No.298 グリーングロースにふさわしい農場管理の仕方

● グリーングロース

環境保全型農業レポート「No.264 OECDの農業用グリーングロース指標(案)」に記したように,1992年の「環境と開発に関する国連特別総会」から20数年を経過した現在,世界経済が下降し,開発を銘打つのが全体的にはふさわしくない時代になった。こうした状況を踏まえて,「持続可能な開発」の替わりに,自然資産の保全を強化し,資源利用効率を高め,環境への悪影響を減らしつつ,着実な経済成長を推進することを目指して,新たに「グリーングロース」という用語が使われている。

● OECDが農場管理の仕方をグリーングロースの観点からレビュー

OECD(経済協力開発機構)はいくつかの農場管理の仕方をグリーングロースの観点からレビューし,下記の書籍を刊行した。

OECD (2016) Farm Management Practices to Foster Green Growth, OECD Green Growth Studies, OECD Publishing, Paris. 159p.

この書籍は,OECD事務局に設けられた「農業環境合同作業部会」によって取りまとめられたもので,その作業に要する予算を,日本の農林水産省とスロバキア共和国の農業農村開発省が支援したことが謝辞として記されている。

そこで扱った農場管理の仕方についての結論の概要を紹介する。

A.土壌および水の保全

(1)土壌侵食や水質汚染を防止する農場管理の仕方が非OECD国を含めて,2013年において世界の耕地の10.9%で実施され,その80%強はアメリカ,アルゼンチン,ブラジル,オーストラリア,カナダで実施されていると試算されている。慣行農業と比較して,収量が増加するケースと減少するケースが存在し,OECD国や農産物によって違いがあるが,平均すると,収量は低下するケースが多い。

(2)エネルギー,養分などの投入資材コストが減少する。

(3)ある種の土壌保全方法では資本投入が増加するが,労働投入はほぼ常に増加する。

(4)養分の流去量や温室効果ガス排出量を減らし,多量の炭素を土壌に固定し蓄積する。

(5)特に生物多様性や農村景観の保全の点で,生態系サービスを生み出している。

(6)必要な新たな機械や資材などの開発といった,非農業部門に副産物を生み出している。

(7)しかし,土壌や水の保全管理システムを評価し,資源の効率的使用を計測できるようになるまでには数年を要する(環境保全型農業レポート「No.261 ミシシッピーデルタにおける環境保全対策効果の実証」参照)。

(8)今後の食料・飼料の増加に照らすと,慣行農業よりも収量が減っている場合が多いのに加えて,収量が増えている場合であっても,食料需要増加や価格の上昇によって,非農地の農地開発を助長することになろう。

B.有機農業

(1)1970年代以来,有機生産物に対するグローバルなマーケットが作られ,法的に規定された生産基準が生産者と消費者に益するために導入された。有機農業は,地元の再生可能資源を使用し,外部投入物の使用を最小化することを強く強調した,環境的かつ経済的に持続可能な生産システムの開発を目指した食料生産に対するアプローチである。

(2)有機農業はすべてのOECD国で,健康で環境にやさしい食料産物に対する消費者の需要の高まりに呼応して拡大し,有機食料の販売額は2013年に世界全体で720億USドルに達した。しかし,有機農業は,世界およびOECD国の農地全面積のそれぞれ1%と2%を占めているだけである。因みに日本の割合はOECD国で最低クラス(図1)。

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(3)有機農業は,全体として,慣行農業よりも環境にやさしいことが示されている。すなわち,有機農業では,作物輪作,有機物の土壌還元,間作やカバークロップによって年間をとおして土壌を被覆しているため,土壌侵食の減少,洪水防止の向上,干ばつ耐性の強化,アンモニア気散の減少による土壌酸性化の低減,土壌肥沃度の向上,高レベルの生物多様性が生じている。合成化学農薬を使用しないので,農薬汚染も低減している。欧米の有機農業では,養分はほぼ家畜ふん尿にのみ由来し,養分使用量が全体として減少し,表面流去水に排出される養分濃度が一般に低い。ただし,土壌,水や生物多様性に対する環境影響はプラスであるが,有機農業における温室効果ガス排出量は慣行農業に比べて,ヘクタール当たりではより少ないが,収穫物の単位重量当たりでは収量が低いために多いことが多い。このため,有機農業の温室効果ガス排出低減効果の確実性は少ない。

(4)有機農業の収量は慣行農業よりも低く(環境保全型農業レポート「No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因」参照),高い価格プレミアムや政府支持があっても,それらによって低い収量や高い経済コストが完全には相殺されていないケースも多いために,経済的パフォーマンスは不確実である。

(5)有機農業は農場での雇用を創出しており,食品加工,マーケティングや小売と連携させることによって農場外労働を追加的に生み出す可能性を有している。

(6)いくつかの国では有機農業のプラスのイメージが,農村地域におけるツーリズムや付随する小規模ビジネスの創出に有利に働いている。

C.IPM(有害生物管理)

(1)大部分のOECD国では,消費者と生産者双方からの食品の安全性や健康志向によってIPMが採用されている。

(2)低投入で総合的なテクニックを採用したIPMによって,農薬使用量を減らすことができる。

(3)IPMの採用による収量,農場の収益,農場の所得や環境に対する影響はプラスと考えられる。

(4)雇用への影響についての証拠は限られている。IPMに関する政策やインパクトのアセスメントを行なうには,IPMの定義についての合意が必要になっている。

D.バイオテクノロジー

(1)バイオテクノロジー(遺伝子組換え)作物の利用は着実に増えてきているが,採択は国によって一様でなく,その商業化は主に普通作物で限られた形質に限られている。

(2)今日,第二および第三世代の遺伝子組換え作物として,干ばつ耐性や窒素利用効率向上のような,より複雑な課題に立ち向かっているが,まだかなりの研究が必要である。

(3)農業への遺伝子組換え技術の応用は,農薬コストの低減,雑草管理における柔軟性の向上や労働時間の減少,不耕起栽培の容易化,温室効果ガスや農薬成分の環境への放出の低減,土地資源への圧力低減とそれによる自然生息地への圧力低減,川上と川下部門での大きな雇用増加,ワタ,トウモロコシ,油料用ナタネ,ダイズといった主要農産物の価格低下による農業者の経済的純益増加をもたらしている。

(4)害虫や雑草の農薬抵抗性個体が出現するのを避ける,しっかりした管理の仕方が実現できているかによって,環境便益の発現程度は大きく異なっている。

(5)遺伝子組換え作物の潜在的リスクや便益を,利用可能な科学的証拠に基づいて客観的に評価できないと,その農業のグリーングロースへの貢献を評価できない。

(6)遺伝子組換え作物栽培にともなう不確実なデメリットに対して厳しい法的規制を課すことは,有益な技術へのアクセスを制限したり遅らせたりして,社会に高いコストを負担させることになりうる。しかし,バイオテクノロジーの採用にともなう経済的利益は,当該技術が社会によって受け入れられない限り実現できない。

E.精密農業

(1)精密農業は,農業の環境への影響を向上させつつ,投入物についての収益を最適化させることを目的にした,農場全体管理アプローチである。広範囲の技術を利用できるが,最も広く採用されている精密農業技術は,知識集積型技術(GPS誘導など)である。

(2)精密農業は,自然資源や農場投入物の両者について高い生産性と資源効率を達成しており,それによって農業にともなう環境問題を緩和している。

(3)ただし,精密農業の採択率が低く,プラスの環境影響は限られている。

投資に対する収益が不十分となるリスクに加えて,小規模経営などの構造や制度的な制約,高い開始コスト,必要な新しい技術についての情報不足などが,農業者による精密農業の採択の障害となっている。