●アメリカのNOP規則におけるGMO排除の規定
遺伝子組換え生物(GMO)やその生成した物質は,一部の例外を除いて,有機農業で使用することが禁止されている。この遺伝子組換え体の禁止について,アメリカの有機農業の施行規則である「全米有機プログラム規則」(7 CFR part 205 National Organic Program:NOP規則) は意外に簡単にしか規定していない。
NOP規則では,その§205.2の用語の定義において,まず,「排除方法(筆者注:排除すべき方法の意味)は,自然条件下では不可能な手段または有機生産と整合しないプロセスによって,生物を遺伝的に改変したり,その成育や発達に影響したりする一連の方法である。そうした方法としては,細胞融合,マイクロおよびマクロカプセル封入,組換えDNA技術(遺伝子欠損,遺伝子倍化,異種遺伝子の導入,組換えDNA技術によって達成した場合の遺伝子位置の変更を含む)が含まれる。こうした方法には伝統的育種,接合,雑種,体外受精,組織培養を含まない。」としている。
そして,「§205.105有機生産および取扱業務で許可および禁止された物質,方法ならびに材料」の(e)項で,排除方法を使用せずに,有機の生産および加工・流通(ハンドリング)を行なわなければならないことを規定している。なお,この(e)項では,排除方法の遺伝子組換え技術で作られた家畜用ワクチンは,例外として許容することを規定している。
遺伝子組換え作物栽培面積が世界最大のアメリカでは,有機農産物に遺伝子組換え体の混入する確率が非常に大きいはずなのに,こんな簡単な規定だけで,遺伝子組換え体の有機農業での利用や生産物への混合・汚染は有効に規制されているのであろうか?
●有機生産物への遺伝子組換え体の混合・汚染に対する対応原則
NOP規則の簡単な規定を補足し,実務を行なう際の指針として,NOP事務局は方針メモなどの文書を刊行している。
NOP事務局の刊行した「遺伝子組換え生物に関する政策メモ」(NOP (2011) Policy Memorandum: Genetically modified organisms, Policy Memo 11-13, 4p. )には,「有機認証は過程に基づくものであり,検出可能な遺伝子組換え体の残留物が存在するだけでは,必ずしも規則違反となるものではない。」と記されている。これには条件があり,農場や加工・流通の事業体が,排除方法である遺伝子組換え体を使用せず,排除方法による生産物との接触を回避するのに必要な措置を講ずることを,予め,有機生産や取扱の計画書である有機システムプランに詳しく記入して申請し,認証機関の承認をえて,そのとおりに実行していることを前提にしている。つまり,NOP規則を遵守し,意図的違反を行なわなかったのに,偶発的に少量の遺伝子組換え体が混入・汚染したのであれば,有機生産物として認められる。そして,NOP規則の最終規則案を公布した官報の序文で,法律案に寄せられた意見と,その措置の1つとしてこのことも記されている(Federal Register. Vol. 65. No. 246 / Thursday, December 21, 2000. p.80556 )。
そして,NOP規則では,混入の許される遺伝子組換え体の許容レベルを設定していない。「有機」として販売できる加工食品は有機材料が95%以上でなければならないが,残りの5%未満も遺伝子組換え体であることは許されず,あくまでも遺伝子組換え体はゼロでなければならないのが原則である。
●農務省監察総監室による有機ミルクの監査
アメリカの有機農業は消費者の支持を受けて発展しており,有機農産物は慣行のものより高い価格で販売されている。例えば,ミルクでは,2010年の1〜12月の平均価格が,慣行ミルクで3.24ドル/ガロン(2010年の平均為替レート,1ドル87.78円で,約75円/リットル)に対して,有機ミルクで7.28ドル/ガロン(約169円/リットル)で,有機のものが約2.2倍高い。消費者が高い有機ミルクを納得している背景には,NOP規則を遵守して生産されたものであることを信頼していることがある。
アメリカで家畜飼料として一般に利用されている作物は,トウモロコシ,ダイズ,ワタ油粕だが,これらの作物の大部分では遺伝子組換え作物が栽培されている。そして,遺伝子組換えアルファルファが2011年から一般栽培が許可されている。
こうした状況下で消費者の信頼を担保するために,農務省の監察総監室は,有機ミルクの行政監察を実施し,その監査報告書(USDA Office of the Inspector General, Agricultural Marketing Service, National Organic Program – Organic Milk, Audit Report 01601-0001-Te, February 27, 2012. 34p. )を刊行した。この監査報告書で,NOP事務局が,有機の家畜飼料中に遺伝子組換え原料が存在するか否かを検出する試験方法を調査し,その普及を図るために,認証機関向けの遺伝子組換え原料を試験するガイドブックを刊行する必要があると勧告した。
●NOP事務局の回答
NOP事務局は,上記勧告に対する回答書(The National Organic Program: Biotech Test Methods and Protocols for Use in Organic Compliance−A Report to the Office of the Inspector General. February 2013, 23p. )を刊行した。
その回答書で,NOP事務局は次を回答した。
(1) 遺伝子組換え体を検出するのに,2つの方法が現在使用されている。1つはサンプルを実験室に持ち帰ってから分析して,導入遺伝子を検出するPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応)である。感度の非常に高い方法で,1回の分析で遺伝子組換え作物の複数系統を検出できるが,比較的高価で,結果を出すのに数時間から数日を要する。
(2) もう1つの方法は,ELISA法(酵素免疫吸着測定法)である。これは導入した遺伝子の生成する特異的蛋白質を検出する方法で,コストがもう少し安く,PCRに比べれば感度が低いが,比較的迅速で簡単に,圃場において数分で結果を出すことができる。まずELISA法をまず行ない,さらなる定量分析が必要な場合にPCR法を使用している。
(3) 今後,有機生産物を生産・加工・流通している現場で,より迅速・ポータブルで,よりコスト効果が高く,能率の高いELISA 法の向上が望まれる。
(4) NOP事務局は,農薬などの禁止物質や遺伝子組換え体などの排除方法に由来する残留物を認証機関が分析するのに役立つ,下記のガイダンスの刊行やトレーニングを実施している。
(a) 「残留物試験のサンプリング方法に関する指示2610」(Instruction 2610, Sampling Procedures for Residue Testing )
(b) 「残留農薬分析のための検査ラボを選定するための基準」(Instruction 2611, Laboratory Selection Criteria for Pesticide Residue Testing )
(c) 「残留農薬試験結果が陽性であった場合の対応措置(案)」(NOP 5028 , Draft Guidance: Responding to Results from Pesticide Residue Testing )
(d) 認証機関の担当者に対して,2012年1月に有機生産物の遺伝子組換え体の存在の検出や,2013年1月に遺伝子組換え体を含む残留物の結果が陽性であった場合の対応について,トレーニングを実施した。
(執筆者注:上記の(b)と(c)は残留農薬に関するものであって,遺伝子組換え体には直接関係しない。)
(5) 農務省のいろいろな機関が下記の業務を行なっている。
(a) 動植物検疫所(Animal and Plant Health Inspection Service : APHIS):遺伝子組換え作物の育成者が,遺伝子組換え体が同等の非遺伝子組換え体を超える植物病虫害リスクを与えていないことを示す十分な証拠を収集したならば,APHISに対して遺伝子組換え体の農業利用の許可を申請する。環境保護庁や食品医薬品局への申請が認められれば,それと合わせて,農業利用を許可する。
(b) 穀物検査包装家畜ストックヤード管理局(Grain Inspection Packers and Stockyards Administration : GIPSA)
・迅速試験キット評価:メーカの開発した遺伝子組換え体を検出する迅速試験キットの性能が,メーカの申請どおりの性能を有するか否かを確認し,確認できれば3年間有効の証明書を発行する。キットを購入して遺伝子組換え体を検出しようする穀物エレベータ,穀物の大規模な購入者や販売者などが,キットを購入する際にその証明書を参考にする。
・検査ラボの検出技術習熟プログラム:遺伝子組換え体の検出を行なっている検査ラボが自主的に参加して,GIPSAから配布される定性用と定量用のサンプルの分析結果をGIPSAに提出する。試験結果はウェブサイトで公表される。公表を匿名にすることもできる。
・遺伝子組換え体検出のための穀物サンプリングガイドライン:穀物の具体的なサンプリング方法を提供している(Practical Application of Sampling for the Detection of Biotech Grains, GIPSA, October 2000 )
(c) 農業マーケット局全米科学研究所(AMS – National Science Laboratory):農務省の農業マーケット局に所属する機関で,ノースカロライナ州のガストニアに所在する。各種食品の国際取引や国内取引で必要になる証明書で要求される分析項目など,化学,微生物,遺伝子などの分析を受託する。
(6) 認証機関が,認定した農場や加工・流通事業者数の少なくとも毎年5%について,残留農薬や遺伝子組換え体などの残留物の定期試験を行なうように,NOP規則を改正して,遺伝子組換えの混合・汚染のモニタリングを強化した(環境保全型農業ポート.「No.233 アメリカが有機農産物中の使用禁止物質の定期採取試験を施行」参照)。
(7) 「遺伝子組換え生物に関する政策メモ」にも記したことだが,「認証機関は,非承認の非有機物体や慣行作物の混合を防止するための緩衝帯や他の方策を含めて,有機作物事業体の完全性を確保するのに採られた方策の健全性の証拠を示していない有機システムプランを承認してはならない。生産者がそうした予防方策を添付していない場合には,認証機関は,当該の行為を非遵守と記して,生産者の修正を促す適切な方策を採らなければならない。」ことを再度強調して,有機農業の申請段階で厳しく審査していることを主張した。
(8) 結論として,農務省はこれまでに提供しているもの以上に,遺伝子組換え体の検出や混合・汚染の防止などに関するガイダンスを作成する必要性を現時点では認めない。
●有機システムプラン
上記のように,アメリカでは有機農業の計画を事前に有機システムプランに詳しく記載して,認証機関の承認を得ることが定められている。
有機システムプランのうちの作物および家畜生産の書式は,共通事項8ページ,作物生産用23ページ,家畜生産用21ページで,記入するだけでもかなりの作業になる。
作物生産用23ページのうちの3ページが,「混合および汚染の防止」に関する記載になっている。
この3ページで次の項目を扱っている。
・灌漑水(慣行農業などに由来する禁止物質の化学合成農薬や化学肥料成分による汚染)
・資材の貯蔵(禁止物質の化学合成農薬や肥料などの貯蔵)
・生産,施用,収穫用機械とコンテナ
・輸送
・生産物貯蔵
・薬剤処理済み木材
●アメリカの遺伝子組換え体による有機生産物の混合・汚染は,ポストハーベスが主体
上記の項目から分かるように,アメリカが重視しているのは,化学合成農薬や化学肥料のような使用禁止物質による汚染の防止であって,排除方法の遺伝子組換え体による混合・汚染には正面から取り組んでいるとは考えにくい。特に,作物栽培過程における遺伝子組換え作物の花粉による有機作物の汚染を防止するなら,有機圃場の外縁から一定距離内にある他農場の遺伝子組換え作物の種類,その播種時期,予想開花期に関する情報とともに,当該作物と交雑しうる作物の栽培計画(近隣遺伝子組換え作物の予想開花時期とずらせるための播種時期の計画,圃場間距離の確保など)を記載すべきだが,そうした記載項目はない。遺伝子組換え作物については,購入種子が遺伝子組換え体でないことを確認するだけである。
また,「遺伝子組換え生物に関する政策メモ」は,上述したように,遺伝子組換え体との混合や汚染を防止する手段として緩衝帯も指摘しているが,有機システムプランで緩衝帯の記載を要求しているのは,野生植物の採取に関する項目であって,栽培作物については緩衝帯についての記載を要求していない。
このように,アメリカは作物生産過程での有機農産物の遺伝子組換え体汚染にはあまり重きを置いておらず,収穫された後の,有機農産物の遺伝子組換え作物との混合・汚染に重きを置いていると理解できる。
アメリカでは遺伝子作物が世界で最も多く栽培されているが,かつて1998年に栽培が認可された遺伝子組換えトウモロコシ系統(商品名:スターリンク)は,鱗翅目害虫に対する毒素生成遺伝子を組み込んだものであった。アレルギーの原因となる可能性を否定するのに十分なデータが不十分だったために,食用としては認可されずに,飼料用として認可された。アメリカでのトウモロコシ全体からみればわずかな面積しか栽培されなかったのだが,花粉が他の系統のトウモロコシと交雑して,食用として出荷されたトウモロコシからその遺伝子が検出されて問題になった。スターリンクの栽培は2001年に中止されたが,日本に輸入されたトウモロコシからも,2003年上半期まで低い混入率だが検出され続けた(農業環境技術研究所「情報:農業と環境」No.98(2008年6月月1日,「GMO情報: スターリンクの悲劇 〜8年後も残るマイナスイメージ〜」 )。
他家受粉のトウモロコシでは花粉が意外なほど長い距離を移動して受粉するために,こうした予想外の遺伝子拡散が起きやすい。遺伝子組換え作物の栽培が多いアメリカでは,栽培過程での遺伝子混入の可能性が高く,その完全な排除が難しいので,あえて栽培過程での遺伝子混入可能性のチェックにさわらないようにしているようにも感じられる。
●おわりに
アメリカは遺伝子組換え作物を推進している中心国である。このためか,1997年に提案されたNOP規則の最初の案では,遺伝子組換え生物は有機農業から排除されていなかった(USDA-AMS National Organic Program: Genetically Modified Organism (GMO) )。この案に対するパブリックコメントで激烈な反対意見が寄せられて,2000年に公布されたNOP規則では遺伝子組換え生物とその生産物は有機農業から排除された。こうした経緯が示すように,アメリカは遺伝子組換え作物を,慣行作物の非遺伝子組換え作物と区別する意識に乏しく,事前に遺伝子組換え作物の混入や汚染の防止に対する排除を行なったのなら,生産過程で他の圃場からの遺伝子組換え花粉の飛来などの防止に対して,EUのようにうるさいことを規制していない。
アメリカの有機生産物への遺伝子組換え体の混合・汚染問題で事態を曖昧にしているものの1つは,有機生産物に非意図的な混合・汚染が許される上限値が設定されていないことである。EU加盟国の多くが0.9%に設定しているのに,上限値がないために,周辺の遺伝子組換え作物圃場からの非意図的汚染がどれだけあっても許されてしまう。因みに上述のスターリンクの場合,最も高い混入率は0.51%だったが,これはアメリカのトウモロコシ栽培地帯全体での平均混入率を示す値である。遺伝子組換えトウモロコシを栽培している農場に隣接する有機トウモロコシだけだと,混入率はもっと高くなることが想定される。アメリカは非意図的な混入・汚染率の上限値を決めていないので,検査しても違反になるケースはまずないであろう。因みに日本は,意図しない遺伝子組換え作物の混合・汚染の上限値を5%に設定している。
アメリカが遺伝子組換え作物におおらかであるとはいえ,EUと同様,有機農業では,遺伝子組換え生物やその生産物を排除している。それに対して,日本は,家畜濃厚飼料や加工食品原料を遺伝子組換えトウモロコシなどに大きく依存しているため,家畜排泄物や食品廃棄物から製造した堆肥の有機栽培への利用は,当分の間,認めている。遺伝子組換えトウモロコシなどは有機の家畜飼料としては認めていないが,有機の家畜生産がほとんどないために,有機飼料を給餌された家畜の排泄物がないための便宜措置である。とはいえ,これは日本農業の構造問題であり,いつまで便宜措置を続けるのか問題である。