No.363 保全耕耘は土壌侵食を減らすが水質汚染を助長しやすい

●はじめに

 環境保全型農業レポート「No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中」に紹介したように,土壌侵食が深刻なアメリカでは,侵食を軽減するために耕起回数を減らして,作物残渣を土壌表面に放置するミニマム・ティレッジや保全ティレッジが広く使用されるようになっている。No.168でティレッジを耕起と訳したが,通常,耕起はplow,耕耘はplow + harrowing(砕土)の意味なので,本号ではティレッジを「耕耘(こううん)」と訳すことに修正する。

●溝切耕耘(strip till)

 溝切耕耘は,今回紹介する論文でも中心にしている保全耕耘方法である。これはNo.168に紹介したが,次のような方法である。
 播種の前または播種作業と同時に,ナイフ様装置を使って,土壌に切り込みを入れて作った残渣のない溝(幅15cmまたは畦幅の1/3程度,深さ10〜20cm)を作る耕起方法である。溝切り時に,溝中の膨軟化した土壌が盛り上がって高さ8〜10cmの畦様の段を形成し,播種時には高さ3〜5cmに沈下する。溝切は,土を温めたり乾燥させたりする効果も持っている。畦間の作物残渣を無撹乱で放置するので,不耕起の扱いとされている。肥料は溝切り時に混和することが多く,種子は溝中の柔らかくなった土壌に播く。
 土壌表面に放置した作物残渣によって,降雨の衝撃による土壌の分散が減少して,表面流去水によって流される土壌量が減少する。それに加えて,作土層やその直下に透水性の悪い土層が存在する土壌では,溝切によって不透水層が破壊されて,地下浸透水量が増えて,表面流去水量が減少する。このため,土壌侵食量が減少するものの,地下浸透水量が増えることによって,土壌中の硝酸イオンなどの水溶性養分や土壌残留農薬などの,地下水への流亡量が増加して,地下水汚染が生じやすくなるとされている。

●ボッシュらの研究

 ボッシュら(アメリカ農業・生物工学学会ASABEの土壌および水部門:現在,USDA農業研究局南東部集水域研究所)は,アメリカの東海岸平野に位置するジョージア州立大学の農場で共同実験を行なった。ここの表層土は,砂質の,乾燥しやすく水を浸透しやすい土壌だが,その下には粘土を含む浸透性の悪い土層が存在している。実験は,ワタを栽培している圃場で行ない,慣行耕耘と溝切耕耘で水文学的特性を1999〜2003年の5年間にわたって比較した。なお,この期間の年間降水量は886〜1246mmであった。

 Bosch, D.D., T.L. Potter, C.C. Truman, C.W. Bednarz, T.C. Strickland(2005) Surface runoff and lateral subsurface flow as a response to conservation tillage and soil-water conditions. Transactions of the American Society of Agricultural Engineers. Vol. 48(6): 2137−2144.

 その結果,慣行耕耘試験区からの表面流去水量は,溝切耕耘試験区からのものよりも多かったのに対して,地下水量は逆転していた。すなわち,慣行耕耘試験区からの表面流去水量は,溝切耕耘試験区からのものよりも81%(129mm/年)多かった。浅い位置の横向き地下水量は,溝切耕耘試験区からものが,慣行耕耘試験区からのものを73%(69mm/年)上回った。全体として,溝切耕耘試験区における表面流去水と地下水を合わせた年間の正味の水増加量は,慣行耕耘試験区に比べて60mm/年多かった。
 こうした結果,6月から8月のワタの生育期間に,溝切耕耘試験区における浸透水量の正味の増加が82mmであることが観察された。この正味の浸透水量の増加は,溝切耕耘システムにおける灌漑水の必要量を減らすことを可能にし,経済的節約をもたらすことになった。
 しかし,慣行システムを溝切耕耘システムに転換すると,浸透水が増えて,生育期間中に根域外に流出することになり,浸透によって化学物質の地下水へのロスの可能性が高まる。そして,生育期間後に土壌層位に残っている水溶性化学物質は,このプロセスによって失われやすい。溝切耕耘システムでは,こうしたロスを防止するために,窒素やある種の水溶性農薬の注意深い管理が必要になる。

●ピサーニらの研究

 ピサーニら(USDA農業研究局南東部集水域研究所)は,アメリカ東海岸平野に位置する上述と同じジョージア州立大学の農場で,夏作にワタとラッカセイを輪作し,冬にカバークロップを栽培した圃場において,慣行耕耘と溝切耕耘という耕耘法の違いによって,施用および土壌残留の無機元素の種類による表面流去水と地下水流によるロス量の違いを測定した。

 Pisani, O., D. Liebert, D.D. Bosch, A.W. Coffin, D.M. Endale, T.L. Potter, and T.C. Strickland (2020) Element losses from fields in conventional and conservation tillage in the Atlantic Coastal Plain, Georgia, United States. Journal of Soil and Water Conservation 75(3): 376-386.

 両耕耘法において,表面流去水は,鉄,カリウム,マンガン,リン,ケイ素と亜鉛のロスの主要系路であったのに対して,地下水流がカルシウム,マグネシウムおよびイオウのロスの主要な系路であった。慣行耕耘に比べて,溝切耕耘で,地下水流におけるカルシウム,マグネシウム,ナトリウムおよびイオウの濃度が低かったことは,溝切耕耘が,肥料や土壌改良材(家禽糞や石膏など)の適切な施用タイミングと一緒になって,耕地からの元素ロスを低減させる有効な方法になりうることが示唆される。この結果は,元素のロスとそれに伴う環境影響を削減しつつ,健全な耕地土壌を維持する上で,溝切耕耘などの保全工程が重要なことを強調している。

●USDAの保全影響評価プロジェクトCEAP

 アメリカの保全耕耘として,強く強度の雨による土壌の分散と,分散した土壌の表面流去水による運び去りを防止する,ミニマム・ティレッジが注目され,その1つとして,溝切耕耘が表面流による土壌の流亡を防止する点で優れていて,大いに注目された。しかし,溝切耕耘は地下に浸透する水量を増やして,養分や硝酸イオンなどの地下流亡量を増やして,別の環境汚染を生ずるケースが明らかになった。
 このため,農務省USDAの自然資源保全局NRCSは,同省の農業研究局ARSや食料農業研究所NIFA,ならびに他の連邦組織並びに多数の外部機関と協力して,保全工程の効果と影響を総合的に評価する,保全影響評価プロジェクトCEAP(Conservation Effects Assessment Project)を2003年に開始した。
 CEAPのゴールは,選定した集水域で,様々な個々の保全工程の開発・改良や,それらを地域に適合するように組み合わせたプログラムの環境影響を定量化し,地域の環境レベルを向上させるための科学的基盤を開発し,地域の自然的条件と生産する作物の種類を踏まえて,土壌や他の環境の保全と作物生産を地域の条件に応じて最適化することである。このために,14の基準集水域を12の州に設けている。下記の( )内の数値は試験対象の集水域面積で,その単位はkm2。ミシシッピー州(6.25),アリゾナ州(1,570),メリーランド州(400),ミズーリー州(7.2-1,191),ジョージア州(334),アーカンソー州( – ),ペンシルベニア州(420),テキサス州(3.4),インディアナ州(2,810),アイオワ州(797),オクラホマ州(610-1,802),アイダホ州(6,300)。
 このCEAPの研究成果は,個々の研究発表とは別に,下記にまとめられている。

 Duriancik, L.F. et al. (2008) The first five years of the Conservation Effects Assessment Project. Journal of Soil and Water Conservation 63(6):185A-197A.

 Journal of Soil and Water Conservation 63(6). この号には、最初の5年間における個別成果も報告されている。

 Osmond, D. et al, (2012) Improving conservation practices programming to protect water quality in agricultural watersheds: Lessons learned from the National Institute of Food and Agriculture−Conservation Effects Assessment Project. Journal of Soil and Water Conservation 67(5)122A−127A.

 Tomer, M.D.et al. (2014) A decade of conservation effects assessment research by the USDA Agricultural Research Service: Progress overview and future outlook. Journal of Soil and Water Conservation 69(5):365-373.

 Journal of Soil and Water Conservation 69(5). この号には,10年間における個別成果も報告されている。

 Moriasi, D.N. et al. (2020) Quantifying the impacts of the Conservation Effects Assessment Project watershed assessments: The first fifteen years. Journal of Soil and Water Conservation 75(3):57A-74A.

 Journal of Soil and Water Conservation 75(3). この号には,15年間における個別成果も報告されている。

 農業に起因した環境劣化の実態と対策を長期にわたって研究し,毎年60億ドルを支出して農業者に普及できる技術を構築しようとするアメリカ農務省の農業保全プログラム(Moriasi, 2020)には驚嘆する。