●エタノール蒸留穀物残渣
バイオ燃料について,環境保全型農業レポート「No.91 バイオ燃料製造拡大が農産物価格と環境に及ぼす影響」と,「No.109 OECDがバイオ燃料の過熱に警鐘」に紹介した。内容の概要は次のとおりである。
ブラジルはサトウキビ,アメリカはトウモロコシ,カナダはトウモロコシとコムギ,EUはコムギとトウモロコシを原料に使用して,バイオエタノールの生産を強化している。このため,世界的に穀物価格の上昇が起きた。アメリカは,バイオエタノール生産に使用するトウモロコシ量を2005/06年の41万トンから2010/11年には102万トンに増やし,2010/11年頃までは国内飼料や輸出に仕向けられるトウモロコシ量を減少させて,トウモロコシ価格を上昇させてトウモロコシ生産農家の収益を上げることをもくろんでいる。このため,トウモロコシを飼料にした畜産物価格の上昇が顕著になると予測されていた。そして,飼料用トウモロコシの代替品としてエタノール蒸留粕を利用するケースが増加すると予測され,アメリカではトウモロコシの蒸留粕の飼料利用の研究が実施されていることを紹介した。
トウモロコシやソルガムといった穀物をエタノールに変換した残渣が,蒸留穀物残渣(DG: Distiller’s grains)で,湿った蒸留穀物残渣(WDG)と乾燥した蒸留穀物残渣(DDG)とがある。発酵液に溶けているエタノール以外の物質を可溶性物質(solubles)と呼んでいるが,これを蒸留穀物残渣に戻したものが「可溶性物質添加湿潤蒸留穀物残渣」(wet distillers grains with solubles: WDGS),これを乾燥したものが「可溶性物質添加乾燥蒸留穀物残渣」(dried distiller’s grains with solubles: DDGS)である。これらの副産物は家畜飼料のサプリメントに適しているとのことである。
幸か不幸か,世界経済の破綻によって,原油や農産物などの価格上昇が止まったが,世界経済が回復してくれば,再びこれらの価格上昇が起きよう。そして,エタノール蒸留残渣の利用により大きな関心が寄せられよう。アメリカではトウモロコシのエタノール蒸留残渣の利用に関する研究は1980年代に着手されたが,関心がなくなって放棄されていたが,最近になってエタノール製造が活発化した結果,再び取組がなされている。
アメリカ農務省の農業研究局は,農務省傘下の研究機関の行なっている研究の概要に関する雑誌(Agricultural Research Magazine)を毎月刊行している。この雑誌の下記資料は,エタノール蒸留穀物残渣に関する研究の一端を報告している。その概要を紹介する。なお,研究は農業研究局のプロジェクト研究として取り組まれているが,農業研究局傘下の研究機関だけでなく,民間企業,大学,州の研究・普及センターも参加している。
●家畜・ペット・魚類用の飼料利用
DGはデンプンをエタノールに転換した残りなので,デンプン以外のタンパク質,脂肪,繊維,灰分などの濃度が元の穀物よりも高くなる。ただし,未分解デンプンも若干含まれている。アメリカ中西部だけで年間1,000万トンのDGが生産され,畜産経営体はこれをトン当たり85から110ドルの間で購入して家畜に給餌し始めている。農業研究局傘下の多くの研究機関は,DGを飼料利用して効率的に肉牛,乳牛,豚,家禽を生産する研究がなされている。
(1) 肉牛
DDGを肉牛の餌として利用する際には,フィードロットでの肉牛の飼養の仕方が南部平原と北部平原の州で異なっている実態を考慮する必要がある。つまり,北部平原のコーンベルトでは,現在,乾燥した丸粒トウモロコシよりも,蒸してフレーク状にしたトウモロコシを牛に与えているケースが多い。蒸しフレーク状トウモロコシのエネルギー価は乾燥丸粒トウモロコシよりも高いので,DDG(エネルギー価は,蒸しフレーク状トウモロコシと乾燥丸粒トウモロコシの中間)を添加すると,蒸しフレーク状トウモロコシのエネルギー価を引き下げてしまう。このため,北部平原ではDDGを採用する農業者が出始めているとはいえ,急速に拡大するとは期待できない。
他方,巨大なフィードロットで乾燥丸粒トウモロコシをベースにした飼料を使用している南部平原では,DDGは飼料のエネルギー価を高めることになるので,DDGの飼料利用がより迅速に普及すると期待できると,一般にいわれている。実際に研究した結果によると,肉牛の仕上げ飼料としては,蒸しフレーク状トウモロコシをベースにした飼料に,WDGSを10〜20%添加したものが最も良いとのことである(資料3)。
(2) 豚
豚では,これまでの研究によって,繊維含量の高いトウモロコシのDDGSを補った豚飼料が年齢の進んだ豚で有利なことが示され,すでに年齢の進んだ豚へのDDGSの使用が始まっている。目下,子豚ではどうかが研究されている。
離乳直後の子豚を4つのグループに分け,それぞれに標準飼料,それに繊維質の多い素材であるDDGSや,ダイズ莢,柑橘パルプを補った飼料を給餌した。その結果,DDGSを添加した飼料で4週間飼養した場合,子豚の免疫反応が高まって,病気に対する抵抗性が高まるとの結果がえられている。そして,豚の成畜ではトウモロコシとダイズ粕の飼料にDDGSを40%まで混合できるが,子豚では繊維が多すぎると成育が衰えるので,7.5%までにすべきであるとの結果がえられている。
(3) その他
DDGといっても,トウモロコシ,ソルガム,オオムギなど使用した穀物によって成分組成や飼料価値が異なり,穀物の異なるDSの組合せの飼料価値も研究されている(資料3)。
また,DDGは家畜だけでなく,養殖魚やペット動物の餌にも適しており,その利用も研究されている(資料2,3)。
●抑草マルチ
DDGを土壌に混和して数か月間放置して分解させると,メヒシバ,ハコベ,1年生ブルーグラスなどの雑草の発芽が阻害されて,抑制効果が発揮されることが認められている。そして,11月に圃場にm2当たり1 kgのDDGを混和した後,放置しておき,トマトを5月初旬に定植した。9月末における収量は,DDG無施用区を100とすると,施用量の最も少なかった区で152となった。この収量増加には抑草効果と同時に,分解したDDGからの窒素,リン,その他の養分の供給も貢献していると考えられる。ただし,DDGの施用量を2ないし3 kg/m2にすると,草丈が大きく伸長したものの,窒素の過剰供給によって,果実収量がむしろ低下した(資料1)。
DDGの分解過程で雑草種子の発芽阻害物質の生成の有無が検討されている。仮に雑草種子の発芽阻害物質が生成されているとすると,なぜトマトの生育が阻害されないのか。この点については,トマトが感受性の乏しい苗で定植されているからだと解釈できる。しかし,バラ,ハルシャギクなどの観賞植物を株分けしてポットに移植した場合,DDGを土壌表面に施用した場合にはハコベなどの雑草が抑制され,観賞植物の生育は阻害されなかった。しかし,DDGをポット土壌に混和すると,観賞植物に害作用が生じたことから,抑草メカニズムは単純でない。とはいえ,DDGを抑草マルチとして利用する技術は広がりつつある(資料1)。
●人間用サプリメント
植物ステロール,レシチン,リコペンのようなカロチノイド系の抗酸化剤など,人間用サプリメントにしうる成分のDGからの大量生産技術が作られている。