農林水産省生産局畜産部は家畜排泄物の利用促進を図るために,学識経験者等からなる「家畜排泄物の利用促進のための意見交換会」で意見交換を行ってきたが,それを踏まえて作成した「家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針案」について,2007年1月27日から2月27日までパブリックコメントを募集した。その結果を踏まえて基本方針が確定されるが,確定の前に,2007年3月8日付けで食料・農業・農村政策審議会会長から農林水産大臣に出された畜産物の価格等に関する答申書では,前提の一つとして『「家畜排泄物の利用の促進を図るための基本方針」を踏まえ,耕畜連携の推進等により家畜排泄物の利活用の一層の推進を図ること』が記載されていた。どうやら「基本方針案」を変更する意志がないと推察される。
●基本方針(案)の概要
家畜排泄物の処理・利用が日本の畜産業発展の隘路となっている。基本方針(案)はこれを何とか解決する今後の施策の基本となるものである。
国,都道府県,市町村,農業者,農業団体,その他の関係者はこの基本方針(案)に基づいて,相互に連携・協力を図りながら,家畜排泄物の利用促進を図る。その際,国は,都道府県,市町村,畜産業を営む者をはじめとする関係者に経費の補助、金融上の措置等必要な支援の実施に努めることが記されている。基本方針(案)は4つの部分からなる。
?.基本的な方向
基本的な方向として,家畜排泄物の堆肥化の推進と家畜排泄物のエネルギーとしての利用等の推進が掲げられている。
1.家畜排泄物の堆肥化の推進
1)分離して発展してきた畜産と耕種の連携を強化する。このために,都道府県,市町村,農業団体等は,堆肥の利用促進のための協議会の機能強化に努め,地域における堆肥の供給者と需用者が必要とする情報(家畜排泄物の畜種別供給量,副資材の種類,処理期間,成分,時期別需用量,施用する作物の種類,運搬・散布の有無など)を収集・整理して,関係者が手軽に検索・活用できるようにネットワーク化に努める。
2)家畜排泄物が過剰な地域では地域を越えた堆肥の流通の円滑化を図る。このために,都道府県,市町村,農業団体等は,堆肥センターの機能強化,堆肥の品質向上やペレット化,コントラクターの育成・充実等を通じて,堆肥の生産・運搬・散布の円滑化に努め,さらに必要に応じ,堆肥の調製・一時貯蔵・成分分析を耕種地域で行える体制を整備する。
3)耕種農家によって堆肥に対するニーズの内容が異なるため,ニーズに即した堆肥を生産・供給する。このために,堆肥生産者は,需用者のニーズを的確に把握してニーズに即して堆肥を生産・供給するように努め,都道府県,市町村,農業団体等は,そのために必要な情報の提供などに努める。
2.家畜排泄物のエネルギーとしての利用等の推進
家畜排泄物が堆肥の需用量を超えて過剰に発生している地域では,必要に応じ,他のバイオマスの活用を含め,家畜排泄物の炭化・焼却処理,メタン発酵などを推進することによって,堆肥の需給状況の改善やエネルギー利用を図る。
?.処理高度化施設の整備目標の設定
「家畜排泄物法」によって家畜排泄物の処理施設は整備されてきたが,処理施設をより高度なものにしてゆくために,「家畜排泄物法」において,都道府県が処理高度化施設(送風装置を備えた堆肥舎,その他の家畜排泄物の処理の高度化を図るための施設)の整備計画を作ることとされている。その計画の目標年次が基本方針(案)で平成27年(2015年)とされた。そもそも送風装置によって水分蒸発を早めて堆肥化を迅速にしても,それにともなって悪臭が飛散するなら,送風装置を備えているだけで処理高度化施設というのは奇妙であった。
基本方針(案)では,処理高度化施設は,1)攪拌・通気装置を備えた大型の堆肥化施設や家畜排泄物のエネルギー利用施設などを主体とする施設で,2)ペレット化装置,混合装置,袋詰め装置、堆肥成分分析装置,マニュアスプレッダー,一時貯蔵施設等を整備して,堆肥の成分を明確にし,堆肥散布を支援できる施設であることが望ましく,3)汚水処理施設や脱臭装置を整備した施設が望ましいと記載された。
都道府県は2015年を目標として,こうした設備を備えた処理高度化施設の整備計画を作成する。次の段階で,国や都道府県が計画に沿って畜産業者の施設を高度化するために支援することになろう。
?.家畜排泄物の利用の促進に関する技術の向上に関する基本的事項
国,独立行政法人,公立試験研究機関等は,大学,民間企業等との連携を図りながら,次の技術開発に努める。1)耕種部門のニーズに即した堆肥調製技術,2)メタン発酵,炭化・焼却等による家畜排泄物のエネルギー利用技術,3)汚水処理技術(活性汚泥浄化処理技術,排泄物中の窒素量・リン量の低減技術等),4)堆肥化過程で発生する悪臭の低減技術,5)家畜排泄物の発生量を抑制するための飼養管理技術,6)堆肥の肥効特性を考慮した肥培管理技術。
都道府県,市町村,農業団体の職員や地域内の指導的農業者に対して,中央,都道府県,地域の各段階において,畜産関係者には家畜排泄物の管理の適正化および利用の促進について,耕種関係者には堆肥の利用方法について,技術研修会,シンポジウム,現地実証試験等の実施に努める。また,畜産業者および耕種農業者はこれらに積極的に参加して技術習得に努める。
?.その他家畜排泄物の利用の促進に関する重要事項
資源循環型畜産を推進する。このために,都道府県,市町村,農業団体等は,草地の整備,耕作放棄地,野草地,林地などの未利用土地資源を自給飼料基盤として利活用し,土地利用調整などによって,自給飼料基盤の一層の強化を図る。
消費者への知識の普及啓発を行う。このために,都道府県や市町村は,家畜排泄物の管理の適正化および利用の促進が資源循環型社会の構築に果たす意義等について,消費者や地域住民への普及啓発に努める。また,畜産に関する食育の一環として,「ふれあい牧場」や「酪農教育ファーム」の活用,堆肥を使った地場農産物の学校給食への供給等を積極的に推進することにより,資源循環を基本とした畜産について,その理解の醸成に努める。
●基本方針(案)の問題点
上記の基本方針(案)は一見無難なように思える。しかし,そのベースになった「家畜排泄物の利用促進のための意見交換会」では一部の委員から畜産サイドのエゴイスチックな意見が出されていたように(環境保全型農業レポート.No.58.高塩類・高ECの家畜ふん堆肥への疑問),基本方針(案)は畜産サイドの都合だけから構築されているといえる。今日の農政は,農業生産の持続可能性,食の安全・安心,環境の保全を同時に達成することを目指しているはずである。以下,その問題点をあげる。
(1)食の安全・安心への配慮の欠如
基本方針(案)には食の安全・安心という文言は全く出てこない。家畜排泄物やその未熟な堆肥には,人畜共通の病原体や抗生物質耐性菌(環境保全型農業レポート.No.16.家畜ふん堆肥中の抗生物質耐性菌の蔓延のリスクが存在する。
農林水産省消費・安全局の補助事業で日本施設園芸協会(2003)がまとめた「生鮮野菜衛生管理ガイド」には,病原性大腸菌O-157などの病原体が家畜ふん堆肥から野菜に付着するのを防止するために,1)堆肥の水分を30%以下にすることが望ましい,2)ローダー,スコップなどの器具を原料用と製品用で区別する,3)製造過程で60℃以上の温度を2週間以上確保することが望ましいなど,これまでの常識からみると異常なまでに厳しい条件が記されている。
これに対して,基本方針(案)は『発酵熱により雑草種子や寄生虫卵等の殺滅効果が期待できるという点で有利である』だけ記して,堆肥化したものは安全であるとの前提に立っている。消費者や耕種農業者に対して,安全な堆肥の供給を確保するために,堆肥の品質評価基準を策定して,基準を達成した堆肥を流通させるといった食の安全確保への姿勢がうかがえない。
(2)環境の保全への配慮の不足
基本方針(案)に出てくる環境問題は,畜産事業所からの排水規制への対応と悪臭防止だけである。耕種と畜産の双方によって表流水や地下水の汚染が深刻な地域が少なくない。そうした汚染が生じている地域については,都道府県および市町村が地域堆肥流通利用計画を策定し,家畜排泄物の発生量を抑制するための飼養管理技術を普及させる一方,地域内における耕種農家による堆肥利用を地域の堆肥受容量の範囲で積極的に推進し,それを超える堆肥については炭化・焼却やメタン発酵による家畜排泄物のエネルギー利用を図り,それでも過剰が生ずる場合には,地域の家畜飼養頭数の削減計画を立てるなど,地域の環境を保全する積極的な姿勢が打ち出される必要がある。
(3)形だけの資源循環型畜産
草地の整備,耕作放棄地など,未利用土地資源を自給飼料基盤として利活用することに加えて,土地利用調整によって,自給飼料基盤の一層の強化を図って資源循環型畜産を推進することが記載されている。このスローガンは繰り返し打ち出されているものの,1991年をピークに100万haを超えていた飼料作物の作付面積は,2006年度で89万8,100haに減少している。飼料生産基盤を強化するために,具体的にどのような措置を講ずるのか。それがない限り,絵に描いた餅にすぎない。このままではさらに飼料作物作付面積が減少し続けよう。
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