●はじめに
有機物から製造した輸送用燃料はバイオ燃料と呼ばれ,現在はエタノールやディーゼルが話題の中心になっている。そして,燃料製造のために,一部作物の使用量が増加して,食料や飼料の価格上昇を引き起こしているといった問題が話題になっている。この問題の概要を,主に次の資料を基にして紹介する。
(1) OECD-FAO (2007) OECD-FAO Agricultural Outlook 2007-2016. (立ち読み版)229p.
(4) USDA (2007) USDA Agricultural Projections to 2016. 110p.
●バイオ燃料のタイプと原料
現在の一般的なバイオ燃料は,バイオディーゼル(植物性オイルから製造)とバイオエタノール(砂糖作物やデンプン作物から製造)である。これらは食用作物から製造されたもので,第一世代のバイオ燃料と呼ばれている。そして,食用作物以外の木質,草,その他の廃棄物から製造したバイオ燃料は第二世代のバイオ燃料と呼ばれている。
バイオエタノールの原料として,ブラジルはサトウキビ,アメリカはトウモロコシ,カナダはトウモロコシとコムギ,EUはコムギとトウモロコシを使用している。アメリカはバイオディーゼルの原料の油糧作物の価格が高くて,バイオエタノールよりも収益性が低いために,バイオディーゼルには力を入れていない。しかし,EUはこれまで過剰生産だったナタネなどの油糧作物からのバイオディーゼル製造に力点を置いてきた。そして,今後はバイオエタノールの製造も強化する。
石油代替輸送用燃料として電気,水素などが開発途上にあるが,今日,バイオ燃料が積極的に推進されているのは,バイオ燃料なら現在走行している通常の自動車エンジンで使用でき,混合率が低い場合は変更不要で,混合率を高くする場合でも安価な改良で対応できるからである。
●バイオ燃料の経済性
OECDが2005年時点で整理した結果によると(OECD-FAO (2006) Agricultural Outlook 2006-2015. p.50-51. ),ブラジルが実施しているサトウキビを原料にしたエタノールの製造コストは,他の作物を原料にしている他国よりもはるかに低い。この原因は,原料作物の価格の安さに加えて,トウモロコシやコムギなどのデンプンを原料にした場合は,酵母がエタノール発酵を開始する前に,デンプンを糖化するプロセスが余計に必要だが,ショ糖(砂糖)絞り液を原料にすれば,直ぐに酵母がエタノール発酵を開始できるからである。
2004年の原油の優勢価格は1バレル約39 USドルであったが,この原油価格に太刀打ちできる形でエタノールを製造できるのはブラジルだけであった。他の国ではいろいろな形で政府がエネルギー作物の生産,エタノールの製造・流通に公的支援を行なっている。OECDは,アメリカのトウモロコシからのエタノール製造は,原油価格が44 USドルよりも高ければ,また,他の国のいろいろな原料を使用したエタノールやバイオディーゼルは65〜145 USドルよりも高ければ太刀打ちできると推定した(資料1)。また,EUは,バイオディーゼルとバイオエタノールの経済的境界点はそれぞれ69〜76ユーロと63〜85ユーロとしている(資料2)。2007年10月には原油先物相場が高騰して90 USドルを突破し,11月には95USドルを突破した。こうした状況のなかで,バイオ燃料が原油に太刀打ちできる可能性が高まっている。
木材,ワラや草などのセルロースを原料にした第二世代のバイオエタノール製造は,現在ではコスト的に太刀打ちできない。しかし,先進国は将来に備えて技術開発に取り組んでおり,原油価格の急騰によって,第二世代のバイオ燃料の実用化に向けた努力が世界的に加速されよう。EUは,第二世代のバイオ燃料が2010年と2015年の間に市販化されると予測している(資料2)。
●バイオ燃料推進の政策的ねらい
バイオ燃料を推進している国の政策的ねらいとして,OECD-FAOは次の3点(資料1)を指摘しているが,その比重の置き方は国によって異なる。
第一は,将来逼迫する原油供給下での原油の安定確保である。特にEUはエネルギー源を多様化して原油依存度を下げることを重視して,各種の再生可能エネルギーの利用を推進している。仮に2020年までに輸送用燃料の14%をバイオ燃料で代替できたとすると,その分の原油を政情不安定な産油国から輸入しないようにするとともに,原油備蓄量を減らして,原油供給確保の安定性を向上させることができることを強調している(資料2)。
第二は,地球温暖化の原因物質の一つである二酸化炭素排出量増加の抑制である。
第三は,農産物輸出国が,農産物の新需要を開拓することによって農産物価格を上昇させて,農業者の収入増を図ろうとしていることである。例えば,過去の例だが,アメリカでは低迷していた農産物価格が上向いたことを背景に,農業者への補助金を減らした「1996年農業法」を成立させた。しかし,成立したとたんに農産物価格が下落した(図1)。このため,農業者の収入が激減して,「1996年農業法」で減らすはずだった農業者への補助金をいろいろな名目で実施して,WTO交渉でEUから批判を浴びた。農産物輸出国のアメリカとしては,トウモロコシの一部をバイオエタノール製造にふり向けて,トウモロコシに対する需要が増えることによって,トウモロコシとこれに関連した農産物の価格が上昇して,農業者の所得が増えることを強く期待している。
EUは4つ目の問題として,雇用とGDPの増加をねらっている(資料2)。仮に2020年までにバイオ燃料のシェアが14%に達すると,農業部門やバイオ燃料の製造・流通部門などを中心にEU全体で雇用が正味で14.4万人増え,GDPが0.23%増えると予想している。
●バイオ燃料拡大にともなう農産物価格変化の予測
2006年に穀物価格が急騰した。例えば,図1に示したアメリカのトウモロコシの相対価格(1990年を100とした値)は2006年に140に急騰した。この原因としてバイオ燃料製造のために穀物が消費されたことがいわれている。しかし,2006年には天候不順によって,北アメリカ,ヨーロッパ,オーストラリアで穀物供給量が6000万トン減少したことが主因であった。この年にこれらの国々でエタノール製造に使用された穀物は1700万トンで,天候不順の減収量の方が4倍も多かった。このことから,2006年の穀物急騰の主因は天候不順で,バイオ燃料生産拡大の影響はわずかであったと理解されている(資料1)。
しかし,今後は大規模な天候不順による減収が起きなかったとしても,バイオ燃料製造の拡大によって,いよいよ農産物価格の上昇が顕在化してくると予測されている。OECD-FAOの2016年までの予測は,EUのエタノールとバイオディーゼルの製造およびブラジルのエタノール製造は2007年以降もほぼ一定の比率で増加し続けるのに対して,特にアメリカとカナダのエタノール製造は2007年〜2009年に一気に飛躍的に増加し,2010年以降は緩慢に増加するとしている。このため,特に2007〜2009年にはエタノール製造用穀物の消費量が急激に増加して,他用途向けにふり向けられる穀物が逼迫して,価格が上昇する。その後,穀物の栽培面積が増えて,他用途向けの穀物の生産量も増えて,急激な価格上昇は止まるものの,価格が現在よりも高止まりになると予測されている(図2)。
砂糖の生産はブラジルやオーストラリアなどで強化されるので,エタノール製造に使用されるサトウキビが増えても,砂糖の価格は今後とも安定的に推移すると予測されている(資料1)。
●アメリカでのエタノール製造拡大にともなう飼料用トウモロコシとダイズの減少
アメリカでは,コーンベルト地帯でトウモロコシとダイズが栽培されている。これまでは両者の収益性に大きな差がなかったが,トウモロコシ価格が上昇して,栽培面積当たりの純益がトウモロコシの方で有利になれば,農業者はダイズを減らしてトウモロコシの栽培面積を増やすことになる。USDAの予測では,2005/06年におけるha当たりの農家純益は,トウモロコシ326ドルに対してダイズ378ドルで,ダイズの方が若干有利だが,2010/11年や2016/17年にはトウモロコシの方がダイズよりもそれぞれ1.8倍や1.6倍高くなり,トウモロコシのほうがはるかに有利になると予測されている(表1,表2)。
この結果,200/06年に比べて2010/11年と2016/17年には,トウモロコシ栽培面積がそれぞれ1,300万haと4,200万ha増加し,トウモロコシの生産量が増加する。しかし,特に2007/08〜09/10年にはエタノール製造に振り向けられるトウモロコシ量が一気に増加するので,2010/11年には飼料・その他用と輸出に振り向けられるトウモロコシ量が,2005/06年に比べてそれぞれ1,000万トンと600万トン減少する。その後,トウモロコシ栽培面積が増えるので,2016/17年には飼料用や輸出用のトウモロコシ量がかなり回復する(表1)。
こうしたことから,2010年頃まではアメリカ国内の飼料や輸出に仕向けられるトウモロコシ量が減少して,畜産物価格の上昇が顕著になると予測されている。そして,飼料用トウモロコシの代替品としてエタノール蒸留粕を利用するケースが増加すると予測され,アメリカではトウモロコシのデンプンからエタノールを蒸留した後の粕の飼料利用の研究が実施されている(資料3)。EUではナタネなどの油糧作物からのバイオディーゼル生産が拡大するが,そこで生ずる油の絞り粕が家畜飼料のタンパク源として今後重要な位置を占めると予測されている(資料1)。
また,200/06年に比べて,2010/11年と2016/17年には,ダイズ栽培面積はそれぞれ120万haと130万ha減少すると予測されている。これによってダイズの生産量が減少するのに加えて,アメリカ国内でのダイズ製油量が増えるので,ダイズ輸出量が300〜400万トン減少し,期末在庫量も600万トン減少すると予測されている(表2)。
ただ,トウモロコシにしてもダイズにしても,アルゼンチン,ブラジル,南アフリカなどで生産増加がなされて,輸出量が増えると予測されている。とはいえ,2010年頃まではバイオ燃料拡大にともなった,新たな需給バランスに落ち着くまでの移行プロセスで,トウモロコシ,ダイズ,畜産物などの価格の上昇が大きな話題になると考えられる。そして,その後でも在庫量が少なくなるので,天候不順などによる生産減少によって激しく価格変動が起きることが予想される。
●バイオ燃料拡大が環境に及ぼす影響
バイオ燃料は,地球に貯留されていた石油や石炭といった化石燃料と違って,植物に由来する燃料であるため,燃焼で生じた二酸化炭素が再び植物に吸収されて,地球温暖化の原因にならないと解釈されている。しかし,作物を生産するプロセス次第では,バイオ燃料製造は温暖化に貢献しかねない。例えば,森林を伐採・焼却して造成した畑で作物を栽培した場合には,樹木と土壌に貯留されていた多量の炭素が二酸化炭素として放出される。また,湿地や干潟を干拓して造成した畑で作物を栽培した場合には,酸素不足で土壌に貯留されていた多量の炭素が二酸化炭素として放出される。
例えば,国連環境計画(UNEP)の会議で,パプアニューギニアでのバイオディーゼル原料にするアブラヤシのプランテーションを森林の焼き払いによって造成することが,温室効果ガスの発生や野生生物多様性の低下などの環境問題を引き起こすことが指摘されている。したがって,新規に農地を造成して生産した作物からのバイオ燃料製造は温暖化を加速することになりかねない。
既耕地で栽培した作物からバイオ燃料を製造する場合には,造成にともなう二酸化炭素の放出がないので,温暖化への貢献は少なくなる。過剰施肥などをせずに適正な方法で栽培した場合,慣行燃料に比べて温室効果ガスの排出量を,ブラジルのサトウキビからのエタノールは約90%,ヤシ油やダイズ油からのバイオディーゼルはそれぞれ50%と30%,ヨーロッパの油糧作物やトウモロコシなどからのバイオディーゼルやエタノールは35〜50%節減するとされている(資料2)。輸送用燃料が全てバイオ燃料になることは期待できず,輸送用燃料の10%がバイオ燃料になったとしたら,上記の温室効果ガス削減率の10%分の温室効果ガスの排出が減ることになる。
しかし,農地を新規造成するのでなく,既耕地栽培した作物からバイオ燃料を製造する場合でも,実際には既耕地でどの作物の代わりに何の作物を栽培するのか,どれだけ施肥をするのか,どのような耕耘方法を採用するかなどによって,温室効果ガスの発生量と,作物や土壌への二酸化炭素の固定量が違ってくる。
また,既耕地での作物転換は,硝酸による河川や地下水の汚染や土壌侵食などの他の環境問題ともかかわってくる。例えば,アメリカのコーンベルト地帯では,施肥量の少ないダイズの代わりに,施肥量の多いトウモロコシを栽培する面積が増えることが予測されている。これによって,硝酸による水質汚染が助長されると推定される。また,アメリカは,土壌侵食などが起きやすい地帯の畑を10〜15年間作物生産から撤退させて,その畑に牧草や樹木を栽培する「保全留保プログラム」(CRP)を実施し,参加農業者にはかなり高いレベルの補償金を支払っている。USDAは,CRP契約を終了した畑の一部がCRP契約を継続せずに,トウモロコシを栽培するケースが2009年まで増加し,その後はCRP契約が再び増加すると予測している(資料4)。CRP契約を解除してトウモロコシを栽培する面積が増えることによって,土壌侵食や硝酸による水質汚染がひどくなると推測される。
EUはバイオ燃料指令(Directive 2003/30/EC of the European Parliament and of the Council of 8 May 2003 on the promotion of the use of biofuels or other renewable fuels for transport) を2003年に公布して,2010年末までに輸送用燃料の5.75%をバイオ燃料にすることを目標に設定した。この目標達成が現状では無理と判断されたことから,目標の再設定を含めて,指令の改訂を検討している。その検討に際して,現在,生産から撤退して牧草などを栽培している休閑(セットアサイド)農地で,多肥によってトウモロコシやコムギを栽培して,環境負荷や野生生物の多様性低下などを引き起こさないように,目下,バイオ燃料製造のための作物生産条件についても規定を新たに盛り込むか否かも検討している。