No.123 石灰質資材添加で家畜ふん堆肥の電気伝導度を下げる

●家畜ふん堆肥の電気伝導度低下の必要性

 環境保全型農業レポート「No.58.高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問」に記したように,1994年12月に農林水産省農蚕園芸局長通達「たい肥等特殊肥料に係る品質保全推進基準について」で,家畜ふん堆肥の電気伝導度(EC)の望ましい基準値が5 mS/cm以下とされた。しかし,当時においても,流通している家畜ふん堆肥の大部分のECがこの基準値を超えていた。「家畜排泄物法」が2004年11月から完全施行されて,畜産経営体において家畜ふん堆肥を野積みすることが全面禁止された。この結果,雨水を遮断して行なう一次堆積の後,雨水にあてながら行なう二次堆積(後熟)で,塩類を雨水によって流亡させることができなくなった。このため,家畜ふん堆肥のECが以前よりも上昇し,施設園芸を初めとする集約的作物栽培では,土壌のEC上昇による作物生育障害への懸念が高まっている。

 家畜を飼養していない耕種農家が,畜産経営体などから購入した家畜ふんや家畜ふん堆肥を自分の耕地に野積みして,脱塩することは法律違反ではない。しかし,非農家の住宅が近くに存在する都市近郊などの耕種農家では,近隣住民から苦情が寄せられて,家畜ふん堆肥を野積みできないケースが少なくない。

 そこで,家畜ふん堆肥を野積みして雨水で脱塩することなく,家畜ふん堆肥のECを下げる方法が渇望されている。

●嫌気貯留した豚ぷんの消石灰添加による堆肥化促進

 石川県畜産総合センターの高橋正宏氏らは,養豚経営体には,労力の関係から豚ぷんを毎日きちんと堆肥化できず,豚ぷんを1週間程度貯留してから堆肥化しているケースが多いことに注目した。そして,そうしたケースでは堆肥化過程がどのようになっていて,きちんと堆肥化するにはどうすれば良いかを検討し,次の結果をえた(石川県畜産総合センター (2001) 嫌気的条件を経た豚糞の堆肥化技術.平成12年度研究成果情報:高橋正宏・柾木茂彦 (2004) 嫌気貯蔵豚糞の堆肥化と消石灰の添加効果.日本畜産学会報.75(3): 429-440)。

 実験的に生豚ぷんを切り返さずに1週間程度貯留すると,嫌気性となって揮発性脂肪酸が増加し,豚ぷんのpHが当初7強の弱アルカリ性から約6の弱酸性に低下した。こうなった豚ぷん(嫌気豚ぷん)に,水分を60%に調整なるようにモミガラを混合してから小型堆肥化実験装置に入れて,常時通気しつつ,7日ごとに撹拌して切り返しながら好気的条件で28日間堆肥化処理をした。

 この間に嫌気豚ぷんでは,品温が2日後に約30℃に上昇しただけで,揮発性脂肪酸もさらに増えてしまった。しかし,嫌気豚ぷんに1%ないし1.5%の消石灰(水酸化カルシウム)を混和して同様に堆肥化処理をすると,揮発性脂肪酸によって低下したpHが改善され,品温が直ぐに約70℃まで上昇し,揮発性脂肪酸も激減して,通常の堆肥化処理を行なうことができた。しかも,堆肥のECが4 mS/cm未満にまで低下した(図1,表1)。そして,詳しくは後述するが,その後の実験で,消石灰添加によって堆肥化期間の28日間における有機物の分解も促進された。なお,1.5%の消石灰ではアンモニアガスの発生量が多くなって,作業者に危険が生ずることも懸念されるので,1.0%の消石灰添加が適当と判断された。

●消石灰添加による豚ぷん堆肥の電気伝導度の低下

 上記の実験と同様に,生豚ぷんと7日間嫌気的に貯留した嫌気豚ぷんに,水分がそれぞれ65%と60%になるようにモミガラを混合した後,それぞれ0〜1.5%の消石灰を混合した。混合物を小型堆肥化実験装置に入れて7日ごとに撹拌して切り返しながら,好気的条件で28日間堆肥化処理をした。生豚ぷんと嫌気豚ぷんの双方で基本的には同じ傾向の結果がえられ,1.5%までの範囲だが,消石灰の添加割合が高いほど,ECが低くなった。本稿ではデータを割愛したが,例えば,生豚ぷんの場合,当初のECは6.9 mS/cmだったが,4週間後のECは,消石灰の添加割合がゼロで5.6,0.5%で4.8,1.0%で4.5,1.5%で4.2 mS/cmに低下した。

 では,消石灰の添加によってなぜECが低下したのだろうか。高橋正宏氏らはこの点を解析して,次の結果をえた(高橋正宏・梅本英之 (2005) 消石灰を添加した豚糞モミガラ堆肥は水溶性ミネラルが減少する.平成16年度「関東東海北陸農業」研究成果情報(畜産草地部会):高橋正宏・梅本英之 (2005) 消石灰添加が豚糞堆肥の電気伝導度ならびにミネラル溶出率に及ぼす影響.日本畜産学会報.76(2): 191-199)。

 その一つの原因は,前項で紹介した報告で認められたように,消石灰添加によって豚ぷんのpHがアルカリ性となって,アンモニウムがアンモニアガスとなって揮散して,その分のECが低下することである。それに加えて,豚ぷん中のミネラルの多く部分が消石灰添加によって,水に溶けにくい形態に変わってしまうため,豚ぷん堆肥を水に分散させたときのECが低下したことが確認された(図2)。すなわち,消石灰を1.0〜1.5%添加した豚ぷん堆肥では,水溶性のリン,カルシウム,マグネシウムが存在量の10%未満に激減し,カリウムやナトリウムでも70%未満に減少した。ECは水に溶けているイオン量の指標なので,水溶性のイオン量が減れば,低下することになる。

●消石灰施用による有機物分解の促進

 前述したように,消石灰添加によって堆肥化処理28日間における嫌気豚ぷん堆肥中の有機物の分解が促進された(高橋・柾木,2004)。高橋氏はこの点をさらに解析した。すなわち,生豚ぷんと7日間嫌気的に貯留した嫌気豚ぷんに,水分がそれぞれ65%と60%になるようにモミガラを混合した後,0〜1.5%の消石灰を混合して,上記の実験と同様に,混合物を小型堆肥化実験装置に入れた。7日ごとに撹拌して切り返しながら,好気的条件で28日間(4週間)堆肥化処理をした後,その内容物を広口ポリビンに移し替え,隙間ができるように口にふたをずらせて乗せて,わずかな換気ができる状態で,3か月目と6か月目に内容物を撹拌(切り返し)して12か月目まで放置した。そして,界面活性剤を用いた飼料分析法(デタージェント分析法)を用いて,堆肥化過程における有機性成分の動向を分析した(高橋正宏 (2004) 豚糞モミガラ堆肥への消石灰添加がもたらす有機物分解促進効果とデタージェント分析による効果の検証.日本畜産学会報.75(4): 587-598)。

 生豚ぷんと嫌気豚ぷんとも基本的には類似した結果を示したが,消石灰無添加系に比べて,1%および1.5%の消石灰添加系では,4週間までの有機物の分解率が明らかに高まった。ただし,無添加系ではその後の分解率が添加系よりもがむしろ高く,12か月後の有機物分解率には差がなくなった(図3)。これは豚ぷん中のヘミセルロースのほぼ全量と,一部のリグニンの分解が消石灰添加で促進されたためと推定された。

●肥料取締法で石灰資材添加家畜ふん堆肥の販売は可能

 消石灰の添加によって家畜ふん堆肥のECが低下し,有機物分解が促進されることは,上述の豚ぷん堆肥に加えて,牛ふん堆肥でも観察されている(畑中博英・窪田泰之 (2002) 未利用有機物資源の堆肥化と利用技術.石川県農業総合研究センター研究報告.24: 17-24)。こうした研究成果に基づいて,野積みして雨水で塩類を洗浄しなくても,消石灰などの石灰資材を添加して,ECの低い家畜ふん堆肥を製造して販売することが考えられる。

 だが,肥料取締法は,石灰肥料などの普通肥料と,家畜ふんや堆肥などの特殊肥料とを厳然に区別して運用されている。普通肥料と特殊肥料の両者を混合したもので,公定規格の定められていないものはできなかった。

 2003年に愛知県が,田原市と渥美町を対象に,家畜ふん堆肥と化学肥料を混合した肥料の販売を容認する「渥美半島バイオリサイクル農業特区」を内閣府に申請した。この問題について内閣府と農林水産省の間でやりとりが行なわれた結果,2004年10月25日付けで,農林水産省消費・安全局から農林水産省告示を変更することの通知文書「肥料取締法に基づく特殊肥料の品質表示基準等の一部改正について」が発行され,「特殊肥料の品質表示基準」(2000年8月31日農林水産省告示第1163号)の一部が,「生産に当たって腐熟を促進する材料が使用されたたい肥を販売する際は,当該肥料にその材料の名称を表示することとする。」に改正され,「特殊肥料等の指定」(1950年6月20日農林省告示第177号)の一部に,堆肥の定義として「尿素,硫酸アンモニアその他の腐熟を促進する材料を使用したものを含む。」が追加された。これによって腐熟を促進させる窒素肥料や石灰資材を添加した堆肥の販売が認められた。

●消石灰によるワラの腐熟促進は戦前からの公知の事実

 1932年(昭和7年)8月に旧農林省農事試験場が促成堆肥製造方法講習会を開催し,その講習資料が残されている(農林省農事試験場 (1932) 促成堆肥製造法要綱.p.1〜12.農事試験場)。この資料を高橋正宏氏らが研究報告のなかで引用している。この促成堆肥の製造方法は,1934年に刊行された齋藤道雄著「本邦厩肥の研究」(明文堂,東京)にも「葵式石灰堆肥製造法」と題してその概要が紹介されている(p.290〜299)。「葵」とは農事試験場の技師であった葵見丸氏のことである。家畜ふん尿を使用しないで,ワラに化学肥料窒素を添加して分解を促進して製造した堆肥が促成堆肥である。

 葵氏は,イギリスなどの文献を参考にして,化学肥料窒素の添加に先立って,まず切断したワラに強アルカリ性の消石灰懸濁液をかけて,ワラ組織をアルカリ分解によって崩壊させる。消石灰は間もなく水に溶けている炭酸イオンと反応して炭酸石灰(炭酸カルシウム)に変化して,弱アルカリ性にpHを下げ,微生物の増殖が可能になる。そうなってから化学肥料窒素を添加する堆肥製造方法を,葵氏は推奨したのである。特にムギワラの組織は硬いので,化学肥料窒素を添加しただけでは堆肥化がスムースに進行しないが,消石灰添加でワラ組織を部分的に崩壊させることによって堆肥化がスムースに進行することを利用したのである。

 促成堆肥の製造方法として,昔から研究者は農業者に化学肥料の窒素や石灰の混和を推奨してきた。しかし,そうして製造した堆肥を特殊肥料として販売してはならないとしてきた肥料取締法は,農業現場を無視してきた悪法であったといわざるをえなかった。ただし,ワラ堆肥に比べて窒素濃度の高い家畜ふん堆肥製造に際しては,消石灰添加によってアンモニアガスが高濃度で発生するので,作業に細心の注意を払うとともに,揮散するアンモニアガスを捕集して,大気に逃がさないことが必要である。

 さらに,窒素,リン酸,カリの組成のバランスが悪い家畜ふん堆肥に,普通肥料の化学肥料や有機質肥料を添加・混合して,作物生育に合うように養分バランスを整えたものも特殊肥料として認めることも,農業における物質循環を促進するためにも必要である。