No.222 有機農業だけで世界の人口を養えるか?

●はじめに

食料の生産量は,養分の不足,病害虫や雑草の害,水の不足などによって抑制されている。このため,化学肥料,化学合成農薬や灌漑設備を使用できるようになって,品種改良と相まって世界の食料生産量が飛躍的に増加し,人口も増加を続けるようになった。
こうした認識が常識化している現在,化学肥料や化学合成農薬を使用しない有機農業に転換すると,世界の食料生産量は低下すると一般には理解されている。しかし,世界が全面的に有機農業に転換しても,食料生産量は減らないというより,むしろ増加し,現在の農地面積を増やさないでも,世界人口を養えるという下記のバドグライらの論文が2007年に出されて,大いに論議された。この論文の概要とその後の批判の概要を紹介する。

Badgley,C., J.Moghtader, E.Quintero, E.Zakem, M.J.Chappell, K.Aviles-Vazquez, A.Samulon and I.Perfecto (2007) Organic agriculture and the global food supply. Renewable Agriculture and Food Systems: 22(2); 86-108. DOI:

●有機農業だけで世界の人口を扶養できる〜バドグライらの研究

(1)試算の手順

バドグライらは有機農業に転換した際の食料生産量と供給量を,次の手順で試算した。

 (a) 現状における世界の食料生産量と供給量
まず2001年におけるFAO(国連食糧農業機関)の統計による食料生産量を現状における食料生産量とした。また,食料供給量は,FAOの統計値に基づいて,食料生産量から輸入量,輸出量およびロス量を除いて,人間食料用に供給された量として計算した。なお,FAOは20のカテゴリーに区分した食料生産量や供給量の数値をまとめているが,これを簡略化して10の食料カテゴリーに統合した(表1)。

 (b) 有機農業と慣行農業による収量比
作物と一部畜産物について,有機農業と慣行農業による収量を比較した実験データを既往の文献から収集した。ここでの慣行農業とは,「緑の革命」(注:第二次大戦後の1940年代から60年代にかけて,多収性穀物の品種改良と化学肥料や化学合成農薬などの使用によって,世界の穀物単収が飛躍的に向上した技術革新)によって開始された集約農業である。なお,途上国の研究で,集約的な慣行農業を比較対照としていない場合には,化学合成資材を使用した低集約方法を比較対照にした文献も対象にした。また,有機農業は認証を受けた事例に限定せず,認証を受けていない事例も含んでいる。品目別に293のデータを既往の文献から収集し,慣行農業による収量を100としたときの有機農業による収量の比を計算した。293のうち,160が先進国のデータ,133が途上国のものであった(表1)。

 (c) 食料カテゴリー別の平均収量比
品目別の有機農業の収量比を10の食料カテゴリーに配置して,食料カテゴリー別の有機農業の収量比の平均値を計算した(表1)。食料カテゴリー別としたのは,実験データのある品目は全体からみればまだ一部で,個々の品目別の計算をできないために,包括的な計算を行なったからである。なお,コムギやトウモロコシなど多数の実験データが存在する品目については,当該品目での個々の収量比データでなく,平均値を使って食料カテゴリーの収量比を計算した。また,有機農業の収量比のデータがない食料カテゴリーの場合には,植物性食料全体または動物性食料全体での平均収量比の値を使用した。

 (d) 全面的に有機農業に転換したときの食料生産量と供給量の試算
2001年の食料カテゴリー別の食料生産量に,同じカテゴリーの有機農業収量比の平均値を乗じて,慣行農業を全面的に有機農業に転換したときの食料生産量を試算した。これに現状における生産量に対する供給量の比を乗じて,全面的に有機農業に転換したときの食料供給量を試算した。
このとき,2つの試算を行なった。

モデル1は,先進国の研究で得られた有機の収量比を世界中の農地に適用した(表2)。このモデルでは,有機生産に転換されたなら,途上国での農業生産も先進国での収量比と同程度に若干低下すると仮定する。
モデル2では,先進国での研究で得られた収量比は先進国の食料生産に適用し,途上国での研究から得られた収量比は途上国での食料生産に適用するものである(表2)。両者の合計値を世界での推定値とした。

(2)有機農業の収量比

慣行農業に対する有機の食料カテゴリー別の収量比は,先進国の研究では全ての食料カテゴリーで慣行農業と同程度か若干低かった。しかし,途上国の研究では100よりも大きく,食料カテゴリーによっては約4倍に達するものもあった(表1)。

先進国における有機農業の収量比の値はイメージ的に納得できても,途上国での100を大きく超える値には納得できない人が多いであろう。この点についてバドグライらは,次のように説明している。
有機農業による平均収量比は,特定の作物や地域についての収量差の予測を意図したものではなく,慣行農業や他の生産方法に対する有機農業の潜在的収量の一般的指標であるとしている。その上,赤道付近や南半球での研究は,有機農業への転換にともなって収量が増加していることを示しているが,これらの結果は先進国でのものと比較できるわけはない。現時点では,途上国での農業は先進国でよりも一般により低集約であるため,対照区の収量が先進国よりも低い。それにもかかわらず,途上国での研究では,有機区には相対的にしっかりと養分を供給するなどの集約的生産を行なったものが多いようである。

バドグライらは,こうした有機区での高い収量は,作物輪作,カバークロップ栽培,アグロフォレストリー,有機質肥料の施用,より効率的な水管理など,集約的な農業生態学的技術を取り込んだ場合に得られると記している。そして,慣行農業は「緑の革命」による集約化によって収量を増加させたのだから,有機方法でも集約化があって良いと記している。それゆえ,表1の途上国における有機農業の収量比は,現状において行ないうる有機農業での値ではなく,集約的な有機農業を行なった場合の潜在的な値と理解できる。

(3)有機農業に転換したときの食料生産量と供給量

表2に示すように,先進国での有機農業での収量比を世界中の農地に適用した場合(モデル1)には,卵を除く食料カテゴリーで食料生産量が若干低下すると試算された。しかし,先進国については先進国で得られた収量比を用い,途上国については途上国で得られた有機農業での収量比を用いると(モデル2),途上国では収量比が100を超えるケースが多いので,生産量が現状を大きく上回った。そして,食用食料の供給量も現状を大きく上回った。

現在,世界の食料供給量は平均すると2,786 kcal/人・日になる。成人が健康を維持するのに必要な平均カロリー供給量は,2200と2500 kcal/日の間とされている。モデル1は2,641 kcal/日を供給しており,現在のカロリー供給量より若干低いものの,必要量を超えている。モデル2は4,381 kcal/人・日を供給し,現在の利用可能量よりも57%多い。この試算値からバドグライらは,有機生産が現在存在するよりもかなり多くの人口を支持する潜在力を有していることを示唆していると記している。

(4)マメ科カバークロップによる窒素供給量増加の可能量

バドグライらが,特に途上国で集約的な有機農業によって食料生産量を現在よりも飛躍的に向上できると主張するなら,途上国でどの程度の集約的な有機農業を実践できるのかという疑問が生ずる。この方策の1つとしてバドグライらは,マメ科カバークロップによる窒素固定にともなう窒素の供給量の増加の可能性を検討した。このために食用作物の栽培期間と栽培期間の間に裸地になっていたり,イネ科のカバークロップが栽培されていたりするような場合に,マメ科のカバークロップを栽培して,どれだけ窒素が富化されうるのかを試算した。
そこで,カバークロップの栽培期間中にどれだけの窒素が固定されて,その跡に栽培される食用作物にどれだけの窒素が供給されるかについてのデータを文献(温帯地域33,熱帯地域43)から収集して検討した。その平均値として,マメ科カバークロップの栽培期間に世界平均で102.8 kg N/ha(温帯地域の平均で95.1,熱帯地域の平均で108.6 kg N/ha)の窒素が次の作に供給されるという数値が得られた。なお,窒素固定量しか測定していない場合には,固定窒素量の66%が次作に可給化すると仮定した。

では,マメ科のカバークロップを栽培しうる面積はどれだけあるのか。バドグライらは全作物地面積を15億1320万haとしているが,これはFAOの統計での耕地+永年作物地の意味であろう。この作物地のうちにマメ科飼料作物を採草地などとして栽培している面積が1億7000万haで,残りの13億4320haにマメ科カバークロップを食用作物栽培期間の合間に栽培できるとしている。この全てにマメ科カバークロップを栽培すれば,平均102.8 kg N/haの窒素が次作に供給され,世界総計で1億4000万トンの窒素が供給されると試算した。現在,慣行農業で8200万トンの肥料窒素が施用されているが,全ての作物栽培地でマメ科カバークロップを栽培すれば,現在の化学肥料窒素を5800万トンも上回る窒素を供給できる。だから,集約的な有機農業の可能性はあるというのが,バドグライらの主張である。

●バドグライらの論文を掲載した雑誌の編集部による批判

バドグライらの論文を掲載した雑誌であるRenewable Agriculture and Food Systems (Cambridge University Press)は,2007年7月に刊行された同誌の22巻2号に彼らの論文を単に掲載するだけでなく,有機農業だけで世界人口を養えるか否かという関心の高い問題についての誌上フォーラム(討論会)を実施した。
誌上フォーラムと銘打って掲載されたのは,まず,論文審査員が指摘した事項に対するバドグライらの反論である。それに加えて,編集部がバドグライらの論文に強く反対すると予想した2名の者に,論文を掲載前に配送して読んでもらった上での論文に対する2つのコメントである。これらはバドグライらの論文と同時に同じ号に掲載された。このため,バドグライらは掲載された2つのコメントを事前に承知せず,反論の機会も与えられなかったことになる。
これらが掲載された誌上フォーラムの概要を下記によって紹介する。

Catherine Badgley and Ivette Perfecto (2007) Can organic agriculture feed the world? Renewable Agriculture and Food Systems: 22(2); 80-82
Kenneth Cassman: can organic agriculture feed the world?science to the rescue? Ibid. 22(2) 83-84
Jim Hendrix. Editorial response. ibid. 22(2) 84-85

(1)論文審査員の意見に対するバドグライらの反論

 (a) 輪作サイクルの長期化の考慮
バドグライらは,現在の作物栽培スケジュールを前提にして,栽培期間と栽培期間との間にマメ科カバークロップを短期間導入するだけで,有機栽培に必要な窒素肥沃度を確保できるという推定を行なった。しかし,論文審査員は,有機農業では慣行農業でよりも長いサイクルの輪作を行なっているのが通常であり,そこにマメ科のカバークロップや飼料作物を導入すれば,食用作物の栽培できる回数が減少するはずである。それゆえ,単なる面積当たりの単収比較でなく,輪作による食用作物の栽培回数の減少分を考慮する必要があるという趣旨の意見を出した。
これについて,バドグライらは次の反論を行なった。世界で重要な3大穀物のトウモロコシ,コムギとコメを例にして,有機と慣行での輪作の問題を論じた。コメは水田で通常の意味の輪作なしに生産されている。アメリカでは,コムギについて有機と慣行で輪作期間の長さに違いがあるか明かでない。トウモロコシは確かに典型的には慣行方法よりも有機でより長い輪作で栽培されており,トウモロコシが輪作影響をはっきり受ける主たる作物である。
典型的な事例では,慣行ではトウモロコシはダイズとの2年輪作で栽培され,有機ではトウモロコシ−ダイズ−コムギ+カバークロップの3年輪作で栽培されている。この2つの輪作を比較すると,3年輪作の有機では,2年輪作の慣行での67%のトウモロコシしか生産しないことになる。文献から構築したデータセットのトウモロコシの個々の収量比に0.67を乗じて穀物全体の平均収量比を計算し直すと,結果は0.93でなく0.84になる。先進国における穀物について,このより低い平均収量比でカロリー供給量を計算すると,モデル1で2,641から2,523 kcal/人/日,モデル2で4,381から4,358 total kcal/人/日に若干低下するだけである。こうしたトウモロコシについての栽培回数の修正を行なっても,両モデルとも十分なカロリー(>2500 kcal/人/日)をもたらしている。

 (b) グレーな論文
研究論文を掲載する雑誌には,ピアレビューアー(専門の研究者で構成された論文の審査員が)が内容をチェックしている学術雑誌と,審査員の専門性が必ずしも論文内容にマッチしていない機関誌などとがある。後者の中にも前者に匹敵する内容の論文もあるが,後者は一般にはグレーな論文と称されている。
論文審査員はバドグライらの論文には多数のグレーな文献が混ざっており,したがって実験の条件や結果の厳密さに疑わしい論文が多々混在している恐れがあり,得られた収量比の結果の数値が疑わしいとの問題を提起した。
これに対してバドグライらは,分析した研究の74%はピアレビューアーのいる学術雑誌のものである。それ以外の文献も採用したのは,グローバルスケールの分析を行なうには,先進国での研究だけでなく,途上国でのものも含め,できるだけ多くの地域からの研究を含めることが大切であり,そのためにグレーな文献のものも混在したが,グレーな文献だといって内容を否定すべきではないと反論している。

(2)ネブラスカ大学カスマンの反論

ネブラスカ大学カスマン教授は,過去30年間,世界の食料不足は,十分な食料を生産する能力がないというよりも,主に貧困や購買力の不足によって起きているという見方が広くなされたために,先進国と途上国の双方で農業研究に配分される資金が着実に減少してきていることを嘆いている。こうした風潮の上で,有機農業によって世界人口を養えるとする見解が広まると,ますます農業研究予算が削減されることを懸念した。そして,バドグライらの研究は次の4つの側面で科学的研究とはいえず,したがって,その結論は信頼できず,有機システムが世界を養いうるかについての疑問は答えられていないままであると反論した。
指摘した4つの側面は下記のとおりである。

 (a) 比較する慣行農業と有機農業との技術レベルをそろえる
これまでの慣行農業と有機農業を比較した研究の多くでは,有機システムについては試験を行なう場所の土壌や気象条件などに合わせた,特注的な技術セットで栽培がなされる一方,慣行システムについては当該地域の標準的ないし平均的な方法が採用されている。しかし,慣行農業者の大部分は,自らの生産環境に合わせて作物と土壌管理方法を特別あつらえしている。研究では有機システムについて特注的な注意を払いながら,慣行システムについてはそうした配慮をしていないことが多い。このため,一般的ガイドラインの範囲内において,慣行と有機の双方のシステムで,作物と土壌の管理方法の最適化を図ることについて,同程度の注意を払うべきである。

 (b) 食料生産量のパラメータを選定し直す
食料安全保障に最も関係の深いパラメータは単位面積当たりの食料生産量である。しかし,有機システムは,マメ科カバークロップのような非食用作物や収量の低い作物を含めた輪作を必要としていて,総食料生産量は輪作によって異なる。このため,単位面積当たりの収量をパラメータにするのでなく,単位面積・時間当たりの人間の可食できるカロリーないし蛋白質収量が良かろう。

 (c) 養分投入レベルを測定して必要な場合には同じにする
有機システムでは,通常,養分供給と土壌肥沃度維持を家畜ふん尿や堆肥に依存している。しかし,家畜ふん尿や堆肥からの養分放出は生物プロセスで,温度,水分や微生物活性でコントロールされている。そして,施用された家畜ふん尿や堆肥に含まれている養分の一部が,施用直後の生育期中に放出されるだけである。施用しながら栽培をくり返していると,家畜ふん尿や堆肥から慣行システムよりもはるかに多くの養分が放出されるようになる。このため,慣行システムと有機システムの比較では,慣行システムで複数の必須養分の欠乏が生じていないか,有機システムで養分過剰が生じていないかを確認し,調整することが必要である。

 (d) 適切な実験計画と処理の反復
圃場試験で得られた結果から科学的にしっかりした結論を得るためには,統計手法による検証が不可欠である。そのために,統計理論に基づいた実験計画,処理区の配置や反復が必要であり,統計基準を守っていない結果は信頼できない。
このように,カスマンは,バドグライらが論拠にした有機と慣行の収量を比較した既往の実験の科学的妥当性を問題にした。そして,バドグライらの引用した研究の多くはこうした基準を満たしていない。それ故,有機と慣行のシステム間で単に収量を比較するだけで,有機システムが世界を養えるという結論をうることは不可能であるとした。
またカスマンは,人口と所得の増加による需要増加を満たすためには2050年までに食料生産を60%超も増やす必要があり,しかも,より少ない農地と灌漑用の水でそうしなければならないとすれば,作物生産システムの「生態学的集約化」のプロセスに向けて緊急に対応することが必要であると,課題を指摘している。そのためには,既往の慣行システムと有機システムの二者択一でなく,適切な食料供給,農場家族の所得,環境の質や自然資源の保護を確保できる栽培システムを,明確に定義されたパラメータセットを頼りにして開発することが大切であり,有機システムか慣行システムに限定されるのでなく,インプット(投入物)の化学合成か否かといった起源やタイプよりは,農業システムからのアウトプット(環境インパクトを含む広い意味)に焦点を当てたアプローチが必要であると力説している。

(3)大規模農場主のヘンドリクスの反論

ジム・ヘンドリクスは,アメリカのコロラド,カンサス,ネブラスカとテキサスの高原地帯で,粗粒砂土でセンターピボットを使い,慣行の化学肥料,農薬,総合的病害虫防除,作物輪作,ミニマムティレッジを使って,トウモロコシ,食用ビーンズ,アルファルファを生産する大規模農場をいくつか経営している。それと同時に,有機で穀物とアルファルファを栽培して有機のミルクを生産する大規模な有機酪農農場も経営している。
こうした大規模農場を経営しているヘンドリクスからすると,バドグライらの研究には経営の視点がなく,販売用農業はマーケットシグナルに応答していることが全く考慮されていないと指摘している。
バドグライらは,面積当たりの単収は先進国と途上国の双方で小規模農場でのほうが高いとする文献を引用して,小規模有機農業が食料生産を増加できるかのような記述をしている。一方,我々社会の一部には,小規模な有機の家族経営農場を理想化し,大規模の商業農場を悪者扱いする見方が存在する。バドグライらの報告は,学界の一部には,有機農業に好意を持ちながら,食料生産の経済学や駆動力についての基本的な知識を有していない科学者が存在していることを例証しているものであると憤慨している。
大規模農場は,一般に,農地,労働力,機械化などを最大化して,農産物の生産コストを引き下げる努力をしている。農産物はやがて平均の生産コストで取引されるようになり,生産量が少ないために高いコストの生産者の余地はなくなっていくものだ。仮に単収が多少高いとしても,小規模農場が経営的に存続しうるかは別問題である。
バドグライらの記事は,慣行農業の大規模農場に当てこすりを行ない,有機農業は,より優れた土壌耕耘,より少ない土壌侵食で,より優れた栄養を常にもたらす先進的な作物生産方法としている。しかし,ヘンドリクスは,その考え方に対して次のように反論している。

『我々の経験では,有機のトウモロコシでは,雑草の出芽を防除するために,植え付け前と栽培期間中に土壌を耕耘する必要がある。こうした耕耘は土壌有機物を分解し,砂土の水分保持容量を減らし,風食に対する土壌の受食性を高めてしまう。これに対して,遺伝子組換えトウモロコシは,冬作カバークロップが生えている中に植え付け,その後にカバークロップを除草剤で枯らしている。その後に生育してきた雑草も機械除草でなく,追加の除草剤で防除している。こうした慣行農業方法によって土壌表面にカバークロップの残渣をカバーとして残し,土壌有機物還元量を増やしており,土壌有機物の蓄積の点では,有機方法よりも優れている。』

 ヘンドリクスが慣行の大規模農場を経営しながら,有機のミルクを生産している理由が注目される。非遺伝子組換えトウモロコシを有機で栽培すると,有機の養分源の価格が化学肥料よりも約40%高くなるが,最大の制限要因は土壌害虫である。遺伝子組換えトウモロコシなら被害を受けないが,有機ではひどい場合,収量が慣行の80-85%に低下してしまう。全体として生産コストは慣行に比べて有機では約30%高くなっている。
それでも有機ミルクを生産するのは,有機ミルクの卸値が慣行の2倍しているからである。有機ミルクの消費者は,その購入は経済的にも栄養的にも価値があると信じている。しかし,分析結果では,有機と慣行のミルクで栄養成分含量に何らの違いも証明できなかった。有機産物を購入することによって,消費者は,理想化された小規模の家族経営農場のイメージを支えているのだろう。ヘンドリクスは,いつまで有機ミルクを生産するかは経済が決めるだろうが,有機生産の倫理観や持続可能性に疑問を感じているとしている。高いコストのために,家族のミルク購入量が少なくなる。それは小さな子供に良くないだろう。子供には栄養的に同等の慣行ミルクを多量に与えたほうが良くはないのか。同じ疑問を,有機の果実や野菜についても抱いているとしている。

●ハドソン研究所エイブリーの具体的批判

バドグライらの論文に対する上記2つの批判は,いわば総論であった。しかし,アメリカのハドソン研究所(世界の安全保障などの民間シンクタンク)の世界食料問題部門のアレックス・エイブリー研究教育部長が,バドグライらの論文について具体的な指摘を行ないながら批判する記事を,Renewable Agriculture and Food Systemsに送付した。同誌編集部は,2007年12月に刊行された同誌の22巻4号にその記事を掲載し,同時に,同記事に対するバドグライらの反論も掲載した。
まずエイブリーの批判を紹介する。

Alex Avery (2007) ‘Organic abundance’ report: fatally flawed. Renewable Agriculture and Food Systems: 22(4); 321-323.

エイブリーの批判は次の5点である。主要論点を紹介する。

 1. 非有機の収量を有機としている。
バドグライらが有機農業として扱った105-119の研究は有機ではなく,引用された「途上国」での収量の11-21%だけが実際に有機農業のものにすぎなかった。バドグライらは,途上国での有機農業の収量比のデータの多くを,イギリスのエセックス大学のプリティー教授らの世界における持続可能農業による食料不足削減に関する文献調査結果から得た (J. Pretty and R. Hine (2001) Reducing Food Poverty with Sustainable Agriculture: A Summary of New Evidence )。この資料は有機農業だけを対象にしておらず,著者のプリティーとハインが対象にした208の研究のうち,有機はたった14だけであると明確に記述しているにもかかわらず,バドグライらは70も有機として扱った。

 2. 有機収量を代表値とはいえない非有機収量と比較している。
途上国についての驚くほど高い収量比は,比較に使用した非有機の収量が一般的でないほど低いためであり,レッドフラッグものである。例えば,バドグライら.は,ペルーの有機ジャガイモの非有機に対する収量比が4.40数値を採用した。これだけ高い収量比ならさぞかし有機ジャガイモの絶対収量が高いと期待される。しかし,有機の収量の絶対値は8,000から14,000 kg/ha,平均で11,000 kg/haという。この値を収量比4.40で除すと,平均で2,500 kg/ha程度となる。FAOによるペルーの2000年の慣行による平均ジャガイモ収量は11,221 kg/haだが,これに比べて慣行収量が低すぎる。

 3. 同じ研究プロジェクトでの有機の収量を2度3度や5度もカウントしている。
同じ長期試験の収量をくり返しカウントしている多数の事例がある。

 4. 同じ研究から,好ましくない作物収量を割愛し,好ましい収量を採用している。
バドグライらの報告は,研究のなかの特定の有機作物の好ましい収量を報告し,同じ研究に報告されている他の作物の好ましくない収量を割愛している。ジャガイモ,コムギやトウモロコシでの研究などで,こうした事例が見られる。

 5. 収量結果を誤って報告している。
バドグライらは,レガノルドらの報告 (Reganold, J.P. et al. (2001) Nature 410: 926 – 930) で,有機リンゴが慣行と同じ収量(収量比は1.00)を達成したと報告した。しかし,元の研究では有機リンゴは非有機収量の93%だけであった(収量比は0.93)。
これらの指摘点が的を射ているなら,バドグライらの研究は,エイブリーの表現する「この数10年間で恐らく最も厚かましい研究」となり,全く信用できなくなってしまう。

●バドグライらの反論

上記のエイブリーの批判に対してバドグライらが反論した。その要点を下記によって紹介する。

C. Badgley, I. Perfecto, M.J. Chappell and A. Samulon (2007) Strengthening the case for organic agriculture: response to Alex Avery. Renewable Agriculture and Food Systems: 22(4); 323-327

 1. 非有機の収量を有機としている。
バドグライらは,前出した2007年の報告の序文において,特に途上国での有機農業についての研究報告が少ないため,途上国については,有機農業の範囲を多少拡大していることを述べている。

『ここでの「有機」という用語は,農業生態学的,持続可能または生態学的とか呼ばれる農業方法を指し,天然(非合成)の養分循環プロセスを利用し,合成農薬を排除するか滅多に使用せず,土壌の質を維持ないし再生するものを指す。こうした方法としては,カバークロップ,家畜ふん尿,堆肥,作物輪作,間作,病害虫の生物防除が含まれる。我々は我々のデータを特定の認証基準に限ったりせず,非認証の有機的事例も我々のデータに含めている。』

 つまり,認証を受けた有機農業に限定せず,多少化学合成資材などを使用していても,上記の方法を使用して有機農業に近いものも含めているのである。それゆえ,バンドグライらは,途上国で通常行われる有機農業に比べて,彼らの定義した有機農業は,有機投入物のより多い,集約的有機農業に位置づけている。
そして,プリティーとハインがまとめた資料はもとより有機農業に限定してなく,いろいろな方式の持続可能農業を対象にしている。そして,バドグライらは,同資料から引用した70のケースは,農業生態学的ないし有機の原則をかなり使用していて,有機に近い方法を実践している農場のものと判断できるものであった。それゆえ,収集したデータはバドグライらの有機農業の使い方と合致していると考えている。

 2. 有機収量を代表値とはいえない非有機収量と比較している。
こうしてバドグライらは,途上国については,集約化した有機方法の研究を,主に伝統的な低投入で収量の低い農業の研究と比較した。そして,将来の研究のポイントを有機の集約化によって改善を図ることに置いている。
ペルーの慣行農業でのジャガイモ収量レベルが低すぎるということを問題にしたが,この例はプリティーとハインがまとめた資料から採用したもので,高標高の限界環境でのものである。バドグライらは,いろいろな食料カテゴリーについて平均収量比を評価するために多数の事例を調べたのである。
(紹介者の私見を述べれば,国のなかでも収量レベルに大きな地域差があるときに,慣行収量として,国の平均値に近い例だけを採用するのはおかしいといいたかったのであろう。)

 3. 同じ研究プロジェクトでの有機の収量を2度3度や5度もカウントしている。
例えば,アメリカで有機農業を研究しているロデール研究所での長期圃場試験では,慣行区,家畜ふん尿有機区,カバークロップ有機区の3処理でいろいろな作物を栽培している。試験は1981年に開始されたが,圃場設計は数回変更されて1991年以降は安定した。この試験のなかで常に3処理区のデータがそろっているトウモロコシとダイズのデータをバンドグライらは使用した。そして,慣行区と家畜ふん尿有機区,および,慣行区とカバークロップ有機区のペアを別のデータ系列として扱った。そして,この長期試験の結果と他の場所での長期試験を合わせて,実験結果が異なる研究者によって異なる時期に発表されている。それらは同じ値ではなく,異なった値を示しており,それらを別のデータとして扱ったのであり,同じデータをくり返し使ったのではない。

 4. 同じ研究から,好ましくない作物収量を割愛し,好ましい収量を採用している。
この批判は正しくなく,特に先進国の研究については有機の収量比に多数の低い値の例も採用している(ミシガンのコムギ0.55,オンタリオのトマト0.55など)。バイアスを極力排除して,代表的サンプルを収集する努力を行なっているとバドグライらは記している。
ドイツでのジャガイモの例をバドグライらが採用したのに,類似した設計でアメリカにおいて改めて行なわれた試験は,家畜ふん尿,堆肥,緑肥とともに最小限の化学肥料を施用していたので,先進国なので有機として採用しなかった。
また,デニソンら(Denison et al. (2004. Field Crops Research 86: 267-277)が行なった研究で,トウモロコシの有機の平均収量比の0.66を割愛したことを指摘された。こらのデータを我々のデータセットに加えると,穀物での平均収量比が若干減少するが(少数第3位),研究の全体的結論に影響するものではない。

 5. 収量結果を誤って報告している。
指摘されたレガノルドらの報告には,93%という数値は報告にもオンラインでの補足資料にもない。レガノルドらは3つの処理区でのリンゴ収量結果を図で示し,数値結果を示していない。そして,3つの処理区は全て類似した収量を示したと記述しているので,バドグライらは収量比を1.00とした。1.00の代わりに,0.93の数値を使ったとしたら,果実カテゴリーの平均収量比は0.035だけ減少して0.92になるが,そうしたとしてもバドグライらの結論には影響ないと記している。

●ド・ポンティらの再検討

バドグライらは,途上国で厳密な意味での有機農業での研究が少ないため,有機農業に近いと考えるものを集約的有機農業と位置づけて,そのデータを採用した。そのことの是非が論争の最大ポイントである。2012年になってより新しい研究を対象にして,厳密な意味での有機農業でのデータに絞って,収量比を再検討する研究が2つ公表された。
その1つとして,オランダのド・ポンティらは,検討対象とする文献を再吟味した上で,バドグライらの研究を批判した(de Ponti T., Rijk, B. and van Ittersum M. K. (2012) The crop yield gap between organic and conventional agriculture. Agricultural Systems 108 1- 9 )。

ド・ポンティらも,文献データベースで2010年9月時点まで検索した文献や,他の研究者の引用文献から,有機農業と慣行農業による収量比較を行なった研究事例を収集した。その際,対象文献は1985年以降の食用作物と飼料用作物に関するもので,有機農業についてはIFOAMの有機農業の基準に合致すると考えられるものとした。そして,慣行と有機の対になるデータがあって,収量データが先進国では地域の平均を大きく下回っておらず,途上国では当該国の優良農業規範による収量を大きく下回っていないものとした。これに加えて,世界中の有機農業の研究開発を実施している組織や個人から提供されたデータで上記の条件を満たしたものとして,新たに10の文献も追加した。その結果,合計約150の文献から得た362のデータを分析した。なお,バドグライらの採用した293のデータのうち,ド・ポンティらのデータ選定基準を満たしたのは42 (14%) だけであった。また,途上国でのデータは362のうちの9%だけであった。

バドグライらは,慣行農業での収量を100にしたときの有機農業での収量比が,先進国では100未満なのに,途上国では100を超え,作物全体での値が世界全体では133になるとした(表3)。しかし,ド・ポンティらの結果は世界全体で80(標準偏差は21%)であった。そして,世界の地域別にみると,平均収量比が100を超える地域はなく,最も低いのは北ヨーロッパで70,最も高いのはアジアで89,先進国で79,途上国で84であった。こうした結果からド・ポンティらは,バドグライらの結果で途上国での多くの有機収量比が100を超えていたのは,慣行収量が当該地の優良規範でのものよりもはるかに低いために生じたのであり,有機農業と慣行農業の相対的代表値を示していないと批判した。

ド・ポンティらは,有機農業の収量比について次の仮説を抱いていた。すなわち,慣行農業が化学肥料や化学合成農薬の十分かつ適正な施用によって,収量が水によって制限される潜在収量に近づくほど,養分不足や有害生物の被害を受けやすい有機農業と慣行農業との間収量ギャップが大きくなると仮定していた。検討したデータセットについて,慣行の収量レベルと有機の収量レベルとの関係を調べてみると,データ数が十分あった,コムギ(全データ)とダイズでのみだが,慣行収量が増えるほど,有機の収量比が低下するという統計的に有意な回帰直線が得られた。また,世界的にみて非常に集約度の高いオランダとデンマークを合わせた有機の平均収量比は74に対して,他の国々での値は81で統計的に有意な差を示した(P=0.019)。
収量レベルが高い慣行農業では,養分ストレスが低く,病害虫が良く防除されているはずで,そうしたことを有機農業で達成することは難しい。有機農業ではこれを如何にクレアするかが大きな課題であるとド・ポンティらは指摘している。

●ゾイフェルトらの再検討

カナダのゾイフェルトらも,ド・ポンティらと同様な再検討を行なった。

V. Seufert, N. Ramankutty1 and J. A. Foley (10 May 2012) Comparing the yields of organic and conventional agriculture. Nature 485: 229-232
このゾイフェルトらの研究については,有機と慣行農業で作物の収量差をもたらしている要因(作物種類,栽培条件など)の視点から,既に紹介した(環境保全型農業レポート.No.211 有機と慣行農業による収量差をもたらしている要因 )。この論文を有機農業が世界人口を扶養できるかという視点で改めて紹介する。
ゾイフェルトらは次の選定基準の下に文献を検索した。

(1)「本当の」有機栽培,つまり,認証された有機管理のシステムと,比較対照となる慣行管理とのペアのデータがそろっており,
(2) 有機と慣行の両システムが時間的空間的に比較可能な研究で,
(3) サンプルのサイズと誤差を報告している(または計算できる)研究だけを選定した。その結果,1980〜2009年に刊行された66の研究を選定した。

研究の実施された場所は62か所,有機対慣行の収量比較は316事例,作物種は34であった。
慣行農業での収量を100にしたときの有機農業の収量比は,全作物の平均値75(95%信頼区間は71から79)であった。有機農業の収量比を先進国と途上国で比較すると,先進国では81(77から84)に対して,途上国では57(52から62)と,相対的に先進国で高く,途上国で低かった(表3)。

●バドグライらの研究に対する批判

ゾイフェルトらは,補足資料のなかで,バドグレイらの研究が途上国において有機農業の収量比が100を超える高い結果を得たことに対して,これまでに何人かの人達によって次の意見が出されていることをまとめている。

(1) 慣行システムで窒素投入量が低いにもかかわらず,有機システムには家畜ふん尿を多量投入した。
(2) 比較する慣行システムの収量として,代表的でない低いものを使用した。
(3) 輪作に非食用作物を導入したことにより,その分だけ食用作物の栽培が減り,年間の食用作物の収量が低下することを考慮しなかった。
(4) 最適な管理方法を考慮した上で同等量の養分を施用したのではないシステムで比較した。
(5) 有機でない収量も有機区に含めて,無理な比較を行なった例もあった。
(6) 高い有機収量結果を重複カウントした。
(7) 信頼性の確認されていないグレーな文献を,きちんとした実験デザインと統計処理を行なった文献と同等に扱った。

ゾイフェルトらはこうした点を避けるように文献を取捨選択したとしている。

●おわりに

有機農業では養分不足や病害虫・雑草の被害などによって収量が抑制されてしまう。化学肥料や化学合成農薬の普及によって,第二次大戦後世界の食料生産量が飛躍的に向上した事実は否定できない。それゆえ,有機農業だけで世界中の食料が増産できると考えるのは無理といえる。
しかし,慣行農業と有機農業の収量比には国によって違いがあって不思議はない。ド・ポンティらは,化学肥料や化学合成農薬の十分かつ適正な施用した慣行農業を実施して,収量が水によって制限される潜在収量に近づくほど,養分不足や有害生物の被害を受けやすい有機農業と慣行農業との間収量ギャップが大きくなることを示した。その裏返しは,化学肥料や化学合成農薬の施用レベルの低い国では,有機農業に転換しても収量減少が少ないことになる。

途上国のなかには,化学肥料や化学合成農薬を全面的に輸入に依存していて,農業者の所得からみて資材費に高額を要するケースが少なくない。そうした途上国で無理に化学資材を購入して多少生産量を増やすよりも,地域の有機物資源を循環利用した有機農業の方が収益を増やすであろう。今後とも,石油資源の減少や為替危機にともなう化学資材の高騰の可能性は絶えず存在する。1997年前後に生じたアジア通貨危機で東アジアや東南アジアの各国の通貨が下落して,輸入資材の価格が上昇し,農業者が化学資材を購入しづらくなり,コメなどの単収が落ち込んだ。こうした危機の際には,地域の有機物資源を活用した有機農業の方が経営安定化に貢献できよう。

ところで,バドグライらは,途上国で通常行なわれる有機農業に比べて,有機投入物のより多い,集約的有機農業の今後の展開に大きな期待を寄せている。そして,その1つの方策として,マメ科のカバークロップを作物の栽培期間と栽培期間の間に植えれば,化学肥料を使用せずに必要な窒素供給を確保できると主張した。しかし,これは欧米温帯圏での発想で,熱帯・亜熱帯圏ではかなり無理と考えざるをえない。
通常のマメ科牧草は,寒冷少雨な気象の弱酸性から弱アルカリ性の土壌で良く生育できる。しかし,熱帯・亜熱帯圏には高温多雨の気象で,強酸性でしかもリン酸欠乏の土壌が多い。こうした土壌はマメ科牧草に適していない。そのうえ,生物学的窒素固定にはリン酸が必要であり,リン酸欠乏土壌では窒素固定はろくに生じない。それゆえ,マメ科カバークロップによる窒素供給によって有機農業の養分確保ができると期待するのは単純すぎるし,逆にリン酸確保という別の問題を提起している。

世界の食料供給を有機農業だけでできないなら,有機農業の意義がなくなってしまうのだろうか。そんなことはない。資源の賦存量や環境保全の必要性からみた今後の農業のありかたとして,有機農業はその1つなのである。