No.183 中央農研が総合的雑草管理マニュアルを刊行

●IPM(アイ・ピー・エム)とは

IPM(integrated pest management:総合的病害虫・雑草管理)は,初めに害虫分野で発展した。

殺虫剤散布は劇的な害虫防除効果を示した。しかし,使い続けられるうちに,有機塩素系殺虫剤の長期残留物による人体や生態系への害作用が問題になり,さらに,殺虫剤散布による天敵の減少や殺虫剤抵抗性害虫の出現によって,害虫被害がかえって甚大化するケースも生じた。このため,殺虫剤の使用を必要最小限に抑え,他の防除方法も併用して,人体に対するリスクと環境への負荷を軽減し,消費者に信頼される農作物の安定生産に貢献しようというIPMが害虫分野で発展したのである。

こうした問題意識は害虫から病原菌や雑草にも拡大した。農林水産省消費・安全局は「総合的病害虫管理(IPM)検討会」を開催して,IPMの具体的実践指針をまとめた。その際,IPMを,雑草の管理を含め、総合的病害虫・雑草管理と定義した。また,同検討会は主要品目について,具体的なIPM実践モデルを提示している(環境保全型農業レポート.No.18 総合的病害虫・雑草管理(IPM)実践指針案)。

●総合的雑草管理マニュアル

最少量の除草剤を使用しつつ,他の防除方法と組み合わせて行なう総合的雑草管理(integrated weed management: IWM)は,成功事例もあるが,難防除雑草については,草種の異なる広域で確実に使えるとは限らない。このため,(独)中央農業総合研究センター(中央農研)が中核になり,全国の独立行政法人や都道府県の農業研究所が共同して,2007年からプロジェクト研究「難防除雑草の埋土種子診断と個体群動態−経済性評価統合モデルに基づく総合的雑草管理の検証」を実施した。その成果のなかから,中央農業総合研究センター (2011) 総合的雑草管理マニュアル.64p. がまとめられた。

その構成は,

第一部:現地実証試験において有効性が実証でき,かつ,当該技術を継続使用した場合に,雑草量の削減や作物単収の確保を持続できることがシミュレーションモデルで予測でき,コスト計算を行なって生産コストを削減できるか,作物単収が向上して収益が向上することが確認でき,生産現場での普及に移せると判断されたIWM体系

第二部:現地での持続性評価に至らなかったものの,現場でIWMの要素技術として活用できると考えられる技術

第三部:IWM 体系の評価手法の解説や,評価手法に基づくIWM 体系成功のための提言

からなる。

ここではこのうち,第一部にまとめられた,普及に移せる3つのIWM体系を紹介する。

●夏季石灰窒素・小麦晩播不耕起栽培によるネズミムギの被害軽減

ネズミムギはイタリアンライグラスと同じ種名で,雑草化した野生集団がネズミムギ,牧草利用されている系統がイタリアンライグラスと呼ばれている。

ネズミムギの種子は連続2か月の湛水で死滅するため,水稲が毎年栽培されていれば問題なかったが,水稲なしでダイズとコムギを連作している転換畑で大きな問題となってきている。ネズミムギは,コムギと同じ期間に生育して,ひどい場合にはコムギ収量を80%以上減収させる被害を起こしており,被害が本州以南のコムギ作で年々広がっているという。なお,静岡農林技術研究所の石田義樹氏の補足によると,静岡県で問題となっているネズミムギの生育特性は,主力牧草品種とは明らかに異なる別物で,飼料には使えないものとのこと。侵入経路としては,法面緑化に使用された安価な資材が繁殖したのではないかと考えられるとのことである。

田畑輪換ができないダイズ−コムギ連作圃場におけるネズミムギIWMとして,静岡県の現地圃場で下記のことが確認できた。

(1) コムギ収穫後,なるべく早い時期に石灰窒素を50 kg/10aを目安に施用し,直ぐに耕起せずに,地表面のネズミムギ種子の死滅を促進させる。なお,石灰窒素施用後にコムギ残渣を焼却すると,ネズミムギ種子死滅効果が大幅に減ずるので,残渣の焼却は行なわない。

さらに,

(2) 土中のネズミムギ種子をできるだけ多く発芽させて非選択性除草剤の処理効果を高め,かつ,ネズミムギの出芽数を減らすために,コムギを晩播する(現地試験を実施した静岡県では12月が限界)。その際,播種の少し前に非選択性で移行性の除草剤(グリホサートカリウム塩液剤など)を散布してから耕起する。そして,播種後にジフェニカン・トリフルラリン乳剤などの効果の高い土壌処理剤を散布する。

(3) 通常の播種量で晩播すると,コムギ収量が減少する。しかし,播種量を1.5 倍以上にすることで,12 月播種であっても収量を通常の11月播種よりも若干高くすることができる。

この技術については下記も参照されたい。

浅井元朗・渡邊寛明・澁谷知子・與語靖洋 (2008) 麦収穫後の石灰窒素施用はカラスムギ、ネズミムギの出芽パターンを変える.平成19年度共通基盤研究成果情報

稲垣栄洋・木田揚一・石田義樹・鈴木智子・足立有右・市原実・山下雅幸・澤田均 (2008) 小麦作におけるネズミムギ被害の達観調査指標.平成19年度関東東海北陸農業研究成果情報

なお,本技術は水田に戻せないケースでの対策であり,夏期に湛水できる畑であれば,ネズミムギ種子は50日間程度の常時湛水条件で約90%死滅させることができる。

木田揚一・石田義樹 (2006) 夏期湛水による麦作難防除雑草カラスムギおよびネズミムギの防除効果.平成17年度関東東海北陸農業研究成果情報

●ムギのリビングマルチによるダイズ栽培における除草剤の削減

ダイズと同時に播種した秋播き性の高いムギ類品種を,生きたマルチ(リビングマルチ)として活用し,生育初期の雑草を防除する。ムギ類は低温に遭遇しないので,夏に出穂することなく枯死して自然に倒れ,その茎葉が地表面を被覆し,生育後期ではワラマルチとして雑草を防除する。

現地試験を実施した南東北の場合,6月初めにダイズとリビングマルチ用オオムギ(てまいらず,シンジュボシ,べんけいむぎ),あるいはコムギ(ゆきちから,ナンブコムギ)を播種する。播種量は,ダイズは通常と同じで2〜3 kg/10a,ムギは8〜10 kg/10a。播種方式は,ムギ類とダイズともに条播とする方式のほか,ダイズを条播,ムギ類を散播とする方式,ダイズとムギ類ともに散播して土壌に浅く混和する方式などがある。

播種後しばらくは被蔭が存在しないため,その間の雑草の出芽抑制効果はない。このため,雑草発生が少ないことが分かっている畑以外では,播種時に土壌処理除草剤を散布する。ムギ類が十分に生育すれば,雑草の最大繁茂期の乾物重を80%程度抑草する効果が期待できる。ただし,リビングマルチの抑草効果には草種間差があり,シロザ,ヒユ類など種子が小さな広葉雑草に対しては効果が高く,タデ類やノビエ類など種子が大きな雑草には劣る傾向がある。スギナ,ギシギシ類などの多年生雑草には抑草効果は期待できない。

ダイズ収量は,黒ボク土の圃場で減収する場合があるが,沖積土では慣行栽培と差のない収量がえられた。

ムギのリビングマルチを成功させるには,ムギ類の播種後60日間の地上部生育量を150 g/m2以上確保することが必要であり,そのためには播種後60日間の平均気温が20〜21℃程度よりも低いことが必要であり,福島県福島市辺りが南限になる。
この技術については下記も参照されたい。

東北農業研究センター・中央農業総合研究センター (2010) 麦類をリビングマルチに用いる大豆栽培技術マニュアル.

三浦重典・小林浩幸・長谷川浩・小柳敦史 (2003) 大麦をリビングマルチとする大豆の無中耕・無除草剤栽培技術の開発.平成14年度東北農業研究成果情報.

小林浩幸・好野奈美子・敖 敏・内田智子・山下伸夫・村上敏文 (2010) 麦類をリビングマルチに用いる大豆栽培技術.平成21年度 東北農業研究成果情報.

●畦畔管理と収穫後の耕起による水稲乾田直播栽培でのイボクサ防除

イボクサはツユクサ科の一年生雑草で,ツユクサを小型で細くしたような植物である。平均気温が8℃となる3 月中旬頃から出芽を始め,開花開始時期は9 月下旬頃,開花後約15日で発芽能力のある種子を形成する。種子の寿命は5〜6 年と比較的短く,1 年後の生存率は約10%である。イボクサによる雑草害は水稲収量への影響だけでなく,収穫作業のときにコンバインの歯に絡まったりして障害となったり,高水分の茎が籾に混入し乾燥機にエラーが生じるなどの問題もある。

水稲乾田直播栽培における慣行の除草体系として,イネ出芽前までのグリホサート剤散布,入水前のシハロホップブチル・ベンタゾン液剤散布,および,入水後の初中期一発剤散布による除草剤3 回体系が実施されている。

しかし,刈り払いなどで管理されている水田畦畔を発生源とするイボクサが水田に侵入するケースが少なくない。さらに,8 月下旬頃に水稲が収穫される早期栽培地帯では,稲収穫後にイボクサが再生し,種子が生産されて翌年以降の発生源となっている。

そこで,次の技術を組み合わせたイボクサの総合管理を策定した。

(1) 水田内の管理:入水前処理の除草剤としてビスピリバックナトリウム塩2%液剤(商品名:ノミニー液剤)を使用する。

(2)畦畔管理:ビスピリバックナトリウム塩3%液剤(商品名:グラスショート液剤)など除草剤を使用する。抑草剤であるビスピリパックナトリウム塩3%液剤を使用する場合は,5 月上旬に一度刈り払い後,雑草再生期の5 月中旬頃(入水前)に処理する。

(3)水稲収穫後の管理:水稲収穫後,すみやかに圃場を耕起して,イボクサの再生・種子生産を防ぎ,翌年以降の発生量を減らす。

ビスピリバックナトリウム塩液剤は,キシュウスズメノヒエやオオクサキビなどには除草効果が小さいので,注意が必要である。そうした場合には,イネ出芽前のグリホサート液剤処理が適している。イボクサが4葉程度と小さい場合には極めて有効である。

この技術については下記も参照されたい。

川名義明・牛木純・児嶋清 (2004) 水田雑草イボクサの初期生育と除草剤の効果に及ぼす水深の影響.平成15年度 関東東海北陸農業研究成果情報

●その他の技術

詳細は省略するが,本マニュアルの第二部では,次の技術を紹介している。

(1) ダイズ不作付け期間の不耕起・短期湛水による雑草の発生抑制

ダイズ播種前に耕起管理や短期湛水管理を行なうことで,地表面の雑草種子を損耗させるとともに,ダイズ播種前の雑草の出芽を促進させる。その結果,大豆播種後の雑草の出芽も斉一化し,土壌処理除草剤などの防除効果が向上するので,ダイズ生育期の雑草が減少する。

(2) 水稲不作付け期間における湛水やカバークロップ利用による畑雑草の埋土種子の削減

冬期湛水+夏期水稲栽培を3年程度継続すると,シロザ類やヒユ類の埋土種子量を約80%低減できる。また,冬期にヘアリーベッチを栽培し,春期に1 か月程度の湛水処理を行なうと,ダイズ栽培期間中のヒエ類の発生量を抑制できる。

(3) 中期深水管理により水稲湛水直播栽培の雑草被害を軽減する

過酸化カルシウムコーティング種子湛水土中条播栽培で,イネ生育中期に深水管理を行なうと,雑草の発生・生育が抑制でき,雑草被害を軽減できる。また,深水管理がイネの茎数を抑制し,有効茎歩合を高められる。

(4) ハイブリッド除草機によるダイズ作、ムギ作での除草剤使用量の削減

機械除草は作物条間を効率的に除草できるが,株間および株元の除草は機械では難しいケースが多い。そこで,条間を機械除草し,株間や株元にのみ除草剤を散布するハイブリッド除草を開発して,ダイズやムギなどの除草を,慣行の除草方式と比較して,同等の抑草効果を保ちつつ,除草剤施用量を50%程度削減することができる。

また,第三部では,研究者向けに,(a) 総合的雑草管理の経済性評価の手順,(b) 埋土種子の許容限界,(c) 雑草種子の増減に関与する種子食昆虫,(d) 雑草の個体群動態を予測するモデルなどを解説している。