高濃度の堆肥でも使い方でカバーできるか?
●「第2回家畜排せつ物の利用促進のための意見交換会」
2006年8月29日に,農林水産省生産局畜産部主催の「第2回家畜排せつ物の利用促進のための意見交換会」が開催され,畜産および耕種サイドの関係者や,学識経験者など12名が家畜ふん堆肥の利用促進のための意見を述べた。その概要が農林水産省のホームページで公開された。
●本当か?
意見交換会の中で,【耕種サイドのニーズに応じた堆肥を製造して欲しい】という趣旨の意見に対して,酪農家から【畜産農家の主たる仕事は,美味しく安全な畜産物を提供することであり,副産物の堆肥づくりにそれほど手間はかけられず,ニーズにあった堆肥生産を行うことは忙しくて困難である】という趣旨の発言があった。この酪農家の切実な意見を踏まえてどう解決するかの論議が大切となる。
畜産農家が忙しくて堆肥製造に十分な時間をとれない現実や,「家畜排せつ物法」によって雨ざらしにした家畜ふん堆肥の製造が禁止された事実からすると,切り返しをろくにせずに未熟で多量のアンモニウムが残り,しかも,降雨によってアンモニウムやその他の塩類が流されないままのものが増えると予想される。さらに,オガクズやモミガラといった副資材が入手難になって,完成した堆肥の一部を吸水材として繰り返し利用する戻し堆肥利用も増えていることから,従来よりも塩類濃度が高くなり,電気伝導度(EC)の高い家畜ふん堆肥が増加することが懸念される。こうした堆肥は意見交換会で出された耕種サイドのニーズに応じた堆肥とは逆行するものであろう。
意見交換会のなかで,【作り方で家畜ふん堆肥の塩類濃度やECを下げるのは大変であり,塩類濃度やECの高い家畜ふん堆肥は良くないという固定観念を変える必要がある。化学肥料を減らす傾向にある今日では,養分濃度が高くて肥効の高い家畜ふん堆肥はむしろ良いはずであり,使い方で十分にカバーできるはずである。】という趣旨の強気の発言が畜産関係者から出された。これは本当か?
●耕地土壌のECの実態
農林水産省は,1979年から都道府県農業試験場の協力をえて,全国の農地土壌の実態を5年一巡で調べる「土壌環境基礎調査」を実施している。この1巡目(1979〜83年)から4巡目(1994〜98年)までの結果をみると,土壌のカリ,リン酸などの無機養分が適正レベルを超えているケースが非常に多い(小原洋・中井信 (2003) 農耕地土壌の交換性塩基類の全国的変動.日本土壌肥料学雑誌.74: 615-622:小原洋・中井信 (2004) 農耕地土壌の可給態リン酸の全国変動.同誌.75: 59-67)。この調査ではECは必須項目でないため,全国規模での実態は不明だが,ECを報告している例もある。例えば,栃木県では3巡目(1989〜93年)におけるEC値(平均値±標準偏差)が,普通畑で0.44±0.73mS/cm,施設で0.83±0.65mS/cmであった(亀和田國彦・小川昭夫・吉沢 崇・植木与四郎 (1990) 近年の農耕地土壌の主要な性質の変化.栃木県農業試験場研究報告.37: 115-1323 )。また,愛知県西三河地方の野菜栽培施設では,施設割合で,0.2mS/cm未満が1%,0.2〜0.8ms/cmが38%,0.8〜1.2mS/cmが28%,1.2mS/cm以上が33%に達していた(関 稔・山田良三・木下忠孝 (1999) 西三河施設キュウリ栽培土壌の養分実態解析.愛知県農業総合試験場研究報告.31: 115-120 )。
ECが高いと濃度障害による生育阻害が起きるため,「地力増進法」による普通畑の基本的な改善目標値はECを0.2mS/cm以下としている。発芽が特に影響を受けるためだが,活着後ならこれよりも多少高い0.6〜1.2mS/cmでも良好に生育する。ただし,さらにECが上昇すると生育阻害が生じ,やがて濃度障害で枯死する。上述した「土壌環境基礎調査」での例は,多くの普通畑やほとんどの施設が地力増進法の目標値を超えていることを示しており,苗の移植で栽培が可能になっているものの,ECをこれ以上は高くできない土壌が多いことを示している。こうした土壌になったのは,土壌診断で測定した土壌蓄積養分量を勘案して次作の施肥量を調節することなく,化学肥料の過剰施用を繰り返してきた結果である。
●家畜ふん堆肥のEC
昔のものに比べて,最近の家畜ふん堆肥は水分含有率が低くなり,ECや養分濃度が高くなっている。関東農政局管内の家畜ふん堆肥を調査した結果によると,家畜ふん堆肥のECを平均値(最小値〜最大値)で表示すると,牛で4.7(0.2〜13.9),豚で6.4(0.8〜12.6),鶏で8.3(2.8〜17.5)mS/cmである(山口武則 (2002) 家畜糞堆肥の成分の変化と活用.農業技術大系.土壌施肥編.第7-1巻 資材の特性と利用.p.資材32-8〜32-19)。
大分県で流通している家畜ふん堆肥を調査した結果によると,未熟な家畜ふん堆肥ではアンモニウムが多く,アンモニア態窒素濃度が乾物100 g当たり300 mgを超え,かつ24時間培養時の二酸化炭素発生量が乾物100 g当たり600 mgを超える家畜ふん堆肥にはECが8 mS/cmを超え,コマツナ種子の発芽率が60%未満のものが多かった(藤谷信二・野地良久・矢野輝人 (1995) 家畜糞堆肥の品質評価について.大分県農業技術研究センター研究報告.25: 63-75)。この例ではコマツナの発芽率60%以上を判定基準に置いたが,通常はコマツナ種子の発芽率80%以上を判定基準としており,80%以上の発芽率を確保するには,家畜ふん堆肥の電気伝導度は8 mS/cmでは高すぎることになる。
1994年12月の農林水産省農蚕園芸局長通達「たい肥等特殊肥料に係る品質保全推進基準について」では,家畜ふん堆肥のECの基準値が5 mS/cm以下とされている。上記の調査結果も,流通している家畜ふん堆肥にはこれを超えたものが多いことを示している。しかし,堆肥のEC値は品質表示しなくともよい項目とされ,「肥料取締法」による堆肥の品質表示基準には含まれていない。このため,農業者は通常,家畜ふん堆肥のECを知らない。
家畜ふん堆肥のECと,家畜ふん堆肥施用後3日目の土壌のECの関係を調べた結果(山田正幸・高橋朋子・鈴木睦美・浦野義雄 (1999) 堆肥施用量決定要因としての発芽試験と電気伝導率.群馬県畜産試験場研究報告.6: 100-106)に基づくと,施用3日後の土壌ECを0.2mS/cm分押し上げる堆肥量は,5 mS/cmの堆肥だと4 t/10aだが,10 mS/cmの堆肥なら2 t/10aだけとなる。普通畑や施設にはECがぎりぎりのところまで上昇している土壌が多い。そうした土壌では,わずか0.2 mS/cmのECの上昇でも危険な場合もありえる。
家畜ふんの堆肥化過程において時間経過とともにアンモニウムが放出され,やがて硝酸に変わり,ECが上昇する。屋内で堆肥化した後,屋外で雨に当てながら二次分解を行うと,雨で塩類が流されてECが低下して,コマツナ種子の発芽率も高まる。しかし,「家畜排せつ物法」に基づいて製造された堆肥のECは,雨水を遮断しているために従来のものよりも高いと考えられる。
シート被覆で雨水を遮断する簡易な堆肥化方法の研究報告がそのことを示している。
例えば,栃木県では,5.99 mS/cmの牛ふんとオガクズならびにモミガラの混合物をシートで被覆して120日間堆肥化したとき,ECは,穴の開いた通気用の管を表面から底にまで挿入してシートで被覆し続けた場合,6.09(底層部)〜7.71(表層部)mS/cmで,30日ごとに切り返しをして再びシートで被覆した場合,5.50 mS/cmであった(北條 享 (2005) シート施設における堆肥化と利用技術.平成16年度「関東東海北陸農業」研究成果情報(畜産草地部会)。また,埼玉県では,肉牛ふんとオガクズの混合物を透湿不透水性で被覆して,間欠的に強制通気をしながら16週間堆肥化した製品のECは7.02〜7.78 mS/cmであった(崎尾さやか・小森谷博・宇田川浩一 (2005) 透湿不透水シートを用いた肉用牛簡易堆肥化法.平成16年度「関東東海北陸農業」研究成果情報(畜産草地部会)。
●畜産サイドは耕種サイドのニーズを真摯に聞くことが大切
上述したような耕地土壌の実態は,化学肥料の適正施用を行い,過剰施肥を減らすことが必要であることを物語っている。化学肥料の過剰施用を減らすということは,養分投入総量を減らすことであって,これまでの養分投入総量を維持して,化学肥料で減らした養分量を家畜ふん堆肥で投入できると考えるのは安易すぎる。畜産農家は忙しいから養分濃度やECの高い家畜ふん堆肥をそのまま耕種サイドで利用しろというのは,畜産サイドの横暴と批判されてもしようがない。畜産サイドがふん尿処理で困っているなら,ふん尿生産者の畜産サイドが飼料作物の生産を行うか拡大して,畜産内部でふん尿を循環利用する努力を真っ先に行うことがまず必要である。畜産農家が多忙であるなら,耕種農家も同様である。畜産と耕種を対立させるのでなく,両者のインターフェース(堆肥センターなど)を強化して,畜産農家の手間を省くのを助けると同時に,耕種農家のニーズに合う堆肥を製造・加工する仕組みを,行政の支援によって構築・強化することが必要であろう。