No.230 所得減少や価格上昇で有機ミルクの購入が減少

●2007〜2009年の金融・財政危機

2007年のサブプライムローン問題に端を発したアメリカにおけるバブル崩壊と,2008年9月15日の投資銀行のリーマン・ブラザーズの破綻とを軸にして,世界的に2007年12月〜2009年6月に金融・財政危機が生じた。図1に示すように,それまでは主要国における失業率が低下傾向を示していたのが,程度の差はあるが, 2007年から2009年の間に主要国では軒並み上昇したことからも,金融・財政危機の一端がうかがえる。危機は完全に過ぎ去ったとはいえないが,2007年からの危機は2009年6月に一応終わったとされている。

アメリカの家庭の所得(インフレーション調整後の額)の推移をみると,2007年をピークに伸びていた所得が2008年に大きく減少し,2009年に減少程度がわずかになった。このことから金融・財政危機が一段落したといわれるのだろうが,所得は2010年からまた急激に減少しており,経済不況は容易には好転しそうにない。

因みに,日本の世帯の平均年間所得(厚生労働省国民生活基礎調査)は1996年以降下がり続けており,2009年に下げ止まったかと思えたが,2010年に再び下がっている(図3)。

●ニールセン社の消費者の消費動向調査

ニールセン社はアメリカに本社を置く会社で,世界100か国を超える国々の消費者の消費動向を,モニターからの実際の購入情報を基に集約している。企業などは当該商品の市場調査結果を購入して,企業戦略の策定に活用している。その主力となっている調査はモニター家庭の調査で,ニールセン・ホームスキャンNielsen Homescanと呼ばれている。

商品カテゴリーごとに,消費者モニターからなるパネルを形成している。例えば,アメリカの食料品についての消費者パネルは,アメリカ本土の48州から,人口統計学的および地理的配慮に基づいて選んだ家庭である。パネリストは,買い物をすると,商品のユニバーサルコード番号,購入した量,支払った金額,購入期日,バーゲン情報などの食料購入記録を,スキャナーとパソコンを使ってインターネットで送信する。データは日々の取引データであり,全ての食料販売店での購入が対象である。ただし,レストランを含む外食店や,学校での購入は対象外である。

ニールセン社にデータを報告する作業には時間を要するので,全ての購入品を報告できないなど,家庭のなかにはミスを犯すケースはありうる。しかし,ニールセン社の調査でのミスの程度は,所得や雇用状態に関して政府が行なっている調査でのミスと同程度であることが確認されている。なお,以下に紹介する研究は,24,110人のパネルから得たニールセン・ホームスキャンのデータである。

●アメリカでの液体牛乳消費動向調査の報告書

アメリカ農務省の経済研究局は下記の報告を刊行している。

Diansheng Dong and Hayden Stewart (2013) Households’ Choices Among Fluid Milk Products: What happens when income and prices change? Economic Research Report Number 146. 36p.

この報告書は,2007年12月〜2009年6月の経済不況によって家庭の所得が減少し,食料品価格が上昇した際に,アメリカの家庭が液体ミルクの購入についてどのような変更を行なったのか,これからも経済不況が再来した際にはどのような購入変化を起こしうるのかを,2007〜08年のニールセン社ホームスキャンデータを使って調べたものである。

●アメリカでの液体ミルク消費の一般的動向

比較のために,日本での液体ミルク消費の販売状況を農林水産省の資料によって紹介する。

図4に示すように,日本では2009年度に販売された牛乳の87.3%は成分無調整牛乳(全乳)であった。日本では牛乳は乳脂肪率が3.0%以上と定義されているが,販売されている牛乳の多くは3.5%以上(平均3.8%)となっている。残りの12.7%が成分調整牛乳で,そのうちの63.8%(牛乳全体の8.1%)が乳脂肪率1.6〜2.9%の製品である。日本での低脂肪牛乳は乳脂肪率が0.5〜1.5%のものとされており,成分調整牛乳の29.0%を,牛乳全体の3.7%を占めているだけである。

他方,アメリカでは,2007年に95.2%の家庭,2008年には94.8%の家庭が液体ミルクを購入した。そして,アメリカで一般的な牛乳の容器は1ガロン(3.785リットル)である。2007〜08年における液体ミルクの購入を,年間をとおした購入頻度でみると,全乳(成分無調整牛乳で乳脂肪3.25%以上のもの)は,容器の大きさや生産方法の違うものを合わせて17.2%にすぎず,減脂肪(乳脂肪が2%から3.25%未満)が35.6%,低脂肪(乳脂肪が2%未満)が47.2%で,減および低脂肪の牛乳が8割を超えていた(表1)。

牛乳はカルシウムなどの栄養分を供給する主要食品ではあるが,乳脂肪はアメリカ人の肥満の元凶の1つとみなされており,健康の点から無脂肪や低脂肪液体牛乳に対する需要のほうが高い。ただし,牛乳の消費量は安定していて,年間1人当たり約14.5ガロン(約55リットル)を保っている。消費者が全乳と低脂肪製品とを置き換えるか否かは,家庭の予算に影響するだけでなく,連邦の食事ガイドラインにどれだけ沿うかにもかかわっている。そして,他の研究から,小さな子供(特に6才以下)のいる家庭と黒人家庭は,他の家庭よりも全乳を多く購入し,高所得家庭と家庭の女性筆頭者が大学に通った家庭や高齢者の家庭では,脂肪含量がより低い製品を購入する傾向が認められている

●所得や価格の変化にともなう牛乳購入の変化の予測

著者らは,ニールセン・ホームスキャンのデータを用いて,家庭が購入する牛乳のタイプ(表1の12のタイプ)がどのように変化するかを予測するシミュレーションモデルを構築して検討した。その結果,次の結果をえた。

1)家庭の所得が10%増えた場合:

・ 有機牛乳を購入する頻度が,現在の3%(表1)から3.7%に上昇する。

・ 低脂肪牛乳(脱脂および乳脂肪2%未満の牛乳)の購入頻度が,現状の47%から48.6%に上昇する。

・ 全乳(乳脂肪が3.25%以上)の購入頻度が,17%から15.9%に低下する。

・ 脂肪低減牛乳(乳脂肪が2から3.25%の間)の購入頻度が,36%から35.5%に低下する。

・ 様々な大きさの容器の製品の選択は,わずかな影響を受けるだけである。

2)小売価格が変化した場合:

・ 全ての牛乳製品価格が一斉に若干(1%)上昇した場合は,脂肪含量,包装サイズ,慣行と有機の生産方法で区分される製品の販売にごくわずかな影響しか生じない。

・ 小売価格が一斉に大幅に上昇(ガロン当たり1ドルまたは約25%の上昇)した場合,有機牛乳販売のこれまでの伸びが抑制される。

・ 全ての牛乳製品価格が一斉に大幅に上昇した場合,より価格の安い低脂肪牛乳の購入頻度は47%から53.9%に上昇する。

・ 大幅な価格上昇が起きても,包装サイズについての家庭の選択はほとんど影響を受けない。1ガロンより小さな容器の牛乳の購入頻度は,42%から40.2%に低下するだけである。

・ 全体として,価格や所得のかなりのショックが起きた場合,家庭は高いものからより安いものに切り替える。これは現実のアメリカ家庭の行動と合致している。

一般に有機牛乳に対する需要は,価格や食品価格の変動に対して慣行牛乳に対する需要よりも敏感であり,低所得家庭が有機牛乳を選択するとは考えにくい。過去の研究から,有機牛乳購入者の多くは慣行生産方法を疑問視し,有機製品のほうがより安全で健康的であると信じている。それにもかかわらず,最近の不況で所得が減少して価格が上昇している際には,有機牛乳販売の伸びが停滞した。

12の全ての牛乳製品についてバーゲンで価格を10%引き下げると,有機の牛乳の購入頻度が現在の3%から10.5%に増加する。このことから,有機牛乳の販売は,価格に敏感なことが再確認される。

●おわりに

世界における有機農産物の購入は,金額ベースで,その96%が北アメリカとヨーロッパによって占められている。これは所得水準と教育水準の高い階層によって有機農産物が主に購入されているためとされている。そして,環境保全型農業レポート「No.172 世界の有機農業の現状(2)」に紹介したが,IFOAM(国際有機農業運動連盟)などによって,世界経済の停滞とともに,需要の伸びが鈍化し,ヨーロッパの一部では2009年に,有機食品の過剰供給が懸念される事態が生じるようになり,ヨーロッパにおける有機の果実,野菜,穀物,肉類,乳製品の生産者の中には,供給過剰を既に経験しているケースもある。しかし,事態は急速に回復し,需要は急速に回復しており,2010年には大きく回復し,供給不足が再び起こることが予想されると指摘されている。ただ,世界的に家庭の所得は伸びるどころか,減り続けており,所得の減少や価格の上昇によって,有機農産物の生産や消費の伸びの鈍化はなおしばらく続くことが懸念される。