No.289 バイオダイナミック農法の生産基準

 

●ルドルフ・シュタイナー

産業革命を経て欧米の農業は大きく変貌し,1900年代初期になると,ヨーロッパやアメリカでは都市化と工業化の進展にともなって,伝統的農業のやり方が否定されて,化学資材や機械化による効率的生産が普及した。そして,新大陸で生産された農産物が大量にヨーロッパに輸入されるようになった。こうした背景の下にヨーロッパでは,食料自給率の確保,有機物で醸成された豊かな肥沃度の土壌で育った健全な食料生産,自然で肉体を使った健康な生活などの重要性が,多くのオピニオン・リーダーによって主張された。

その1人のオーストリアの霊的哲学者のルドルフ・シュタイナーは,化学肥料や化学農薬などを使った農業を行なうことで,食べ物や作物種子の品質劣化や,家畜や植物での病気の増加などが生じるとした。そして,自然科学だけでは,その原因や対処方法は解決できない。人間のみならず作物や家畜にも,宇宙や霊の力も影響している。これらの力も活用しつつ,化学資材を排除して,作物や家畜を生産する『農業講座』を1924年6月に行なった(環境保全型農業レポート「No.263 有機農業は当初,生命哲学や自然観の上に創られた」参照)。

●デメター・インターナショナル

シュタイナーの理論的講義の後に,それを実践するグループがいくつか作られ,1931年には,バイオダイナミック農場がヨーロッパやアメリカで約1,000に達した。デメター(ドイツ語読みはデメテル)は,ギリシャ神話の農業・結婚・社会秩序の女神である。このデメターの名を冠したバイオダイナミック農業グループが各地に作られたが,1997年に19のグループがデメター・インターナショナルを結成した。バイオダイナミック農業のグループはこれ以外にもあり,バイオダイナミック農業グループ全体の組織も作られている。

2015年時点でデメター・インターナショナルに登録されている農場数は,総計4,950,農地面積は約16万haで,ヨーロッパ,アメリカ,ブラジル,エジプト,ニュージーランド,インド,チリなどに多い。日本には生産者や加工業者はいないが,3つの販売業者が登録されている(デメター認証農場の統計 )。

デメター・インターナショナルは,1992年以降,バイオダイナミック農業の基準を定めており,現在は,農業生産,加工,ラベル表示と養蜂の4つの基準を定めている 。このうち,農業生産の基準の概要を紹介する。ただし,バイオダイナミック農業独自の調合材と占星術に関する部分は十分に理解できない部分が多いので,除かせていただく。

Demeter- Demeter-International e.V. (2015) Production Standards for the Use of Demeter, Biodynamic and Related Trademarks. 46pp.

この2015年6月の改訂は,2016年7月1日から施行される。

●デメターの認証をえるには,有機農業の認証もえることが必要

デメター・インターナショナルの認証をえて,生産物に「デメター」,「デメターに転換中」,「バイオダイナミック方法による」,「バイオダイナミック生産による」といったラベル表示を行なうには,次の3つの有機農業規則のいずれかの認証を受けていることを要求している。すなわち,(1) EUの「有機農業規則」 (Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91) および「有機農業実施規則」 (Commission Regulation (EC) No 889/2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labelling and control),(2) アメリカの「1990年有機食品生産法」(Organic Foods Production Act of 1990)および「全米有機プログラム」(National Organic Program),または,(3) オーストラリアの「国定有機農業およびバイオダイナミック生産物規則」(National Standard for Organic and Biodynamic Produce)の認証が必要である。

これは,自農場で生産できなかったり不足したりするバイオダイナミック農業による種苗,家畜や家畜ふん尿などを外部から購入などによって導入する場合,上記の有機認証をえているものは,導入可能としているためである。

●占星術による作業日程調整や調合材の使用は必須

バイオダイナミック農業が有機農業と決定的に異なる点は,動植物の生育に,地球起源の「地球フォース(力)」と,惑星や月の発する宇宙起源の「宇宙フォース」との霊的エネルギーが強く影響しているという,シュタイナーの考えに基づく作業が必須になっている点である。このために,黄道十二宮を巡る月の周期から播種などの時期を選定する占星術やフォースを集める調合材の使用が必須となっている。

調合材については,環境保全型農業レポート「No.263 有機農業は当初,生命哲学や自然観の上に創られた」を参照されたい。なお,同記事で日本語に訳されたバイオダイナミック農業に関する著作を参考にして,調合材 (preparation) を「調合剤」と記したが,「剤」は通常,純粋な薬剤や化合物の単品ないし混合物からなるものを意味する。これに対して,堆肥,植物体などを原料にした,例えば,土壌改良資材の場合は,化学合成薬剤との誤解を避けるために,土壌改良「剤」を使用せず土壌改良「材」を使っている。これに習って,以下,「調合材」を使用する。また,占星術については,Peter Proctor (2006) Understanding the Planting Calendar やウィリー・スヒルトイス著由井寅子監修塚田幸三訳「バイオダイナミック農法入門」(ホメオパシー出版)(2006)を参照されたい。

●家畜飼養密度や家畜ふん尿還元上限量は,EUの有機農業基準よりも厳しい

EUの「有機農業実施規則」は,その第3条と第15条において,(1) 農地に還元できる家畜ふん尿の総量は,使用している農地面積ha当たり年間170 kg 窒素を超えることはできない,(2) 総飼養密度は年間農地ha当たり170 kg窒素の上限を超えてはならない,(3) この上限値は,家禽ふん,液状家畜排泄物を含め,家畜ふん尿,乾燥家畜ふん尿,脱水家禽ふん,家畜ふん堆肥の使用にのみ適用させる,(4) 170 kg窒素を簡易に算出するために,家畜単位(畜種・年齢別の平均的な家畜ふん尿窒素排泄量)は飼養実態を踏まえて,加盟国が定めることを規定している。

こうしたEUの規定は,「硝酸指令」(環境保全型農業レポート「No.227 EUの硝酸指令の技術的基盤は脆弱」参照)に基づいた水質保全のために作られている。これに対して,デメターの基準の根底には,農業の基本的姿は有畜農業であり,自給自足を維持することが基準の記述からうかがえる。このためであろうが,デメターの農業生産基準の「3.2.1. 家畜ふん尿量」には,「作物輪作にわたって平均して家畜ふん尿によって供給して良い窒素の最大量は,農場が自ら生産した飼料によって支持できる動物によって生産される量を超えてはならない。」と記述している。そして,農場の全面積当たり,最大1.4家畜ふん尿単位/haを超えることができないと規定している。

1家畜ふん尿単位の家畜ふん尿は,窒素 (N) 80 kg Nとリン酸 (P2O5) 70 kg を含むと規定している。このため,自給飼料に加えて購入飼料を追加する場合,最大飼養密度は2.0 家畜単位/ha,家畜ふん尿還元量の最大量は,1.4ふん尿単位/haとし,窒素で112 kg/haと規定されている。これはEUの基準値の66%にすぎず,EUよりも厳しい規準である。

●家畜ふん尿還元量の例外条件

家畜ふん尿還元量の次の例外が,チェック機関の了解がえられれば認められている。

▽熱帯や亜熱帯気候の永年性作物で,作物による窒素の搬出量が96 kg N/haを超える場合には,家畜ふん尿を最大170 kg N/haまで投入して良い。

▽温室栽培では,窒素の全投入量が5%の誤差で全搬出量と等しいことが窒素バランスによって証明できるなら,窒素レベルをもっと高くしてよい。

▽販売用園地では,搬出量が112 kgN/haを超える場合には,最大170 kg N/haまで投入しても良い。搬出量が112 kgN/haを越えることは,養分収支の計算によって証明する。

▽バイオダイナミック農場によって生産された家畜ふん尿が,土壌の必要量に十分でない場合には,市販の有機の家畜ふん尿を使用することができる。

▽市販の有機家畜ふん尿で投入される窒素量は,農場で生産された堆肥,生の家畜ふん尿や未熟堆肥によって供給された量を超えることはできず,いずれの場合でも0.5 家畜ふん尿単位/ha未満でなければならない(永年性作物を除く)。

▽家畜を有していない果樹園では,搬入できる外部由来の有機の家畜ふん尿量は,1.2家畜ふん尿単位/果樹園面積(96 kg N/ha果樹園面積)を超えることはできない。

●生物多様性保護

農場は生物多様性維持の誓約を提出し,農場と直接隣接地内の生物多様性の保護地が全農場面積の10%に達していない場合には,それを如何に達成するかを明確にした生物多様性プランをチェック機関に提出し,承認を受けなければならない。このプランは,希少種や絶滅危惧種の植物や動物の維持,生息地の提供,バイオダイナミック農業での作物や家畜の繁殖を対象として作成する。

生物多様性保護区としてカウントできる区域には,開花・結実性植生の生えている低密度の放牧地,植林されたアグロフォレストリーの圃場,無撹乱林,枕地,1年生/永年性植物を播種して開花まで生育させる農地,輪作の一部や他の休耕地,年間を通して草刈りをしない無撹乱草地,フェンス帯,土着樹木・場所にふさわしい一本立ちの樹木や並木道,生垣や河川土手の木立,水路・池・湿地・水辺地域,荒れ地(ガレ地など),石垣,封鎖されていない自然通路や道,希少ないし絶滅危惧の動植物種の栽培・飼養の栽培・飼養の面積が含まれている。

●おわりに

バイオダイナミック農業には,自然科学の外にあるシュタイナーの人智学の考えに基づいた独自の技術があるため,摩訶不思議の感を払拭できない。しかし,農作業の日程を決める占星術や,地球や宇宙のフォースを集める調合材に関する部分を除けば,EUの有機農業基準と同様なポイントに類似か,それよりも厳しい基準を設けている。

家畜ふん尿の施用上限量はEUの有機農業基準よりも厳しい。家畜ふん堆肥の施用量は家畜ふん尿の施用上限量に含まれるが,バイオダイナミック農業では,それ以外に,腐植調合剤(500番)(乳牛の角をくりぬき,その中に乳牛ふんを入れ,地中(40-60 cm)に埋め,一冬分解させたもの)を施用する。これは,牛角中の内容物を40〜60リットルの温水中で1時間撹拌しつつ分散させて,耕地ヘクタール当たり4本の乳牛角の内容物を散布するだけなので,量的にはごくわずかにすぎない。

欧米の有機農業に関する文献には,EUの有機農業基準とバイオダイナミック農業基準とに準拠した作物生産物を比較した研究が少なくない。それらの多くが,マクロ的には両者で類似した結果を報告している。それゆえ,バイオダイナミック農業の理論的説明は別にして,農産物自体を摩訶不思議なものとしてみる必要はなかろう。