No.355 有機作物生産は慣行農業より収益性が高い

●はじめに

有機農業による作物単収は慣行農業よりも低く,そのため,有機農業は慣行農業よりも収益が少ないと思われがちだが,実は,有機農産物の価格プレミアムによって,慣行農業よりも高い収益性を上げている。そのことをまとめた下記の研究を紹介する。

D.W. Crowdera and J. Reganoldb (2015) Financial competitiveness of organic agriculture on a global scale. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 112: 7611-7616,

および上記の補足情報
D.W. Crowdera and J. Reganoldb (2015) Supporting Information. 9pp.

●研究方法

今回紹介する研究は,下記の方法によって分析している。

A.文献の選定

文献データベースで有機農業と慣行農業の経済的パフォーマンスに関する文献を選び出し,さらにその研究報告の引用文献欄からも関連の深そうなものを選定し,下記の条件を満たす129の研究報告を吟味した。
その条件は,(1)有機農業と慣行農業の総収益と生産コストを報告しているもの。(2)有機農業と慣行農業のそれぞれに,少なくとも3反復を設けているもの。(3)有機農業は有機認証組織の承認を得ているもの。(4)慣行農業は,標準量ないし推奨量の合成農薬や化学肥料を使用しているもの。(5)データが未報告であること。(6)有機農業と慣行農業の空間的規模や時間的経過が比較可能なものであること。(7)農業の実施に政府の補助金を受けていないものであること。
これらの条件を全て満たした研究は44で,55の種類の作物,5つの地域(アジア[インド,トルコ,キルギスタン,フィリピン],ヨーロッパ,北アメリカ,オセアニア,南アメリカ)のものであった。この44の研究報告についてメタ分析を行なった。

B.測定値の差の計算

作物の種類別 (n = 91)と作付体系別(複数の作物による輪作体系別(n = 84)に分けて,44の研究報告の有機農業と慣行農業の次の経済パラメータを比較した。

(1)生産の費用総額。
(2)変動費:生産した作物の量によって変動する費用で,労働費用や資材費用など。
(3)固定費:生産された作物の量によって変動しない費用。
(4)人件費:労働者に支払われた賃金や手当。
(5)価格プレミアム(割増価格)「あり」での総収益。
(6)価格プレミアム(割増価格)「なし」での総収益。
(7)価格プレミアム「なし」での費用便益比率(収益/費用)

(注) 費用便益比率(収益/費用):総収益を費用総額で除した値。

(8)価格プレミアム「あり」での費用便益比率(収益/費用)
(9)有機生産物の価格プレミアム「なし」での正味現在価値

(注)正味現在価値:各研究について計算した純収益(総収益−費用総額)の値を,割引率6%として算出した額。

(10) 有機生産物の価格プレミアム「あり」での正味現在価値。

各研究報告における慣行農業でのパラメータの値を1.000として,有機農業で相対値を計算し(有機農業での値のほうが小さければマイナス値,大きければプラス値),メタ分析を行なった。分析結果は平均値も計算してあるが,主に中央値で考察した。

(執筆者注)メタ分析については,環境保全型農業レポート「No.257 有機食品と慣行食品の安全性と品質をめぐる意見の対立」を参照

●分析結果

分析の結果,主要な次の結果がえられた。

(a) 生産の費用総額,変動費および固定費は,有機農業と慣行農業の作物の種類または作付体系別によって有意差を示さなかった。

(b) 人件費(変動費の一部)の中央値は有機農業のほうが有意に高く,作物種類別の平均で13%,作付体系で7%高かった。

(c) 有機農業では,雑草や害虫などの有害生物防除を機械などで行なうのに加えて,市場開拓で生産物の加工なども行なっているために,人件費は高かったが,化学合成の農薬や肥料といった購入資材の費用がほぼないので,人件費の分が相殺された。

(d) 有機生産物の価格プレミアムがないと,総収益,費用便益比率および正味現在価値は,有機農業のほうが慣行農業に比べて有意に少なく,作物種類別の中央値でそれぞれ-10%,-7%と-23%,作付体系別の中央値で‐18%,-8%と-27%であった。

(e) 実際の価格プレミアムを入れると,総収益,費用便益比率および正味現在価値は,有機での値が有意に高く,作物別の中央値でそれぞれ21%,24%と36%,作付体系の中央値で9%,20%と22%高かった。

(f) これらの結果は,有機農業での収量が十分あって,慣行農業の場合と費用が類似していて,価格プレミアムがあれば,これらの組合せによって正味現在価値や費用便益比率は,有機農業のほうが慣行農業よりも高いことを示している。

(g) 実際の価格プレミアムの中央値は,有機農業の作物種類の平均で32%高く,有機作付体系(作付体系に組み込まれていた作物の種類の全体の平均)で慣行農業よりも29%高かった。

(h) 有機農業の作物や作付体系の正味現在価値の中央値が,慣行農業のものと一致するのに必要な損益分岐点の価格プレミアムは実際の価格プレミアムよりも低く,作物種類の平均で5%,作付体系の平均で7%であった。これだけ有機生産物の価格が有利であれば,有機への3年間の転換期間に価格プレミアムがなくて不利とされているものの,この期間の損失はその後に十分回収できる。つまり,転換期間に価格プレミアムがないことから,農業者の有機農業への転換を躊躇する必要がないことを示唆している。

(i) 有機対慣行の正味現在価値や費用便益比率が,9つに分けた作物グループ中,穀物,繊維作物と油料作物で最も高いのに対して,飼料作物,野菜,その他で最も低かった。

(j) 有機農業の作物を1年間だけ栽培するよりも,様々な輪作体系で長期に栽培したほうが,収益性が高かった。

(k) 以上の結果が示すように,価格プレミアムが有機農業の経済性にとって重要な要因であった。

(l) 今後,有機農業による土壌侵食防止,硝酸の溶脱防止,生物多様性保全などの外部経済効果の発揮に対して,農業者に奨励金を支給すれば,有機農業の助長が図られよう。

●おわりに

こうした結果が,全ての有機農業経営体で成立するかは疑問である。特に日本の有機農業のように,世界的にみれば極端に小規模な経営体でも成立するか,経営面積別の収益が実際にどれほどかなどは疑問である。わが国の有機農業経営体についても,この種の研究がもっと多数実施されることが切望される。