●調査の仕方
EUの生物多様性に関する政策文書について,環境保全型農業レポートはこれまでに,「No.156 EUが土壌生物の多様性に関する報告書を刊行」,「No.166 EUが土壌生物多様性に関する報告書の第二弾を刊行」,「No.184 西ヨーロッパと他国の農業生物多様性の概念の違い」を紹介してきた。
日本では2014年7月8月に内閣府が調査し,同年9月に公表したが,「環境問題に関する世論調査」のなかで,生物多様性に関する市民の意識を調査している。しかし,簡単な質問事項だけで,項目数もすくない。
これに対して,EUは生物多様性について,より多くの項目について突っ込んだ意識調査を行なっている。この日本とEUの差は,生物多様性に対する政策上の重要性に対する認識の違いに起因していよう。EUは2015年10月に調査結果を公表した(European Commission (2015) Special Eurobarometer 436: Attitudes of Europeans towards biodiversity. 141p.)
これまでにEUは生物多様性について,2007年,2010年,2013年に電話で意見を聞いて世論調査を行なった(2007年の電話によるインタビューでの結果は,環境保全型農業レポート「No.98 EUの生物多様性に関する世論調査」を参照)。しかし,事前に郵送した生物多様性の概念や意義についての調査書類は分厚く,直接の説明なしに理解してもらうことは無理なケースが少なくなかった。このため,2015年5月〜6月に,EU28か国の市民に面談で調査した。調査した人数は,キプロスとルクセンブルクはそれぞれ約500人,他の国は約1000人から約1500人とした。この調査結果を生物多様性に関する世論調査の今後のベースラインにするとしている。その概要を紹介する。
●生物多様性を今までに聞いたことがあるか,また,生物多様性の消失についてどの程度知らされているか
▽ EU全体では,「生物多様性を聞いたことがあるし,その意味も承知している」が30%,「生物多様性を聞いたことがあるが,その意味は知らない」が30%,「生物多様性を聞いたことがない」が39%であった。
▽ 因みに,2014年の日本の世論調査では,「生物多様性の言葉の意味を知っている」が16.7%,「言葉は知らないが,言葉は聞いたことがある」が29.7%,「聞いたこともない」が52.4%であった。EUの方が全体として日本よりも生物多様性について関心が高いことがうかがえる。
▽ 興味あることに,EUの西側と南側に住んでいる市民のほうが,生物多様性聞いたことがあり,その意味を知っている者の割合が高かった。そうした者の割合が34-60%と高かったのは,オランダ,ベルギー,フランス,イタリア,スペイン,ポルトガル,スロベニア,クロアチア,スウェーデンであった。そして,オーストリア19%,ドイツ17%は割合の低い国であった。
▽ EU全体では市民の66%が生物多様性の消失について知らされていない(そのうち22%が全く知らされていない)と回答した。
●動植物,自然生息地や生態系の減少・絶滅をどの程度深刻と考えるか
(表1)
▽ 全体として市民は動植物,自然生息地や生態系の減少・絶滅を深刻と考えており,EU全体では,「非常に深刻」と「かなり深刻」と合わせると,「地球規模で深刻」が91%,「ヨーロッパで深刻」が81%,「自国で深刻」が76%,「自分の住んでいる地域で深刻」が55%であった。
▽ EU全体では,「非常に深刻」とする者が,「森林,放牧地,湿地のような自然生息地の破壊や消失が深刻」で61%,「作物の授粉,土壌肥沃度,洪水や干ばつの防止,気候制御,大気や水の浄化といった自然から受けている恩恵の消失が深刻」が59%,「動植物の種の減少や絶滅が深刻」が58%,「都市や現代的ライフスタイルが自然と切り離されていることが深刻」が42%,「自然に親しむツーリズムや釣りによる収入減のような生物多様性破壊のマイナスの経済影響が深刻」が36%であった。このように生物多様性消失による影響が深刻なことを多くの市民が認識していた。
▽ 自然破壊や動植物種の減少・絶滅が貴方自身に影響を及ぼしているかについて,「既に影響を受けている」が23%,「現在は影響を受けてないが,今後影響を受けるだろう」が35%,「今は影響を受けていないが,次の世代が影響を受けるだろう」が33%,「影響はないだろう」が6%であった。
▽ 生物多様性に非常に大きく影響していることがらについて,「大気,土壌や水の汚染」が62%,「重油流出や工場事故などの人為災害」が60%,「気候変動」が51%,「集約的な農林水産業」が47%,「自然な土地の他の土地利用への転換(土地地域の拡大など)」が44%,「道路など輸送による自然地域の改変や分断,ダム,運河,道路などによる水やエネルギーのインフラプロジェクト」が39%,「外来性動植物の導入」が30%であった。
なお,集約的な農林水産業が生物多様性に深刻な影響を与えているとする回答率が高かった国は,フランス71%,ルクセンブルク64%,キプロス62%,スペインとスウェーデン55%,ギリシャ53%,マルタ51%で,反対に回答率の低かった国はポーランド31%,エストニア33%であった。
●生物多様性の消失を止めることはなぜ重要か
▽ 自然の面倒をみるのは我々の責任であるとする者が,EU全体の76%を占めた。
▽ なぜ自然の面倒をみることが必要なのかについて,EU全体で,「気候変動と取り組むのに不可欠」が67%,「我々の健康や福祉は自然や生物多様性に依存している」が60%,「生物多様性や健全な自然が長期的な経済発展に重要」が56%,「生物多様性が食料,燃料や医薬品の生産に不可欠」が53%で,生物多様性の意義が広く認識されていた。
●生物多様性を保全するためにEUは何をすべきか
▽ 次の設問に全面的に賛成する者がEU全体で多く,EUが積極的な施策を実施する方向の意見が多かった。
すなわち,「生物多様性の重要性について市民への広報を強化する」が61%,「道路など新たなインフラ投資を計画する際に,生物多様性問題を考慮する」が55%,「既存の自然や生物多様性の保全のための法的規則の履行を強化する」が55%,「自然保護区外で人間活動やインフラ開発で生じたダメージを補償すべく,自然や生物多様性を修復する」が54%,「農業や再産業に対する補助金が生物多様性を損なわないように確保する」が54%,「ヨーロッパで自然を保護する面積を拡大する」が51%,「既存の自然や生物多様性の保全に関する法的規則を強化する」が50%,「生物多様性消失の影響に関する研究を推進する」が48%,「ヨーロッパにおける自然保護に対する予算配分を殖やす」が47%,「自然保全に対する革新的財源を創出する」46%であった。
▽ 持続可能な資源からの製品を他国から輸入するために,EUは何をすべきかについての意見を求め,EU全体で次の結果をえた(3つまで回答可能)。
「国際貿易協定や政策に生物多様性保護を入れるように他国と協議する」が52%,「生物多様性への影響を減らす行動を行なっている企業を奨励する」が43%,「輸入品について持続可能性要件を義務とする要件を導入する」が43%,「EUの消費者に,生物多様性フットプリント(商品の原材料調達から製造・販売をへて廃棄に至るライフスタイルでの二酸化炭素排出総量を示すカーボンフットプリントに相当する,生物多様性消失の影響を表す指標を今後検討する)を輸入製品にラベル表示させる」が40%,「輸出国における生物多様性にやさしい生産方法についての研究や技術革新に資金支援する」が28%,「自国の自然保護は輸出国の責任だから何もする必要はない」が6%,「分からない」が6%であった。
この回答のなかの「生物多様性フットプリント」を具体化するとなると難儀である。
●生物多様性や自然を保護する努力を個人的に行なっているか
▽ EU全体で次の回答がえられた。
「努力を行なっている」が31%,「行なっているがもっと殖やしたい」が34%,「何をして良いか分からず,何もしていない」が25%,「別の理由でしていない」が7%,「分からない」が3%であった。
▽ 個人的に努力していることが何かについて,EU全体で次の回答があった。
「自然保護のルールを尊重している(森や海岸にゴミを残さない,野生動物を驚かさないなど)」が92%,「エコや地産の生産物(有機生産物,生分解性製品など)を普段購入している」が65%,「情報を探して自然や生物多様性に対する悪影響を減らせるようにライフスタイルを変える」が49%,「生物多様性に奉仕するプロジェクトや活動にボランティアとして参加している」が11%,「1つ以上のモニタリングプロジェクトに貢献している」が10%であった。
▽ 自宅の庭やバルコニーで個人的に行なっていることについて,EU全体で次の回答がえられた。
「農薬や化学資材の使用を避けている」が52%,「野生の動植物との間に空間を保っている」が28%,「鳥や授粉昆虫の餌になる植物を選択したり餌を与えたりしている」が29%,「侵入種となる新しい植物の導入を避けている」が26%,「庭やバルコニーを持っているが,上記のことを何もしていない」が16%,「分からない」が2%であった。