EUは主要政策事項に関する世論調査の結果を公開している。その中から,環境に関する世論調査と共通農業政策に関する世論調査の結果の概要を紹介する。
なお,EUは2004年4月に15か国から25か国に拡大した。そして,環境および共通農業政策に関する世論調査は以前から数年おきに実施されているが,以下に紹介する2つの調査は,それぞれ2004年11月と11〜12月に25か国を対象にして行われたもので,25か国に拡大されてから初めて当該問題についてなされた世論調査である。
●EUでは農業による環境負荷への関心が高い
環境に関する意識調査(Special EuroBarometer No.217 “The attitudes of European citizens towards environment” (2005))は,25か国から抽出した総計約2.5万の市民にインタビュー形式で行われたものである。
表1が「貴方が気にしている環境問題を5つ上げて下さい」という設問に対する集計で,その回答は,「水質汚染」(1位),「人為的事故」(2位),「気候変動」(3位),「大気汚染」(4位),「生活物資中の化学物質の健康影響」(5位)が上位を占めた。そして,「農業による汚染」は26%で8位であった。しかし,環境保全型農業レポートNo.48「EUでは農業が水質汚染の主因」に記したように,ほとんどの加盟国で水質汚染源の第1位は農業であることから,1位の「水質汚染」の過半は農業に起因していることになる。また,4位の「大気汚染」でも,長距離越境性大気汚染物質としてEUが規制しているイオウ,窒素酸化物,アンモニア,揮発性有機化合物のうち,アンモニアはもっぱら農業(主に家畜ふん尿)に起因している。5位の「生活物資中の化学物質の健康影響」でも食品に含まれる残留農薬や硝酸などの有害物質の問題も無視できない。8位の「自然資源の枯渇」の中では侵食による土壌の損失も重要な部分を占め,10位の「遺伝子組換え生物の農業利用」はもっぱら農業での問題であり,11位の「生物多様性の喪失」でも農業が原因になっているケースが多い。こうした農業に原因する部分を寄せ集めると,農業起因の環境問題がEUの市民にとって大きな問題になっているといえる。この背景には国土に占める農地率が日本の13%強に対して,EU25か国では平均40%に達して最大の土地利用になっていることもある。
15の旧加盟国と10の新加盟国の平均値は多くの項目で類似しているが,新加盟国での平均値の方が高い項目に,「水質汚染」,「大気汚染」,「廃棄物の増加」などがある。これは,旧体制下での工場や軍事施設などで環境対策が十分講じられていなかったことを反映していると理解される。逆に,旧加盟国での平均値の高い項目には,「気候変動」と「遺伝子組換え生物の農業利用」がある。これは旧加盟国と新加盟国での,これまでの政府等による広報の程度の違いによる認識程度の差を反映していると理解されよう。
そして,表2が「特に情報が不足していると感ずる環境問題を5つ上げて下さい」という設問に対する回答である。「生活物資中の化学物質の健康影響」(1位),「遺伝子組換え生物の農業利用」(2位),「農業による汚染」(3位),「自然資源の枯渇」(4位), (5)「生物多様性の喪失」(5位)が上位を占めた。このうち「農業による汚染」以外の4つの項目にも,上述したように,農業に起因している部分が多い。情報提供が十分でないと環境問題に対する懸念も増大することを示している。この設問に対する回答では旧加盟国と新加盟国の平均値に大きな違いはなかった。
●生活の質を決める大きな要因として環境重視の意識が高い
生活の質に,経済的要因(所得),社会的要因(雇用など)とともに,環境の状態が影響しているかを問う設問も設けられた(表3)。
生活の質に最も強く影響すると回答されたのは経済的要因で,EU(25)の平均で78%に達している。注目されるのは,環境の状態と社会的要因とが生活の質に影響するとの回答がともに,経済的問題よりも若干低いが,72%であったことである。失業問題なども深刻な国が少なくないなかで,雇用問題などの社会的要因と環境の状態が同率の回答を得た。そして,表には掲げなかったが,EU(25)の平均で85%の市民が,行政は経済問題や社会問題と同様に環境問題を考慮すべきであると回答していた。これらの結果はEUの市民が環境を重視していることを示している。なお,行政が環境問題を重視すべきとの回答は,旧加盟国(83%)よりも新加盟国(91%)の方で高かった。この結果は,新加盟国の多くで,これまでの体制で環境問題がなおざりにされていたことを反映していよう。
また,環境の状態が生活の質に影響するとの回答率は,教育程度が高いほど高い結果が得られている。すなわち,そうした回答は,EU(25)の平均で,最終教育が15才までの者が68%,16〜19才の者が71%,21才を超える者が75%であった。そして,教育程度の高い者ほど,環境を保護する何らかの活動を個人的にも行っていると回答している(それぞれ,83%,87%と89%)。
●共通農業政策に関する世論調査
EUは主要農産物について統一価格を設定して,農産物価格を支持するとともに,安価な域外からの農産物には課徴金を課して,域内農業を保護する共通農業政策(CAP)を実施している。最近では価格支持のウェイトを下げ,消費者ニーズに合った農産物の生産,農業所得の安定化,環境の保護,農村地域の活性化などのウェイトを高めている。
EUは巨額の補助金を要している共通農業政策について,数年おきに世論調査を実施している。1995年から2003年に実施された共通農業政策に関する世論調査の結果は,Special Eurobarometer (2004) European Union citizens and agriculture from 1995 to 2003)にまとめられている。
以下に紹介する調査は,2004年11〜12月に25か国から抽出した総計約25万人にインタビューによって実施され,2005年2月に公表されたものである (Special EUROBAROMETER No.221 “Europeans and the Common Agricultural Policy”, 2005) 。
●共通農業政策で優先すべき事項は何か
EU市民が共通農業政策で優先すべき課題として上げた事項は,「農業者の適切かつ安定した所得確保」(1位),「健康に良く安全な食品の確保」(2位),「環境保全」(3位)が上位を占めた(表4)。ただし,多くの事項で旧15か国と新10か国で差がなかったものの,環境保全については旧加盟国に比べて新加盟国で優先すべき事項として上げた者の比率が低かった。新加盟国には旧加盟国に比べて所得水準の低い国が多く,共通農業政策による所得や生活向上への期待が大きいことを反映しているのかもしれない。
●共通農業政策は役割をはたしているか
では,前項の調査結果で揚げられた優先すべき政策事項について,共通農業政策は実際に役割を果たしていると評価されているのか(表5)。優先すべきとされた3つの事項についてみると,「農業者の適切かつ安定した所得確保」については,「果たしていない」とする意見の方が多く,農業所得の安定化が十分には図られていないことを反映していよう。そして,「中小規模の農家を保護する」についても,「果たしていない」とする意見の方が多く,中小規模の農家の経営が難しいことを反映しているのであろう。しかし,「健康に良く安全な食品の確保」と「環境保全」については,「果たしている」とする割合が50%を超えて,高く評価する結果が得られている。そして,その他の事項についても,「果たしている」とする意見が多く,概ね共通農業政策のねらいが支持されていることがうかがえる。
加盟国間に意見のばらつきが存在するが,概してキプロスとマルタでは共通農業政策の役割が高く評価され(期待感もあろう),デンマーク,ラトビア,スウェーデン,フィンランドではいくつかの事項についてかなり低く評価された。そして,2003年の共通農業政策に関する世論調査結果と比較すると,「果たしている」とする意見がイギリスやベルギーで増加し,アイルランドで低下した。
●共通農業政策では今後とも環境保全が重視されよう
共通農業政策に関する世論調査で,共通農業政策が環境保全の助長に役割を果たしているとの回答が多かった。しかし,環境意識に関する世論調査で農業に起因する環境問題に市民の関心が高いことから,共通農業政策では今後とも環境負荷を軽減する農業や環境を保全する農業を助長する方向が重視されると考えられる。
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