No.182 ビニールハウスは放射能をどの程度防げるのか

●実験的確認が難しい

福島第一原発の事故にともなって大気に放出された放射性ヨウ素やセシウムが野菜などの作物に沈着し,それらの野菜から食品衛生法に基づいた暫定基準値を超える放射能が検出されて出荷制限がなされた。その際,ビニールハウス内で生産した野菜などの農産物は,放射性核種を含んだ雨や大きなほこりが直接ハウス内に侵入するのを防止しているので,露地栽培のものが基準値を超えたとしても,基準値を超えないとの期待があった。しかし,その後にハウス栽培のホウレンソウなどで基準値を超えるケースが出現した。

消費者庁の「食品と放射能Q&A」は,「露地栽培に比べハウス栽培の野菜や家庭菜園のものは安全ですか」という設問に対して,「野菜の出荷制限等を行う際には,しいたけなどを除き,露地栽培・ハウス栽培に関係なく対象としています。これは,ハウスで栽培していても,換気などによって農作物が放射性物質を含むガスやチリを浴びる可能性があるからです。」と記している。

では,ハウス栽培の野菜などは,露地栽培のものに比べてどの程度沈着した放射能量が少ないのだろうか。これを実験的に確認するには,原子炉事故が起きる前に露地とハウスの栽培セットが用意されていなければならないので大変難しく,具体的データが乏しい。

●野菜などのダイオキシン類汚染に関するプロジェクト研究

大気から作物体への放射性核種の沈着は,ダイオキシン類に類似している(環境保全型農業レポート.No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着)。そこで,具体的データが乏しい放射性核種による農産物汚染を類推するために,かつて研究された焼却炉からのダイオキシン類の飛散に関するデータの解析結果が有効であろうと考えられる。以下,ダイオキシン類の研究成果を見ていくことにする。

かつてダイオキシン類は,製造過程で副産物として生じたダイオキシン類を混入した一部の農薬が施用されて土壌を汚染し,さらにゴミ焼却の過程で生じたダイオキシン類が焼却炉から大気に放出された。焼却炉からのダイオキシン類の大気への放出は長年にわたって継続していて,社会的に問題になった。このため,1999〜2001年度の3か年にわたって,農業環境技術研究所と埼玉県農林総合研究センターが,野菜などのダイオキシン類汚染の実態把握などを研究した。このプロジェクト研究のなかで,露地栽培したホウレンソウと雨よけ栽培およびハウス栽培したホウレンソウのダイオキシン類濃度が比較された。このなかの下記報告から,関係部分の概要を紹介する。

(1) 殷煕洙 (2003) 各種作物における付着・吸着実態の解明と汚染軽減方策.1.ホウレンソウ.農林水産技術会議事務局プロジェクト研究成果シリーズ No.410 ダイオキシン類の野菜等農作物可食部への付着・吸収実態の解明.p.16-26.

(2) 殷煕洙 (2003b) 各種作物における付着・吸着実態の解明と汚染軽減方策.2.ニンジン.同上書.p.26-31.

(3) 上路雅子 (2003) 各種作物における付着・吸着実態の解明と汚染軽減方策.7.茶.同上書.p.57-60.

●ダイオキシン類の総重量と毒性等量

ダイオキシン類には419もの多数の異性体が存在し,その毒性は異性体によって大きく異なる。このため,ダイオキシン類の量は,各異性体の重量を合計した総重量によって表示(総重量濃度)することもあるが,ダイオキシン類の毒性を考慮した毒性等量(Toxicity Equivalency Quantity: TEQ)によって表示することが多い。すなわち,哺乳類に対する毒性の最も強い 2,3,7,8-TCDD( 2,3,7,8-四塩化ダイオキシン)を1として,これと比較した毒性によって各異性体の重量を換算して,合計した総重量である。

重量単位は通常ピコグラム( pg:1ミリグラムの100万分の1)で,通常pg -TEQ/gサンプルで表示する(環境保全型農業レポート.2004年10月22日号.ダイオキシンの汚染源は除草剤か焼却炉か?)。

●雨よけ栽培によるダイオキシン類沈着の減少

雨よけ栽培は加温を目的とせず,過剰な雨水を遮断することを目的にして,上部のみを被覆したビニールハウスで作物を栽培する方法である。このため,雨水とともに降下してくるダイオキシン類が作物体に直接沈着することを防止できる。しかし,ビニールハウスの側面は開放されているため,大気中に存在するガス状または粒子状のダイオキシン類が大気から作物体に沈着するのは防止できない。

埼玉県農林総合研究センター園芸支所の鶴ヶ島圃場の表層腐植質黒ボク土の畑で,ホウレンソウを春と秋に,露地と雨よけの二つの方法で栽培した。消石灰10 kg/aを混和した後,幅100 cmのベッドを作り,3要素を化成肥料で各1.5 kg/a施用し,畦幅15 cm,株間15 cmの6条植えでホウレンソウを播種した。

その結果,ホウレンソウ葉部のダイオキシン類濃度は,露地栽培に比べて雨よけ栽培によって,総重量濃度だと春栽培で24%,秋栽培で34%,毒性等量濃度でそれぞれ45%と66%減少した(表1)。ホウレンソウ葉部のダイオキシン類は,大気から沈着したものだけでなく,土壌から吸収されたものや,雨や風で舞い上がって付着した土壌粒子中のダイオキシン類も含んでいるはずである。しかし,葉部のダイオキシン類は,異性体の分布割合が大気のものと類似していたので,その多くは大気に由来すると推定される。

●ハウス内外の大気中のダイオキシン類濃度の違い

上記のホウレンソウを用いた実験に引き続き,1999年11月15日から2000年1月30日までビニールハウス内で,ダイオキシン類濃度の異なる土壌でホウレンソウをポット栽培した。

季節的に露地栽培は無理なため,露地栽培とハウス栽培のホウレンソウ葉部のダイオキシン類濃度を直接比較することはできなかった。しかし,2000年1月に大気中のダイオキシン類濃度を測定し,ハウス外で26.5 pg/ m3 (0.31 pg-TEQ/ m3),ハウス内で9.7 pg/ m3 (0.12 pg-TEQ/ m3)であることを観察した。上部だけでなく側面も被覆したハウスでは,外部に比べてダイオキシン類濃度が,総重量濃度で63%,毒性等量濃度で61%減少した。

●マルチ+トンネル栽培によるダイオキシン類沈着の減少

ホウレンソウと同じ鶴ヶ島圃場の畑に施肥を行なった後,1999年8月中旬にニンジンを条播し(条間15 cm),12月13日に収穫した。なお,トンネル被覆は10月14日〜12月13日とした。

表2に示すように,ニンジン葉部のダイオキシン類濃度は,露地栽培に比較して,総重量濃度で,マルチ栽培によって34%,マルチ+トンネル栽培によって60%,毒性等量濃度で,それぞれによって33%と68%減少した。マルチ栽培で減少したのは,ダイオキシン類を吸着した土壌粒子が,ニンジン葉部に付着するのが防止されたためと推定される。

また,ニンジン根にはかなりのダイオキシン類が付着しているが,それは根表面の皮の部分で,それをはぎ取れば,根内部のダイオキシン類濃度は極めて低く,安全であることが示されている。

●ベタ掛け栽培による茶葉へのダイオキシン類沈着の減少

埼玉県農林総合研究センター茶業研究所(入間市)が栽培しているチャ樹(萌芽期:1999年4月23日)を,通常の露地とベタ掛け(不織布などで作物を直接に覆う方法)で栽培し,一番茶を5月17日に収穫した。その際,ベタ掛け栽培では,収穫前20日間にわたってベタ掛け資材でチャ樹を被覆した。

表3に示すように,生葉のダイオキシン類濃度は,露地栽培に比較してベタ掛け栽培によって,総重量濃度で38%,毒性等量濃度で35%減少し,荒茶ではそれぞれ16%と27%減少した。

●まとめ

上述したように,雨よけ栽培,マルチ栽培,マルチ+トンネル栽培,ハウス栽培,ベタ掛け栽培によって,ダイオキシン類の大気から作物体への沈着が30〜70 %減少した。放射性核種の大気から作物体への沈着がダイオキシン類と同じ割合で減少するとは考えられないものの,類似した傾向はあると考えられる。それゆえ,大気中の放射能各種の濃度があまり高くなければ,上記の栽培方法によって,放射性物質についての食品衛生法に基づいた暫定基準値(環境保全型農業レポート.No.181 大気からの放射性核種の作物体沈着)をクリアできよう。

しかし,大気中の放射能各種濃度が非常に高くて,露地栽培作物体が高濃度に汚染された場合には,上記の方法によっては基準値をクリアできないであろう。例えば,2011年3月21日に採取されたホウレンソウのなかには,131I(ヨウ素131)が1.9万Bq/kg生重,134Cs(セシウム134)が2万Bq/kg生重,137Cs(セシウム137)が2万Bq/kg生重と,異常に高いレベルの汚染が生じた事例があった。こうした事例の場合には,上記の方法では基準値をクリアできないであろう。

事故を起こした原子炉から,再び多量の放射性核種の大気放出が起きないことを期待する。大気からの放射性核種の沈着が問題にならなくなれば,土壌中の放射性核種の吸収による作物体の放射性核種の汚染が表面に出てくる。しかし,作物体中に吸収された放射性核種の含量は,大気からの沈着に比べて,137Csの場合,土壌タイプによって異なるが,1/3から1/100に減少したことがチェルノブイリ事故でも観察されている(環境保全型農業レポート.No.179 チェルノブイリ原子力発電所事故20年後のIAEA報告書)。大気からの沈着を気にせず,土壌からの移行対策に集中したいものである。