●EEAによる水質汚染の報告
EUの水系(河川,湖沼,海,地下水)は,地域によって異なるものの,深刻なほど汚染されている。このため,EUは法的規制や環境にやさしい農法の採用を助長する政策を実施している(西尾道徳 (1999) EUの農業環境政策とその取組み.農業技術大系.土壌施肥編.第3巻.p.土壌と活用VII 8-8〜8-18.:渡邉昭三 (1999) EU諸国の畜産環境対策.農業技術大系.畜産編.第8巻.p.579〜591.:西尾道徳 (2003) EUでの土壌への養分投入規制の動向.土壌施肥編.第3巻.p.土壌と活用VII 8-19-2〜8-9-11)。さらに,2000年に「水枠組指令」(環境保全型農業レポート.No.34 欧州の水系汚染対策)を公布して,2015年を目標に水質を大幅に改善することを目指している。では水質汚染の状況はどの程度なのか,汚染に対して農業はどの程度寄与しているかについて,European Environment Agency(EEA: ヨーロッパ環境機関)が最近刊行した次の3つの報告書に基づいて紹介する。
1) EEA (2003) Europe’s water: An indicator-based assessment. Summary. 23p.
2) EEA (2005) Agriculture and environment in EU-15 — the IRENA indicator report. 128p.
3) EEA (2005) Source apportionment of nitrogen and phosphorus inputs into the aquatic environment. 48p.
なお,これらの報告書は国別の個々の事例でなく,それらをまとめてEUレベルでの平均値を中心に扱っている。このため,極端に汚染されている個別事例がマスクされている。また,EUレベルでの解析は国や流域レベルでのデータがそろっている場合に限定されるため,必ずしもEU全域がカバーされているわけではないことに注意する必要がある。
●水質汚染の状況
EUの地域別にみた河川の硝酸(NO3)濃度の年平均値は,1990年以降,2000年または2002年までほとんど変化せず,「西部1」(デンマーク,ドイツ,フランス,ルクセンブルク,オランダ,イギリス)で18 mg/ℓ(NO3-Nで約4 mg/ℓ)前後(2),「西部2」(デンマーク,ドイツ,フランス,イギリス)で11 mg/ℓ前後,「東部」(スロベニア,ポーランド,ラトビア,リトアニア,ハンガリー,エストニア,ブルガリア)で約6 mg/ℓ前後,「北部」(フィンランドとスウェーデン)で1 mg/ℓ前後の水準を維持している(報告書1)。
他方,河川のリン(P)濃度の年平均値は,「北部」では1990年から2000年まで10μg/ℓ前後の低い水準を維持している。しかし,「西部2」では1990年に約135 μg/ℓと非常に高かったが,2000年には約80 μg/ℓにまで減少し,「東部」で1992年に約90 μg/ℓだったのが2000年には約70 μg/ℓに減少した(報告書1)。
河川における窒素とリンの濃度は,両者ともに自然のバックグラウンドレベル,つまり,人為によらずに森林や草原などから負荷されるレベルよりも高い。しかし,窒素とリンで10年間の濃度変化に違いが生じたのは次の理由による。すなわち,後述するように,窒素の汚染では農業の比重が高いのに対して,リンの汚染では工場排水や下水処理場の排水の比重が高い。工場排水の規制が強化されるとともに,下水処理水の三次処理(窒素とリンの除去)が普及して,特定汚染源からのリンの排出量が減少したためである(報告書1,2,3)。
こうした特定汚染源からのリン排出量の減少によって,EUの湖沼369についてみると,夏季におけるリンの平均濃度が25 μg/ℓ以下となっている湖沼の割合が,1981-1985の平均値で約70%だったものが,1996-2001年には約80%と増加してきている(報告書1)。ただし,対象とした湖沼は時系列データのそろっているもので,その92%は北部のスウェーデンとフィンランドのものであり,汚染のはるかにひどいはずのEU西部に存在する湖沼の数を多くすれば,25 μg/ℓ以下の湖沼の割合ははるかに低くなるであろう。また,海ではリン酸濃度の減少傾向がまだ認められない。
EUでは飲料水の硝酸濃度の上限値を50 mg/ℓ(NO3-Nで11.3 mg/ℓ),ガイドレベルを25 mg/ℓと定めている。EUにおける地下水の年平均値でみた硝酸濃度の推移は,時系列別のデータセットによって異なるが,1989から2000年の間に17〜30 mg/ℓの間を推移している。しかし,データの入手できる範囲では地下水の約1/3が上限濃度の50 mg/ℓを超えている(報告書1)。特に集約的な養豚や酪農の集中した地域であるドイツ西部,オランダ,ベルギー,ブルターニュ,スペインの北西部と北東部,イタリアのポー川流域,デンマーク,イギリスの西部,アイルランドの南部で地下水の硝酸汚染が深刻である(報告書2)。
●水系への窒素とリン負荷量に占める農業の割合
水系(河川,湖沼,海,地下水)への窒素の負荷量は,農業とバックグラウンドを合わせた非特定汚染源の割合が60%を超えている。特に水系への窒素の総負荷量が年間7 kg/ha以上の国では,農業だけで60%以上を占めている(表1)。
他方,リンでは下水処理場や工場などの特定汚染源の割合が窒素の場合よりも高く,負荷総量に占める農業の割合が窒素よりも低くなっている(表2)。特にベルギーでは下水の三次処理を行っているケースが少ないため,特定汚染源の寄与割合が高い。今後,特定汚染源の割合がさらに低下してゆくと,相対的に農業の割合が高まると考えられる。
●わが国の状況
わが国の地下水と湖沼の硝酸汚染の状況については,環境保全型農業レポートNo.3に紹介したが,各種水系の水質の概要については,環境省の「水環境行政のあらまし」からうかがうことができる。わが国でもEUと同様に農業が主たる汚染源と推定される事例が多く,指定湖沼の集水域では農業も規制対象にすることができるように,水質汚濁防止法が改正され,徐々に強化されている(環境保全型農業レポートNo.11 およびNo.36)