No.172 世界の有機農業の現状(2)

●はじめに

 世界の有機農業の現状について,2003年時点の有機栽培面積の統計を中心に紹介した(環境保全型農業レポート.2005年3月31日号,および,西尾道徳 (2006) 世界の有機農業と日本の有機農産物の現状.農業技術大系 土壌施肥編 第3巻 土壌の性質と活用(Ⅶ 海外における土壌問題と土壌管理)p.土壌と活用Ⅶ 8-19-16〜8-19-22.農文協)。それから数年が経過したので,2008年の統計に基づいた最近の世界の有機農業の現状を紹介する。出典は,ドイツのボンに拠点を置くIFOAM(国際有機農業運動連盟)と,スイスのフリックに拠点を置くFiBL (有機農業研究所)が刊行した資料による(Willer, Helga and Lukas Kilcher (Eds.) (2010) The World of Organic Agriculture. Statistics and Emerging Trends 2010. p.239 IFOAM, Bonn and FiBL, Frick)。なお,統計の対象になっているのは,それぞれの国の法律に基づいた認証を受けた有機農業だけである。また,本書に掲載された数値に誤りがあることが判明した場合には,本書の購入者はインターネットで修正された数値にアクセスすることができるようになっている。

●世界の有機食品の市場規模

 ロンドンに拠点を置き,世界の有機農業や食品に関する情報収集・配信などを行なっている会社「オーガニックモニター」のデータによると,世界の有機食品(飲料を含む)の販売額は,USドルで2008年に509億ドル(2008年の年間平均為替レートによる1ドル104.23円での換算額で5兆3000億円)であった。1999年には152億ドルだったので,この間に3.3倍に増加した。

 509億ドルのうち,北アメリカが230億ドル(2兆4000億円),ヨーロッパが260億ドル(2兆7000億円),その他が19億ドル(2000億円)で,北アメリカとヨーロッパが96%を占めていた。2003年時点でも北アメリカとヨーロッパが世界の有機食品販売額の97%を占めていたので(西尾 2006),基本的パターンは変わっていない。

(1)北アメリカ

 北アメリカ(アメリカとカナダ)での販売額の90%超をアメリカが占めている。アメリカは国内生産だけでは有機食品の需要に足りず,大量の有機食品分を外国(中央・南アメリカ,ヨーロッパ,オーストラリア・ニュージーランド,アフリカ)から輸入している。そして,輸入量を確保するために,中央・南アメリカに加え,中国やフィリピンでの海外生産を始めている輸入業者も現れてきている。

 アメリカは有機農産物の国内生産を強化するために,2008年農業法において連邦政府は政策方向を変更して,有機農業に転換する農業者に財政的支援を与える条項を作った。すなわち,既存の「環境質インセンティブプログラム」に,2008年から有機農業転換支援条項を新設し,有機農業も環境保全的であるがゆえに,有機農業に転換する農業者に,年間2万ドル,1件当たり8万ドルを上限に6年間,個人または法人に支給できるようにしている(環境保全型農業レポート.「No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題」)。

(2)ヨーロッパ

 2008年にヨーロッパで有機食品の販売額が大きい国は,ドイツ58.5億ユーロ(2008年の年間平均為替レートによる1ユーロ153.86円での換算額で9000億円),フランス25.91億ユーロ(3987億円),イギリス24.94億ユーロ(3837億円),イタリア19.7億ユーロ(3031億円),スイス9.05億ユーロ(1392億円),オーストリア8.1億ユーロ(1246億円),デンマーク7.24億ユーロ(1114億円),スウェーデン6.23億ユーロ(959億円),オランダ5.37億ユーロ(826億円)など,西ヨーロッパの国々の販売額が多い。中央および東ヨーロッパの有機食品・飲料の販売額はまだわずかだが,急速に増えつつある。

 販売総額は,所得水準が近似していれば人口の多い国で多くなる。国の食品販売総額に占める有機食品販売額の割合でみると,デンマーク6.7%,オーストリア5.3%,スイス4.9%,ドイツ3.4%,ルクセンブルク3.3%,イタリア3.0%,オランダ2.1%,フランス1.7%などであった。

(3)アジア

 アジアの国々は,有機食品の生産・輸出国と消費・輸入国とに分類される。生産・輸出国としては,中国,インド,タイ,インドネシア,ベトナムで,いずれも国内需要はまだ少ない。他方,有機食品の消費・輸入国は,日本,韓国,台湾,シンガポール,香港で,国内生産はわずかで,ヨーロッパ,北アメリカ,オーストラリア,ニュージーランドなどから輸入している。アジアの有機農産物の生産者は,輸出するために,ヨーロッパ,アメリカや日本のうちの2つ国の生産基準認証を受けているケースが多い。

(4)オセアニア

 オーストラリアとニュージーランドの2か国で,世界の有機農地面積の約40%を占めるが,有機食品の国内販売額はわずかで,世界全体の販売額の1 %未満にすぎない。有機農地のシェアが高いのは,有機認証を受けた広大な放牧草地があるからで,有機の牛肉,羊肉,羊毛に加え,キュウイ,ワイン,リンゴ,洋ナシ,野菜を他の地域に輸出している。

(5)中央・南アメリカ,アフリカ

 これらの地域はもっぱら輸出用に有機農産物を生産しており,国内需要はまだわずかにすぎない。

(6)世界市場のまとめ

 2008年における有機食品の世界の販売額は,509億ドル(5兆3000億円)に増大した。需要は急速に拡大したが,有機農産物の生産がそれに比例して拡大せず,2008年には供給不足に直面した。原油価格の急速な上昇にともなうバイオ燃料生産のために,農産物価格が高騰して,有機農業への転換ペースが落ちたことが,その一因であった。

 金融危機によって世界経済が停滞し,サトウキビやトウモロコシといったバイオ燃料への関心はまだ残っているものの,農産物価格の高騰はとりあえず終わった。世界経済の停滞とともに,需要の伸びが鈍化し,ヨーロッパの一部では2009年に,有機食品の過剰供給が懸念される事態が生じるようになり,ヨーロッパにおける有機の果実,野菜,穀物,肉類,乳製品の生産者の中には供給過剰を既に経験しているケースもある。しかし,事態は急速に回復し,需要は急速に回復しており,2010年には大きく回復し,供給不足が再び起こることが予想される。

●世界の有機農地面積

 ◆2008年における世界の有機農地面積の総計は約3500万haで(表1),2007年よりも300万ha(3%)増加した。

 ◆2008年において有機農地面積が最も多かった地域はオセアニア1210万ha,次いでヨーロッパ830万ha,中央・南アメリカ810万haなどであった(表1)。

 ◆世界の有機農地面積の総計,約3500万haの約1/3の1200万haを途上国が占めた。

 ◆有機農地面積の多い上位5か国は,1位から順に,オーストラリア,アルゼンチン,アメリカ,中国とブラジルで,この5か国で世界の有機農地面積の61%を占めた。

 ◆世界の有機農地面積の約2/3は永年草地だが,アジアとアフリカでは永年草地の割合が低く,逆にオセアニアでは96%,中央・南アメリカでは62%と高く,ヨーロッパと北アメリカでもそれぞれ47%と42%と高い割合を占めている(表1)。

 ◆有機農地面積の多い上位20か国をみると,永年草地で輸出用の家畜生産を主体に行なっているオセアニア,中央・南アメリカ(フォークランド諸島を含む)の国々と,永年草地での家畜生産に加えて,耕種作物栽培も行なっているアメリカヨーロッパの国々が多かった。中国も面積では4番目に多かった(表2)。有機生産者1人当たりの有機農地面積が大きな国は,主に永年草地での家畜生産が主体の国といえる。

 ◆アジアの国々の有機農地面積はまだ小さく,有機生産者1人当たりの有機農地面積も他の地域に比べて少ない(表2)。これは放牧でなく,耕種作物を主体に人手のかかる有機栽培を行なっているためといえる。

●日本の有機農業

 日本における有機JAS規格の認証を受けた有機農業の統計データが,農林水産省消費・安全局から公表されている。

 2009年4月1日現在の有機JAS規格認証圃場面積は8,800 haで,農地面積462.8万 haの0.19 %にすぎない(表3)。ようやく日本でも有機の牧草生産が始まったが,有機の牧草地はまだわずかで,4.1%しかない。ヨーロッパ,北アメリカなどと比べて,日本では,有機の耕種圃場に比べて有機の飼料生産圃場の比率が小さい。このため,有機の家畜生産によって生じる厳密な意味での有機の家畜ふん尿を原料として製造される堆肥は,ごくわずかにすぎない。

 2008年度に国内の認定機関によって格付(有機JAS 規格に適合していると判定)された有機農産物は,国内での慣行栽培を含めた農産物の総生産量の0.18%にすぎなかった(表4)。

 日本は,輸入した有機農産物(加工食品でない一次農産物)と国内生産の有機農産物とから,有機の加工食品を生産している。しかし,加工食品用原料と直接摂食用とを合わせた有機農産物の国内生産量と輸入量を直接示す統計はないようである。その近似値と見られるのは,国内で格付された農産物量と外国で格付された農産物量の統計である(表5)。

 外国で格付けされた農産物は,外国において,有機JAS認定事業者が有機JAS格付けを行なったものと,有機JAS規格と同等性が認められている国(EU15ヵ国,アメリカ,オーストラリア,アルゼンチン,ニュージーランド,スイス)において,有機JAS制度と同等の制度に基づいて認定を受けた事業者が有機格付を行なったものとがある。主に外国で有機農産物加工食品の原材料として使用されているが,それ以外にも,日本に輸出されたもの,外国で消費されたもの,日本以外に輸出されたもの,および有機加工食品以外の食品に加工されたものも含まれる。それゆえ,日本に輸入された有機農産物そのものではないが,その近似値とすると,国内と外国で格付された有機農産物の総量に占める国内で格付された有機農産物量は,わずかに2.7%にすぎない。

●おわりに

 有機農業は地域の物質循環を活用することを原則にしている。しかし,北アメリカやヨーロッパ,それに日本などの有機食品に対する需要が強い国は,90%以上の有機食品を輸入している。こうした生産国から輸入国への農産物の一方的流れは,物質循環に逆らうものである。有機農業は,物質循環という原則に反した形で発展を続けているのだ。

 アメリカで「自然食品」店で買い物をしている消費者に,「貴方があるレシピ用の決められた食材を買うときに,地元産の食材と地元産でない有機の食材とを選ぶことができ,両者の価格と品質に差がないとしたら,どちらを選ぶか」と質問した結果,回答者の35%が地元産,22%が有機を選択し,41%が両者を同様に選択すると回答した。他の調査でも,消費者の好みとして有機食品と地元産食品を同様に選び,地元産により高いプレミアムを支払う意志が示されている(環境保全型農業レポート.No.148 アメリカの有機食品の生産・販売・消費における最近の課題)。こうした背景には,食べ物は身近で生産された新鮮なものが良いという消費者の意向が強いことが反映していよう。有機農業の健全な発展には,有機農産物の自給率を高めることが必要であろう。