No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着〜ダイオキシン類に酷似した動態

●福島第一原発事故

2011年3月11日の東日本大震災にともなう津波によって,東京電力福島第一原子力発電所の原子炉冷却用電源がすべて途絶されて大事故が生じた。東京電力や原子力安全委員会は当初,燃料棒が部分損傷されただけで,炉心溶融は起きていないとしていた。しかし,その後,津波による損害後の早い時点で,運転中であった1号炉から3号炉はいずれも炉心溶融を起こしていたと推定し直している。そして,3月12日に1号炉,14日に3号炉,15日に2号炉と休止中だった4号炉で,原子炉建屋が水素爆発によって破壊され,大量の放射性核種が大気に拡散した。

これにともなって,2011年3月18日に茨城県の多くの産地のホウレンソウから食品としての暫定基準値を超える放射能が検出され,政府から出荷制限が指示されたのを皮切りに,北関東3県と福島県を中心に多くの県で,様々な作目について出荷制限が指示されるケースが相次いで起きた。

●食品の放射性物質暫定基準

食品中の放射性物質については,食品衛生法に基づいて表1の暫定基準が定められている(消費者庁 (2011) 食品と放射能Q&A )。

この暫定基準の中で特に問題になったのが茶である。

茶は,放射性セシウムが通常問題になるが,「肉・卵・魚,その他」のグループに位置づけられている。生の茶葉を乾燥・成形して荒茶を生産し,荒茶から夾雑物の茎や枝など除去する選別を行なった上で,他の品種や産地のものとブレンドしたりして,製茶を生産する。これらの過程での乾燥によって水分が減った分,放射能濃度が上昇する。しかし,飲料時,茶葉に湯を注いで抽出する際には,乾燥した茶葉は水分を吸収して膨潤する。このため,生の茶葉換算で良いとする意見や,荒茶は通常は販売されないから,規制対象にすべきでないとする意見もあった。しかし,政府は2011年6月2日,放射性物質が検出された茶葉について,現行の生茶葉に加え,荒茶や製茶の段階でも,暫定規制値を超えた場合は出荷制限対象にすることを決定した(厚生労働省,2011年6月2日)。茶に限らず,海草やシイタケなどの乾燥食品でも表1の基準に異論がでる可能性がある。

●福島第一原発事故にともなう農産物の出荷制限の状況

福島第一原発事故にともなう農産物の出荷制限の状況の報道が頻繁になされている。そのベースになっているのは,厚生労働省の公表した食品の放射性物質検査データと,それに関するプレスリリース情報である。(財)食品流通構造改善促進機構(1991年に設立された食品の流通部門の構造改善の促進を目的とした公益法人)が,厚生労働省公表データとプレスリリースを基にして農産物の出荷制限の状況のータベースを作成し,一般の利用に供している(食品の放射能検査データ)。このデータベースには,品目,放射能検査実施主体,検査機関,採取期日,産地の都道府県名と市町村名,検査結果判明期日,厚生労働省公表期日,放射能性ヨウ素と放射能性セシウムの濃度などが記載されている。

このデータベースから,果実類を除く品目について,放射能検査件数と,表1の食品暫定基準超過件数をまとめたのが表2である。なお,検査用サンプルの採取月日が最も早かったのは2011年3月18日であったが,5月4日採取までのもので表2を作成した。

こうした農産物の出荷制限の状況をまとめた表を作成した意図は,環境保全型農業レポート「No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書」
に紹介した,IAEAの2006年の報告書でも,大気からの放射性核種の沈着による作物種類別の放射能汚染の表がなかったことが1つの遠因となっている。1986年の事故から20年経過した時点では,チェルノブイリでは土壌に沈着した放射性核種の作物への移行が問題で,大気からの沈着は既に問題になっていないのかもしれない。報告書では,事故直後に,放射性ヨウ素や放射性セシウムの大気から沈着によって,高濃度の汚染が生じた食べ物として,(1) 表面積の大きなホウレンソウのような葉菜類や牧草,および,牧草で飼養された家畜の乳,(2) 森林で採取したキノコ,ベリー,狩猟鳥獣肉,(3) ミネラル養分が少なく,河川による水の流入や流出が少ない一部の湖沼(閉鎖湖沼)の淡水魚が指摘されている。しかし,作物別放射能汚染の違いをまとめた詳しい表が見当たらない。

表2の出荷制限状況の表は,対象期間内に出荷時期を迎えた品目に限定されているが,大気からの放射性核種の沈着による作物種類別の放射能汚染程度を表すものといえよう。

●放射能汚染のために出荷制限の多かった品目

表2に示すように,放射能が食品の暫定基準を超過した件数の多かった品目は,茎葉菜類(ホウレンソウ,ブロッコリー,パセリなど),キノコ・山菜類(タケノコ,シイタケなど),チャ(茶),原乳であった。牧草は,通常,中間産物なので,販売用に検査を受けた件数が極めてわずかであった。このため,結果の記載を省略したが,暫定基準を超過した原乳が多かったことは,放射能に強く汚染された牧草が多かったことを意味している。

●ダイオキシン類の沈着濃度の高かった作物

他方,環境省が農林水産省と連携して行なった「農用地土壌及び農作物に係るダイオキシン類実態調査」による1999年度調査結果(環境省,2000)で,作物体のダイオキシン類の濃度をみてみる。ただし,牧草類については1998年度の結果による。

ダイオキシン類は,構造の類似した,ポリ塩化ジベンゾフラン,ポリ塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンおよびコプラナーポリ塩化ビフェニルで,それぞれに多数の異性体が存在する。異性体ごとに毒性の強さが異なっているため,各異性体の重量を,毒性の最も強い 2,3,7,8−四塩化ジベンゾ−パラ−ジオキシンの重量に換算した値で表示し,それらを合計した毒性等量(TEQ)によって総重量を表している。量的には超微量で,ピコグラム(pg)で表示する(ピコグラムは1 gの1兆分の1または1 mgの10億分の1)。

ダイオキシン類調査の対象になった作物は限定されていて多くはなく,放射能汚染で話題となったキノコ・山菜類は調査対象ではなかったが,沈着量の高かった作物はホウレンソウ,チャおよび牧草であった。これは放射能汚染のために出荷制限の多かった品目と良く一致した。

●表面積の圧倒的に大きい葉菜類と牧草

ホウレンソウなどの葉菜類と牧草で放射能やダイオキシン類の濃度が高かったが,これらは,収穫部位における単位重量に対する表面積の割合(比表面積)が高い作物である。収穫部の比表面積が高いほど,大気から表面に沈着する重量当たりの放射能濃度が高くなる。これに対して,果菜類,根菜類など,収穫部位が球体や円筒体で,重量に比して表面積の小さな作物では,放射性核種やダイオキシン類の沈着量が相対的に少なくなる。まして,土壌中に収穫部位が形成される塊茎類などでは大気からの直接の沈着がないので,放射性核種やダイオキシン類の濃度が低い。

ただし,表2をみると,一部のカブが出荷制限となった。カブは土壌中に収穫部位が形成されるとはいえ,地下部が肥大し始めると,かなり部分が地上に露出してくる。このため,収穫部位に直接沈着して,出荷規制になったケースがでたと理解できる。

●茶葉の放射能汚染をどう考えるか

過去を思い出すと,1999年2月に埼玉県所沢市産の野菜がダイオキシン類汚染されているとのテレビ報道がなされた。このとき分析値が高かったのは茶であったが,茶であることを隠して,あたかも所沢産の野菜のダイオキシン類濃度が高いような印象を与える報道がなされた。その直後の緊急調査で,所沢産の野菜のダイオキシン類濃度は問題になるほどでないことが確認されたが,作物のダイオキシン類汚染への関心が一気に高まった。

ダイオキシン類の場合には,焼却炉などから常時ダイオキシン類が大気に揮散して,常時葉に沈着し,濃度の高い茶葉が生産されたと理解できる。しかし,福島第一原発事故では,多量の放射性核種の飛散が完全には終了していないとはいえ,大幅に減少したと考えられてからしばらく経った2011年5月9日以降採取の生茶葉などで,暫定基準を超えるケースが続出した。

このため,この放射性は大気から沈着したものではなく,土壌に沈着した放射性セシウムが根から吸収されて新芽に移行して,放射能の高い新茶が生産されたとの憶測もなされた。

しかし,農林水産省は,(独)野菜茶業研究所の実験結果を踏まえて,次の推定を行なった。

(1) 茶樹の古葉に含まれる放射性セシウム(関東地方南部3か所での測定値の範囲は700〜1,390 Bq/kg乾物)では,新芽の生葉(340〜710 Bq/kg乾物)とほぼ同程度(乾物重量比ベース)である。

(2) 土壌中の放射性セシウム濃度は,畝間で概ね260 Bq/kg以下,株元で概ね40 Bq/kg以下と低く,土壌からの吸収は,あまり考えられない。

(3) 調査茶園における茶の新芽は4月10日前後であり,大量の放射性物質が放出された時点では,茶の新芽は出ていない。

(4) 文献によれば,セシウムは,植物の葉面から吸収され,植物体内を移動。また,お茶は,セシウムと類似するカリウムをよく吸収。

(5) 以上のことから,今回,生葉(新芽)で検出された放射性セシウムは,土壌中から吸収されたものではなく,古葉に付着したものが葉面から吸収され,新芽に移動したものと推定。

ただし,(財)食品流通構造改善促進機構の食品の放射能検査データをみると,4月10日以降でも,福島県のホウレンソウ,コマツナ,ブロッコリー,カブは出荷制限を受けたケースがあり,原子炉から3月下旬ほどではないが,なお放射能が放出されているようなので,新芽への大気からの微量の沈着も排除はできないだろう。とはいえ,上記の推定に影響するほどではないであろう。

●おわりに

以上概観したように,対比できるデータがある範囲では,大気からの沈着による作物の放射能汚染とダイオキシン類汚染とはきわめてよく類似した傾向を示している。ホウレンソウの放射能汚染が報道されたときに,放射能に汚染されやすい作物と,汚染の少ない作物についての関心が高まった。しかし,その点を端的に示すデータが乏しかったために,明確な指摘がなされなかった。(財)食品流通構造改善促進機構の放射能検査データベースから作成した出荷制限品目のリストと,ダイオキシン類調査結果とによって,今後はある程度明確な整理ができると期待できる。