●EUの遺伝子組換え作物栽培への受け入れ状況
アメリカが遺伝子組換え作物の栽培を積極的に推進しているのに対して,EUは遺伝子組換え作物をなかなか受け入れず,EUとアメリカの間で対立が生じていた。このため,アメリカのUSDA(農務省)はEUの遺伝子組換え作物に対する動向について,情報を収集している。その1つとして,USDA Foreign Agricultural Service(外国農業局)が刊行している,外国の農業情勢についての報告書がある。
この報告書によると,EU全体の遺伝子組換え作物(トウモロコシ)の栽培面積は,2007年以降増加して11万ha前後となっている。2012年時点で遺伝子組換え作物(トウモロコシだけ)を栽培しており,国民の受け入れ意見も良好なEU加盟国は5か国(スペイン,ポルトガル,チェコ共和国,スロバキア,ルーマニア),受け入れ態勢が整っており,国民の意見も前向きなのが7か国(イギリス,アイルランド,デンマーク,スウェーデン,フィンランド,エストニア,リトアニア),生産向上に対してバイテク技術を考慮しているが,生産の持続可能性には有機農業を重視し,遺伝子組換え技術を導入する法的整備に消極的なのが6か国(フランス,ベルギー(フランダース地方),オランダ,ドイツ,ポーランド,ブルガリア),反対なのが8か国(イタリア,ベルギー(ワロン地方),ルクセンブルク,オーストリア,ハンガリー,スロベニア,ギリシャ,ラトビア),不明が2か国(キプロス,マルタ)である。
●EUにおける有機農業からのGMO排除の規定
EUでは遺伝子組換え生物は,指令2001/18/EC,「遺伝子組換え生物の意図的な環境放出と指令90/220/EECの廃止に関する指令」(Directive 2001/18/EC on the deliberate release into the environment of genetically modified organisms and repealing Council Directive 90/220/EEC )によって次のように定義されている。
「遺伝子組換え生物(GMO)は,遺伝物質を交配や天然の組換えによって自然に生ずる以外の方法で遺伝物質を変化させた,人間を除く生物を意味する。」
また,遺伝子組換え食品や飼料については,規則1829/2003,「遺伝子組換え食品および飼料に関する規則」(Regulation (EC) No 1829/2003 on genetically modified food and feed )の第12条において,遺伝子組換え食品および飼料は,遺伝子組換え体そのものないし遺伝子組換え体の生産した物質からなる材料が,当該材料の0.9 %を超えないものには適用しないと規定している。これは有機生産物における遺伝子組換え体の許容混合率の上限値を規定したものではない。しかし,これを論拠にして,有機生産物における遺伝子組換え体の許容混合率の上限値を0.9%にしている国が多い。
規則834/2007,「有機生産と有機生産物の表示ならびに規則(EEC) No 2092/91の廃止に関する規則:通称,有機農業規則」(Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 )では,有機事業者が遺伝子組換え体を使用した製品を購入・使用しないために,次の規定を設けている。
第4条 全般的原則 下記の原則に基づいて有機生産を行なわなければならない。
(iii) 獣医薬製品を除き,遺伝子組換え体の使用および遺伝子組換え体からまたはそれによって生産された製品を排除する。
第9条 遺伝子組換え体の使用禁止
1. 遺伝子組換え体,遺伝子組換え体から生産されたまたは遺伝子組換え体によって生産された製品(執筆者注:遺伝子組換え生物そのもの,その構成成分や遺伝子組換え生物を使用して生産した物質などの意味)は,有機生産において,食料,飼料,加工補助剤,植物保護製品,肥料,土壌改良材,種子,栄養繁殖体,微生物および動物として使用してはならない。
2. 第1項に規定された遺伝子組換え体,遺伝子組換え体から生産されたまたは遺伝子組換え体によって生産された,食料および飼料の禁止のために,事業者は,指令2001/18/EC(「遺伝子組換え生物の意図的な環境放出と指令90/220/EECの廃止に関する指令」),規則1829/2003(「遺伝子組換え食品および飼料に関する規則」)または規則1830/2003(「遺伝子組換え体とそれから製造した食品および飼料のトレーサビリティとラベル表示に関する規則」)にしたがった製品に付随,添付,提供されたラベルまたは他の付随文書を信頼することができる。
事業者は,購入した食料や飼料の製品に,これら規則にしたがったラベル表示や添付書類がない場合には,当該製品の表示がこれら規則に準拠していないとの別の情報がない限り,購入した食料や飼料の製品の製造の過程において,遺伝子組換え体または遺伝子組換え体から生産された製品が使用されていないと考えることができる。
3. 第1項に規定された禁止のために,食料または飼料でない製品,または遺伝子組換え体によって生産された製品について,第三者から購入したこれらの非有機製品を使用する事業者は,販売者に対して,供給された製品が遺伝子組換え体からまたはそれによって生産されたものでないことの確認を要求しなければならない。
4. 欧州委員会は,第37(2)条に規定された手続に従って,遺伝子組換え体の使用や,遺伝子組換え体からまたはそれによって生産された製品の使用を禁止する方策を決定しなければならない。
●欧州委員会が有機農業規則施行上で指摘した問題点
EUの執行機関である欧州委員会は,現行の「有機農業規則」が効力を発揮した2009年からの施行状況を踏まえて,加盟国からの意見を集約して,法律施行上の問題点をまとめた。この概要は,環境保全型農業レポート「No.206 EUが有機農業規則の問題点を点検」に紹介してある。繰り返しになるが,その主要ポイントは下記である。
(1) 遺伝子組換え作物の栽培が増えると,なかでも飼料で意図しない遺伝子組換え体の混入が懸念されるが,有機生産者の努力によって,EUではダイズやトウモロコシでの意図しない混入は0.1%未満にとどまり,0.9%未満が担保されている。
(2) 一部の加盟国は,有機生産物の遺伝子組換え体許容レベルを特別に0.1〜0.3%にすることを推薦してきた。こうした特別の閾値を設定すると,事態が複雑になる上に,生産者と消費者の負担コスト増が懸念され,0.9%の閾値の維持が好ましいという意見が多数派となっている。
(3) 欧州委員会は,遺伝子組換え作物は既存の非遺伝子組換え農業に証明できるほどのダメージを生じていないと結論した。
(4) しかし,遺伝子組換え体の意図しない混入が0.9%を超える事態がいったん生じるようになると,有機農業の所得が大幅に減少する可能性がある。このため,2010年に欧州委員会は,慣行および有機の作物におけるGMOsの意図しない混入を回避する,国としての共存方策を策定するためのガイドラインを策定するように勧告した。さらに,欧州委員会は,欧州議会および閣僚理事会に,加盟国が自国内でGM作物の栽培を制限ないし禁止するのを可能にする規則案を提出している。
(5) 欧州委員会は,最近における遺伝子組換え体の展開と有機農業への影響を分析した上で,これらの作業をさらに進めるか否か,検討する必要があるとした。
●EUにおける遺伝子組換え作物と通常作物との共存方策の検討
EUは,遺伝子組換え作物と通常作物との共存方策を検討している。その一環として,欧州委員会の共同研究センターは次を刊行している。
これは日本語に翻訳されている(廉澤敏弘・中谷敬子訳 (2003) 欧州農業における遺伝子組換え作物、一般栽培作物および有機栽培作物の共存のためのシナリオ.農業環境技術研究所資料.第27号.106p. )。本報告書の概要は下記のとおりである。
(1) 地域での遺伝子組換え作物作付面積のシェアが10%と50%になったと仮定して,(a)フランスとドイツで非遺伝子組換え冬ナタネ,(b)イタリアとフランスで非遺伝子組換え飼料用トウモロコシ,(c)イギリスとドイツで非遺伝子組換えジャガイモを,当該国の平均的規模の農家で慣行栽培と有機栽培した場合に,(A)非遺伝子組換え作物が遺伝子組換え作物と交雑するのを防止する現状の技術水準で栽培したときに,遺伝子組換え作物の非意図的混入率がどのレベルに変化するのか,(B)技術的改善を導入した場合に混入率はどのように変化するのか,(C)その場にコストがどの程度増加するかなどを,シミュレーションモデルで推定した。
(2) 遺伝子組換え作物の非意図的な混入の程度は,3つの作物で,地域における遺伝子組換え作物の作付率が10%と50%になった場合を想定し,両者の間で大きな違いはないと推定された。
(3) ナタネの場合,経営規模が131 ha(圃場区画6 ha)と351 ha(圃場区画11 ha)の農家で,現在の技術水準では,非意図的混入率が,慣行栽培だと0.42〜0.59 %,有機栽培だと0.61〜1.09%に高まる。混入率0.3 %を確保するために,有機栽培で休閑地にカバークロップを春期播種するなどの対策を導入すると,混入率は0.04〜0.11 %に低下し,その際の追加コストは194.3ユーロ/haと推定された。
(4) 飼料用トウモロコシの場合,経営規模が,慣行栽培で50〜100 ha(圃場区画3〜20 ha),有機栽培で10〜60 ha(圃場区画1〜20 ha)の農家で,現在の技術水準では,非意図的混入率が,慣行栽培だと0.8〜2.25 %,有機栽培だと0.16〜0.58%に高まる。混入率を0.9 %未満を確保するには追加コストは不要と推定された。
(5) ジャガイモの場合,慣行栽培で75と150 ha(圃場区画3と10 ha),有機栽培で75と150 ha(圃場区画3と5 ha)の農家で,現在の技術水準では,非意図的混入率が,慣行栽培だと0.36〜0.54 %,有機栽培だと0.1〜0.16%に高まる。混入率を0.9 %未満を確保するには追加コストは不要と推定された。
●欧州委員会のGM作物と慣行並びに有機農業との共存に向けた努力
欧州委員会は,遺伝子組換え作物と慣行ならびに有機農業との共存を,行政的に如何に担保するについて努力している。
欧州委員会は,加盟国がこの問題についてどのような施策を講じているかを調べて,その結果を,第1回報告書(European Commission (2006) Report on the implementation of national measures on the coexistence of genetically modified crops with conventional and organic farming. SEC(2006) 313. 10p. )に続き,第2回報告書(European Commission (2009) Report on the coexistence of genetically modified crops with conventional and organic farming. COM(2009) 153 final. 12p. )とその添付資料(European Commission (2009b) Commission staff working document accompanying Report on the coexistence of genetically modified crops with conventional and organic farming. SEC(2009) 408 final. 88p. )の形で刊行した。
この第2回報告書と,その添付資料で扱われている共存のための課題には,次のような諸点が記されている。
遺伝子組換え作物に関する情報の利害関係者への提供
(1) 農業者が遺伝子組換え作物栽培の承認をえる手続
(2) 遺伝子組換え作物の生産・加工・流通を行う事業者へのトレーニング
(3) 遺伝子組換え作物の栽培者の記録保持要件
(4) 技術的分離方法
- 非遺伝子組換え作物への遺伝子組換え作物の混合の最大許容レベル
- 遺伝子組換え作物の空間的分離方法
- 分離方法の実施に対する事業者の責任
- 遺伝子組換え作物の種子生産から収穫,貯蔵に至る作業に要する方法
- 隣人との合意
(5) 遺伝子組換え作物の混合が生じた場合の補償や保険
(6) 遺伝子組換え作物の栽培禁止地域の指定
(7) 国境をまたぐ遺伝子組換え作物の汚染・混合にともなう問題の措置
(8) 上記に対する違反に対する罰則
これらの課題のうち「(4) b 遺伝子組換え作物の空間的分離方法」について,この添付資料から,遺伝子組換え作物の栽培について,非遺伝子組換え作物との間に法的に数値を定めている加盟国の事例を表1に示す。分離距離は国によって大きく異なっている。そして,2009年時点の表で現在と整合していないケースもあるかもしれないが,遺伝子組換えトウモロコシの栽培面積がEUで最も多いスペインが分離距離を定めずに遺伝子組換え作物の栽培を実行していたのには驚かされる。
●イギリスのソイル・アソシエーションの有機農業基準におけるGMOの取扱
イギリスのソイル・アソシエーションは,有機農業の基準で,遺伝子組換え生物などについて,次の規定を行なっている。
(1) 有機農業や有機の食品加工で遺伝子組換え生物やその誘導体(執筆者注:遺伝子組換え生物そのもの,その構成成分や遺伝子組換え生物を使用して生産した物質など)を使わずに生産し,生産・加工・流通の過程でこれらと混合したり汚染されたりしてはならない。
(2) 有機生産に使用するために外部から導入する,種子,苗,肥料,堆肥,家畜ふん尿,植物保護資材などの投入物は,その供給者から,遺伝子組換え生物やその誘導体に由来するものでないことを示す署名付き証明証を入手しておかなければならない。
(3) 樹木剪定枝,家庭ごみなどの廃棄物の堆肥については,そのリサイクリングプロセスを自分で調べておき,有機農業で使用して良いかを,ソイル・アソシエーションが判定する。
(4) 遺伝子組換え生物やその誘導体を含む家畜医薬品(医薬品,ホルモン,ワクチン,細菌製品,アミノ酸,寄生虫駆除剤)を使用してはならない。
(5) 遺伝子組換え技術を利用した家畜医薬品を使用する以外の代替措置がない場合,家畜を処置しなければならない。罹病家畜を処置しない場合には,有機の認定を取り消す。その処置によって家畜が有機状態を失うことになったとしても,処置を行なって,通知しなければならない。
(6) 生産物に混合・汚染のリスクがある場合には,ソイル・アソシエーションがそのサンプルをPCR法(ポリメラーゼ連鎖反応)によって,検出限界0.1%で分析する。その費用は有機事業者が負担する。
(7) 汚染の可能性を防止するために,有機認定を受けた農地の如何なる場所にも遺伝子組換え作物を栽培してはならない。もしも遺伝子組換え作物を栽培した場合には,少なくとも5年間は作物を有機認証できない。
(8) ミツバチは巣から3マイルまで飛ぶことが知られている。このことはミツバチがその活動範囲の1端から他端まで遺伝子組換え花粉を6マイル(9.7 km)運びうることを意味している。このため,農場から6マイル以内に遺伝子組換え作物が栽培されているのを知っている場合には通知しなければならない。
(9) 農場や作物が遺伝子組換え花粉で汚染されるリスクを,ソイル・アソシエーションが評価する。リスクを認めた場合には,下記を行なう。
- 事業者に通知し,リスク評価の現地調査の日程路を調整する。
- 汚染リスクに影響しうる現地の景観,優占的な風,栽培作物,開花時期,その他の要因を考慮する。
- 遺伝子組換え汚染の分析の必要性を検討する。
- 我々の決定と事業者行なう必要のある行動を通知する。
●フランスのセラリーニらの批判に対する欧州委員会の見解
なお,上述したアメリカ農務省外国農業局の報告書が刊行された後に,フランスのセラリーニらが,除草剤ラウンドアップ耐性の遺伝子組換えトウモロコシ(NK603)を2年間マウスに投与して,ガンの発生率が顕著に高まることを報告した (Gilles-Eric Séralini et. al., (2012) Long term toxicity of a Roundup herbicide and a Roundup-tolerant genetically modified maize. Food and Chemical Toxicology 50 (2012) 4221-4231. )。セラリーニらは,この報告欧州委員会に遺伝子組換え系統のNK603の登録取消などの検討を要請した。こうしたことから,一時,EUで遺伝子組換えトウモロコシの栽培が見直されて,禁止の方向に動くのではないかとの見解もだされた。
欧州委員会に検討を付託された食品安全性委員会EFSAは,実験条件が結論を導けるほどのマウス数などの点で十分でなく,セラリーニらの結論を科学的に検証できないとして,その妥当性を否定している(EU Press Release, 28 November 2012. Séralini et al. study conclusions not supported by data, says EU risk assessment community. :EFSA (2012) Review of the Séralini et al. (2012) publication on a 2-year rodent feeding study with glyphosate formulations and GM maize NK603 as published online on 19 September 2012 in Food and Chemical Toxicology )。
その上,EUで栽培されている遺伝子組換えトウモロコシの系統の圧倒的大部分は,モンサント社のMON810とその改良系統で,NK603は輸入されているが,栽培されていないことから,EUでの遺伝子組換えトウモロコシの栽培には影響していないと考えられる。
●おわりに
EUは,遺伝子組換え作物,それ外の慣行作物と有機作物を栽培するそれぞれの農業が共存できる方策を作ろうとしている。それが多様な消費者のニーズに応える方策として重要であることは間違いない。しかし,そのためには,異なる立場の生産者や消費者が互いに納得できる明確な基準とその履行の担保が必要である。今後ともさらなる検討が進められるであろうが,その展開に注目したい。
EUでは加盟国によって農家の平均経営規模が異なるが,日本よりも大きい。それでも遺伝子組換え作物と非遺伝子組換え作物との間に大きな距離をおいている。日本で遺伝子組換え作物が実際に栽培されると,有機農業との共存がEUよりもはるかに深刻になるケースが多くなるはずである。