No.127 意外に事故の多い石灰イオウ合剤

●石灰イオウ合剤

 有機農産物に使用が認められている農薬である石灰イオウ合剤は,精製イオウと生石灰に水を加え,加圧反応釜を用いて150℃前後で1時間加熱した後,熟成させてから不溶物をろ過で除去したものである。この過程でカルシウムにいろいろな数のイオウが結合した多硫化石灰が生ずるが,そのうち五硫化石灰(CaS5)が有効成分とされている。五硫化石灰は散布されると,葉の上で酸化されて種々の酸化物が生じる際に微粒子のイオウが生じ,これが殺虫殺菌力を発揮すると考えられている。果樹類のハダニ類,カイガラムシや各種の病害,ムギの赤かび病などの病害に使用されている。普通物で毒性は問題ないが,アルカリ性が強い。

●日本農村医学会による農薬中毒(障害)の調査

 日本農村医学会は2001〜03年度の3か年にわたって農薬中毒(障害)臨床例を学会員および学会関連医療機関にアンケート調査した(西垣良夫ら (2005) 日本における農薬中毒(障害)臨床例全国調査(2001〜03年度)日本農村医学会雑誌.54(2): 107-117.同学会のホームページから入手できる)。

 日本農村医学会は,「農薬中毒(障害)とは,農薬により発症した,いわゆる急性中毒,慢性中毒のほか,皮膚障害,眼障害,遅発性神経障害,農薬中毒(障害)後遺症など,すべてを含むもの」としている。

 3か年に回答された農薬中毒(障害)の症例総数は194件であった。このうち,最も多かった症例は自殺で144件,74.3%も占めていた。また,誤飲・誤食が14件,7.2%を占めていた。これらは農作業とは直接関係しない。

 調査では,農作業中に生じた症例を「散布中など」と呼称し,合計で33件,17.0%を占めていた。その内容は,「散布中」28件,14.4%,「散布準備・後始末中」5件,2.6%,「散布後の田畑・ハウス内」0件,0%であった。

●「散布中など」の症例の内容

 「散布中など」の症例は,防備不十分44%,慣れ・安易な考え19%,知識不足14%,本人の使用上の不注意12%などによって生じたと解析されている。

 「散布中など」で症例を起こした農薬の分類名をみると,有機リン系殺虫剤が21%を占めているものの,広汎な種類にまたがっていた。その中で石灰イオウ合剤が多くはないが,10%を占めていた(表1)。

 そして,1998〜2003年の6年間のデータから散布中などに生じた症例で,農薬と診断名が明らかなケースをみると,石灰イオウ合剤では8例が明らかだが,その7例が化学熱傷,1例が眼障害であった。石灰イオウ合剤はアルカリ性で,やけどに類似した症状(化学熱傷)を起こしやすい。低濃度のアルカリでは麻酔作用が生じて,気づきにくいことが多い。しかし,石灰イオウ合剤が付着したら直ちに石けんと水で15分以上洗浄することが必要であり,付着してから1時間以上経過してから洗浄しても効果がない。報告書は石灰イオウ合剤が付着したら,自覚症状がなくても,直ちに洗浄すべきであることを農業者に周知して,直るのに時間を要する化学熱傷を減らすことが望まれることを強調している。

 石灰イオウ合剤は「有機農産物の日本農林規格」で有機農産物に使用が認められている。有機栽培で認められていると,安全性の高い農薬として認識され,不適切な使用によって,障害が起きやすいとあまり意識されていないのではなかろうか。使用に際しては注意が必要である。