●農薬ミストの圃場外流出問題
オランダでの研究で,耕地に散布した農薬の9.5%が圃場外の大気,表流水,土壌や地下水といった環境に流出しており,9.5%の大部分(95%)は散布時のドリフトや気化によって大気に逃げていると試算されている。このため,特にスピードスプレーヤなどによる果樹へのミスト状農薬の散布にともなう,農薬の圃場外流出削減に大きな関心が寄せられている。
●北イタリアのブドウ園における農薬ドリフトへの懸念
北イタリアのアルプス山麓にあるプロセッコのコネリアーノ・ヴァルドッビアーデネ地域は,古くからブドウとワインの生産を活発に行なっている。この地域の面積は約21,500 haで,15の市町村からなり,全体で15万人が居住している。その約三分の一の6,500 haがブドウ園で,3,000人超の栽培者が年間ほぼ6,000万リットル,3億6000万ユーロ超のワインを製造している。
この地域は不規則な5%以上の傾斜地の多い丘陵地である。小規模なブドウ園が主体で,パートタイム農業者によって管理されているケースが多い。平地の大規模ブドウ園ではドリフトの少ない噴霧装置が使われているが,丘陵地の小規模ブドウ園では,従来からの圧縮空気を利用したスプレーヤが今なお非常に広く使用され,散布時には,水滴が雲のように広がっているのが肉眼でも見える。ブドウ園は住宅に囲まれており,農業者だけでなく住民からも農薬ドリフト対する懸念が高まっている。
●農薬ドリフトの実験条件
プロセッコにある15 haのブドウ園で,2013年8月中旬に実験を行なった。ブドウは,株間1×3 m,高さ2.5 m,株数3,333株/haで栽培されており,樹高0.9〜2.5 mの高さの範囲の葉面積密度(単位樹冠体積当たりの葉面積)は約5で,葉面積指数LAIは2.3,樹体積は0.3 m3/m2であった。実験中,微気象条件は気温は25-27℃,相対湿度は50-55%,風速はほぼ 0 m/sであった。
ブドウ園の側面はブドウ列に平行した自生樹木の生垣で,長さ80 mで高さ5-6 m,厚さは様々であった。生垣の主要な種は,プラタナス属 (Platanus hybrida Brot.),カエデ (Acer campestre L),ブナの葉に似た高木 (Carpinus betulus L)などであった。
スプレーヤは,従来型のスピードスプレーヤで,噴霧するミストの高さが5 mになるものを標準とした(高ドリフト装置)。高ドリフト装置の送風機部分を外して,ミストを噴霧する複数のノズルを高さ2.5 mまでに垂直に配置した板状噴霧装置に交換したものを,低ドリフト装置として使用した。
高ドリフト装置は,8つのノズルから加圧空気(20バール)によって農薬を高さ0〜5 mに噴射するものである。低ドリフト装置は,ブドウの側面0〜2.5 mに,14のアンチドリフトノズルから加圧空気(17バール)によって噴射するものである。低ドリフト装置では通常のノズルよりも大きな粒子の水滴を放出し,樹木に当たって細かな水滴になるようにして,圃場外に流れるドリフトを減らすようになっている。
無風時に,スプレーヤをブドウ列の間を牽引しながら,農薬の代わりに水をスプレーした。そして,スプレーヤから水平方向に0から15 mの間,および,垂直方向に0から5 mに一定の間隔で76×25 mmの感水紙カードを配置し,カードに生じた水滴のシミを虫眼鏡で,リフト量をカウントした。
●ドリフトの第一の低減方策は低ドリフト装置
高ドリフト装置では高い位置にスプレー雲が生じるのに,隣接するブドウ列はきちんと処理されず,風によってスプレー雲が圃場外に非常にドリフトされやすく,ブドウをきちんと処理するには1〜3回の走行が必要であった。他方,低ドリフト装置はスプレーヤの近くにだけスプレー雲を生じ,ブドウ列の最終列を処理した場合でも,散布量の0.1%だけが圃場外にドリフトするだけだったので,はるかにパフォーマンスが良かった。
端的にいえば,低ドリフト装置はブドウ列のカーテンを処理し,高ドリフト装置はブドウ園を処理するといえる。高ドリフト装置は環境保全を重視する現在では受け入れられず,アメリカの弁護士は裁判において,多量のドリフトをともなう農薬散布は,優良規範に違反していると主張している。
●第二の低減方策は作物自体
作物自体が第二の重要な低減方策である。ブドウは夏に葉を全開させて樹冠が連続しており,低ドリフト装置を使用すると,高ドリフト装置に比べてドリフトを約70%低減し,圃場外にドリフトする量を大幅に減らせる。
このためには次の3つの管理要件が必要である。つまり,(1)スプレーヤの作動パラメータを常にブドウの状態に合わせて調節する。(2)早春の葉の少ない時期には,ブドウ列の最後の2〜3列については空気噴出を止め,最終列は内側にだけ向けてスプレーする。(3)生育の悪いブドウ個体は直ちに植え替えて,ブドウ列カーテンの連続性を回復さる。(4)新たにブドウを植えた場合には,外側の列については,生垣がない場合には,防風ネット(例えば,プラスチックの4×4 mm目合いなどを設置する。
●第三の低減方策は処理の指示
ブドウ園の最終列を,加圧空気の噴出なしに低ドリフト装置を外側に向けて処理した場合,ブドウ列とスプレーヤの圃場外縁距離によって,圃場外へのドリフトは約74%削減される。しかし,風速,ノズルの特性や通行人の有無といった状況に注意して,加圧空気の噴出なしに処理するブドウ列を最終列だけでなく,もっと多くするといった調節を,農業者が絶えず行なう必要がある。
●第四の低減方策は生垣
生垣はドリフト低減に非常に有効である。低ドリフト装置を使用した場合,樹冠の連続した5〜6 mの高い生け垣なら,95-98%の低減が実現できる。この結果は他の国での結果と合致し,例えば,オランダで低木の生垣で5月1日よりも前に(葉は全面展開していない)70%のドリフトの低減と,5月1日後には90%の低減が観察されている。
樹木の生垣は生きた構造物であり,6〜8年サイクルで定期的に生垣を刈り込む必要がある。刈り込んだ直後には低減力が大きく低下し,その後,サイクルの終わりまで増え続ける。理想的には,生垣を2列作り,それぞれを3〜4年間隔で交互に刈り込んで,2列を合わせて高い低減力を保持するようにする。あるいは,生垣の樹冠が完全になるまで人工の防風網を導入するか,常緑種を使用することも考えられる。
●おわりに
以上は垣根栽培したブドウでの結果であるが,日本のブドウでは平棚栽培が圧倒的に多い。農薬をスプレーヤで散布する場合には,垣根状のブドウ樹がミストを低減するため,平棚栽培よりは,圃場外ドリフトを低減するのにはるかに効果が高いであろう。