●環境マネジメント
1980年代後半に世界規模の異常気象や,オゾン層破壊などの地球規模の環境問題への関心が高まり,さらにアラスカでのバルディーズ号による大規模な原油流出事故などが契機になって,欧米では企業の産業活動について行動原理を作る必要性が認識された。
こうした背景から,ヨーロッパでは工業製品の品質を評価する際に,その性能や価格に加えて,「環境の配慮」(商品の製造・販売などの企業活動の過程で環境にどの程度負荷を与えているかの配慮を性能や価格よりも上位に置く考え)を重視する方法が検討され,1990年にEUはその枠組となる「エコ監査要綱」を発表した。そして,1991年にイギリスは,独自に企業活動における環境負荷を減らすための具体的な環境マネジメントシステムの規格を制定した。1993年にEUは環境マネジメント・監査要綱を採択し,1995年4月に発効させた。
これに基づいた一例が,1995年3月に日本の新聞に掲載されたボルボカーズ・ジャパンの広告である。「ボルボは環境破壊データを公開します。新車の一台一台について」と題して,ボルボ車が製造から廃棄までにどれだけ環境に影響を与えているかを数値化した仕様書を新車に添付することを宣言した。そして,ボルボ社は車の塗装に用いていた有害な溶剤に替えて水性塗料を使用し,部品の分別解体,不凍液,オイル,フロンの分別回収を実施していることを宣伝した。
こうしたことは,今日でこそ日本の企業でも当たり前になっているが,当時の日本はその動きを軽視して,環境負荷を配慮した規格保証を用意していなかった。このため,EU諸国から日本の工業製品の輸入を拒否される事態が多く発生した。
EUのこうした動きを国際的なものにするためにISO(国際標準化機構)は1991年から環境マネジメント監査の規格を作ることの是非の検討を開始し,1992年に作業開始を決議した。当時,日本は参加の勧誘がありながら,事態の重要さを理解しておらず,参加したのは翌1993年からであった。これ以降,日本は積極的に参加して,国内体制も順次整えた。
ISOの環境マネジメントシステムは,企業(あるいは事業所)が,産業活動における環境活動の実績を評価し,継続的に向上させるシステムである。つまり,企業(事業所)が自らの環境方針とそれを実践するための計画を作って実践し,その結果を外部者に監査してもらい,その監査結果に基づいて経営者が計画を見直して,さらに継続的に改善を行う仕組みのことで,そうして得られた環境情報は公開する。
このISOの環境マネジメントシステムの規格が14000番台の規格として発効しており,ISOの規格に準拠した環境管理を行うことを申請して認められた企業(事業所)がISO 14001認定企業(事業所)である。この環境マネジメントシステムでは,企業(事業所)の環境負荷を減らす目標値が一律に設定されることはなく,各企業(事業所)が前年度よりも少ない環境負荷削減目標を自主的に設定して,環境負荷削減の努力を不断に行うものである。
●ライフサイクルアセスメント(LCA)
環境マネジメントシステムは,企業(事業所)が調達した原料を用いて製品を製造して販売するまでの範囲を対象にしている。これに対して,ライフサイクルアセスメント(LCA)は,生物の一生を表す生活環(ライフサイクル)になぞらえて,企業の提供する製品やサービスが,その揺りかごから墓場までの全過程,すなわち,資源の採取・製造・流通・使用・廃棄というライフサイクルを通して,資源消費や環境負荷物質の排出などの形で環境に及ぼす影響を,把握・分析・評価する仕組みのことである。
つまり,企業(事業所)が原料を調達したとき,環境マネジメントシステムでは原料購入から評価するが,ライフサイクルアセスメントでは,原料購入以前の資源の採掘・加工・運搬も対象にする。そして,環境マネジメントシステムでは製品を販売するまでの評価だが,ライフサイクルアセスメントでは販売した製品が消費者に利用されて最終的に廃棄されたときまでを評価する。したがって,ライフサイクルアセスメントの評価範囲の方が広い(ISOはライフサイクルアセスメントについて14040番台の規格を用意している)。
●EUのIPP政策
EUを始め先進国の環境政策は,これまで製品製造過程で環境負荷物質を多量に排出する大規模工場などの特定汚染源を対象にして規制を行って,かなりの成果を上げてきた。しかし,今日では消費を終えた廃棄物などによる環境汚染が深刻化している。このため,製造段階での環境負荷の削減だけでなく,製品の耐用年数の増加,使用時の省エネルギー化,再使用やリサイクルに適した部品の使用,廃棄しても有害物質を生じない安全な素材の使用なども含め,製品の揺りかごから墓場までの全ライフサイクル過程を通して環境負荷を削減する環境政策を打ち出した。EUはこの環境政策を「IPP 政策」(総合的製品政策:Integrated Product Policy)と称して,その実施に向けた取組を行っている。
IPP政策は,工場などからの排出規制といった環境規制ではなく,ライフサイクルを通してグリーンな製品(環境にやさしい製品)を企業が製造し,消費者がそれを使用するようにインセンティブ(補助金などの助長策による動機付け)を設けることなどによって,市場を通じて仕向ける政策である。この政策はこれまでの製品別あるいは分野別の環境政策を首尾一貫したものにする効果ももっている。
●IPP政策に関する通達
欧州委員会は2003年6月に,ライフサイクル思考を考慮した環境政策を推進するための枠組を記した通達を,EUの閣僚理事会と欧州議会に対して発信した(Communication from the Commission to the Council and the European Parliament. Integrated Product Policy – Building on Environmental Life-Cycle Thinking. COM(2003) 302 final.)。
この通達には,生産者がよりグリーンな製品をライフサイクル的思考に基づいて市場のパラメータを考慮して生産し,消費者がそうした製品を積極的に購入するのを助長するための政策オプションとして次を記している。
(1)経済的・法的オプション
1)課税と補助金: ライフサイクル過程で環境負荷の大きな製品には税率を高めたり補助金を廃止する一方,グリーンな製品には税率を下げたり補助金を支給する。
2)自主的な協定・基準: グリーンな製品を製造するために,法的規制とは別に,業界団体などが自主的な協定・基準を作ることを奨励する。
3)政府調達の法的規制: EU機関,加盟国の国および地方の政府機関による調達がEUのGDPの約16%を占めており,法律によってこれらの政府調達がよりグリーンな製品を調達することを義務づけて,グリーンな製品の製造・購入を誘導する。
4)その他の法的規制: グリーンな製品の製造や使用を助長するために必要なその他の法的規制。
(2)ライフサイクル思考浸透のための行動
また,ライフサイクル的思考を浸透させるために,次の行動が必要であるとしている。
1)ライフサイクルデータベースの構築とアクセス: EUの様々な機関が製品のライフサイクルを環境負荷の視点から評価するデータベースを構築しているが,EUとしてそれらを調和の取れたものにするとともに,欧州委員会もデータベースを充実させる。
2)環境マネジメントシステムの検証: 環境マネジメントシステムは製品のライフサイクルにおける環境パフォーマンスを評価するものではないが,ライフサイクルアセスメントを実施する基盤となるものである。欧州委員会はEUにおける環境マネジメントシステムでライフサイクル的要素がどの程度考慮されているかを調査し,必要な場合には,EUにおける環境マネジメントシステムの実施の仕方を変更させる。
3)製品デザイン義務: 環境負荷の大きな製品について,よりグリーンな製品を製造するために考慮すべき諸元を整備する。
(3)情報提供
さらに,様々なレベルの消費者がグリーンな製品であるか否かを判断するためには情報提供が大切であり,このために次を行うとしている。
1)加盟国政府にグリーンな製品の調達のための行動計画を作らせ,それに役立つ加盟国間の情報交換を欧州委員会が行う。また,政府機関向けにグリーン製品調達のための実務ハンドブックの刊行,グリーン製品のデータベースなどを欧州委員会が用意する。
2)上記の政府調達用のツールを民間企業にも提供し,民間企業によるグリーン製品の購入を助長する。
3)EUは,省エネや安全性などで優れた製品(洗濯機,掃除機,皿洗い機,冷蔵庫,パソコン,テレビ,コピー・グラフ用紙,ティシューペーパ,園芸培地,土壌改良材など)にエコラベルを付けている。また,自動車には,燃費と二酸化炭素排出量に関するデータを公表することを義務づけている。これは必ずしもライフサイクル全体を通した評価になっていないが,これらのラベリングをより拡張・充実させて,消費者がグリーンな製品を購入する際の情報提供を充実させる。
欧州委員会はIPP政策を実行させるために,加盟国政府機関,企業,消費者など各方面の関係者にIPP政策の必要性を説明して意見交換を行いつつ,ライフサイクルアセスメント調査を行って,2007年に特に環境負荷が大きく,環境負荷削減効果の大きな産業セクターを絞り込み,当該セクターに対して上記のオプションを組み合わせて対策を実施することを予定している。
●LCAに基づいたEU25か国における製品別環境インパクト(影響)
2003年に欧州委員会がIPP政策に関する通達を発信した時点では,LCAに基づいた製品別あるいは産業セクター別の環境負荷に関する分析に基づいたコンセンサス(合意)は得られていなかった。このため,欧州委員会は,特に環境負荷が大きく,環境負荷削減効果の大きな産業セクターを絞り込む第一段階として,オランダ,ベルギーおよびデンマークの研究者グループに製品別の環境インパクトの調査を委託した。調査は2004年1月に開始され,2005年11月に最終報告書が作成され,2006年6月に公開された (A. Tukker et. al. (2006) Environmental Impact of Products〜Analysis of the life cycle environmental impacts related to the final consumption of the EU-25. European Commission Joint Research Centre Technical Report EUR 22284 EN. 136p) (報告書本体および同付属書)。この報告書の概要を紹介する。
家庭と政府調達で購入・消費された製品グループ(数百に類別)について,資源採掘,生産,消費および廃棄の全過程における環境インパクト[地球温暖化(温室効果ガス排出),酸性化,光化学的オゾン生成(スモッグ),および富栄養化]を対象として,EU加盟旧15か国での排出データに基づいたモデルを使用し,新加盟10か国にも同じモデルが適用できると仮定して,産業連関表などに基づいて,2000年におけるEU25か国での製品の製造・消費にともなう環境インパクトを計算した。ただし,輸出用製品は計算から除外した。
結論として,上記4つの環境インパクトについて,最大のインパクトを与えているのは,(1)食品・飲料,(2)輸送,(3)住宅の3つの領域に関係する製品であった。
この3領域ごとの総環境インパクトはほぼ同じで,優劣を明確にできなかった。3領域を合計すると,消費にともなう環境インパクトの70〜80%に達し,消費支出額の約60%を占めると試算された。計算結果の一部を表1と2に示す。
(1)食品・飲料
食品・飲料は,生産の全過程と「農場からフォークまで」の流通チェインを含み,富栄養化については総環境インパクトの50%を超える寄与をし,残りの3つの環境インパクトでも20〜30%の寄与をしていた。なかでも肉類とその加工品の寄与が最も高く,次いで乳製品の寄与が高かった。食品・飲料では計算されなかった品目も少なくなく,食品・飲料の寄与が高いとする結論はかなり高いレベルで信頼できる。
(2)輸送
旅客輸送は,総環境インパクトの15〜35%を占めた。最大のインパクトは,最近排ガスが大きく改善されたものの,自動車に起因した。民間の航空機による旅行は増加しているものの,手法およびデータの理由から,その環境インパクトを適切に定量できなかった。
(3)住宅
住宅は,建物,家具,家庭用器具と,部屋や水を加熱・空調するエネルギーを含んでいる。大方の環境インパクトで総量の20〜35%を占めた。エネルギー使用の寄与率が最も高く,主たるものは部屋の暖房や水の加熱,次いで構造物作業(新規の建設,メンテナンス,修繕,取り壊し)であった。次いで重要な製品は冷蔵庫や洗濯機などの家庭機器であった。
(4)その他
食品・飲料,輸送,住宅を除いたその他の領域の総和は,大方の環境インパクトの20〜30%を超えた。その他の中では衣類が1位で,全環境インパクトの2〜10%を占めた。
こうした結果で,輸送と住宅(住宅におけるエネルギー使用を含む)は多量の化石エネルギーの使用を含むので納得できるが,食品・飲料も環境インパクトが大きいことが注目される。ただし,食品・飲料の生産・消費過程で発生した二酸化炭素は植物の生長過程で再吸収されるので,その分を差し引けば,地球温暖化インパクトに関しては,食品・飲料の比重はかなり低下するはずである。しかし,富栄養化インパクトに対する食品・飲料の寄与率が50%を超えることについては,二酸化炭素のような再利用プロセスがない。
今後,EUはこの結果を踏まえて,データ整備を行って,より最近の時点での計算を行い,環境に大きく影響している製品のライフサイクルインパクトを如何にすればどの程度削減できるかを検討することになる。そして,欧州委員会は最小の社会・経済コストで環境改善の可能性の最も高い製品を絞り込んで,対策を助長する方策を探ることになる。