No.242 EUの有機家畜生産における有機飼料の最低自給割合規定

EUの有機農業実施規則は,家畜に与える有機飼料の調達について,自農場や近隣地域からの最低自給割合を定めている。この概要を紹介する。

●有機飼料の最低自給割合規定の経緯

1.現行の規定

環境保全型農業レポート「No.237 EUの有機農業政策についての市民の意見集約結果」で,その一端を紹介したが,EUの有機農業実施規則(Commission Regulation (EC) No 889/2008)は,有機の家畜に給餌する有機飼料のうち,自事業体(自農場)とその近隣地域に由来するものの最低割合を規定している。

当該規定を再録する。

第19条 自事業体起源と他起源の飼料(EUの有機農業実施規則:2012年以降)

1.草食家畜の場合には,第17条4項の移牧(執筆者注:移牧(季節による家畜の移動放牧)における移動道程中に,家畜が食べられる非有機飼料の割合に関する規定)の期間を除き,飼料の少なくとも60%は事業体の農場に由来し,それが不可能な場合には,主に同じ地域の他の有機農場と協力して生産しなければならない。

2.豚と家禽の場合には,飼料の最低20%は,事業体の農場に由来し,それが不可能な場合には,同じ地域の他の有機農場や飼料企業経営者と協力して生産しなければならない。

2.旧有機農業規則での規定

第19条のこの最低割合は,EUの有機農業規則で当初から規定されていたのではない。

EUは,世界に先駆けて,1991年に作物生産に関する有機農業規則を施行したが,家畜生産についての規則は1995年6月30日までに策定することとしていた。しかし,EU域内で,例えば,南の暖かい地域と北の寒い地域では家畜の飼養の仕方に大きな違いがあるなどのために,有機の家畜生産規則が直ぐには合意されなかった。家畜生産を含めた有機農業規則は1999年7月に採択され,8月に公布され,2000年8月24日から施行された。この時点では,有機家畜の飼料は有機で生産されたものを原則とするが,飼料を全て有機で確保できない場合に,転換期の飼料を利用して良い割合,それも確保できない場合には,使用して良い慣行飼料のタイプや割合などを規定していた。しかし,自農場や近隣地域で調達すべき有機飼料の最低割合については規定していなかった。

最低割合は,2003年12月の有機農業規則の改正の際に,初めて下記のように規定された。

付属書1 農場レベルでの有機生産の原則

B. 牛(水牛,バイソンを含む),豚,羊,山羊,馬,家禽とその産物

4.飼料

4.3 さらに家畜は,本付属書に規定した規則にしたがって自事業所で生産された飼料,またはそれが不可能な場合には,本規則の条項にしたがっている事業所または企業の飼料を使って飼養しなければならない。さらに,草食家畜の場合には,毎年の移牧期間中を除き,飼料の少なくとも50%は,自農場またはそれが不可能の場合には,他の有機農場の協力の下に生産されたものでなければならない。

3.新有機農業規則での規定

EUは,2004年以降に東ヨーロッパの国々などが新規に加盟して,それまでの15か国が2007年時点で27か国に増えた(2013年7月時点で28か国)。こうした加盟国の増加に対応し,農業における環境,生物多様性や動物福祉の保護を強化するように有機農業の位置づけを再強化し,有機農産物の品質の一層の向上を図り,有機の水産養殖の規定を加えるために,EUは,2007年に有機産物の生産と表示に関する規則(Council Regulation (EC) No 834/2007 of 28 June 2007 on organic production and labelling of organic products and repealing Regulation (EEC) No 2092/91 )と,2008年にその実施規則(Commission Regulation (EC) No 889/2008 of 5 September 2008 laying down detailed rules for the implementation of Council Regulation (EC) No 834/2007 on organic production and labelling of organic products with regard to organic production, labeling and control )を全面改正した。

この新しい有機農業実施規則第19条は,旧規則を引き継いだものだが,「同じ地域」という規定を加えた。しかし,豚や家禽についての規定は2008年時点では設けなかった。

第19条 自事業体起源と他起源の飼料((EUの有機農業実施規則:2008年)

1.草食家畜の場合には,第17条4項の移牧の期間を除き,飼料の少なくとも50%は事業体の農場に由来し,それが不可能な場合には,主に同じ地域の他の有機農場と協力して生産しなければならない。

 上記の規定が2012年6月14日に改正されて,冒頭に紹介した現行の規定、自農場か同じ地域の他農場での有機飼料の調達率が,草食家畜について60%(改正前50%)に引き上げられ,新たに,豚と家禽については少なくとも20%(改正前規定なし)とする規定が追加された。

このように自農場か同じ地域の他農場で生産された有機飼料の調達率を引き上げてきたのは,例えば,コーデックス委員会の有機農業ガイドラインでも,有機農業では「(e) ローカルに組織化された農業システム内の再生可能資源に依存する」ことを重視してきた動きにみられるように(環境保全型農業レポート「No.207 有機農業の理念と現実」参照),有機農業の理念に合致したものである。

これに加えて,次の問題もある。つまり,1990年代のイギリスで深刻化したBSE(牛海綿状脳症)や,1999年のベルギーにおけるPCBを含んだ廃油を混合した飼料による鶏肉のダイオキシン汚染の蔓延などを契機に,輸入飼料に依存した家畜生産の危険性が反省されたため,自農場やその近隣での安全な有機飼料の生産が重視されたこともあると推定される。

●BSE問題の影響

家畜飼料はできるだけ自農場と近隣農場で生産したものとするという規定の改正に関し,その有機農業の原則を守る上での問題点を,イギリスの有機農業団体のソイル・アソシエーションが下記資料で論議している。

Soil Association (2010) Feeding the animals that feed us. 15p.

このなかで論議されている問題の1つが,BSE問題の影響によって,有機飼料の自調達が難しくなったということである。

かつて牛,鶏や豚などの家畜は,草や食品廃棄物を餌にして生産されていた。第二次大戦後,緑の革命によって穀物生産力が飛躍的に向上して,余剰になった穀物をベースにした餌に切り替わった。そして,家畜の成長を促進するために,それまでは与えていなかった蛋白源の添加が必要になった。例えば,イギリスは,家畜用蛋白源として南大西洋のカタクチイワシの魚粉を多量に輸入した。このためにカタクチイワシを根こそぎ捕獲し,その資源を回復できないまでに減少させてしまった。また,養豚はチーズ副産物のホエーを豚に与える残飯養豚を行なっていたが,1960年代以降は穀物ベースの配合飼料の普及によって,ホエーはその重要性を失い,イギリスでは2001年以降,口蹄疫の流行によって,口蹄疫などに罹病した個体のホエーに病原体が存在し,その摂食によって伝染の可能性があるため,ホエーの利用は廃止された。

こうした経緯があったなかで,飼料業界は,安価で直ぐに使える蛋白質源として,家畜の廃棄部位をそのまま利用することが続いていた。ただ,BSE発生の危険性から,イギリスでは1988年,EUでは1994年に,哺乳類の廃棄部位を反芻家畜の餌にすることを禁止した。しかし,落とし穴があった。それは,牛の骨や脳から調製加工した骨粉や肉粉の使用を認めていたからで,このことがBSEの蔓延を引き起こしてしまったのだ。このため,骨粉や肉粉を含めた動物性蛋白の家畜飼料への利用は,1996年に禁止された。ただし,蛋白質源としての魚粉は,廃棄物や持続可能な資源に由来している限り,豚や家禽の有機飼料に使用することができる。しかし,反芻家畜用の飼料を製造している飼料工場が,豚や鶏の飼料に魚粉を使用することは,病原体を持ち込む交差汚染防止の可能性のために許されていない。

年間約7,000リットル未満の乳牛では,優れた品質の粗飼料を確保している限り,蛋白質の補給は必要ないが,これよりも高い泌乳能力を持つ乳牛では蛋白質飼料の補給が必要である。深刻なのが単胃家畜で,効率的な成長と深刻な健康や福祉上の問題を防止するために,特にリジン,メチオニン,トリプトファンといったアミノ酸を要求する。現代の鶏の品種や系統は,必須アミノ酸レベルが不適切だとつつきあい行動で頻繁に傷をつけ,雌豚はアミノ酸が不適切だと子豚を共食いすることもありうるという。

動物性蛋白源使用のこうした制約を受けて,動物性蛋白源に代わって,現在では,北アメリカやヨーロッパではダイズが大部分の家畜飼料用の主たる蛋白源となっている。しかし,そこにも問題が横たわっている。

●ダイズは熱帯雨林を破壊

ブロイラーを伝統的な有機農業で生産すると,出荷できるまでに84日間かかるが,現在の配合飼料による慣行農業では約40日間ですむという。配合飼料は穀物をベースに,良質な蛋白源として,ダイズないしダイズ油粕が配合飼料の重量の20〜25%を占めている。そして,EUはダイズ輸入量の64%をブラジルに,ダイズ粕の61%をアルゼンチンに依存しているという。この需要量はブラジルのダイズの全収穫量のほぼ1/3に相当する。2007年におけるイギリスは,ダイズ輸入量の78%超とダイズ油粕輸入量の34%をブラジルから,ダイズ油粕の47%をアルゼンチンから輸入している。1996年の肉や骨粉の禁止以降,ヨーロッパ市場用のダイズを生産するのに必要な農地面積は,ブラジルでの熱帯林伐採面積にほぼ等しくなっているという。

環境問題に取り組んでいる国際的NGOのFoE(フレンズ・オブ・ジ・アース:Friends of the Earth)は,ラテンアメリカからイギリスへのダイズの輸入を全て止めさせるキャンペーンを実施しているという。また,国際的に輸出されるダイズの大部分は遺伝子組換えダイズであり,有機農業では使用できない。ソイル・アソシエーションは,有機農業が,多くの国で穀物や蛋白質をベースにした飼料やトウモロコシサイレージをよりたくさん使用する方向に向かっているのを,如何に止めさせるかを考える必要がある,と指摘している。

●イギリスでダイズをまともに生産できない

イギリス国内でダイズを生産する努力を行なっているにもかかわらず,イギリスでは満足に生産できることが滅多にない。イタリアやフランスでは少量が栽培されている程度で,東ヨーロッパで栽培が増えてきている。しかし,ヨーロッパでは非有機であってもダイズの取引はかなり高値で,有機のものはさらに高値である。

こうした状況下では,ダイズを使用しないか,その代替物を使用するしかない。有機の酪農の場合,ダイズの代わりに,ヒマワリ,ナタネ,アサ,エンドウ,インゲンやベッチを用いれば,ミルクの生産性と牛の健康は確保できる。これらは望ましいアミノ酸バランスを維持することができ,イギリスで環境負荷も少なく栽培することができる。年間泌乳量8,000リットル(慣行の平均値よりも多い)までの有機酪農なら,ダイズ使用なしに良好な健康状態を達成できる。また,家禽にはヒマワリ油粕,豚にはナタネ種子なら,飼料中のダイズ必要量の50%を代替できることを示唆するいくつかの証拠がある。

こうした状況から,ソイル・アソシエーションは,輸入飼料への依存度を高くしながら生産性の高い家畜生産を追求するのは有機農業の原則に合わないとして,如何に輸入飼料への依存を減らしながら,環境負荷を少なく,かつ高品質で安全な畜産物を提供しながら,収益を確保できる有機家畜生産のあるべき姿を模索している。

●おわりに

飼料が有機であるだけでなく,自農場や同じ地域の農場で生産された飼料が一定割合以上であることを求めるEUの有機農業実施規則は,家畜の飼養密度などの条件を満たしたとしても,有機飼料を生産せずに,購入飼料だけの家畜生産を排除し,地域での物質循環を踏まえた有機農業の原則に沿うことを求めるものといえる。これは難しいことだが,そうした姿勢が有機農業には必要なことを再確認させるものである。

アメリカの有機プログラム(NOP)規則では,家畜に給餌した飼料原料の種類別に,自農場で生産した飼料と外部由来の別と,それらの配合割合(%)を記録することを規定している。それゆえ,自農場調達の飼料割合を直ぐに計算できるが,EUのようには,その最低割合は規定していない。

慣行の家畜生産でも飼料の自給率が極端に低い日本では,「有機飼料のJAS規格」「有機畜産物のJAS規格」にも,自農場や同じ地域の蛋白農場での有機飼料の調達率に関する規定はない。