No.218 アメリカの有機農業者への金銭的直接支援の概要

●背景

アメリカにおける有機農業者への公的支援については,環境保全型農業レポート「No.24 有機農業に対する政府の取組姿勢」や,「No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題」でEUとの対比で,その概要を紹介した。

EUは,有機農業者に公的支援を行なう論拠を,次としている。

有機農業は環境汚染の軽減,生物多様性の向上,農村景観の保全などの重要な便益(多面的機能)を社会に提供しているが,農業者はこうした社会的便益を意識しておらず,その対価も受け取っていない。そこで,慣行農業に比べて収量の低い有機農業に転換したり,実施したりすることによって生じた収益減を補償し,社会的便益に対する対価を支給するとしている。

これに対して,アメリカは,有機農業が環境にプラスの便益を与えていることを認識しつつも,有機農業を,消費者に差別商品の有機食品を提供する農業と見なしてきた。そのため,農業生産全体が停滞しているなかで,拡大している有機農産物マーケットを一層発展させるために行なう有機農業者に対する支援は,生産者が認証に要する経費の負担や,有機農業技術の指導などにとどめていた。

だがアメリカは,2008年農業法において連邦政府は政策方向を変更し,それまでの支援に加えて,有機農業に転換する農業者に財政的支援を与える条項を作った。

すなわち,連邦政府がこれまで環境保全を図る農業者に財政支援を行なってきた様々な事業のうち,その中の一つである既存の「環境質インセンティブプログラム」(Environmental Quality Incentives Program: EQIP) に,2008年から有機農業転換支援条項を新設したのである。有機農業も環境保全的であるがゆえに,有機農業に転換する農業者に,年間2万ドル,1件当たり8万ドルを上限に6年間,個人または法人に支給することを可能にした。そして,2008年農業法で,従来から実施していた,有機農業者が認証に要するコストを支援する予算や,研究基金を大幅に増額した。

他方,環境保全型農業レポート「No.210 EU加盟国の有機農業に対する公的支援の概要」に,EUが有機農業者に対して行なっている公的支援の概要を紹介した。今回は公的支援についてのアメリカでの状況をより詳しく紹介する。

ベースにした資料は,USDA (2012) Organic Resource Guide 2012: Your Guide to Organic and Organic-Related USDA. 44p.である。この資料は,アメリカの農務省(USDA)が行なっている有機農業者に対する支援の概要を記しており,各支援の詳細については当該支援へのリンクを張っている。このため,支援を希望する者などは,インターネットによって詳細な情報をえられるようになっている。そこで,この資料をベースにして,必要に応じて,そこで張られているリンクを利用してえた情報を補完して,紹介する。

●有機認証コスト分担プログラム

全米レベルで有機食品の生産・加工・流通を規定している「全米有機プログラム規則」(7 CFR part 205 National Organic Program:NOP規則) を所管しているのが,農務省の農業マーケティング局(Agricultural Marketing Service)である。同局のなかに「NOP規則」に関する事務を行なうNOP事務局が置かれている。NOP事務局が,有機農業者への直接支援プログラムの「有機認証コスト分担プログラム」(Organic Certification Cost-Share Program)を2002年度から所管している。その内容は次のようなものである○ 有機の生産者や流通・販売を行なっている取扱業者は,NOP規則を遵守していることについて,有機認証組織の認証検査を受けなければならない。その有機認証コストは一部の人達には法外に高額なことがあり,そうした人達が認証を受けやすくするために,有資格の生産者や取扱者に対して,有機認証に要した経費の一部を,後刻,公的資金で払い戻しする。これによって,有機経営体が追加的な保全努力,事業拡大や予測できない事態への対応を可能にすることを目的にしている。○ 対象の有資格者は,認証組織から認証または認証の更新を受けた生産者と取扱業者。

○ このプログラムは,州組織(通常は州の農業省)と農務省とで共同管理されている。申請者が必要書類を州組織に提出すると,州組織が申請手続を処理し,農務省が払い戻しを行なう。年間750ドル(1ドル80円として6万円)を上限として,認証コストの75%を申請者に払い戻す。資金はなくなるまで早い者勝ちで提供されている。

○ 資金は概ね過去の州・準州の実績と認証組織数に応じて配分され,資金総額は,2011会計年度で州・準州あたり5000ドルから105万ドル(40万〜8400万円)。

●転換インセンティブプログラム

アメリカでは,耕作による土壌侵食が深刻である(環境保全型農業レポート「No.46 アメリカ 耕地からの土壌侵食の実態」参照)。このため, 1985年から,侵食を起こしやすい耕地を生産から撤退させ,その耕地に牧草地や林地を造成し,牧草地や林地を10から15年間維持し続ける農業者に,公的支援を行なう「保全留保プログラム」Conservation Reserve Program (CRP)を設けている。その背景に,アメリカの余剰農産物生産があることはもちろんであろう。

この「保全留保プログラム」では,農務省が,この期間,耕地を農業者から借り受ける形式をとる(担当は,農家サービス局Farm Service Agency: FSAと農産物信用公社Commodity Credit Corporation: CCC)。このため,農務省が借地料と牧草地や林地の造成コストの50%までを支払う。借地料は,農家間での実勢借地料よりも高いので,農業者から歓迎されている。因みに,2012年になされた第43回の契約では,全米での平均借地料は51.24ドル/エーカー(1.01万円/ha),幅はワイオミング州25.20〜アイオワ州161.51ドル/エーカー(0.50万円〜3.19万円)であった(USDA: The Conservation Reserve Program: 43rd Signup Results )。

生産から撤退させた耕地を作物生産に戻すなら,「保全留保プログラム」の契約は終了となる。有機農業を推進するために,農家サービス局は,転換インセンティブプログラムTransition Incentives Program (TIP) を実施している。つまり,保全留保プログラに参加して生産から撤退していた耕地を,家族以外の者で,新規参入者か社会的に不利な農業者や牧畜者に販売ないしリースし,当該撤退耕地の全部または一部で,有機農業を含む,持続可能な放牧または作物生産の方法で農業生産に戻すならば,保全留保プログラム契約が終わっても,当該農地の農業者に,追加的に2年間,保全留保プログラムの借地料を支給する。これにより,新たに有機農業に転換する場合なら,保全留保プログラムの借地料を2年間もらいながら,有機農業への転換を行なうことができる。

●保全貸付金プログラム

自らの農地で保全的方法を必要として実践しようとしている農業者に,そのための資金の貸付を行なう,保全貸付金プログラムConservation Loan Program を,農家サービス局が担当している。従来から農家サービス局の貸付金プログラムは,小規模で財政的確立が十分でない農業者をターゲットにしていたのに対して,保全貸付金プログラムはターゲットを拡大して,大規模で財政的にも強固な農業者への支援も行なっている。

○ 自然資源保全局Natural Resources and Conservation Service (NRCS)によって承認された,(1)土壌侵食の削減,(2)水質の向上,(3)持続可能農業および有機農業の推進のような保全的農業方法を実施するのに使用できる。

○ 具体的な保全的農業方法には,次のようなものがある。(1)保全的構造物の設置,(2)森林被覆の造成,(3)水保全方法の設置,(4)永年放牧地の造成ないし改良,(5)有機生産への転換,(6)家畜ふん尿消化システムを含む家畜ふん尿管理システム,(7)その他の保全方法,テクニックや技術の採用。

○ 申請者は,事前に自然資源保全局の地方事務所のスタッフと相談して,保全プランを策定し承認を得ておかなければならない。

○ 貸付金限度額は121.4万ドル(1ドル80円として約9700万円:インフレに応じて限度額は調整)とし,農家サービス局と業務提携を行なっている金融機関と一緒に申請する。返済能力を有する者にしか貸付を行わないが,認められれば,農家サービス局が返済保証をする。○ 金利は変動するが,金融機関が農業者顧客に課している金利の平均値を超えない。貸付期間は担保によって変わるが,20年間を超えない。

●環境質インセンティブプログラムの有機イニシアティブ

農地や林地などにある,土,水,大気,植物,動物などの資源を保全して,農地の生産力を高めつつ,環境をより健全にする農業方法を採用しようと農業者に,金銭的および技術的な支援を与えるのが,冒頭にも述べた環境質インセンティブプログラムEnvironmental Quality Incentives Program (EQIP) である。2002年農業法によって開始され,自然資源保全局Natural Resources Conservation Service (NRCS)の管轄で実施されている。プログラムへの参加は農業者の自主判断により,契約は最大10年間である。

2008年農業法で,EQIPに有機農業転換支援条項が追加され,有機経営体が,環境的に持続可能になれるようにする保全方法を計画し実施するのを金銭的および技術的に支援するEQIP有機イニシアティブEQIP Organic Initiative が開始された。

○ 対象者は認証を受けた有機生産者と転換中の生産者で,生産物販売額が年間5000ドル未満の生産者。

○ 支援上限額は年2万ドル(1ドル80円として160万円),6年間8万ドル(640万円)。

○ 有機農業規則を守りつつ,下記に例示する環境保全方法を実施することが必要。

・保全プランの策定

・有機農業への転換プランの策定

・境界および緩衝帯の設置

・侵食を最小化しつつ,土壌の質と有機物の向上

・病害虫管理の改善

・放牧プランの策定と放牧資源の向上

・廃棄物利用と堆肥化の向上

・灌漑効率の向上

・作付システムと養分管理の向上

○ EQIP有機イニシアティブで支援対象とする保全的農業方法の内容や支援額は州によって異なる。アイオワ州における有機イニシアティブでの2012年度の支援額の例を,Organic Initiative Iowa Environmental Quality Incentives Program (EQIP): List of Eligible Practices and Payment Schedule FY 2012, January, 2012 から抜粋して,表1に示す。

表1 アイオワ州におけるEQIP有機イニシアティブでの支援額の例(Iowa,2012から抜粋)

●保全スチュワードシッププログラム

保全スチュワードシッププログラムConservation Stewardship Program (CSP) は,農業者が既に実施している資源保全の農業方法に加えて,新たな保全方法を追加して,資源問題への関心をより高めるためのプログラムである。ただし,経営体の全ての農地と林地を契約することが必要。

慣行農法のケースが多いが,このプログラムに参加して支援金をえつつ,有機農業への転換を開始することもできる。

例えば,有機農業に転換するために,(1)土壌侵食を防止する輪作を導入する,(2)マメ科植物,家畜ふん尿や堆肥によって作物の窒素要求量を90%以上満たす,(3)授粉昆虫など益虫の生息地を造成する,(4)不耕起の有機システムを導入する,(5)カバークロップを導入する,(6)深根性作物を導入して土壌圧密層を打破させる,(7)耕地を有機の放牧システムに転換する,(8)有機農業のために総合的有害生物防除を導入する,(9)水辺に草生の緩衝帯を造成する,(10)栄養診断などを導入して窒素施肥管理を改善するなど。

支払は年間支払と補足支払。年間支払は新たな保全方法の導入とその維持に対してなされ,これと同時に自然保全的作物輪作を採用すると,補足支払がなされる。5年契約。支払額上限は年間4万ドル,5年間で20万ドル。

●有機農産物保険

リスク管理庁Risk Management Agency (RMA)の監督の下に,その外郭組織の連邦収穫物保険公社Federal Crop Insurance Corporation (FCIC)が,各種の連邦農産物保険Federal crop insuranceを管理している。ただし,実際の保険業務は提携した民間保険会社が行なっている。

連邦農産物保険Federal crop insuranceは直訳すると,連邦作物保険となるが,対象品目は,リンゴ,養蜂,アボガド,オオムギ,柑橘類,二枚貝,トウモロコシ,ワタ,アサ,フロリダの果樹,青刈り飼料作物,実採りソルガム,サヤエンドウ,家畜,マカダミアナッツ,マカダミアの樹木,ミレット,ハッカ,苗,有機作物,ジャガイモ,牧野,コメ,ライ,ベニバナ,ダイズ,シュガービート,サトウキビ,ヒマワリ,コムギなど,作物以外の多岐の農産物にわたっており,作物保険では誤解を与えやすい。

有機農産物を対象にした保険も用意されている。すなわち,(1)認証を受けている有機農地,(2)転換農地,(3)緩衝地帯農地を対象にして,有機農業方法を使って育てられた収穫物のみが対象になっている。

対象とする災害は,干ばつ,過湿,凍結,ひょう・あられ,虫害,病害,雑草害などで,承認された有機農業方法で効果的なコントロールができず,損害を生じた災害である。そして,収量が控除免責金額未満の収量よりも十分下回る場合が対象となる。

●研究,データ,技術情報などの支援

連邦政府の様々な部局が,金銭以外の多様な支援を有機農業に対して行なっている。その一端を紹介する。

1.農業研究局における自然科学研究

農務省の農業研究局Agricultural Research Service (ARS) は,2200人の研究者とポスドクで,18の全米研究プログラムで,合計800の自然科学の研究プロジェクトを実施している。有機農業に関する研究は,「農業システムの競争力と持続可能性」という全米研究プログラムのなかで主に行われているが,他のプログラムのなかでも関連課題が研究されている。

2.経済研究局における社会科学研究

農務省の経済研究局Economic Research Service は,社会科学を研究している部局で,有機の農産物生産・流通に関する各種動向や問題点の社会科学的解析を行なっている。

3.全米農業ライブラリー

全米農業ライブラリーNational Agricultural Library (NAL)は,農業研究局(ARS)に属し,世界最大の農業関係情報を収蔵し,州立大学とUSDAの地方図書館をつなぐネットワークの中核になっている。

全米農業ライブラリーは,代替農業システム情報センターを設けており,そこに有機農業のホームページを設け,農務省関係の有機農業に関する各種資料にアクセスできるようにしている。

4.マーケットニュース

農務省の農業マーケティング局Agricultural Marketing Service (AMS)が,農産物の価格,量,質,状態,その他の市場データを「マーケットニュース」で定期的に提供している。その中で,有機データについては,果実・野菜,家畜と穀物,家禽,酪農,ワタのカテゴリーの200超品目について提供している。

5.有機農業統計

農務省の全米農業統計局National Agricultural Statistics Service (NASS)は,そのホームページに有機生産のページを設けている。全米農業統計局が初めて全米レベルで有機農業の統計調査を実施したのは2008年であった。その後の最新版は2011年に実施された,2011 Certified Organic Production Survey, October 2012 である。

また,有機農産物の外国との輸出入や海外有機農業の統計などは海外農業局Foreign Agricultural Service (FAS) が行なっている。

6.研究・教育・普及機関への有機農業に関する資金提供

農務省の全米食料農業研究協会National Institute of Food and Agriculture (NIFA) は,自ら研究する機関ではなく,研究・教育・普及を行なっている州立農科大学とそれと連携している組織に,経常的な資金とは別に,州や地方自治体レベルでの食料および農業の振興のための資金を競争的応募によって提供している。そのなかで,有機の生産・加工・流通に関する様々な試みに資金を提供している。

7.有機食品のマーケティング強化資金の提供

農務省の農業マーケティング局Agricultural Marketing Service (AMS)は,州の機関や民間機関による食品のマーケティング力を強化するための調査や開発プロジェクトに競争的資金を提供している。そのために,(1)連邦・州マーケティング改善プログラム,(2) 特殊作物包括的補助金プログラム,(3) 直売所推進プログラムなどを実施している。その中で有機食品に関するものも対象にしている。

8.農村インフラ向上支援

農務省の農村開発局Rural Development (RD) は,農村居住者の経済機会を高め,住宅,コミュニティ施設,電気・ガス・水道などの供給を改善するなど,農村ビジネスや協同組合に貸付金,補助金,技術支援を提供して,農村居住者の生活の質を向上させている。その中で有機農業を軸にしたプロジェクトなどにも様々な支援を行なっている。