No.168 アメリカで不耕起栽培が拡大中

●不耕起栽培とその意義

通常の栽培では,作物が生長しやすいように土壌を整えたり雑草を防除したりするために,作物の播種・定植前に土壌を耕起し,さらに生育途中に雑草防除のために中耕するなど,年間に数回は土壌を耕起している(慣行耕起Conventional tillage)。これに対して,耕起の深さや回数を減らして,作物残渣を土壌表面に放置したまま作物を播種して栽培する方法は,トラクタの石油消費量を減らす,土壌侵食を減らす,土壌有機物蓄積量を増やすなどの効果をもっている。こうした耕起方法は,節減耕起(Reduced tillage) あるいは広い意味で不耕起と呼ばれ,省エネの視点からミニマム耕起(ティレッジ)(Minimum tillage)とか,環境保全の視点から保全耕起(Conservation tillage)とも呼ばれている。これらは,多くのメリットをもっている反面,デメリットも有しており,圃場とそこで栽培する作物の特性を踏まえて,メリットを生かせるように活用することが大切である。

アメリカではミニマム耕起や保全耕起を次のように分類している(USDA (2004) Conservation Effects Assessment Project (CEAP) 2004 Farmer Survey: Interviewer’s Manual, p. C-5027〜5028 )。

(1) 無耕起/溝切り耕起/直接播種

「無耕起」(no till)は,作物残渣を土壌表面に一年中残し,施肥や播種に必要な最小限の耕起だけを行なう栽培方法(注:不耕起は耕起強度を減らした節減耕起と同義語としても使われることがあるため,no tillを「無耕起」と表記することにする)。

「溝切り耕起」(strip till)は,播種の前または播種作業と同時に,ナイフ様装置を使って,土壌に切り込みを入れて作った残渣のない溝(幅15 cmまたは畦幅の1/3程度,深さ10〜20 cm)を作る耕起方法。溝切り時に,溝中の膨軟化した土壌が盛り上がって高さ8〜10 cmの畦様の段を形成し,播種時には高さ3〜5 cmに沈下する。溝切りは土の温めや乾燥させる効果も持っている。畦間の作物残渣を無撹乱で放置するので,不耕起に入れている。肥料は溝切り時に混和することが多く,種子は溝中の柔らかくなった土壌に播く。

「直接播種」(direct seed)は,一部地域で使われている無耕起の別称。

(2) 畦立て耕起(ridge till)

畦に畦幅の1/3までの幅の溝を切って施肥や播種を行なうが,通常,それ以外は土壌を耕起しない。畦で作物栽培を完結させた後,畦の最上層の土壌を削って除き,作物残渣は畦間の土壌表面に一年中残す。栽培期間中に畦間の土を持ち上げて,畦を同じ高さに戻すように再構築しておき,同じ畦で作物の栽培をくり返す耕起方法。

(3) マルチ耕起(mulch till)

播種前に圃場全体を耕起して作物を栽培して,中耕を省略し,収穫後,作物の残渣を土壌表面に一年中残して土壌撹乱作業を減らす耕起方法で,様々なやり方がある。不耕起や畦立て耕起ではなく,農業者がミニマム耕起や保全耕起といっているものはマルチ耕起に分類されるケースが多い。

USDA(アメリカ合衆国農務省)の経済研究局(Economic Research Service)は,節減耕起によって作物残渣中の炭素の土壌蓄積量が増えて,土壌に長期に貯留される炭素量が増えることから,耕地での節減耕起を増やしてアメリカの温室効果ガス削減に寄与させることをもくろんでいる。そのために,まず耕地での節減耕起が現在どのような状況にあるかを調べ,その報告書を2010年11月に刊行した。その概要を紹介する。John Horowitz, Robert Ebel and Kohei Ueda (2010) “No-Till” Farming Is a Growing Practice. USDA Economic Research Service. Economic Information Bulletin Number 70. 22p.

●耕起方法の調査方法

全米の農地における耕起の実施状況は,USDAの経済研究局と全米農業統計局(NASS: National Agricultural Statistics Service)が共同で行なっている「農業資源管理調査」(Agricultural Resource Management Survey: ARMS)という統計調査で,その概略が把握されている。この調査は,トウモロコシ,コムギ,ダイズ,ワタなどの主要作物8種類を対象に,毎年1つか2つの作物を対象にして行なっている調査である。報告書ではまず「農業資源管理調査」によって,アメリカの耕起方法の実施状況の把握を解析している。この調査では上記のミニマム耕起や保全耕起のいずれを実践しているかを圃場別に農業者に質問し,それを記載している。

この調査時には,どのような機械を使った作業を行なったかを圃場別に質問している。著者らは,「農業資源管理調査」データを吟味し,作付履歴や作業データから,当年の作物栽培後に圃場に残っている前作由来の作物残渣の土壌被覆面積割合を推定した。そして,作物残渣の土壌被覆面積割合が30%を超える圃場を「保全耕起」,そのうち,機械耕起作業を行なった記録がない圃場を「無耕起」とした。さらに,機械耕起作業を行なった記録がなく,作物残渣の土壌被覆面積割合が15〜30%の圃場を「節減耕起」,また,機械耕起作業を行なって,残渣被覆面積が15%未満の場合を「慣行耕起」に分類した。ただし,農業者の回答のなかには,耕起作業についての記録がないケースもあるため,「農業資源管理調査」の「無耕起」と,こうした吟味での「無耕起」の数値には若干の違いが存在する。

「農業資源管理調査」は,特定作物についてみれば数年に1回の調査で,各作物で毎年のデータがそろっているわけではない。

そこで,複数年にわたる不耕起の連続実施状況を知るために,特定地域だが,コーンベルトを中心とするミシシッピー川上流流域地帯(イリノイ,インディアナ,アイオワ,ミシガン,ミネソタ,ミズーリ,ウィスコンシン,サウスダコタにまたがる地帯)について行なわれている「全米資源インベントリ−保全影響評価プロジェクトの耕地調査」(National Resources Inventory- Conservation Effects Assessment Project (NRI-CEAP) Cropland Survey)のデータも使用して,解析を加えている。この調査は2003-06年に総計3,703のサンプル圃場について,調査年とその前2年の作物と農作業を農業者に聞き取り調査したものである(前2年は農業者の記憶による)。

●主な結果

「農業資源管理調査」では毎年次のデータがそろっているわけではないが,データのある8大作物(2009年には全栽培面積の94%を占有)のうち,無耕起の傾向を統計解析するのに十分な数のデータがそろっているのは,トウモロコシ,ワタ,ダイズ,コメの4作物である。

(1) これらのうち,全米での無耕起栽培面積割合が最も高かったのはダイズ(2006年に45.3%)で,最も低かったのはコメ(2006年に11.8%)であった(表1)。ただし,州によって無耕起栽培の割合はかなり異なった。

(2) 無耕起栽培割合の傾向を解析できるトウモロコシ,ワタ,ダイズ,コメの4作物で,2回の調査年次の間に無耕起栽培割合が増加した年当たりの増加率を計算すると,コメで1.08%ポイント,ワタで1.37%ポイント,トウモロコシで1.86%,ダイズで2.59%ポイントであった(表1)。これらの中央値は年1.5%ポイントの増加であった。

(3) 8大作物のいずれにおいても無耕起栽培面積割合が年1.5%ポイント増加すると仮定し,各作物の直近のデータがその後毎年この率で増加するとして計算すると,2009年の無耕起栽培面積割合は8大作物全体で35.5%となり,ダイズでは49.8%,コメでは16.3%に増加したと推定された(表1)。

(4) ミシシッピー川上流流域地帯(トウモロコシとダイズの輪作が主な作付体系)では,無耕起を1年だけ実施した圃場は全耕地面積の16%だったが,2年および3年継続した無耕起を行なった圃場はそれぞれ12%と13%であった。これは無耕起を開始すると,この地帯では継続して無耕起を行なうケースが多いことを示唆している(表2)。

●温暖化防止対策としての無耕起

環境保全型農業レポート「No.128 土壌の炭素ストックを高める農地の管理方法」に,耕耘の削減によって,EUは年間0.15〜0.70 CO2相当t/haの炭素を土壌に長期貯留できるとのまとめを行なっていることを紹介した。他方,USDAの経済研究局の本報告書の著者は,アメリカのコーンベルトでの研究で,慣行耕起を節減耕起に切り替えると,20年間にわたって年間ha当たり0.82トンのCO2を余分に隔離でき,慣行耕起をより節減した無耕起に切り替えると,年間ha当たり1.58トンのCO2を余分に隔離できるとの推定を引用している。年間ha当たり1.58トンCO2の長期貯留は過大評価かもしれないが,この係数を使うと,2009年のアメリカにおける8大作物の栽培面積は約1億haもあるので,8大作物を全て無耕起栽培にすれば,20年間にわたって毎年1.6億トンのCO2を土壌に長期貯留できることになる。因みに2008年のアメリカの温室効果ガスの総排出量はCO2換算で69億5700万トン (EPA: 2010 U.S. Greenhouse Gas Inventory Report) なので,総排出量の約2.3%を無耕起で長期固定できる計算になる。一方,日本の2008年度の温室効果ガス総排出量はCO2換算で12億8200万トンlである。日本の2009年の耕地面積は460万haだが,仮に耕地の全てを無耕起にしても,730万トンCO2しか土壌に長期貯留分を増やせない。これは総排出量のわずか0.56%にすぎない。

アメリカは気候変動枠組条約も批准していないが,今後,温室効果ガス削減に本格的に取り組む場合,農業者が二酸化炭素を長期貯留できる無耕起を採用した場合,排出量の多い他産業がその長期貯留量を買い取り,その代金を農業者に支払うといった,農業支援策も考えられる。経済研究局は,無耕起を経済と結びつけた農業政策を今後展開させるための研究を意図している。

なお,無耕起を毎年続けても土壌有機物として土壌に長期貯留される炭素量が無限に増え続けることはない。与えられた条件によって異なるが,やがて上限量に達し,1年間に土壌に投入された炭素量がその年のうちに全て二酸化炭素として放出されるようになる。それゆえ,無耕起は期間限定の対策であって,無期限に使える手段ではないことを頭の隅に入れておくことが必要である。