議員立法で提出された有機農業推進法は,参議院で2006年12月6日に承認の後,2006年12月8日に衆議院で承認されて成立した。
●有機農業推進法の概要
有機農業推進法では,「有機農業」を,「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。」と定義している。そして,有機農業を推進する際には,
(a)農業者が容易に有機農業に従事できるようにすること
(b)農業者やその他の者が有機農産物の生産・流通・販売に取り組めるようにすること,消費者が有機農産物を容易に入手できるようにすること
(c)有機農業者,有機農産物の流通・販売者と消費者との連携を図ること
(d)農業者やその他の関係者の自主性を尊重しつつ推進すること
を基本理念としている。
有機農業を推進するために,まず農林水産大臣が,(1)有機農業の推進に関する基本的な事項,(2)有機農業の推進及び普及の目標に関する事項,(3)有機農業の推進に関する施策に関する事項,(4)その他有機農業の推進に関し必要な事項からなる「有機農業の推進に関する基本的な方針」(基本方針)を定める。そして,都道府県が基本方針に則して「有機農業の推進に関する施策についての計画」(推進計画)を定めるように努める。
国および地方公共団体(都道府県,市町村)は,
(a)有機農業者や有機農業を行おうとする者を支援するために,有機農業に関する技術の研究開発とその成果の普及
(b)消費者に対する有機農業に関する知識の普及や啓発のための広報活動
(c)有機農業者と消費者の相互理解を増進するための有機農業者と消費者との交流促進
(d)有機農業の推進に必要な調査
(e)有機農業の推進のための活動の支援に必要な施策
を行う。また,国は地方公共団体が行う有機農業の推進に関する施策について必要な指導,助言,その他の援助を行うことができる。
●今後の課題
本法は2006年12月5日,12時8分からの参議院農林水産委員会で趣旨説明が行われ,直ちに参議院本会議に提出することが承認されたが,この間たった8分間しか要さなかった。法案の内容についての質疑のやりとりがなかったので不明な点があるが,それを含めて下記の課題があろう。
(1)「準有機農業」を含めるのか否か
本法の有機農業の定義では,「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律」(JAS法)に準拠した有機農産物を生産するものだけを有機農業とは明記していない。このため,日本農林規格に準拠していないが,化学肥料,化学合成農薬,遺伝子組換え体を利用せずに,環境への負荷をできるだけ少なくして農産物を生産している農業(仮に準有機農業と呼ぼう)を有機農業として本法の対象に含めるか否かが問題になろう。現在でも,生産そのものはJAS法の生産基準に準拠しているものの,JAS法が要求している検査機関による認証制度は,生産者を常に疑いの目で眺めて,生産者と消費者の間にできている信頼関係を否定するものであり,しかも多額の経費を要求するのに納得できないとして,JAS認証を受けない人達がいる(法的には有機農産物として販売できない)。こうした準有機農業の人達をどう扱うのかが問題になろう。つまり,この有機農業推進法がJAS法に準拠して有機認証を受けた有機農業しか認めずに,「準有機農業」を対象外とするのか,それとも,「準有機農業」が有機農業の認証を受けやすくするように,検査料を補助する仕組みを作るかなどが課題となろう。
(2)環境負荷軽減の担保
農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を実践することが定義に記されているが,それを担保する仕組みを作るか否かも課題である。例えば,現在でも化学肥料を使わずに,有機質肥料や堆肥を過剰に施用して,硝酸濃度の高い野菜を生産し,環境に硝酸やリン酸を放出している集約的な有機農業も存在する。また,冬期を裸地にして風食や余剰な硝酸の地下浸透を助長したり,夏期や秋期の豪雨時に水食によって土壌流亡を起こしたりしているケースもある。環境負荷の防止について具体的な条件を設けるかも大切なポイントになろう。
(3)環境ストックの価値向上の評価
健全な有機農業は農業による環境へのマイナスインパクトを軽減するだけでなく,農地の持つ公益的機能(国土保全機能,生物多様性の保全,景観の維持・向上など)の向上に貢献しうる。こうしたプラスの効果を本法は評価していないのをどうするのか,それを入れるなら,どう担保させるのかの議論が残されよう。
(4)支援の具体的な内容
EUは有機生産者に対して転換期間に支援金を支給しているが,日本では国レベルでは支給していない。この点をどうするのかなど,国や地方自治体の行う各種の支援の具体的内容が大きなポイントになろう。
●今後の予定
日本農業新聞(2006年12月09日付け)によると,本法は早ければ12月15日に施行される。そして,農林水産省は同法の施行を受けて有機農業を進めるための基本方針の策定作業に入り,年度内にもまとめる方向とのことである。