●家畜ふん尿や下水汚泥のリンの利用率はどの程度か
リンは土壌に収着(吸着・固定)されやすいため,作物が吸収する量の何倍もの量を肥料として施用している。その一方で,リン肥料価格は石油価格に連動して高騰しやすい。このため,農業や生活の残渣である家畜ふん尿や下水汚泥などの,肥料としての利用の促進が推奨されている。しかし,農業・生活残渣に含まれているリンは作物による利用性が低く,かつ作物の吸収可能量の予測が難しいと考えられていることも,農業・生活残渣リンのリサイクル利用を制限している。
「フィンランド自然資源研究所」の研究者は,家畜ふん尿と下水汚泥のリンの可給性を化学肥料と比較する研究を行ない,適切に処理した家畜ふん尿や下水汚泥のリンは,化学肥料よりも作物に容易に吸収されることを証明した。その概要を下記文献から紹介する。
●実験方法
A.肥料
次の肥料を実験に使用した。
<家畜ふん尿>
(1) M1:乳牛の液状きゅう肥
(2) M2:嫌気消化(嫌気的条件で有機物を微生物分解させて,バイオガス(メタン+二酸化炭素)を生成させる処理方法)した乳牛の液状きゅう肥(中温37℃で26日間嫌気消化)
(3) M3:嫌気消化した乳牛の液状きゅう肥の堆肥(液状きゅう肥を脱水し,ピートやワラを混和して2週間40〜45℃で分解させた後,5週間後熟)
<下水汚泥>
(4) S1:下水処理プラント1の二次処理で,鉄凝集剤を添加。汚泥のFe/P比は1.6
(5) S2:プラント2の一次処理で,鉄凝集剤を添加。汚泥のFe/P比は9.8
(6) S3:プラント3で,リンを生物学的に除去。汚泥のFe/P比は0.2
(7) S4:プラント4で,リンを生物学的に除去。汚泥のFe/P比は0
(8) S1−嫌気:プラント1の下水を嫌気消化し,二次処理で鉄凝集剤を添加。汚泥のFe/P比は1.6
(9) S1−嫌気・堆肥化:プラント1の下水を嫌気消化し,二次処理で鉄凝集剤を添加した汚泥に,ピートを加えて堆肥化。Fe/P比は1.6
(10) S1−嫌気・化学処理:プラント1の下水を嫌気消化し,二次処理で鉄凝集剤を添加した汚泥を,硫酸,過酸化水素,苛性ソーダで衛生処理。Fe/P比は1.6
(11) S1−嫌気・生石灰処理:プラント1の下水を嫌気消化し,二次処理で鉄凝集剤を添加した汚泥を,生石灰で衛生処理。Fe/P比は1.6
<化学肥料>
(12) NPK:硝酸アンモニウム,リン酸二カリウム,塩化カリウムを使用した化学肥料
(13) 対照:0(無肥料),NK,NPK0.5
リン肥沃度の低い砂質の牧草地の表層土を乾物重で2.5 kg充填したポットに,上記の有機物資材と,窒素とカリの成分量を調節するために,化学肥料のNとKを施用した。NとKはPに比べて不足にならないように,Pに対して多少過剰になるように調節した。施肥レベルは3段階とした(施肥設計の詳細は文献を読まれたい)。イタリアンライグラスを播種し,グロースチャンバー(人工気象器)で栽培し,4週間後と8週間後に地上部を収穫した。
●実験結果
(1) 基本的に,作物体へのPの回収率は,家畜ふん尿および下水汚泥のほうが化学肥料Pよりも高く,家畜ふん尿P,ついで下水汚泥P、化学肥料Pの順となった。
(2) 家畜ふん尿を堆肥化すると,作物体へのPの回収率が最も高くなった(M3)。
(3) Fe/P比が1.6以下の下水汚泥(S1,S3,S4)では,作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも高かった。
(4) Fe/P比が9.8の汚泥(M2)では,作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも低かった。
(5) Fe/P比は1.6であっても,生石灰で衛生処理した下水汚泥(S1−嫌気・生石灰処理)では,作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも低かった。
(6) 嫌気消化したFe/P比1.6の下水汚泥では,作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも高いとはいえ,嫌気消化しないものに比べて,低下する傾向が認められた。そして,嫌気消化した汚泥を堆肥化しても家畜ふん尿のように,作物体へのPの回収率が大きく増加することはなかった。
●なぜ家畜ふん尿や下水汚泥のPの作物体回収率が化学肥料Pよりも高いのか
家畜ふん尿(M1,M2,M3)では,含有するPの50〜80%は水で抽出され,その大部分は無機態である。これに対して,下水汚泥では,含有するPで水抽出できるものは,最も高いもの(S3)でも15%程度で,大部分の汚泥では数%未満にすぎない。化学肥料のPは100%水で抽出できる。
家畜ふん尿Pの作物による回収率が高いのは,基本的には家畜ふん尿には水抽出性のPの含量が高いことである。しかし,化学肥料Pの100%が水抽出性なのに,家畜ふん尿や下水汚泥のほうが,作物回収率がなぜ高いのか。
化学肥料の水抽出性無機態Pは,ヨーロッパの土壌では主に土壌中の酸化鉄や水酸化鉄,日本の強酸性土壌ではそれに加えてアルミニウムによって捕捉されて,急速に難溶化されてしまう。これに対して,家畜ふん尿や下水汚泥のような有機残渣中で,有機物に保護されて土壌との直接接触を回避でき,しかも,その中の有機態リンは植物吸収に合わせて無機化されたりして,土壌に吸着されて難溶化することから,長期的にも保護されている。これに加えて,化学肥料施用では肥料成分が水に溶解して,土壌の電気伝導度が上昇するとともに,無機態窒素から生じた硝酸イオンによってpHが低下し,作物生育が低下して,P吸収にマイナス影響が生ずる。こうしたことが原因になっている。
こうした推定を支持する研究にEghball et al. (1996)の結果がある(Eghball, B., G.D. Binford, and D.D. Baltensperger (1996) Phosphorus movement and adsorption in a soil receiving long-term manure and fertilizer application. Journal of Environmental Quality. 25: 1339−1343 )。リン保持容量の高い土壌の畑で,1953年以降,肉牛ふん尿を毎年27 t/haを施用した区と化学肥料だけの区で,1993年に深さ1.8 mまでの土層における可給態リンの分布を調べた。その結果,家畜ふん尿を施用した区では1.8 m下まで可給態リンが移動していたのに対して,化学肥料しか施用していない区では約90 cmまでしか移動していなかった。この結果は,リンは有機態で移動したか,家畜ふん尿中の有機化合物と化学的に反応して移動し,土壌によるリン収着を化学肥料リンよりも受けずに,下方まで移動したと推定されている。このように家畜ふん尿などの有機物中のリンは,化学肥料のリンよりも土壌に収着されにくいことが広く知られている。
●下水汚泥のFe/P比を1.6以下に
下水処理水から多量のPが河川に排出されて富栄養化が生ずるのを防止するために,下水処理ではリンの回収プロセスを実施している。多くは鉄を含む凝固剤を使用している。ヨーロッパにおける下水汚泥のFe/Pのモル比は0.49と9.8の間で,平均は0.89である。この実験で主に使用した汚泥のFe/P比は1.6で,このFe/P比の汚泥は作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも高く,Fe/P比が9.8の汚泥(M2)では作物体へのPの回収率が化学肥料Pよりも低かった。これはPに対してFeが多量に存在すると,P原子が多数のFe原子の塊のなかに埋没してしまい,根による吸収が困難になってしまう。このため,水系の富栄養化を防止するためには,多量の鉄凝固剤を安易に使用せず,Fe/P比を1.6以下にすることが必要である。
こうしたことから,適切に処理した残渣中のPのリサイクル可能性は,これまで想定されていた知見と異なり,化学肥料のPよりも良くなりうる。ただし,下水汚泥のリサイクルでは有害な重金属の共存が問題になりやすい。
なお,上出のS3とS4のリンの生物学的除去は,ポリリン酸を細胞内に蓄積する細菌を利用してPを除去する方法である。