●最終救済薬 コリスチン
環境保全型農業レポートではこれまでに「No.16 家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌」や,「No.158 アメリカが飼料への抗生物質添加禁止に動き出す」を取り上げてきたが,多種類の抗生物質に耐性(多剤耐性)な病原菌が病院内で蔓延し,入院患者が亡くなるケースがしばしば報道されている。抗生物質の作用を無効または減じてしまうメカニズムを生ずる遺伝子(耐性遺伝子)は,染色体とは別の小さなDNA破片のプラスミドに載っていることが多い。そして,異なる細菌細胞どうしが接合して一方の細胞のプラスミドが他方の細胞に注入されて,抗生物質耐性遺伝子が他方に転移(形質転換)し,抗生物質耐性が感受性菌に拡散し,やがてこうした過程をくり返して多剤耐性菌が出現する。
コリスチンは,ポリペプチドのポリミキシングループに属する抗生物質で,アミノ酸が1つだけ異なるポリミキシンBとEがあり,ポリミキシンEがコリスチンである。コリスチンは,1950年代に日本で発見されて,グラム陰性桿菌の腸内細菌(病原性大腸菌,シトロバクター属,クレブシエラ属,エンテロバクター属,緑膿菌,アシネトバクター属)の感染症に使用されたが,副作用が問題になり,日本では注射でなく,経口と外用でのみ使用されてきた。
コリスチン耐性菌は既に出現しているが,これまではその耐性遺伝子は容易には拡散しないと考えられてきた。理由は,コリスチン耐性遺伝子は大きなDNAである染色体に載っていて,小さなDNA破片であるプラスミドには載っていないからである。こうしたこともあって,これまでの多剤耐性菌はコリスチン耐性でないことから,コリスチンの注射薬が多剤耐性菌の特効薬としての使用が外国では推奨されている。外国のこうした状況から,日本でもコリスチンの注射薬が改めて認可され,副作用に留意しつつ,多剤耐性菌を殺す「最終救済薬」として復活した(北村正樹 [【新薬】コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム:オルドレブ,既薬無効な感染症への最終救済薬」)。
ところが,中国でプラスミドに載ったコリスチン耐性遺伝子が確認され,下記の論文で,今後,コリスチン耐性菌が急速に拡大するリスクが指摘された。
この論文の概要を紹介する。
●中国の抗生物質耐性の病原性大腸菌の定期モニタリング調査
著者らは中国で抗生物質耐性の病原性大腸菌の定期モニタリング調査を行なった。
屠殺場のブタから病原性大腸菌の採取:広東省,広西壮族自治区,湖南省,江西省に所在する集約養豚農場からのブタを処理する2つの屠殺場から,2012-14年に細菌を採取した。採取は,直腸から綿棒で行なった(綿棒サンプル数は養豚場当たり5本以下)。
小売の肉からの採取:広東省の7つの地域において,小売の肉(豚肉と鶏肉)を30の自由市場と27のスーパーマーケットから,ランダムに2011-14年に採取した。
病院の患者からの採取:広東省と浙江省の2つの重篤な患者に対応する三次病院の患者から,2014年に採取した。
●モニタリング結果から,プラスミドによる耐性メカニズムの転移を推定・確認
ブタから高頻度でコリスチン耐性病原性大腸菌株が分離されたことから(詳しくは後述),著者らは,コリスチン耐性遺伝子もプラスミドに載っていると推定した。
ブタから分離された耐性病原性大腸菌SHP45株と,耐性のない他の細菌株(病原性大腸菌や肺炎桿菌株など)との間で形質転換を行なわせると,コリスチン耐性が感受性菌株に移行することが確認された。その移行率は,受容細胞当たり0.1から0.001細胞の高頻度であった。そして,コリスチンとポリミキシンBに対する最少阻害濃度(阻害を起こす最少濃度)は,非形質転換の対照に比べて8倍から16倍に高まった。
形質転換体からプラスミドを抽出した。そして,その塩基配列を決定した上で,その配列のプラスミドを合成した。このプラスミドを感受性菌株に接合によって導入すると,コリスチン耐性が転移した。そして,プラスミドは転移した細胞内で安定して存在した。
こうした結果から,コリスチン耐性も通常の抗生物質耐性と同様に,プラスミドによって他の細菌株に容易に転移しうることが確認された。
●なぜ中国でコリスチン耐性菌株が高頻度で出現したのか
著者らの記述によると,家畜用のコリスチンの大規模生産者のトップテンの事業所のうち,8つが中国,1つがインド,1つがオランダである。中国は世界最大の家禽とブタの生産国であり,その生産のためにコリスチンを世界で最も多く使用している。
中国の抗生物質耐性の病原性大腸菌の定期モニタリング調査結果によると,コリスチン耐性遺伝子を有していた病原性大腸菌の割合は,屠殺場のブタで20.6%,市販の生肉(鶏とブタ)で14.9%,患者で1.4%であった。
このようにブタや生肉でコリスチン耐性細菌率が高かったのは,コリスチンが家畜に最近多量に使用されて,病原性大腸菌が耐性遺伝子を形質転換によって獲得してコリスチン耐性株が出現すれば,コリスチン濃度が高い条件下で耐性菌が容易に選抜されやすくなっているからであると理解される。これに比べれば,病院で使われるコリスチンの量は少ないので,病院の患者からの検出率は低かったと推定される。
著者らは,論文作成中にマレーシアからコリスチン耐性遺伝子を含む塩基配列がバンクに登録されたとの話が聞こえており,その詳細は不明だが,コリスチン耐性遺伝子が中国以外にも東南アジアに伝播している可能性が考えられると,記している。
日本でもコリスチンは飼料添加物として利用されており,この論文の結果から,耐性菌が家畜でやがて増えるリスクが考えられる。