No. 365 EUの土壌におけるボルドー液散布による銅濃度の上昇

●EUの土壌中の銅濃度の分布マップの作成

 これまでにもEU(ヨーロッパ共同体)の表土の銅濃度の分布マップが作成されているが,EUの「持続可能資源共同研究センター」のバラビオらが,下記の論文で,銅の蓄積が多いイタリアについては解像度が最大500mという,精密な分布マップを公表した。因みにEU全体のマップをA4の紙に収める場合には,マップの1mmが約18kmになるのに比べて,その精度の向上が理解できよう。

 Ballabio,C. ,P.Panagos, E.Lugato, J-H.Huang, A.Orgiazzi, A.Jones, O.Fernandez-Ugalde, P.Borrelli, L.Montanarella (2018) Copper distribution in European topsoils: An assessment based on LUCAS soil survey. Science of the Total Environment 636: 282-298.

 この論文は,EUが行なっている「土地利用/土地被覆についての土地枠組調査」Land Use/Land Cover Area Frame Survey (LUCAS)のデータをベースにした。このLUCAS調査は,3年ごとにEU28か国で概ね14km×14kmごとの地点について,土壌の土地利用/土地被覆を調査するものである。バラビオらは,その調査地点から表土(0〜20cm)を2009年と2012年に合計21,682のサンプルとして採取し,その物理性や化学性を分析した。そして,調査地点の土地利用/土地被覆,気候,地質,地形やそこの表土の分析値などと銅濃度との線形回帰やガウス過程回帰を計算し,その結果に基づいて最大解像度500mの,EUの表土における詳細な銅の分布マップを作成した。

 統計学を多用したこの銅濃度の分布マップの作成手法は難解であり,省略する。著者のパラビオらは,EUの表土における銅濃度の分布とその課題を,自分らの結果に加えて,他の研究者の既往結果と合わせて考察しているので,その概要を紹介する。

●表土の銅濃度に影響している環境要因(線形回帰による分析結果)

 LUCAS調査の土地利用/土地被覆の状態,そこの気象条件,地質,地形,そこから採取した土壌の物理的や化学的条件のなかで,土壌の銅濃度と高い関係を有している主要因として,線形回帰分析結果として次の結果がえられた。

  • 土地被覆クラスのなかで,ブドウ園,オリーブ園と果樹園では,表土の銅濃度が平均値よりも有意に高かった。
    岩石では,テフラ(火山噴出物の堆積物)や酸性火山岩に由来する土壌で銅濃度が高いのに対して,堆積岩集団,海や河川の堆積物および氷河,融氷流水堆積物,風成層や有機物に由来する土壌では,銅濃度が有意に低かった。
  • 銅濃度は,土壌pHや粘土含量とプラスの相関を示し,砂含量とマイナスの相関を有した。
  • 一部の国で銅濃度レベルが絶えず高かった。特に高かった国はイタリアとギリシャで,次いでルーマニア,スロベニアとブルガリアであった。
  • 銅レベルは土地管理の仕方によって強く影響されていて,ボルドー液を散布している農地(ブドウ園,オリーブ園と果樹園)で,銅濃度が有意に高かった。
  • 夏期の雨量が75mmを超えて増えると,べと病防除のボルドー液散布量が増えて,土壌の銅濃度が上昇した。
  • 高銅濃度のいくつかの地域が,リバプール・マンチェスター地域,ロッテルダム地域,ブルガリア東部地域やフィンランドの南西部などで認められた。これらの国や地域の銅レベルは,恐らく工業汚染,褐炭の採掘ないし燃焼によるのであろう。ブルガリアの場合には恐らくヨーロッパの南東部最大のエネルギーコンプレックス(東マリツァ発電所複合体)により,また,フィンランドではハルハヴァルタの溶鉱炉によるのであろう。


Table1

●土地利用/土地被覆による表土の銅濃度の違い

 LUCASで調査した土地利用/土地被覆による表土の銅濃度の違いとして,次の結果が観察された(表1)。

  • 既に集約されている世界の土壌の銅濃度の平均値は30mg/kg(Adriano, 2005)だが,LUCAS調査地点におけるEUの土壌の銅濃度の平均値は16.86 mg/kgで,範囲は0から496.3mg/kgであり,世界平均の約1/2であった。
  • 針葉樹林土壌の銅濃度の平均値は,他の土地利用/土地被覆よりも有意に低く,9.37mg/kgであった。
  • 広葉樹林の土壌の銅濃度の平均値は17.66mg/kg,耕地(穀物,根菜,非永年性工芸作物,乾燥豆課・野菜・花では13.02〜20.28mg/kg,草地と飼料作物では18.23〜19.35mg/kgで,これらは似通った値を示した。
  • これらに対してブドウ園,オリーブ園と果樹園の土壌の銅濃度の平均値は,それぞれ49.26mg/kg,33.49と27.32mg/kgで,他の土壌よりも有意に高い銅濃度を示した。
  • 各土地利用/土地被覆のサンプル数に占める表土の銅濃度が100 mg Cu/kgを超過した割合は,全体を概観して2.3%未満で低いが,ブドウ園14.6%,オリーブ園4.8%と果樹園3.4%の3者は有意に高かった。
  • ブドウ園の平均銅濃度には,国間で大きなバラツキが存在した。フランスではブドウ園の銅濃度が最も高く,平均値は91.29mg/kgで,サンプルのほぼ半分は100mg/kgを超えていた。イタリアでは,土壌の性質(有機態炭素とpH)がフランスに似た土壌の地域では,平均銅濃度は71.90mg/kgであった。これと対照的に,イベリア半島の国々(スペインやポルトガルなど)では,平均銅濃度が非常に低かった。ルーマニアでは,ブドウ園は,主に南東地域に存在するが,平均銅濃度は64.87mg/kgと高かった。ドイツではブドウ園の平均銅濃度も比較的高く(54.69mg/kg),それは主に,ラインヘッセン・プファルツ地方からのサンプルに由来した。

●銅の環境と健康へのリスク

  • EUレベルでは,土壌中の銅濃度の閾値濃度(バックグラウンドレベルを超えて汚染とみなす下限濃度)やガイドライン濃度(生態系や人体の健康に害を生ずる濃度)についての共通合意はなく,銅による深刻な土壌汚染が生じている国が個別に法的に規定している。ハルハヴァルタの溶鉱炉の存在するフィンランドと,その影響を受けている隣国のスウェーデンは,銅汚染について,同一の法律によって,土壌中の銅濃度の閾値を100mg/kg,生態系に影響を及ぼすガイドライン値を150mg/kgと規定している。
  • 因みに日本では,国際的にみてユニークな規定を行なっている。すなわち,銅鉱山の野積みした鉱滓から雨で溶出した銅などが河川に流入して,その水を灌漑水に利用した水田で土壌に高濃度の銅の蓄積が生じて,水稲生産に障害が生じた。このため,「農用地の土壌の汚染防止等に関する法律」(1970年法律第139号)によって,土壌(田に限る)中の銅濃度が125mg/kg未満と規定している。
  • 一般にヨーロッパでは,全般的に銅濃度が低いために,表土から銅が水系に溶脱するリスクは限られている。しかし,地中海地域のブドウ園の大部分は伝統的に急峻な斜面に位置しているため,銅殺菌剤の集約的施用を受けて,水食を受けることによって,多量の銅が圃場から表面流去水や侵食された堆積物に移動し,河川システムに放出される可能性がある。これまでも,フランスのブドウ園から河川システムへ土壌銅が放出されて,平均濃度が53.6?g/Lになることが報告されている。この濃度は,無汚染淡水についてのアメリカ環境保護庁によって提案されている閾値(0.2〜30?g/L)を超えている。
  • 2003年にイタリアの16のワイン農場を調べた結果,ロンバルディア,トレンティノアルトアディジェとエミリアロマーニャで採取したブドウの13%が,食品の最大許容残留レベル(MRL)の20mg/kgを超えていたことが報告されている。同じ研究で,ワインサンプルの18%のワインの銅濃度が,EUの法律で規定されている最低最大許容残留レベルの1mg/Lを超えていたことが報告されている。
  • 土壌への銅の蓄積は,細菌からミミズまでの土壌生物群集に影響する恐れがある。特にミミズは,銅をその組織内に蓄積する傾向があって,銅濃度の高い土壌を回避しているので,個体数が少なくなっている。
  • ボルドー液を施用して日本の甲州種を栽培している山梨県勝沼地方で,開園から40年超までのブドウ園を現地調査した結果によると,銅は作土に顕著に集積し,作土の平均全銅濃度は,洪積土で258mg/kg,沖積土で203mg/kg,火山灰土で182mg/kgで,開園後の経過年数に比例して増加し,1年間にほぼ10mg/kgの割合で蓄積している結果であった。

 また,銅濃度の異なる土壌を充填したポットで2年生の甲州種の若木を定植して6か月間栽培したとき,土壌中の全銅濃度が400mg/kg以上の場合,細根中の銅濃度はほぼ600μg/g以上となり,著しく根の機能を阻害し,生育が抑制された。実態調査ではこれに匹敵する銅濃度のブドウ園が20% 程度存在していた。そこで生育阻害が生じているか否かは判定できなかったが,今後とも銅蓄積が進むことと考え合せて,これらのブドウへの影響は軽視できないと考えられた(日向進 (1981) 山梨県勝沼地方に細けるブドウ園土壌の蓄積銅の実態について.日本土壌肥料学雑誌.52: 347-355 )。

●おわりに

 環境保全型農業レポート「No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤」に紹介したが,有機農業での使用が,石灰イオウ合剤と同様に認められているボルドー液でも,集約的な使用によって,環境基準を超える土壌蓄積が生じて,今後深刻な影響がでることが懸念される。持続可能な薬剤の使用を,有機農業でも真剣に考える必要があろう。