No.005-2 ダイオキシンの汚染源は除草剤か焼却炉か?

ダイオキシンの汚染源はどこか?

1999年2月の埼玉県所沢産野菜のダイオキシン類汚染報道などが契機になって,農業でもダイオキシン汚染が関心を集めた。ダイオキシン類の主要な排出源は一般に焼却施設であると理解されている。環境省は1997年以降,我が国におけるダイオキシン類の排出目録を調査しているが,それを見る限り,やはり焼却施設が圧倒的大部分を占めている(表)。このため,1999年に公布されたダイオキシン類対策特別措置法によって,焼却施設からの排出が重点的に抑制され,ダイオキシン類の排出が急激に減少した。

* 毒性等価量  ** 焼却施設は,一般・産業廃棄物焼却施設と小型廃棄物焼却炉を合わせた値  環境省 (2003) ダイオキシン類の排出量の目録?から作表

しかし,このダイオキシン類の排出目録に早くから疑問を出していた人がいる。当時,横浜国立大学の教授であった中西準子氏である(現在,産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター長)。
その疑問の発端は次の事実である。すなわち,
(1)内陸の焼却施設周辺の人達の食べ物を通したダイオキシン類の摂取量を調べても,一般の人達とさほど変わらなかった。
(2)だが,ダイオキシン類の摂取量の異常に多い人達がいた。それは魚介類を多量に摂取している人達であった。
その理由として,中西氏は,ダイオキシン類を不純物として含有する農薬が日本で多量に散布された結果,それが農地から流出して,河川をへて海底に溜まり,魚介類に濃縮されたためと推定した。そして,最も重要な汚染源であるダイオキシン類を混入した農薬を排出目録で扱わずに何の手も打たず,800℃以下の焼却施設の閉鎖・建て替え・焼却灰の処分に莫大な金をかける愚を指摘した。こうした見解を,中西氏は「環境ホルモンの空騒ぎ」と題して新潮45(1998年12月号)に発表された(同氏の原稿はhttp://homepage3.nifty.com/junko-nakanishi/45draft.htmlで読むことができる)。

 

●農薬に混入していたダイオキシン類

除草剤の2,4,5-Tはダイオキシン類を含み,ベトナム戦争で枯葉剤として使用されて,子供達に奇形を起こしたことは有名である。この外にもその後,除草剤のPCP,CNPや殺菌剤のPCNBに製造過程でダイオキシン類が副次的に生成・混入していたことが判明したり,疑念がもたれたりしていた。日本では,かなりの量のPCPが1960年代に水田用の主力除草剤として使用された。しかし,強い魚毒性のために使用禁止になり,それに代わってCNPが1994年まで製造・販売され,一時は除草剤原体生産量の40%強を占める水田用の主力除草剤であった。
環境省が2002年度に実施した農用地土壌のダイオキシン類調査結果から計算すると,土壌中のダイオキシン類濃度の平均値は,普通畑作物や野菜を栽培した焼却施設周辺の畑で18 pg -TEQ(毒性等価量)/g乾土,一般の畑で19であったが,焼却施設周辺の水田で24,一般の水田で37と,水田が畑よりも傾向が認められる。この数値にあらわれた土壌中のダイオキシン類濃度は,食料の安全性を損なう濃度ではない。しかし,安全な食料を生産すべき農業においてダイオキシン類を含有する農薬が使用され,微量とはいえ,土壌に蓄積したとすれば許されることではない。

注)pg -TEQ(毒性等価量)/g乾土:ダイオキシン類には毒性の異なる多数の異性体がある。このため,ダイオキシン類全体の総量を表示するために,ほ乳類に対する毒性の最も強い2,3,7,8-TCDD(2,3,7,8-四塩化ダイオキシン)を1として,これと比較した毒性によって各異性体の重量を換算して,合計した総重量で,毒性等価量という.重量の単位はピコグラム(1兆分の1g)。この場合は乾土1g当たりの毒性等価量をピコグラムで表示。

●水田でのダイオキシン類の挙動

現在はダイオキシン類が混入した農薬は製造・使用されていないが,過去に使用されたときに水田でどのような挙動をしていたのであろうか。この点について(独)農業環境技術研究所のダイオキシン類研究グループが地道に解明してきている。同研究所の最近の研究成果情報からその一部を紹介する。
(1)水田に散布された除草剤中のダイオキシン類は,代かき後の強制落水によって土壌粒子とともに水田から排出されて,水田とつながった小河川の底泥に溜まる。そして,水田からの排水量の多い落水時やその後の豪雨によって下流に移動する(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result18/niaes00002/niaes00002.html)。
(2)代かきのときに凝集剤として,塩化カルシウムまたは塩化カリウムを施用すれば,代かきで懸濁した土壌粒子を速やかに沈降させ,水稲収量を低下させることなく,ダイオキシン類が水田系外に流出するのを大幅に軽減できる(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result20/niaes03002/niaes03002.html)。
(3)水田土壌にダイオキシン類が存在しても,イネが根から吸収するダイオキシン類の濃度は極わずかに過ぎず,茎葉の汚染は大気中に存在するダイオキシン類によって発生する。籾の外側も汚染されるが,籾に保護されているため,玄米の汚染は極わずかに過ぎない(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result19/niaes02001/niaes02001.html)。
(4)1960年から農業環境技術研究所が毎年保管していた全国5か所の水田土壌試料のダイオキシン類を分析して,過去にさかのぼって水田土壌におけるダイオキシン類の消長を調べた。混入しているダイオキシン類の構成は物質によって異なり,PCPにはOCDDという異性体が多く,CNPには1368-/1379-TeCDDという異性体が多い。1960年以降の水田土壌を分析した結果,水田土壌中のダイオキシン類全体の濃度は1960年代前半から急激に上昇した。この時期はPCPの使用量が急激に増加した時期であり,PCPに多く混入しているOCDDの濃度も急激に増加した。PCPが使用禁止になると,代わってCNPが使用され,CNPに多い1368-/1379-TeCDDという異性体が1960年代末から急激に増加し,1970年代前半をピークに減少している。PCPとCNPの原体の出荷量と,それぞれに多い上記2つの異性体の濃度の推移とが一致した(下図)。

水田土壌中のダイオキシン類の各種異性体の年次変動を解析した結果,ダイオキシン類の主な起源は,1960年前後は燃焼・焼却過程,1960〜1970年代はPCP製剤とCNP製剤で,1980年代以降は再び燃焼・焼却過程であると推定された。従って,水田除草剤のPCPやCNPが水田土壌を汚染したことは疑いなく,水田から流出して河川や沿岸の底泥に蓄積したことも推定される。PCPは1990年に,CNPは1996年に農薬登録が失効しており,現在は製造・使用されていない。実験結果から推定したダイオキシン類の半減期は約15年で,現在では燃焼・焼却過程で発生したダイオキシン類が主たる汚染源になっていると推定される(http://www.niaes.affrc.go.jp/sinfo/result/result20/niaes03001/niaes03001.html)。

 

●ダイオキシン汚染の教訓

これらの結果から,農薬由来と焼却施設由来のダイオキシン類は,ともに現在では排出のピークを過ぎて,問題は沈静化に向かっているといえよう。しかし,底泥に溜まったダイオキシン類は容易には消失しない。半減期が15年とはいえ,低濃度になると,土壌粒子に強く結合されたものの割合が高くなり,半減期も遅くなり,予想以上に長期間存在し続け,食物連鎖を通じて人間や野生生物に影響を及ぼすことが懸念される。環境中のダイオキシン類をより迅速に浄化する研究を急がなければならない。
また,PCPやCNPにダイオキシン類がこれほどの問題になるほど含まれていることに気づくのが遅かったことを,研究,行政および業界が反省し,類似した問題の再発を未然に防止する努力を行わなければならない。
除草剤に混入したダイオキシン類のみならず,散布した農薬自体や,施肥した窒素およびリンも,代かき後の強制落水によって,水田から排水路をへて河川や湖沼に流出することから,環境保全の観点から代かき後の強制落水を行わないようにすることが必要である。