食料・農業・農村基本法に基づいて,おおむね5年ごとに農業政策の重点的方針(食料・農業・農村基本計画)が食料・農業・農村政策審議会によって策定されることになっている.現行の食料・農業・農村基本計画は2000〜2004年のものであり,2005年からの新たな基本計画が食料・農業・農村政策審議会で検討されている.2004年8月に新基本計画策定のための基本路線を示す「中間論点整理」が公表された。
●中間論点整理が重視した諸点
中間論点整理が最も重視しているのは,農業基本法農政で解決できなかった農業の構造改革である。規模の大きな「効率的かつ安定的な経営体」が農業生産の相当部分を担い,これが核となって兼業農家や高齢農家と役割分担をして合意形成を図りながら,グローバル化の中で国際競争力を強化しつつ,地域農業の再編に取り組むことを最重要課題にしている。そして,地域農業の再編に取り組む際に,
(1)農業者や地域が主体性や創意工夫を発揮すること,
(2)食の安全・安心を一層担保しつつ消費者の多様なニーズに応えること,
(3)農業の持つ多面的機能を発揮し,環境保全を重視すること,
などをうたっている。こうした基本的考え方に立って,担い手である「効率的かつ安定的な経営体」とそれを目指す経営体を助成することを施策の中心に置いている。このため,幅広い農業者を助成してきたこれまでの価格保証政策から,認定農業者制度などで認められた担い手を強く支援する政策に転換するとしている。
●環境保全にかかわる施策〜EUとわが国の考え方の違い
こうした施策の中で,農業における環境保全にかかわる施策はどのように位置づけられているのであろうか。
環境保全を図る農業を助成する政府の補助金は,WTO農業協定で削減対象から除外されている。EUはこれをフルに活用した政策を展開している。すなわち,環境保全を図るために農業者が守るべき優良農業行為規範を定めている。規範を守ることは農業者の義務で,農業者にそのための補助金は支給しないし,規範を守らない農業者には法律に基づいて罰金や罰則を課している。しかし,規範で定められた水準よりも環境を良くしたり,負荷を少なくしたりする農業生産には,それによって生ずる経済的損失に直接支払の形で補助金を支給している。
これに対して中間論点整理は,EUの直接支払では支払のベースを過去の生産実績に置いているため,現状の生産構造を固定化することになりかねない。構造改革を目指す日本で直接支払を導入するなら,構造改革を可能にする「日本型直接支払」を導入することが必要であるとしている。
また,「中間論点整理」では,『環境に与える負荷を低減させる取組は,特別の農産物を生産する高付加価値型農業であり,支援の必要性が乏しいと認識されがちであるが,………この取組が広範に普及するにつれて,生産される農産物の付加価値の低下が避けられないこと等を国民に説明していく必要がある。』と記している。
●中間論点整理がはらんでいる問題点
中間論点整理はまだ結論ではなく,最終の基本計画を策定するための基本路線を示したものだが,農業生産環境政策について,いくつかの問題点を有している。
第一は,中間論点整理は明確に記載していないが,構造改革を可能にする「日本型直接支払」とは,担い手により多く支払を行えるようにするという意味にも理解されかねない点である。
効率の高い農業生産はこれまで環境に負荷をかけ,多面的機能を低下させるケースが多かった。EUでも,効率の高い農業生産は,優良農業行為規範を守ることを要件にして行われており,優良農業行為規範を守ることには何らの補助金も支給していない。補助金を支給している主対象は,規範以上に環境にやさしい農業を行う規模の小さな経営体である。したがって,規模の大きな担い手が核となって兼業農家や高齢農家と役割分担をして地域農業を再編しようとするなら,規模の大きな担い手には最低でも規範を守ることを課し,それには特別の場合を除き補助金を支給しない。規範以上に環境にやさしい農業を行って補助金を受ける主対象は,むしろ兼業農家や高齢農家になるはずだと考えられる。
中間論点整理のいう『環境に与える負荷を低減させる取組』とは,有機農業や特別栽培制度などをさしているのであろうが,これらも付加価値農業というのではなく,環境を守ることを第一の条件にして位置づけし直すべきである。
中間論点整理は,農業生産環境政策について,次の当面の行動を提起している。
(1)農業者が最低限取り組むべき規範(優良農業行為規範)を2004年度中に有識者の意見を踏まえて策定するとともに,2005年度以降,その規範の実践を各種支援策のうち可能なものから要件化していく。
(2)環境保全への取組が特に強く要請されている地域において,農業生産活動に伴う環境への負荷の大幅な低減を図るためのモデル的な取組を導入するが,モデル的な取組に対する支援を円滑に導入するために,2005年度から環境負荷の低減効果に関する評価・検証手法等を確立するための調査に着手する。そして,このモデル的な取組に対する支援の具体的手法,支援対象地域等については,調査の結果を踏まえて検討する。
上記2点のうち,第一の点について早速,農林水産省は検討を始めている。
一方,環境省は1999〜2003年度に硝酸性窒素総合対策推進事業を実施し,地下水を水道水源にしていて,地下水が硝酸性窒素で汚染されている地域を選定して,当該地域に設置された連絡調整会議が汚染の実態や対策を検討した結果を,「硝酸性窒素による地下水汚染対策事例集」として2004年8月に公表した。これを発展させた「硝酸性窒素重点地域対策モデル事業」を2005〜07年度に実施するために予算要求を行っている(要求額2100万円)。
この事業では,硝酸性窒素が環境基準を大きく超過し,かつ,飲用水源の地下水への依存度の高い地域をモデル地域として選び,関係省庁と連携を図りながら,上水道への早期転換,恒久的な窒素負荷低減対策(施肥対策,生活排水対策,家畜排泄物対策等),浄化対策など,硝酸性窒素対策を重点的に実施するための制度的な仕組(地域を指定する制度,対策実施の仕組み)を検討することを目的にしている。したがって,農林水産省も環境省などの動きとの関係もあって,いよいよ地下水の硝酸性窒素汚染に本格的に取り組むことが必要になってきたといえよう。