機生産生産物に対してより多くを支払ってくれているからである。

●アメリカにおける遺伝子組換え種子混入率の規定

多くの国は,有機または分別管理の非遺伝子組換え生産物に許容可能な,遺伝子組換え体混入レベルを設定している。EUは0.9%,オーストラリアとニュージーランドは1%,日本は5%の許容レベルを設定している(環境保全型農業レポート「No.236 EUの有機農業におけるGMOの混合・汚染に対する規制」参照)。

許容レベルを法的に規定していない国では,加工業者,小売業者,他のバイヤーが許容レベルを設定しているケースが多く,こうした民間団体が,法的要件を有する国よりも厳しいレベルを設定していることもある。

USDAは,有機で育てたものや他の非遺伝子組換え生産物に,意図しない遺伝子組換え体混入の認めうる具体的な公式な許容レベルを,公的には設定していない。しかし,アメリカの多くの加工業者や小売業者は,国内および外国の有機生産者が守るべき,自主的な遺伝子組換え許容レベルを設定している。アメリカの大部分のバイヤーは,有機および非遺伝子組換え生産物に少量の遺伝子組換え体の混入(一般に1%未満)を認めている。ただし,アメリカの大部分の有機および非遺伝子組換えの食品製造業者と小売業者は,2005年に開始された独自の確認システムである「非遺伝子組換え体プロジェクト検証協定」the Non-GMO Project Verified protocolで使用された0.9%許容レベルに準拠し,これを満たしたことが確認された生産物に「非遺伝子組換えプロジェクト検証ラベル」the Non-GMO Project Verified labelをつけている。

2010年以降,「非遺伝子組換え体プロジェクト検証協定」の許容レベルの使用が急速に増えており,主要な製造業者や小売業者がこれを採用し始めている。こうした動きを支援するために,USDAの農業販売促進局(Agricultural Marketing Service: AMS)が,事業体が定めている遺伝子組換え体の混入防止を図る検証基準を無料でチェックし,合格できれば,その旨を宣伝できるようにする「プロセス検証プログラム」Process Verified Programを2015年中ごろから開始した。また,民間の国際的な非営利認証グループによってthe non-GMO True North programが,2015年中ごろに開始され,中間流通や小売段階の生産物に対して非遺伝子組換え検証を与えている。

●遺伝子組換え体の検出と回避のための管理の仕方

有機と分別生産流通管理の両生産者とも,種子に遺伝子組換え体が混入しているか否かのテストやその検証のために,第三者機関を利用している。アメリカの有機穀物生産者の最大の販売協同組合である「有機農業者関係性マーケティング機関」Organic Farmers Agency for Relationship Marketing (OFARM)は,有機作物における遺伝子組換え体の存在を最小にするために,会員が守るべき下記の一連の詳細な回避方法を策定した。

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表2の管理事項は農業の基本的なものが多く含まれているが,遺伝子組換え体の混入を防止するための特殊な管理方法は,「緩衝帯」と「遅らせ植えつけ」である。

A.緩衝帯

欧米では,緩衝帯は隣の農場との境界と接している圃場の外縁や水辺の周りに牧草や野草を生やして,圃場から表面流去水で搬出される土壌粒子や養分を捕集したり,隣の慣行農場で散布した農薬のドリフトが自然落下させたりする目的で利用されている。これに加えて,有機と慣行の圃場の間での,風媒や虫媒による花粉の混入防止の目的でも緩衝帯が利用されている。アメリカでは,2011年に有機トウモロコシとダイズの栽培面積の69%が緩衝帯を設けていたのに対して,慣行栽培では,緩衝帯を設置していたのは4%未満であった。

アメリカの有機農業規定は,隣接農地が合成農薬ないし他の禁止資材を施用している場合には,農業者に緩衝帯を使用することを要求しているが,その最低幅は特定していない。

カナダは最近有機基準を改正し,遺伝子組換え花粉の混入を防止するために,遺伝子組換え体作物圃場との間に最低8 mの緩衝帯を設け,ダイズでは10 m,トウモロコシでは300 m,キャノーラ,アルファルファ(種子生産用)とリンゴでは3 kmの距離を空けることを規定している。

EUでは,トウモロコシについて加盟国によって分離距離は15?800 mと様々である(環境保全型農業レポート「No.236 EUの有機農業におけるGMOの混合・汚染に対する規制」参照)。しかし,50 mを超える分離距離は,実穫りトウモロコシにおいて0.9%未満の許容基準を守るのに必ずしも必要ないとのシミュレーション研究の結果がある(Devos, Y., M. Demont, K. Dillen, D. Reheul, M. Kaiser and O. Sanvido. (2009) Coexistence of genetically modified (GM) and non-GM crops in the European Union. A review. Agronomy for Sustainable Development 29:11-30. )。

B.遅らせ植えつけ

有機作物を近隣の遺伝子組換え作物よりも遅く植えつければ,有機作物の開花時期が遅れるため,遺伝子組換え作物の花粉で受粉する可能性が低下する。ダイズのような自家受粉作物では他家受粉のリスクは低いが,トウモロコシのような他家受粉作物では,ので開花時期を遅らせれば,他家受粉の可能性が大幅に低下する。

植えつけ期日(および収穫期日)の調整は,2010年には,有機トウモロコシのほぼ2/3で使用されていた。ウィスコンシン,ネブラスカ,ミシガンおよびカンザスでは,慣行遺伝子組換えトウモロコシ生産者よりも有機トウモロコシ生産者の植えつけ期日は平均約2週間遅く,オハイオとアイオワでは,有機生産者は近隣者よりも3週間遅く,インディアナとミズーリーでは1か月遅かった。

しかし,涼しくて雨の多い春の天候によって,植物の生育が遅れて,トウモロコシが植えつけ期日と関係なくほぼ同じ日に授粉することがありうる。そのため,この戦略は必ずしも成功するとは限らない。また,植えつけ期日を遅らせることは,遺伝子組換え体と非遺伝子組換え体の混入を防止するものの,収量低下は不可避なことが多い。

C.遺伝子組換え作物からの花粉と他家授粉できない有機トウモロコシ系統

アイオワに拠点を置く種苗会社のブルー・リバー・ハイブリッド社Blue River Hybridsは,遺伝子組換え作物からの花粉と他家授粉できない有機トウモロコシ系統のPuraMaize を販売している。PuraMaize遺伝子群を持っている系統どうしでは正常な受精ができるが,PuraMaize遺伝子群を持たない系統の花粉が,持っている雌しべ(絹糸)に着生しても,絹糸の中を移動している間に死滅してしまって受精が成立しない。

この企業は,古典的育種法によってPuraMaize系統を育成した。この系統を遺伝子組換えトウモロコシ圃場のすぐ隣で栽培しても,PuraMaize遺伝子群を持っていない既往の遺伝子組換えトウモロコシと受粉しないため,有機用トウモロコシとして販売している。

●遺伝子組換え体混入の検出と回避のための経費

USDAは,遺伝子組換え体混入の検出と回避のための経費についてデータ収集を行なっていないが,アメリカの非営利環境団体と有機穀物協同組合が共同でこうしたコストを試算した (Food & Water Watch and Organic Farmers’ Agency for Relationship Marketing Inc. 2014. Organic Farmers Pay the Price for GMO Contamination. )。この調査は,USDAの認証有機生産者リストから選んだ1,500人の有機穀物生産者について行ない,主に中西部の農業者268人から回答をえた。

その結果,有機のトウモロコシとダイズ生産について,遺伝子組換え体混入を回避するために要した農場当たりの年間コストの中央値は,緩衝帯(2,500ドル:緩衝帯面積の中央値は2.0 ha),遅らせ植えつけ(3,312−5,280ドル),遺伝子検出テスト(200ドル),その他(520ドル)を含め,農場当たり6,532から8,500ドルであった。しかし,Greeneら(2016)は,こうした試算値が無回答者の負担コストを含めて有機農業者の代表値かは決めかねるとしている。

●遺伝子組換え体混入による有機農産物の経済損失

USDAが20州の認証有機農業者に対して,予防対策や遺伝子混入検出テストへの支払いを除き,2011−14年に販売用に生産した有機作物に,遺伝子組換え体の意図しない混入のために経済損失を経験したかを調査した。調査した有機農業者の1%が,遺伝子組換え体の意図しない混入のために経済損失を被った。

経済損失を被った全有機農業者の割合は,カリフォルニア,インディアナ,メイン,ミネソタおよびミシガンで1%未満から,イリノイ,ネブラスカおよびオクラホマで6?7%の幅があった。カリフォルニアは意図しない経済損失を報告した有機農業者の割合(0.2%)が最も低い州であった。カリフォルニアではトウモロコシ,ダイズ,ワタ,キャノーラ,シュガービートなど,遺伝子組換え体の利用が多い主要普通作物の栽培面積が少なく,遺伝子組換え体の少ない果樹や野菜の面積が多い。

●アメリカではトウモロコシやダイズの有機経営体がなぜ増えないか

有機のトウモロコシおよびダイズの経営体は,投入コストが高く,収量が低いにもかかわらず,生産物価格が慣行のものよりもはるかに高いために,慣行経営体よりも収益が多いケースが多い。事実,有機トウモロコシとダイズの価格プレミアムは,慣行の2倍を超えることが多く,3倍のこともある。それにもかかわらず,アメリカの普通作物生産者は有機生産を採用するのが緩慢である。その理由として,Greeneら(2016)は次を指摘している。

▽有機の価格プレミアムを稼げるまでに3年間の移行期間が必要である。

▽慣行マーケット用には,カントリーエレベータのところにある,業者やマーケットで種子や化学資材などが入手でき,生産が比較的容易である。有機農業者は,有機認証種子をみつけ,自然の方法による肥沃度や有害生物の管理の仕方を学び,自らのマーケットを見つけ,搬送するまで農場に貯蔵しておく必要がある。

▽有機対慣行の生産についての相対的コストや,収益の情報が乏しい。

▽有機アプローチを選択している農場の金銭的実績について情報が乏しい。

▽将来の収益が不確実である。

●おわりに

大規模経営のアメリカでは,特に普通作物生産では,遺伝子組換え系統を使うことによって,雑草や害虫の防除を省力的に行なって,安定した収穫量を確保できる。その上,遺伝子組換え系統を飼料利用したり,遺伝子組換え系統から製造した加工原料が広く利用されたりして,また,生産過剰による価格低下も生じたが,バイオエタノール生産のための補助金の支給などもあって,遺伝子組換え系統の生産が軌道に乗っている。

こうした状況下で普通作物生産を有機に転換して,多大な労働力を要して有害生物管理を行ないつつ,また,遺伝子組換え系統による組換え遺伝子や種子の混入にコストと労力を払いつつ,ときには大規模な混入が生じて多大な損失を被るのに,大規模経営を行なうのは難しいと推定される。

日本でも圃場栽培が可能な遺伝子組換え系統が存在するが,実際に栽培するところまでは行っていない。これは,栽培された場合には,経営面積の小さな日本では,特に他家受粉作物では遺伝子混入が容易に生じて,有機生産は無理になるであろうし,近縁植物への遺伝子の汚染が日常化するであろうからである。