No.56 キャベツおよびカンキツのIPM実践指標モデル案

●モデル案第2弾公表の経緯

 環境保全型農業レポートNo.18「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案」に紹介したように,農林水産省消費・安全局の植物防疫課は,2005年11月に総合的病害虫・雑草管理(IPM)検討会を発足させた。その主目的は,農家が過度に化学農薬に依存することなく,経済性を考慮しつつ,利用可能な防除手段を総合的に組み合わせて,食品と環境へのリスクを最小限に抑えるIPMの実践度を自ら簡単に評価できるようにして,IPMの普及を図る点にある。検討会の作成するIPM実践指標は原型で,これをベースにして都道府県が地域に適した実践指標を作成する段取りとなっている。
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 検討会は既に2005年6月17日に水稲におけるIPM実践指針モデル案を公表し,意見公募を経て確定したが,2006年7月28日に第2弾として,キャベツおよびカンキツのIPM実践指針モデル案を公表した

●キャベツの実践指標(案)

 IPMは,病害虫や雑草が発生しにくい環境を作ることを基本にして,病害虫防除の必要水準や発生予察情報を踏まえながら,耕種的防除法や利用可能な生物農薬などを活用し,それでも防除しきれないケースについては化学農薬を適切に使用して,化学農薬の使用を最小限に抑えて,農産物と環境の安全を確保するものである。
 このため,キャベツの実践指標(案)は,次のようになっている。

○有害生物を発生させにくい条件作り

【(1)栽培圃場周辺での雑草管理(必須),(2)圃場の選択と改善(必須),(3)圃場衛生(必須),(4)風食・土壌流亡の防止,(5)収穫後残渣の処理(必須),(6)施肥】

○健全作物体の確保

【(7)健全種子の確保(必須),(8)適正な品種の選定,(9)健全苗の育成(必須),(10)定植(必須)】

○耕種的防除法

【(11)夏期湛水作付け,(12)土壌pHの矯正(根こぶ病対策),(13)べたがけ資材の利用,(14)雑草の管理(必須)】

○生物農薬・フェロモンの利用

【(15)性フェロモン剤の利用,(16)土着天敵の確認(必須),(17)生物農薬の利用(必須)】

○農薬の適正使用

【(18)定植期の農薬施用,(19)農薬の使用全般(必須)】

○その他

(20)病害虫発生予察情報の確認(必須)

(21)病害虫防除の要否の判断(必須)

(22)作業日誌(必須)

(23)研修会等への参加(必須)

 以上の23の管理項目について,注意事項を踏まえて実践を行えば1点をつけ,その合計点数を記録する(括弧内の「必須」は都道府県が必ず作るべき項目)。自分で育苗しない場合なら「健全苗の育成」,化学農薬を一切使用しないなら「定植期の農薬施用」と「農薬の使用全般」のように,該当しない項目がある場合は,それらを除外した項目数と合計点数を比較して評価する。このようにして,毎作の評価点が増えるように,農業者が努力しやすいようにしている。

 図1にキャベツの実践指針(案)の一部を示す。この実践指針(案)は都道府県が地域に適合した指針を作る際の参考になることを目的にしているため,脚注は都道府県の指針作成者を対象にしたものとなっている。
 キャベツの実践指針(案)には,主要な病害虫と天敵の美しい写真が貼付されている。

    

●カンキツの実践指針(案)

 カンキツの実践指針(案)は,次のようになっている。

○病害虫・雑草の発生しにくい環境・樹体の整備

【(1)間伐,(2)せん定(必須),(3)施肥,(4)病害の伝染源の除去(必須),(5)害虫の発生源の除去,(6)防風対策,(7)雑草の種子生産の抑制,(8)下草の管理,(9)収穫・貯蔵時における果実の適正措置(必須),(10)健全な苗木の使用】

○防除要否およびタイミングの判断

【(11)病害虫発生予察情報の確認(必須),(12)病害虫の発生状況の把握(必須),(13)萌芽・開花状況等の生育状況の把握(必須),(14)雑草の発生状況の把握,(15)防除の要否の判断(必須),(16)降雨量の把握(黒点病・かいよう病),(17)台風情報の把握(かいよう病)】

○天敵類の保護と活用

【(18)天敵類の確認(害虫),(19)選択性農薬の使用(病害虫),(20)導入天敵の活用(イセリヤカイガラムシ,ヤノネカイガラムシ,ルビーロウムシ,ミカントゲコナジラミ)】

○物理的防除

【(21)枝吊り(褐色腐敗病),(22)幼虫の刺殺(ゴマダラカミキリ),(23)産卵防止用資材の設置(同),(24)光反射シートの被覆(チャノキイロアザミウマ),(25)雑草の発生抑止と刈り取り】

○化学的防除

【(26)マシン油乳剤の使用(ミカンハダニ,カイガラムシ類),(27)農薬の適正な散布方法・量の遵守,(28)農薬飛散防止対策,(29)薬剤抵抗性発達遅延策,(30)除草剤の選択】

○その他

【(31)土壌の流亡防止対策,(32)作業日誌の記録(必須),(33)IPM研修会等への参加】

 以上、合計33の管理項目についてチェックを行って,合計点数を算出する。
 カンキツの実践指針(案)にも,主要な病害虫と土着天敵の写真が参考として添付されている。

●IPM実践指針はどこで使われるのか

 2005年3月31日に「環境と調和のとれた農業生産活動規範」(農業環境規範)が公表された(環境保全型農業レポートNo.12 )。農業環境規範は作物生産と家畜生産を行う際に守るべき基本的事項を定めただけで,具体性に欠けている。その点,IPM実践指針(案)の方がはるかに具体的だが,IPM実践指針が農業環境規範に組み込まれるのかというと,そのようには考えられない。

 また,経営所得安定対策の農地・水・環境保全向上対策では,特別栽培農産物での規定を準用して,化学肥料と化学合成農薬を地域の慣行よりも原則5割以上削減することを評価し,そうした取組に支援金を支給することになっている(先進的営農支援)(環境保全型農業レポートN0.54)。しかし,化学肥料と化学合成農薬を地域の慣行よりも5割以上削減するだけの規定には問題が多い。化学肥料を5割削減しても,有機質肥料や堆肥を削減養分量以上に施用すれば,返って養分過剰を助長してしまう。

 化学農薬散布についても問題がある。IPM検討会がまとめた「総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針」には,『現在,化学農薬の使用回数の削減や生物農薬の利用等に積極的に取り組んでいる事例が農業生産現場で見られるようになっている。しかし,このような現場においても,例えば,化学農薬に代わる適切な防除手段がない場合に,化学農薬の使用回数の削減のみを目標とすると,農業者にとって,かえってコスト・労力面で過重な負担を強いられるという事態が生じかねない。この場合,IPMの基本点を踏まえて,単に化学農薬の使用回数のみに着目するのではなく,環境に配慮した散布方法や飛散しにくい剤型及び選択性の高い農薬の使用等の環境負荷の軽減に向けた取組が導入されることが重要である。』と記されている。そして,そうした取組を助長するために,より具体的なIPM実践指針(案)が作られているのである。しかし,農業環境規範でも,農地・水・環境保全向上対策でも,IPMという言葉は出てこない。つまり,農業環境規範や農地・水・環境保全向上対策の施策とIPM実践指針とは,別個の流れであると推察される。

 この点に関連して次の事実がある。農林水産省が地方自治体に支給する交付金として,消費・安全局は農畜水産物の完全性確保に関して「食の安全・安心確保交付金」を設けて,2005年4月から交付している。この中で,農畜水産物の安全性を確保するための事業に交付金が支給されるが,その際に,事業の具体的目標値を設定することが求められており,目標値の一つとしてIPM実践指標値の現状値よりの向上率,または,農薬環境リスク低減率の現状値よりの向上率が上げられている。それゆえ,IPM実践指標は「食の安全・安心確保交付金」の中で使われる。

 生産局は「強い農業づくり交付金」を設け,その中で,生産性向上,品質向上,需要に応じた生産量の確保と並んで農畜産業の環境保全などについて目標を定めて,産地競争力の強化を目的とする取組,経営力の強化を目的とする取組や,食品流通の合理化を目的とする取組を行う地方自治体に交付金を支給している。ここでの農畜産業の環境保全で設定すべき目標値は,環境保全型農業農業に取り組む販売農家数の増加率などであって,IPM実践指標は記されていない。また,農業環境規範は生産局長名で通達され,消費・安全局長との連名ではない。

 食の安全性確保と環境の保全とは本来,一体的に実現されるべきである。しかし,食の安全性確保は「消費・安全局」,環境の保全は「生産局」によって分担され,一体的な取組を期待できるような状況にはなっていないと推察される。こうしたことから考えると消費・安全局サイドのIPM実践指針が,生産局サイドの農業環境規範と一体化することは期待しにくい。

●「食環一体」の施策を望む

 ところで,全国環境保全型農業推進会議の定めた環境保全型農業推進憲章の基本理念には,『環境に対する負荷を極力小さくし,さらには,環境に対する農業の公益的機能を高めるなど,環境と調和した持続的農業すなわち「環境保全型農業」の全国的・全面的な展開を目指す。』と書かれている。この環境保全型農業推進憲章は1997年に策定されたものだが,その後に,BSE,ダイオキシン,O-157など食の安全にかかわる問題が多発して,食の安全・安心が世の中のキーワードになったのに,食の安全・安心という文字が推進憲章に追加されていない。縦割り行政が存在するとの視点に立つと,全国環境保全型農業推進会議は生産局が所管しており,消費・安全局のキーワードである食の安全をうかつに追加できないといったこともあるのではないかと疑いたくなる。

 食の安全と環境保全に関する施策は結合させて一体的に推進すべきであり,農業環境規範とIPM実践指針は内容的に結合させて,より具体的な規範に進化させるべきであろう。また,IPM実践指針に基づいて行う取組も,農地・水・環境保全向上対策の対象とするように,今後改善することが望まれる。


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