No.57 水稲有機農業の経済的な成立条件

●北海道は有機農業を推進

 北海道は,1991年から化学肥料と堆肥等有機質資材の併用ならびに化学農薬の適正な使用を基本にした「クリーン農業」(環境保全型農業レポート.2004年7月28日号)を実施している。「クリーン農業」の中で有機農業も位置づけられているが,有機農業へのニーズの高まりを受けて,北海道は有機農業を「クリーン農業」と並立させ,「有機農業総合推進事業」を2004年から開始して,消費者に対する普及啓発や生産者と消費者との交流促進,研修情報の発信強化,安定生産を支える技術開発などに着手し,生産から流通,消費に渡る有機農業の推進に取り組んでいる。技術開発では有機農業の技術および経営研究にも取り組んでいる。

 その一環として,北海道立中央農業試験場生産研究部経営科の白井康裕氏が,北海道での有機農業による水稲生産の実態を解明する研究を4軒の有機稲作農家について行った。その概要を,平成18年度北海道試験研究成果「水稲有機農業の経済的な成立条件」(2006) および平成17年度北海道農業研究成果情報「水稲有機農業の労働時間・費用の特徴と経済的な収量水準」(2005)から紹介する。

●有機稲作の労働時間

 表1は,水稲生産に要した労働時間を,有機栽培と慣行栽培で比較したものである。慣行栽培の10a当たりの労働時間は「米生産費調査」の北海道の販売農家によるもので、表1では「慣行(生産費調査販売農家)」とした。

 

 調査した4農家の有機水稲栽培の労働時間は,「米生産費調査」の北海道の販売農家による慣行栽培より,平均値で約1.9倍,10a当たり約20時間も多く要していた。平均値でみると,慣行栽培よりも,除草で約14時間,ぼかし肥料や自給肥料の生産などに要する間接労働で約4時間多く要し,さらに作業機の洗浄を要する耕起・整地や肥料の散布量の多い基肥などでも作業期間が多くなっていた(表1)。この結果は2002年産水稲について農林水産省大臣官房統計部(2004)が行った「環境保全型農業(稲作)推進農家の経営分析調査」の全国平均値と類似の傾向であった(注:この調査における慣行栽培は,調査した有機農業農家が当該圃場において農薬や化学肥料を用いて,概ねその地域の一般的な方法で栽培した場合の値)。この全国の平均値に比べて北海道では除草時間が若干多かった。

●有機稲作の費用

 4農家の水稲有機栽培の生産費を慣行栽培と比較すると,物財費で約1.3倍,労働費を含めた費用合計で約1.5倍であった(表2)。物財費が高い主因は,価格の高い有機質肥料を用いているための肥料費増であり,この外にも高価な認定資材を用いる諸材料費や,JAS認定に伴う費用や栽培講習等に出席するための公課諸負担や生産管理費も高かった。労働費は,除草作業を始めとした労働時間の増加に伴って大幅に上昇していた。「環境保全型農業(稲作)推進農家の経営分析調査」の全国平均では物財費が慣行栽培の約1.1倍であったのに比べて,北海道では慣行栽培に対する費用の倍率が高いことがうかがえた。

 

●損益分岐点の収量水準

 表2の結果から損益分岐点となる収量水準を解析し,表3の結果がえられた。

1)現状の有機米の価格水準(25,000円/60kg)では,360kg/10a以上の収量を確保できると,家族労賃を含む生産費の補填が可能になる。

2)慣行米の価格水準に近い15,000円/60kgでは,415kg/10a以上の収量を確保しないと,物財費と雇用労賃を購えない。

そのため,

3)新たに水稲の有機農業に取り組む際には,価格下落のリスクを考慮すると,物財費と雇用労賃を補填するために,最低でも420kg/10a以上を実現するとともに,品質向上や販売先の開拓による販売価格と収量の向上に努めることが必要である。

 

 北海道での慣行栽培の平均水稲単収が482 kg/10aに対して,有機栽培では383 kg/10aである(北海道農政部 (2006) 北海道クリーン農業・有機農業推進プラン)。この平均単収と表3を照合すると,現在の有機米の平均売渡価格(25,000円/60kg)でも,北海道の有機水稲栽培農家の約半数は家族労賃込みの生産費をカバーできておらず,有機米の下落が生ずると,厳しい状況になることが予想されるといえよう。

●経営モデル

 上記の結果から,現行価格水準での除草作業への取組の相違を反映させた有機水稲農業の経営モデルがまとめられた(表4)。経営モデルから判断すると、慣行栽培に比べて著しく増加する除草作業への対応が有機農業の栽培可能面積を規定しているといえよう。

 

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