No.271 バイオくん蒸:グルコシノレートによる土壌伝染性病害虫の防除

●グルコシノレート

環境保全型農業レポート「No.229 有機栽培によるグルコシノレートの増加と害虫個体群の変化」に紹介したが,グルコシノレートは実に多様な働きをしている。アブラナ科などの作物に含まれているグルコシノレートは,害虫による食害を受けると,作物体中に存在する分解酵素のミロシナーゼと接触して分解され,イソチオシアネートを放出する。イソチオシアネートは昆虫に毒性を持ち,植物の草食性昆虫に対する耐虫性メカニズムの1つになっている。

環境保全型農業レポートのNo.229では,グルコシノレートと地上部を食害する昆虫との関係を,有機栽培と関連させて紹介した。しかし,グルコシノレートは地上部害虫だけでなく,土壌伝染性の害虫や菌類も防除する。その概要を下記文献をベースに紹介する。

(1) Matthiessen,J.N. and J.A.kirkegaard (2006) Biofumigation and enhanced biodegradation: opportunity and challenge in soilborne pest and disease management. Critical Reviews in Plant Sciences. 25: 235 – 265.

(2) Gimsing, A.L.and J.A. Kirkegaard (2009) Glucosinolates and biofumigation: fate of glucosinolates and their hydrolysis products in soil. Phytochem Review 8:299 – 310.

●バイオくん蒸(バイオフューミゲーション)

欧米ではメタムナトリウム塩(sodium N-methyldithiocarbamate: metam sodium)が土壌くん蒸剤の1つとして,1950年以降ジャガイモなどで使用されている。これは湿った土壌に施用されると,メチルイソチオシアネートを発生し,これが土壌伝染性の線虫,微生物,昆虫,雑草といった有害生物を防除する。ただし,通常温度では,土壌の水と気相での分布比率は99:1で,ガスとして存在する部分はわずかだけで,主に水に溶けて土壌中を拡散する。このイオウを含むメチルイソチオシアネートは刺激臭を有し,散布すると直ぐに刺激臭を発するので,高い揮発性を有すると勘違いされた。正確には「くん蒸剤様農薬」とすべきだが,習慣的に土壌くん蒸剤に含めている(文献(1))。なお,日本ではメタムナトリウム塩の食品残留許容上限濃度は,小麦,大麦や一部野菜で0.1 ppm,ジャガイモや多くの野菜で0.5 ppmと定められているが,2015年2月に食品安全委員会が「ダゾメット,メタム及びメチルイソチオシアネートに係る食品健康影響評価に関する審議結果(案) についての意見・情報の募集について」で,ADI(1日摂取許容量)を0.0075 mg/kg体重/日とするなどの提案をし,意見募集を2015年3月5日まで行なった。

メチルイソチオシアネートは化学合成しなくても,アブラナ科に近縁のフウチョウソウ科に存在する。フウチョウソウ科には,農業利用している植物がほとんどない。他方,アブラナ科作物には,グルコシノレートが広く存在し,それが酵素で分解されると,メチルイソチオシアネートと類似した機能をもったイソチオシアネートが放出される。

このため,輪作にカバークロップや緑肥として組み込んだアブラナ科作物を土壌に鋤き込んだり,ナタネなどのブラシカ属の油料作物種子の油粕を土壌混和したりすることによって,植物組織中のミロシナーゼだけでなく,土壌微生物によって分解され,グルコシノレートから放出されたイソチオシアネートによって土壌伝染性病害虫を軽減・防除できる。

メチルブロマイドの段階的禁止が決定されて以降,合成メチルイソチオシアネートによる土壌くん蒸をまねて,天然素材のグルコシノレート由来のイソチオシアネートを利用した土壌くん蒸への関心が高まった。この天然素材由来のイソチオシアネートを利用したバイオくん蒸(バイオフューミゲーション)という用語は,オーストラリア連邦科学産業研究機構(CSIRO) のカークガード(Kirkegaard)が,1993年に創った造語である(文献(1))。イソチオシアネートの場合も,水に溶解した部分と気化した部分とが存在して,気化する部分は一部だけなので,本来の意味でのくん蒸ではない。

アブラナ科作物を栽培したり土壌混和したりしたとき,いろいろなメカニズムで土壌伝染性病害虫の個体数や被害が減少することがある。バイオくん蒸というときには,そのなかのイソチオシアネートに起因するものに限定している。

●グルコシノレートとイソチオシアネートの構造と作用

グルコシノレート(β-thioglucoside-N-hydroxysulfates)は,グルコースの酸素の1つがイオウに置き換わったチオグルコース,スルホン酸化したオキシムと,いろいろな長さの側鎖(R)の3つの部分から構成されている(図1)。

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グルコシノレートは双子葉被子植物の多数の可食種を含む16の科に存在し,少なくとも120のグルコシノレートが確認されている (Fahey.J.W., A.T.Zalcmann, P.Talalay (2001) The chemical diversity and distribution of glucosinolates and isothiocyanates among plants Phytochemistry 56 (2001) 5-51 )。現在では,アブラナ科の350超の属と3000種で,グルコシノレートの存在が確認されている。

グルコシノレートは,側鎖基Rによって,脂肪族,芳香族およびインドールのタイプが区別される。脂肪族と芳香族のグルコシノレートだけが,加水分解でイソチオシアネートを放出する。グルコシノレートの加水分解産物の中で,イソチオシアネートの生物活性が最も強力である。イソチオシアネートの生産を促す条件は,中性付近のpH,温かい温度で,土壌の水分含量が高いことである。条件がより酸性で,温度が低く,乾燥した条件だと,生物活性のより低いニトリルが優占して生産される。

●防除可能な土壌伝染性病害虫

これまでに研究された被害軽減可能な土壌伝染性病害虫の例を,文献(1)から抜粋して表1に示す。そして,被害軽減効果にはフレが大きいが,効果の認められた事例において,緑肥として施用されたブラシカ属の作物体の新鮮重は4〜186 kg/ha(土壌深20 cm,仮比重1.0 cmとして)である。この重量ならば,畑で栽培したブラシカ属の作物体の鍬込みで実施可能である。

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●イソチオシアネートによるバイオくん蒸効果の向上方策

感受性の病害虫を効果的に抑制するには,100ナノモル/gのイソチオシアネートの土壌中での生成が必要とされている(文献(1))。バイオくん蒸用のブラシカ属緑肥は,こうした量を生ずるのに十分なグルコシノレートを含んでいることが多いにもかかわらず,土壌中で生ずるイソチオシアネートがこの濃度に達しないことが少なくないようである。これまでの実験で,グルコシノレートからのイソチオシアネートの最大生成率は60%で,通常はさらに低い。このため,よりグルコシノレート濃度の高い作物を育成する余地がある。そして,グルコシノレートの分解を促進するために,緑肥や油粕を細かく破壊して,ミロシナーゼや土壌の分解微生物との接触を向上させ,できるだけ温度を高く,比較的高い土壌水分含量で,分解を促進させることが必要である(文献(2))

●バイオ土壌くん蒸は反復実施で無効になるか

グルコシノレートやイソチオシアネートの土壌中での分解が,緑肥の反復施用とともに,加速されるとしたら,イソチオシアネートの存在する量と期間が低下して,防除効果が次第に低下することが懸念される(文献(1))。しかし,室内実験で反復添加によるイソチオシアネートの分解促進の可能性を検討した実験では,そうしたことは確認されていない。文献(2)は,そうした可能性を低いが,バイオくん蒸の戦略を計画する際に気にとめておくべきであろうとしている。

また,グルコシノレートとイソチオシアネートの双方とも土壌中で短期間しか生残せず,したがってこれら蓄積や溶脱するリスクは小さいので,バイオくん蒸による環境リスクは低いと考えられている(文献(2))。

●日本における野菜のハウス栽培でのバイオくん蒸の研究

欧米でのバイオくん蒸は露地畑でのバイオくん蒸単独実施であったのに対して,日本では,主にハウスや露地畑での野菜栽培で土壌還元消毒と組み合わせて,バイオくん蒸の利用が試みられている。土壌還元消毒は,土壌に有機物を混和した上で多湿にフィルムで被覆して,太陽熱を利用して温度を上昇させるとともに,土壌を還元させて消毒を行なう方法である。この土壌還元消毒で混和する有機物として,アブラナ科作物の栽培とその鍬込みを行なう。

その成果の1つとして,ハウスでのカラシナの鍬込みとダイコン残渣の鍬込みによるホウレンソウの萎凋病(病原菌はFusarium oxysporum f.sp. spinaciae)の防除と,露地でのカラシナの鍬込みとブロッコリー残渣の鍬込みによるナス青枯病(病原菌はRalstonia solanacearum)の防除が紹介されている(竹原利明ら (2013) 農林水産技術会議事務局・中央農業総合研究センター偏:有機農業実践の手引き.第4章バイオフューミゲションを取り入れたホウレソ,ナス等の有機栽培技術.p.46〜77.)。

ハウスでのホウレンソウ栽培の場合,5月末から6月初旬にカラシナを播種し,45日間程度栽培した後,カラシナを鍬込み(5 kg/m2超),圃場容水量を超える水を散水してフィルムで被覆し,3週間程度放置して土壌を還元状態にする。カラシナを混和すると,そのグルコシノレート(シニグリン)が分解されて,イソチオシアネート(アリルイソチオシアネート)が放出される。カラシナの代わりに,ダイコン残渣(15〜20 kg/m2)を鋤込んでも良い。その後にホウレンソウを年3回栽培する。

露地畑でのナス栽培の場合,2月下旬から4月上旬までカラシナを栽培し,5月下旬にカラシナ(4〜8 kg/m2)かブロッコリー残渣(5〜7 kg/m2)を鍬込み,フィルムで被覆して約3週間放置する。6月中旬から7月初旬にナスを定植し,晩秋まで栽培する。

●土壌還元消毒でのアブラナ科緑肥の混和をバイオくん蒸と呼ぶ必要はあるのか

アブラナ科作物の緑肥を混和した土壌還元消毒についての具体的研究結果が,農林水産技術会議事務局偏 (2014) プロジェクト研究成果シリーズ526.「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発−有機農業の生産技術体系の確立」の「第4章 地域植物資源によるバイオフューミゲーシヨンを基幹とした温暖地有機野菜生産体系の高度化」p.176〜208に報告されている。

そのなかで藤井義晴(「2.カラシナ,エンバク等から生じる抗菌 抑草物質の消毒効果の検証」p.180〜184)は,カラシナなどいろいろなアブラナ科緑肥やフスマなどを混和した土壌還元消毒過程で放出される,有害生物防除活性のある物質を調べた。その結果,混和後,1〜4日目にイソチオシアネートが発生し,次いで植物体内成分の分解によってジメチルスルフィド,その次に土壌細菌が生成・分泌する酢酸,プロピオン酸,酪酸などの有機酸に加えて,植物体内成分の微生物分解で生成するスカトール,クレゾールなどが放出されることを確認した。バイオくん蒸の本来の中心成分であるイソチオシアネートは混和直後に放出されて,直ぐに消失したのに対して,その後の土壌還元消毒過程の大方の期間で,防除効果のある主要な活性物質は,有機酸やスカトール,クレゾールなどであった。

同プロジェクト研究の中で,竹原らは土壌還元消毒時に鋤き込む有機資材として,カラシナ以外にもフスマ,ヒマワリ,マリーゴールドも使用したが,ホウレンソウ萎凋病の防除効果はどの有機物資材でも類似していて,その防除効果の高い成分はクレゾールであった(竹原利明・須賀有子・吉田祐子・石岡厳.カラシナ、エンバク等の効果的鋤き込み方法の検討と夏作ホウレンソウにおける防除効果の検証.p.176-180)。

バイオくん蒸の当初の概念は,上述したように,アブラナ科に特徴的な,グルコシノレートの加水分解によって生ずるイソチオシアネートの放出に起因する,土壌伝染性有害生物に対する抑制的効果を対象にした用語であった。その後,もっと一般的な形で,緑肥ないし輪作や堆肥に由来する病害虫抑制を包括する意味に拡大させて,今日では使用されている(文献(1))。

しかし,「くん蒸(フューミゲーション)」はガスによる消毒だが,アブラナ科緑肥の混和で生ずる有害生物の防除では,ガス化したイソチオシアネートによるのはごく一部にすぎない。まして多湿状態での土壌還元消毒では,通常の露地畑に比べて,水に溶けたイソチオシアネートの割合がさらに高くなっており,ガス状態のものははるかに少ないと考えられる。その上,アブラナ科緑肥を混和した土壌還元消毒での有害生物防除活性のある主要成分は,イソチオシアネート以外のもの方が量的にはるかに多い。このように土壌還元消毒ではイソチオシアネート以外の水に溶けた有害生物防除成分が,露地畑よりも多く発生している。因みに有機酸などは新鮮有機物を混和した水田で多量に発生し,特に低温年に幼苗の生育を阻害することが古くから知られている。したがって,多湿な土壌還元消毒や湛水土壌では,アブラナ科緑肥を混和して,有害生物防除効果が出たとしても,ガス態でなく,溶存成分によっているものの割合が非常に高いはずである。この防除法に対して,「くん蒸」という,ガス成分による防除を誤って連想させる用語は用いるべきではないであろう。

●おわりに

ここで述べてきたことは,アブラナ科緑肥の利用が意味ないというのではない。個性に富んだ独特の二次代謝産物を含むアブラナ科作物には,地場の伝統的作物も多く,その生産振興と組み合わせて,有機農業で一層活用する方策を検討する必要がある。土壌の還元消毒では,アブラナ科緑肥の特性を生かせない。特定の作物を連作して病害虫が集積したら,土壌を還元消毒で全面的に消毒するという,これまでの慣行農業のパターンの真似ではなく,輪作を生かして,むやみに土壌の還元消毒をせずに,病害虫が集積するのを未然に防ぐ栽培体系が望まれる。