●第2回IAEA福島第1原発調査団
IAEA(国際原子力機関)は,福島第1原発事故について,2011年5月24日〜6月1日に1回目の調査団を日本に派遣して,事故の発生経過,事故の現状,事故後の対策,日本の原子力規制の仕組みになどについて調査を行なった。その報告書を6月1日に日本政府に提出した。
これに続いて,2011年10月7日〜15日に2回目の調査団を日本に派遣して,20 km圏内の立入禁止区域外側の修復・除染の進捗状況を現地で調査した。その結果は,予備報告書の形で10月14日に日本政府に提出された(IAEA (2011) Summary report of the preliminary findings of the IAEA mission on remediation of large contaminated areas off-site the Fukushima Dai-ichi NPP 7 – 15 October 2011, Japan. 20p. NE/NEFW/2011 )。
この予備報告書の概要は新聞各紙に報じられた。その要点は,日本政府の行なおうとしている除染には過剰な部分がある。過剰な除染は,作業を行なっても除染効果はわずかで,多額のコストを要した上に,多量の廃棄物量を生じて,その処分や貯蔵の場所を確保するのに地域住民の了解をえることが難しい,といった問題があることが報じられた。
報道では農業や廃棄物関係部分があまり紹介されなかったが,予備報告書には農業や廃棄物に関してより詳しく記述しており,その概要を紹介する。なお,最終報告書は2011年11月15日までに提出される予定である。
●日本の修復戦略について
A.日本の除染方針
原子力災害対策本部は2011年8月26日に「除染に関する緊急実施基本方針」を出した。そして,年間実効線量が20 mSv以上と推定される場合は,国の政府が年間被曝量を20 mSv未満にし,推定年間被曝量が20 mSv以下の場合には,国の政府は市町村やその住民の協力をえつつ,推定年間被曝量を1 mSv以下にするとしている。子供の被曝に対して特別な注意を払っていて,学校およびその行き帰りのときに子供達が受ける実効曝露量を1 mSvにすることを最優先にしている。
B.汚染修復戦略の軸が表土の削り取りであることについて
日本政府は,放射能で汚染された住宅地,農地,森林などの汚染修復について,除染によって放射能汚染の修復を行なうとしている。これに対して,IAEA調査団は,除染は,事故で放出された環境中の放射能濃度の削減を達成するために使える多数のオプションの1つにすぎないとしている。
日本政府が考慮している主たる戦略は,土壌については,大気から沈着した放射性セシウムが土壌表層に蓄積することに基づいた,深さ5 cmまでの表層土の削り取りである。表層土の削り取りを中心にしたクリーンアップによる汚染物量は予備的試算によると,ざっと500万〜2900万m3と試算されている。これに,津波による破壊で生じた汚染された瓦礫(木材,コンクリート,金属)230万トンが加算される。表層土の削り取りを中心にした戦略は,土壌表層の放射性核種濃度を削減し,その結果,被曝量を減らす利点をもっているものの,不必要な多量の廃棄物を生み出すというリスクも持っていることを,調査団は指摘している。
C.自然放射線
放射線は我々の環境に元々存在する自然的要素であり,全ての放射線を排除することはできない。その大部分は半減期が長くて,238U (ウラン−238),232Th(トリウム−232),40K(カリウム−40),87Rb(ルビジウム−87)の崩壊によって生ずる放射線に起因する。
表1に岩石や土壌の天然放射能の値を示す。40Kに由来する自然放射線量は,花崗岩の地殻全体での平均値で1,000 Bq/kgを超え,玄武岩のなかでもサリック質玄武岩(ケイ酸とアルミナを主とするもの)で1,100〜1,500 Bq/kgに達している。また,土壌では,4種の放射性核種に起因する放射線量が500 Bq/kgを超えている。なお,表1は下記文献から抜粋したものである。IAEA (2003) Extent of environmental contamination by naturally occurring radioactive material (NORM) and technological options for mitigations. 198p. Technical Reports Series No.419 。
D.放射性廃棄物の基準設定の必要性
調査団は,削減する必要のある人為的原因による放射線の曝露については,合理的で信頼できる上限値(基準レベル)を設定し,上限値を超えた廃棄物だけを,特別な隔離を必要とする「放射性廃棄物」として分離することが重要であることを強調している。そして,表層土の削り取りなどで生じた廃棄物の大部分はこの上限値に達せず,上限値に達しないものは「放射性廃棄物」に区分することを避けることが大切だとしている。それらはそのまま,あるいはクリーンな自然なものと混合して,埋立,堤防や道路の建設などに用い,コンクリートなどは再び建築物などに使用できるとし,生じた廃棄物を全て「放射性廃棄物」に区分しても,被曝量削減に何ら役立つことなく,むしろ「放射性廃棄物」の量をいたずらに増やして,人々に不必要な大きな課題を生み出してしまうとしている。
調査団は,日本の関係当局が,現実的で信頼できる上限値(基準レベル)の設定問題を再検討することを勧め,IAEAは再検討に際して日本を支援する用意があるとしている。
●土壌中の放射性セシウムの水稲への移行率について
A.日本の農地の修復戦略
調査団は,日本政府から,現在の空間放射線量率が1〜20 mSv/年にある地域の農地を対象にして汚染軽減対策を実施し,農地での空間放射線量率レベルを次の2年間に50%削減することを目標にしていると,説明を受けた(「除染に関する緊急実施基本方針」)。
B.放射性セシウムのコメへの移行率を0.1に設定したこと
調査団が農地の放射性セシウム汚染で最も問題にしたのは,放射性セシウムの作物への移行率(土壌中のセシウム濃度(Bq/kg乾土)と,作物体に吸収されたセシウム濃度(Bq/kg乾物)との比率)を,コメで0.1に設定したことである。
食品の放射能の暫定規制上限値値は500 Bq/kgなので,移行係数を0.1に設定したために,コメ栽培可能水田の放射性セシウムの上限値が5000 Bq/kgに設定された(2011年4月8日付原子力災害対策本部「稲の作付に関する考え方」)。調査団は福島県に設けた実証試験地も訪問し,訪問時までにえられていた予備的結果が0.1よりもかなり低かったことから,実際の移行係数はかなり低いはずだと予見して,土壌中のセシウムのイネの穀粒への移行率を0.1に設定したことを間接的に批判している。
もしもコメへの移行率をもっと低く設定できるのであれば,コメ栽培土壌のセシウム濃度の上限値をより高く設定できる。例えば,移行率が0.01で良いならば,栽培上限値を50,000 Bq/kg乾土に上げることができる。それによって,放射性廃棄物に分類される農地土壌の量を大幅に減らすことができる。
C.放射性セシウムのコメへの移行率
土壌中のセシウムの作物への移行率について補足を行なうと,IAEAはこの点などについて次の文献を刊行している。IAEA (2010) Handbook of Parameter Values for the Prediction of Radionuclide Transfer in Terrestrial and Freshwater Environments. Technical Reports Series No. 472 。この文献から抜粋して,主要作物群の収穫部位についての移行率を表1にまとめておく。移行率は作物群によっても,土壌グループなどによっても大きく異なっている。土壌では粘土鉱物含有率の高い埴土で移行率が低く,粘土鉱物含有率の低い砂土や有機質土壌(泥炭土など)ではより高くなっている。
このIAEA (2010)のハンドブックの基になったのは,IAEAが2009年に刊行した文献である。このなかで,放射線医学総合研究所の内田滋夫や田上恵子らが,放射性核種の土壌からコメへの移行率をまとめている (S. Uchida, K. Tagami, Z.R. Shang and Y.H. Choi (2009) Transfer to rice. In “IAEA: Quantification of Radionuclide Transfer in Terrestrial and Freshwater Environments for Radiological Assessments. TECDOC-1616. p.239-251 (pp.616)” )。そのなかで,Uchidaら (2009) は,コメ(玄米ないし精米)への移行率は,ポット試験では0.0057〜0.33と高めだが,圃場試験では移行率が通常0.001(10-3)のオーダーであると記載している。このことは,Uchidaら (2009)がまとめた放射性セシウムのコメへの移行率の表から,日本での放射性セシウムの移行率を圃場試験で測定した結果を抜粋した表3からも示されている。
表2では,土壌からコメへのセシウムの移行率の幾何平均値が0.0083とはいえ,最大値が0.1を超えるケースもある。この0.1を超えるケースはポット試験の結果であるとしても,摂取量が多く,日本農業の基幹であるコメが放射性セシウムで汚染されないように確保するためには,放射性セシウム濃度のあまり高い土壌での水稲生産を避ける方が安全である。このため,原子力災害対策本部はコメへのセシウムの移行率を0.1という高い値を設定した。これは慎重姿勢に基づいた判断といえよう。
しかし,表3に示すように,日本で実施された圃場試験での放射性セシウムの移行率は,高い値でも0.001(10-3)のオーダーで,0.1の数十分の一にすぎない。
調査団は,国と福島県が福島県で実施している実証試験地での最初の結果を示されており,実際の移行係数はIAEA (2009)の文献の値(表3)と一致するようであるとしている。そして,調査団は,試験が完了し,現実的な移行係数をしっかり設定できるようになったときには, 0.1という移行係数を廃止できようとの趣旨を記している。
因みに,福島県が2011年産米の放射性セシウム濃度を調べた本調査結果では,1,174の調査点数のうち,食品の安全性の暫定基準である500 Bq/kgを超えた点数はなかった(表4)。
なお,表4で放射性セシウム濃度が最も高かった地点は,新聞報道されたように,二本松市の砂質土壌の水田で,砂が約75%,粘土鉱物が約13%で,粘土鉱物は県内の田の平均より少なかった。また,この水田でのカリ施用量は通常の4割程度に過ぎず,土壌のカリは3.1 mg/100 gで,県の平均20 mgより少なかったという。さらに,田には常時わき水が流れ込んでいて,周囲の林地からセシウムが流れ込んだ可能性もあるという。(例えば,朝日新聞2011年10月18日)。
D.農地の放射能汚染をどうやって修復するのか
農林水産省は,農地の放射能汚染の修復として,表土の削り取りと反転耕という物理的な修復手段に焦点を当てている(環境保全型農業レポート.No.189 農林水産省が農地土壌除染技術の成果を公表)。調査団はこれらに加えて,カリウムや窒素の施肥,セシウムを吸収しにくい作物への転換といった土地利用・管理の変更,農業用水管理方法の変更を組み合わせることを助言している。
しかし,私見を述べると,セシウムの吸収を拮抗的に阻害するカリウムやアンモニウムのレベルは,日本ではチェルノブイリ周辺国よりもはるかに高く,これらの施用が日本ではチェルノブイリほどの効果をもつかは疑問だが,二本松の例のように,カリウム施用量が少ない水田では効果があろう。また,湛水した土地で栽培できる作物は限定されており,土地利用を変えることは水田転換を意味するが,その必要があるのかどうか疑問である。というのは,土壌中でセシウムは粘土鉱物や雲母に固定されてしまい,年数がたつほど作物に吸収されるセシウムが減少して,移行率は低下するはずである。それゆえ,来年以降の水稲作では,コメの放射能は年とともに減少するはずである。
もしも,移行率を0.1よりも小さい値に設定し直して,水稲栽培可能水田の放射線レベルを引き上げるとすると,どこまで引き上げられるかが,次の課題になる。その際には,2011年産米のセシウム濃度を,土壌の放射線レベルや土壌タイプと関連させたデータを踏まえて,食品基準を超えるリスクの高い圃場を予測する研究が必要になる。
5000 Bq/kgを超えるセシウム濃度の高い土壌で水稲を栽培した際に,セシウムの吸収を抑制するために,従来からの技術に加えて,セシウム固定能力の高いバーミキュライトなどを添加する技術を検討する必要があろう。そうした技術を実施したとしても,高濃度のセシウムを含むコメが生ずるリスクの高い水田では,無理にコメの生産を可能にするのではなく,水稲栽培を休んで湛水管理を考えたい。特に泥炭土のような有機質土壌が典型的だが,湛水された水田は畑に比べて有機物分解を抑制する。このため,土壌からの二酸化炭素発生を抑制する地球環境保全目的として,水稲なしの湛水管理に補助金を出すといった仕組みの適用も望まれる。
調査団は,さらに,農産物の放射能レベルの検査を引き続き行ない,修復効率を評価するパラメータとして全ての試験地で検査に取組むべきことに加え,農業者が自らの農地で農業を再開することを勧告している。そのことが,地方,国および国際的な消費者の信頼をさらに高めることになろうと記している。
●森林対策
チェルノブイリ事故の経験から,次のようなことが判明している。
森林は,林床表面が土壌ではなく,落ち葉などの有機物で被われていた。そのため放射性核種が固定されにくいことに加え,菌根菌が放射性核種を含む重金属類などを積極的に収集して,植物に供給している。この結果,森林の植物やキノコ,それらを食べる鳥獣の放射能が耕地に比べて高く,しかも長期に続く(環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書)。
調査団は,こうした放射能で汚染された森林に対しては,長期間にわたって対策を継続することが必要であり,しかも,対策の効果がでるまでに時間がかかることを指摘している。そして,森林に対して行なう対策を,管理対策と技術対策の2つに大別している。
チェルノブイリでは管理対策として,放射能汚染防止のために次の行為が禁止された。
(1) 一般市民や森林作業者のアクセス制限
(2) 市民による食用林産物(ベリーやキノコなど)の収穫制限
(3) 市民による薪の収集制限
(4) 狩猟行為の禁止・変更
(5) 火事の防止
技術に基づいた対策としては,落ち葉の除去や土層の削り取り,皆伐と鍬込み,肥料を含むカルシウムやカリウムの施用があろう。しかし,技術的対策のコスト効果は,特に大規模に適用した場合には疑問である。可能であったとしても,小規模な場合に制限されよう。つまり,遠隔地の広大な森林でなく,多くの人達が訪れる公園のような,面積の小さい都市林などであろう。その上,これらの方法は,通常の森林施業以上に行なうと,森林の生態学的機能を損なうことになる。
調査団は,コスト便益計算の結果は,全体的な損失を最小にする管理オプションは,アクセスと林産食物の消費を制限することであって,技術対策の実施は小規模なケース以外は実際的とは思えないとしている。
●終わりに
チェルノブイリの原発事故は1986年4月に起きたが,1991年12月に旧ソ連が崩壊した。これによってチェルノブイリ事故の汚染地域はベラルーシ共和国,ウクライナ共和国,ロシア連邦の3か国に分離・独立し,経済的にも厳しい状況となって,その間,放射能汚染対策もろくに実施できない状況となった(環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書 )。これに対して,今回の福島第1原発後の日本政府の除染戦略は,莫大な予算を使って,一気にクリーンアップしようというものといえる。
しかし,日本の除染戦略では,予算に加えて,広い敷地を要する保管施設が必要になる。つまり,膨大な量の廃棄土壌をほぼ3年間一時的に保管する仮置き場を,廃棄土壌を生じた福島県の市町村に置く,その後,福島県内に設ける中間貯蔵施設に30年間程度保管した後,福島県外で最終処分するとしている。しかし,仮置き場や中間貯蔵施設をどこに設けるかは地元住民の反対があって,ほとんど決められていない。
こうしたコストや廃棄物貯蔵・処理施設の問題が大変重要であるため,EUやIAEAは,地域住民,農業者,消費者を含む利害関係者の参加した場での論議を踏まえ,生ずる廃棄物量をできるだけ増やさない方式で,土壌の修復を図る方向を打ち出している(環境保全型農業レポート.No.190 放射能汚染事故時に如何に対処すべきか )。
どのように放射能汚染を修復するかは当該国が決めて実施するものであり,EUやIAEAの勧告に従わなければならないことは決してない。しかし,日本政府の方針は国際的にみてかなり無理があると見られていることを認識しておく必要があろう。