No.220 アメリカ農務省の保全農業方法基準

●自然資源保全局の保全農業方法基準

アメリカ農務省(USDA)は農業環境を保全する多数のプログラム(行政事業)を実施し,それに参加する農業者には,プログラムに規定された条件を遵守することを条件に支援金を支給している。その際,農業者はプログラムに参加したときに,プログラムの条件に合わせて自分が何をどのように実施するかの農業プランを作成しなければならない。その際,プログラムが求めている保全的な農業方法は「何」で,具体的には「どのような内容か」が問題になる。

保全的な農業方法の内容については,USDAの自然資源保全局(NRCS)が強い指導性を発揮している。NRCSは,ワシントンD.C.の本部の他に,複数の州を束ねた6つの地域事務所と,各州に州事務所を配置している。州事務所は,申請農業者がプログラムに合わせた保全的な農業プランを作成するのを,農業者が「保全技術支援プログラム」(Conservation Technical Assistance Program:CTA)に参加すればアドバイスする。その際の業務参考書ともいうべき,FOTG (現地事務所技術ガイド:Field Office Technical Guides)が定められている。その全米レベルでの具体的指示書が,各種農業方法に関する「保全農業方法基準」(Conservation Practice Standards)である。

保全農業方法基準は,州が参考にするものである。州によって農業条件が大きく異なるので,現地事務所は保全農業方法基準を州に適したものに作り替えた現地事務所技術ガイドを作成しており,農業者は州のこの技術ガイドに準拠する。

●保全農業方法基準の構成

保全農業方法基準は,基本的には慣行農業を対象にしたもので,2012年末現在で合計163作られている。5年ごとに内容が見直され,必要に応じて新しい基準が追加されている。どのような基準があるかの例を表1に示す。

基準は次の項目から構成されている。

(1)当該方法の概念的定義,(2)当該方法を実施する農業上および環境保全上の目的,(3)当該農法の適用場面,(4)標準的規格,(5)留意事項,(6)農業プランと仕様書,(7)実践上の注意事項(実施とメンテナンス),(8)参考資料。

各基準はA4版で2〜8ページで文章だけで記載されている。

実物の写真を入れた具体的な説明は,「インフォメーションシート」として別になっており,これらは自然資源保全局のホームページにある「保全農業方法」の一覧表から入手できる。

●保全農業方法基準の例:堆肥化施設

保全農業方法基準にどのようなことが記載されているかを,コード番号317の堆肥化施設の例で示す。

(1) 「定義」では,堆肥化施設を,「家畜ふん尿や他の有機物資材を,微生物によって好気分解し,土壌改良材として利用するのに適した,生物学的に安定した有機物資材への変換を制御して促進する構造物ないし装置。」と定義している。

(2) 「目的」では,堆肥化施設の目的を,「汚染の可能性を減らして固形の有機廃棄物のハンドリング特性を改善すること,および,有機物や有益生物を添加するとともに,植物可給性の養分を緩効的に放出させて,土壌条件を改善する土壌改良材を製造すること。」としている。

(3) 「適用場面」では,農業で有機廃棄物が生じ,それを堆肥化することを農業プランに組み込んでいて,堆肥化施設を農業資源や周辺環境を汚染することなく運転・維持でき,できあがった堆肥を自分の農地に施用するか他者に流通できる場合としている。

(4) 「標準的規格」では,例えば,堆肥化施設を設置する立地条件,目的に適した施設のタイプや規模の選択などの条件を記述している。

堆肥化施設のタイプとして,いろいろなものがあるが,次の3つを示している(堆肥化装置のインフォメーションシートより)。

静置堆積:良く混合した材料を山積み堆積で堆肥化する。切り返ししなくても通気が良いように,堆積物の体積を調節する。必要ならパイプで強制通気を行なう。

ウィンドロウ:強制通気装置なしで大規模に堆肥を土手状に山積みし,定期的に機械で切り返しを行なう。

堆肥化装置:良く混合した堆肥材料を温度と通気を適切に調節して堆肥化する密閉型の装置。自然通気を利用し,堆肥化過程で1回切り返す小規模装置も含む。

そして,堆肥条件として,不快臭のないこと,安全に貯蔵できること,病原生物を有意に減少させることを特に重視し,そのために確保すべき温度条件を記している。

(a)自分の農場でできあがった堆肥を使用する場合:40℃超で5日間保持し,その間に55℃以上で少なくとも4時間保持し,二次堆肥化も行なう。

(b)堆肥を自分の農場外で使用するか販売する場合:静置堆積や堆肥化装置を用いた場合には,55℃以上で3日間保持する。ウィンドロウを用いた場合には,55℃以上で15日間保持し,堆肥の切り返しを少なくとも5回は行い,二次堆肥化も十分行なう。

(c)動物の死体も堆肥化する施設の場合には,堆肥の塊全体の平均値で,堆肥の温度を55℃以上で少なくとも5日間保持し,その後に十分な時間の二次堆肥化を行なう。ウィンドロウの場合には,堆肥の温度を55℃以上で15日間保持し,堆肥の切り返しを少なくとも5回は行なう。そして,最終製品には柔らかな組織破片が残っていないことを確認する。

(5)「留意事項」では,悪臭を減らすために,次などを記している。(a)当初混合物の炭素窒素比率を30:1程度(25:1から40:1)にする。(b)その際,家畜ふん尿のような窒素性有機物を原料にする場合には,C/N比が高く,通気性を良くする炭素性副資材を選択する。(c)C/N比の調節で悪臭を十分に削減できない場合には,化学的中和剤などの添加剤を使用する。

(6)「農業プランと仕様書」では,プログラムにおいてどのような農業を行なうかのプラント,そのプランのなかで,堆肥化施設の基準にある規格にしたがって,どこに,どれだけの規模の,どのようなタイプの堆肥化施設を設置するかの配置図や仕様書を作成することを要求している。

(7)「実践上の注意事項」(実施とメンテナンス)では,留意事項と重複する問題も含めて,次などを記している。

(a)C/N比の調節と,それに適した炭素性副資材の選定。

(b)必要に応じて,通気性を向上させる膨化材を堆肥原料に添加する。膨化材は炭素性の副資材でも良いし,堆肥化終了時に回収できる非生物分解性素材でも良い。

(c)堆肥化期間を通じて水分量を40から65%(湿重ベース)の範囲とし,多雨地帯では堆肥の山に過剰水分が溜まるのを防ぐために,必要なら,施設に覆いを付ける。

(d)堆肥の山の内部温度を,目標温度に到達・維持するように管理する。雑草種子を十分に殺すには,63℃に達するようにすることが必要である。温度が74℃に達するのを注意してモニターし,85℃を超えたら堆肥の山を直ちに冷やす。

(e)堆肥化施設は完成後何度かテスト運転し,堆肥の山の温度,臭い,水分,酸素が適切に管理できることをチェックし,できあがった堆肥が必要な品質に達したかをテストする。

 (8)参考資料として,堆肥化の原理と実際をより詳しく記したNRCSの資料 (USDA NRCS (2000) National Engineering Handbook, Part 637, Chapter 2, Composting. p.88. Washington, D.C. )を記している。

●保全農業方法基準とNOP規則との関係

保全農業方法基準は,慣行農業で使われているだけでなく,有機農業でも技術基準書として使われている。

(A)家畜ふん尿の堆肥化での例

例えば,環境保全型農業レポート「No.167 アメリカが有機農業ハンドブック2010年秋版を刊行」に,全米有機プログラム(National Organic Program: NOP)規則の「セクション 205.203 土壌肥沃度および作物養分の管理方法の基準」のなかの家畜ふん尿関係を紹介した。その中で,下記が記載されている。

(2) 次のプロセスによって堆肥化した植物質および動物質材料。

(i)堆肥化出発時のC:N比を25:1と40:1の間にする。

(ii)静置堆積や堆肥化装置を用いて温度を55〜77℃に3日間維持する

(iii)ウィンドロウを用いた場合には,材料を最低5回切り返して,温度を55〜77℃に15日間維持する。

堆肥化の上限温度は,堆肥化施設の基準では74℃と85℃の間のどこかであるが,77℃とは明記されていなかったが,NOP規則では77℃と明記された。これは,77℃を超えると微生物活性も低下し,堆肥の山の温度制御も難しくなるとして,上出したNRCS (2000) National Engineering Handbook, Part 637, Chapter 2, Compostingに記載されている温度である。この資料が堆,肥化施設の基準書の論拠として大きな比重を占めている。したがって,NOPの家畜ふん尿の堆肥化は,保全農業方法基準の堆肥化施設に準拠している。

作物生育や動物成長の科学的原理は,慣行農業であれ有機農業であれ,その双方に共通している。だから,科学的原則に基づいて生育や成長を制御する際に,慣行農業では一般的な制御方法であっても,有機農業では使えないものがあるが,共通する制御方法も多い。このため,アメリカでは元々慣行農業用に作られた保全農業方法基準だが,有機農業にも共通するものは,有機農業にも積極的に使用するように誘導している。

(B)EQIP有機イニシアティブでの例

アメリカが有機農業者に行なっている金銭的支援の概要を,環境保全型農業レポート「No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要」に紹介した。その中での中心的プログラムが,環境質インセンティブプログラム(EQIP)の有機イニシアティブである。

自然資源保全局は,このプログラムに申請する農業者に向けて,NOP規則で求められている要件と,それを達成するのに有効な保全農業方法基準との対応表を作成している(表2)。

 

例えば,NOP規則のセクション205.205で作物輪作を実施することが求められているが,輪作とその効果を達成するのに有効な保全農業方法基準として,灌木間作から総合的有害生物管理(IPM)までの11の基準を掲げている。そして,EQIPの有機農業イニシアティブに申請する際の留意ポイントを記している。申請者はこうした表を踏まえて申請書を作成することになる。

●保全農業方法基準の意義

保全農業方法基準は,州の条件に適合させた現地事務所技術ガイドを含め,次の意義を有しているといえよう。

(1)連邦政府出資の農業支援プログラムに参加を希望する農業者の申請書類の内容を,全米で統一された保全農業方法基準に基づいて公平に審査することを可能にする。

(2)実際場面で大切な技術について,そのポイントを科学的に具体的に明示して,農業指導者の指導内容のレベルアップと指導内容の斉一を図る。

(3)実際場面で大切な技術について,そのポイントを科学的に具体的に明示して,農業者のレベルアップを図るとともに,農業指導者からの指導内容の理解を助長する。

アメリカは保全農業方法基準を163の技術項目ごとに作っている。これに対して,イギリスは,大きな問題別にテーマをまとめて,同じ趣旨から優良農業規範を作成している(環境保全型農業レポート「No.40 イギリスの農薬使用規範」,「No.122 イングランドが土・水・大気の優良農業規範を改正」を参照)。いずれもその全体の分量は膨大である。

●日本の農業生産活動規範との比較

日本でこうした環境保全的な農業規範や基準に相当するものは,2005年3月31日に農林水産省生産局長名で出された地方農政局長通達の「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)である(農林水産省生産局農業環境対策課「環境と調和のとれた農業生産活動規範(農業環境規範)の策定について」参照)。

地方農政局長通達によれば,農林水産省が実施する各種の補助金,交付金,資金,制度等の事業は,農業環境規範を実践する農業者に対して講じていくことを基本とする。このため,事業に参加する農業者は,自らがその生産活動を点検して,農業生産活動規範にある書類に署名捺印した点検シートの写しを手続窓口に提出することが義務化された。

しかし,農業環境規範はわずか7ページだけで,イギリスやアメリカのものよりも簡略すぎ,技術の具体的説明がない。その上,例えば,作物生産では,(1)土づくりの励行,(2)適切で効果的・効率的な施肥,(3)効果的・効率的で適正な防除,(4)廃棄物の適正な処理・利用,(5)エネルギーの節減,(6)新たな知見・情報の収集,(7)生産情報の保存,という大くくりした7つの項目ごとにまとめて,農業者が自らチェックし,具体的判定基準もないため,個人の主観で「実行できている」と判定してもなんら差し支えない,曖昧なものとなっている(環境保全型農業レポート「No.12 「農業生産活動規範」とは」を参照)。農林水産省と都道府県が協力して,具体的な規範を早急に作ることが望まれる。

●有機農業への政府支援の論拠は環境保全

技術的に曖昧さが多いと,環境保全と銘打ちながら,実は環境汚染を起こしているケースが生じかねない。

例えば,堆肥の施用基準を科学的に示して,それを守らずに堆肥の過剰施用を容認していれば,土壌養分が過剰になり,土壌から余剰な硝酸性窒素が流亡して周辺環境を汚染してしまう。また,家畜ふん尿を堆肥化する際に,堆積中の発熱温度と期間をしっかり確保しなければ,病原生物や雑草種子が多量に生き残る危険もある。このため,ポイントになる技術は具体的に解説し,それを着実に遂行するようにすることが大切である。

EUやアメリカが有機農業に政府が補助金を支給するのは,有機農業が環境を保全することを根拠にしている。有機物なら無制限に施用して良いというような日本の有機農業では,環境を保全している保証がない。これまで政府が集約農業に補助金を出して環境汚染を深刻化させたことから,集約農業を止めて,農業生産量を減らしてでも環境保全を図るなら,政府が有機農業に補助金を出すことが国際的に了解されている。それゆえ,EUやアメリカは,環境保全を図る有機農業の法的規則に加え,農業規範や保全農業方法基準を定めて,農業者がそれを遵守することを厳しくチェックして,補助金を農業者に支給するようにしている。

現在の日本の有機農業の基準は曖昧で,環境保全の点からは尻抜けであり,農業環境規範でチェックしたとしてもおおざっぱすぎて,環境を保全した有機農業を実施してとは証明できない。今のままの有機農業の法的規制では,環境保全を担保するものとはいえない。日本で,有機農業への政府支援をきちんと要求するには,環境保全をしっかり守るように,法的規制も改める必要があろう。